6―1:料理のお仕事
リーセス国使節団を王城に招いてから1週間後の午後。アホ王子に見せたいものがあると言われて、王城近くの大農園の端の区画に連れてこられた私は、異世界召喚されたオバサン【聖女】。
池中まりあ 43歳 独身
どういう風に話をしたのかは分からないが、リーセス国使節団との交渉はまとまり両方の国境線が落ち着いたので、【聖女(軍師)】の役割は終わったようだ。
あわや私は失業かと思ったが、今後は【研究室】の職員として雇ってくれるとのこと。主な仕事は王子のマイカー【移動車】の専属運転手。やっぱり職能があると再就職には有利だね。
農園の端にある一軒家。その近くの駐車場的スペースに【移動車】を停める。
車から降りたアホ王子は、一軒家ではなくその隣にある小さいプールの方に向かった。
「おーい、ナスターシャー。お客さん連れてきたぞー」
アホ王子がプールサイドからプールの水面に向かって声をかけると、水面が揺れた。
サバサバサバッ
「フレディ様。お久しぶりです」
「久しぶりだな、ナスターシャ。元気にしてたか?」
「おかげさまで快調ですわ」
プールの中から若い女性が出てきた。
ナスターシャと呼ばれた彼女。黄緑色のミモレ丈スカートな長袖ワンピースを着用した、身長170cmぐらいのスレンダーかつグラマラスでナイスバディな美人。
プールから上がって、肩まで伸びた綺麗なストレートの茶髪を絞りながら、アホ王子と挨拶を交わす彼女。
私にも分かる。
これは【ヒロイン】だ。
またひどい目に遭わされる予感がした。
「すごいだろうマリア」
「……すごいですね」
「【研究室】特製の超撥水性繊維で作った水陸両用ワンピースだ。水はけの良さに特化しているから、水から上がってすぐに次の行動ができる」
「そっちじゃない!」
いや、それも気になってはいたけど。
下着はどうなってるんだろう。
…………
プールから出てきた謎の【ヒロイン】ナスターシャ嬢。
アホ王子の幼馴染で、研究仲間でもあるらしい。
彼女から夕食の準備に誘われたので、アホ王子にダイニングの準備を任せて女二人で畑に出かける。
山のふもとの広い畑。近くの区画にビニールハウスのようなものが見える。こっちにもあったんだ。
水陸両用ワンピースの上にエプロンを着用し、朗らかな雰囲気を纏いながら楽しそうに芋を掘る彼女。何をしても絵になる身長170cmのナイスバディ。
その姿を見て、身長144cmのチビとして思う。
口先だけの男が多いこの国でゆるふわで生きられるのは、目線の高さで無条件に周囲を牽制できる長身があってこそだと。
それに対して、チビというのはとにかくナメられる。
守ってくれる男の居ないチビ女は、朗らかな雰囲気なんて出していられない。殺伐としたオーラを纏っていないと自分を守れないのだ。
合法ロリに癒し系を期待する男共に言いたい。
チビが殺伐とした雰囲気を纏うのは、男達が不甲斐ないからだと。
「最近作物の育ちが良くて助かってますわ」
いかんいかん。
ステキな【ヒロイン】的な風貌を見て、つい若かりし日のコンプレックスを思い出してしまった。オバサンは分かっている。自分の存在価値を否定するのはよくないことだ。
こんな私でも、ふさわしい役割はある。
チビで貧乳で殺伐としたオバサンの私こそ、【ヒロイン】の引き立て役にふさわしい。
チクショウ。
「あっ。幸運ですわ。今日は【肉料理】が出せそうです」
「えっ?」
嬉しそうに畑の端を見ながら謎の発言。
その視線の先では、大きな牙を持つオスのイノシシが畑を荒らしていた。
山のふもとの畑で稀に見る光景。
ヤバイ。
収穫物を入れた籠を足元に置いて、イノシシの方にスーッと駆けて行く彼女。
いや。いやいや。いやいやいや。危ないでしょ。
当たり前のようにイノシシに向かっていくけど、【銃】でも隠し持っているんだろうか。万が一の場合は【万能の拳】で何とかできるかな?
そんなことを考えながら、籠を置いて追いかける私。
ズドドドドド ゴッ ドサッ
……。
信じられない一瞬を見た。
彼女の接近に気付いて突進するイノシシ。
それに対して、瞬時に両脚を踏ん張り腰を落として拳を振り下ろす。
身長170cmのナイスバディの全身運動から放たれる拳が、斜め前からイノシシの額を撃ち抜いた。
美しい殴打フォームと、響き渡る打撃音。
ひっくり返るイノシシ。
立ち尽くす私。
身長170cmにもなると、そんなこともできるようになるんだ。
私は身長144cmのチビだからわかんないや。
「大物ですわ。久々の肉料理。腕が鳴ります」
その場でしゃがんで、ひっくり返ったイノシシを起こして撫でまわす。
その笑顔に【捕食者の眼光】が輝く。
「まだ息があるなんて、強い子。美味しそう」
そして、左手でイノシシの背中側から首筋を掴む。
「では、いただきまーす」
ゴキッ
…………
片手でイノシシの頸椎を握り潰して仕留めた後、100kg以上ありそうな大物を軽々担いで運ぶナスターシャ嬢。
身長170cmにもなると、そんなこともできるようになるんだ……。
私はチビだからわかんないや……。
収穫した野菜の入った籠を二人分持って後ろに続き、家の近くの小屋まで来た。
ザシュッ ガリガリ
この小屋は【解体施設】のようで、仕留めたイノシシを解体用のフックに吊るして手際よく解体。
なんか楽しそうだ。
コレが【害獣駆除対応撲殺解体型ゆるふわ系ヒロイン】か。
ゴリゴリ ボリボリ サクッ ドサッ
私は料理はできるけど、獣の解体は経験が無い。できない。
だから、ちょっと離れた調理台の準備を手伝う。
機材の洗浄と調理台の消毒。
ザシュ ドサ ボタボタ ゴン ドサッ
そして、取り出された肉塊を教わった通りに切っていく。
料理は得意だ。肉を切るのはできる。
でも、解体は、直視、できない。
ゴキッ ボキッ ベキッ バキッ
…………
一通り解体が終わり、臓物や骨を別室に移した後、ナスターシャ嬢は戻ってきた。
肉の切り分けは一通り終わっている。
「ふぅ。大物なだけあって、たくさん肉が取れましたわね」
「そうですねぇ」
積み上げられた肉のトレーを見て、満足そうだ。
なんかこう、解体終盤でイノシシの骨格を素手でバラバラに分解していた。
長身になると、そんなこともできるようになるんだー。
私はチビだからわかんないやー。
「フレディ様は私の命の恩人ですの」
朗らかな笑顔で唐突に話を切り出した。
なんか脈絡がないけど、まぁ若い娘のガールズトークなんてそんなもんか。
「身体が弱くて、ほとんど寝たきりで過ごしていて、余命宣告まで受けていた私を助けてくれました」
昔は身体が弱かったのか。幼馴染って言ってたから、アホ王子が頑張って看病したのかな。
「強い身体が欲しいという私の願いも叶えてくれました」
「!?」
ナニをした! あのアホ王子、この娘に一体ナニをした!
水中から出てきたり、素手でイノシシを仕留めたりと何かオカシイと思ったよ。長身ナイスバディだからと無理矢理納得しようとしたけど、そんなわけあるか!
本当にナニをしたんだ! そして彼女は一体何なんだ!
「フレディ様は、今でも私を守ってくれますの」
「……守る、必要あるんでしょうか……?」
しまった! あんまりな展開につい口が滑った。43歳オバサンだから分かる。これは【失言】に該当する。人生経験豊富ながらも、何たる失態。
微笑みながら私を見下ろしてくる。
怖い。
「えぇ、私が生きていくためには、フレディ様の力が必要です」
そうなんだ。必要ではあるんだ。
「これは、失礼しました。王子が女を守るというのが想像できなかったのでつい」
いや、これもいかんだろ。落ち着けオバサン。
王子に守られたことがないからって、【生贄】にされかけたからって、ここで本音を出すな。
いやむしろ、王子だけでなくこの国の男達からことごどくひどい扱いを受け続けて、鬱憤溜まっているからって、こんな大きな小娘相手に忘れかけていた女心を出してどうする。
「男が女を守るというのには、言外の意味があるのですよ」
「えっ?」
スレンダー長身グラマラス美人なナスターシャ嬢から、なんか【女子力】を感じる発言。
「男だって見た目ほどバカでは無いのです。女だから、弱いから、それだけの理由で命を懸けて守ろうとはしませんわ」
「はぁ……」
「男が命を懸けて守る理由。それは【守る意味】があるかどうか。これが全てですわ」
ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
チビの人には分からないかもしれませんが、長身グラマラスナイスバディになっても素手でイノシシを殴り倒すことはできません。
ものすごく危ないので、良い子は絶対にマネをしないでね。
そして、【守る意味】。
究極的には、男にとって女の価値とは【子供を産める】事。だから、それが絶望的なアラフォー喪独女には【守る意味】も【守る価値】も無い。
だけど、アラフォー喪独女を見捨てるようなことをしてしまえば、老いた伴侶すらも見捨てる男と見なされて、若い女も寄り付かなくなる。だから、男は女を見捨てることができない。
【守る価値】の無いアラフォー喪独女を【守る意味】はそこに集約されるのだ。
そのはずなんだけど、マリアが酷い扱いを受けるのは何故なんでしょうねぇ……。