5-3:そして水攻めへ
リーセス国海軍の【揚陸艦】艦内貨物室にて。
ビーッ ビーッ ビーッ
ザバザバザバザバザバ
「あの! 王子様! 僭越ながら申し上げたいことがあります!」
「なんだー! 言ってみろ!」
「何故! この私が、水攻めにされているのでしょうかー!」
ザバザバザバザバ
「艦長! 破口部より浸水拡大! 排水追いつきません!」
「被害対策班以外は一旦離艦! 浜辺の陣地に全員降りろ!」
ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ
「水攻めにされる理由に心当たりは無いかー!」
「婚活中に現役警察官と交際した時に、以前より目星をつけていた万引き犯を一網打尽にした件でしょうかー!」
私が35歳の頃だった。
低い目線と裸眼視力のおかげで、入り浸っていた複数のヲタ書店の万引き班と犯行パターンを把握していた。
でもチビ娘一人で安全に捕まえることはできない。
【ヲタ経済圏】を破壊する不届き物を何とか成敗できないかと思案していた時に、結婚相談所で現役警察官を紹介されたので、チャンスとばかりに一網打尽にしてやった。
途中から彼の警察署も協力してくれて、2週間で18人の大捕り物。
書店の店長からは感謝されたし、警察署からも表彰された。
非番中の大活躍で署内での彼の評価も上がった。
そして【チビ刑事マリア】の渾名もついた。
でも、一緒になったら生涯非番が無くなると言われて、交際は成立しなかった。
「婚活だよな! 結婚相手を探してたんだよな! そのために交際したんだよな! なんでそこで男をドン引きさせるようなことをするんだー! でも、今回はその件じゃなーい!」
ビーッ ビーッ ビーッ ガァーン ドシーン
「船尾着底確認! 傾斜角3!」
「よし、両弦バラスト注水! 荷重をかけてこの姿勢で安定させる!」
ブィーン ドドドドドドドド ギギギギギギ
「久々に見た【結界生成装置】をつい、【万能の拳】で殴り壊してしまった件でしょうかー!」
「それだぁー!」
私が【生贄】にされかけたあの【結界生成装置】と同じ形のものが【揚陸艦】の貨物室内にあったので、再度【生贄】にされるのを防ぐため13段の階段を駆け上って殴り壊してやった。
操作盤を殴ったらやっぱり本体が爆発。でも、爆発させた場所がマズかった。
爆発の衝撃波で【揚陸艦】の船底に穴が開いてしまい貨物室内に浸水。
船首が浜辺に乗り上げているので沈没の危険性は無いものの、浸水と共に船尾側が沈む。
そして、【結界生成装置】の残骸の中に転落した私は、瓦礫に埋まって身動き取れない状態で水攻め真っ最中。
艦長と被害対策班が転覆を防ぐために浸水を制御しつつ、残骸に埋まった私を掘り出す作業をしてくれている。
この季節の海水温は低い。●年期の身体が冷える。
でも、これで【生贄】は回避できたから後悔は無い。
それに、ここまでやらかせば先制攻撃の件は間違いなくチャラだ。
それ以上にマズイ事をしてしまっただけに。
…………
身体が冷え切った私は、浜辺に構築した陣地でお風呂を借りて復活。ブカブカの軍服を一旦借りた。
私の作業服は洗濯してくれるとのこと。
そして、浜辺の陣地内の作戦指令室にて話の続き。
「【結界生成装置】が正常に機能していたとのことだが、それは本当か?」
「あぁ、ちょっと前まで正常に機能してたのだが、まぁ、壊してしまった奴が居てな」チラッ
アホ王子が私を見る。
反射的にズボンのチャックを確認。問題なし。
服がブカブカすぎて胸元がちょっと開いているけど、その中を見ても何もありません。
チクショウ。
「そうか。では、あの装置はもう残っていないのだな。交換用に持参した装置を失った際にはどうなる事かと思ったが、それならば問題ない」
「そうだな。今の状況で【結界生成装置】を再度使用する理由もなさそうだから、リーセス国側がそれでいいというなら、キャズム王国としても特に懸案事項は無い。一件落着だな」
一件落着の流れだけど、元製造業勤務としては気になることがある。
「ちなみに、その【欠陥】というのはどういうものなのでしょう」
「あぁ、あの欠陥は、リーセス国の製造業史上の最悪の汚点と言えるひどいものだ」
「キャズム王国で運用している時には特に問題は無かったが、どんな欠陥だったんだ」
「エネルギー充填工程の制御設計ミスで、充填者の【魂】を破壊してしまうという物だ」
「……」
「充填は根源領域技術適用の適性者に限られており、現時点では女性のみ。1回の充填での稼働期間は12年なので、あのまま使用すると12年に1回、女性の命を奪うことになる最悪の欠陥だ」
「…………」
「原因は些細なことだった。出荷前の検証が終わった後に、検証用の制御動作部を外した際。動作司令文のほんの1行が欠落した。それだけだった。しかし、それがこんな最悪な欠陥品を造りだしてしまった」
「………………」
「そのような呪われた装置を出荷してしまったことはリーセス国歴史上最悪の汚点であり、その装置の回収と交換が国の最重要課題であった。12年周期の【障壁】消滅の時期のたびに、歴代皇帝が自ら艦隊を率いて出港し、海上で待機して上陸のチャンスを伺い続けた」
「……………………」
「私の父も、祖父も、曾祖父も、この悲願を達することなく退位した。そして、余生を自ら牢獄で過ごすことを選んだ。今まさに私の父も牢獄で私の報告を待っている」
「…………………………」
「出荷した装置の誤作動で人の命を奪うなど、決してあってはならない事。【障壁】が消滅せずに継続される度に、リーセス国国民は悲観に暮れた。」
「………………………………」
「先程、【欠陥】は無かったと言ったな。ということは、120年前にその【欠陥】をキャズム王国の技術で修正できたということだな」
「……………………………………」
アホ王子の顔色が悪い。
言えないよね。
【正常に機能してました】とか断言した手前、実は12年周期で女性を【生贄】にしてましたとか。この流れで正直に白状したら大変なことになるよね。
そして、本来は生贄装置じゃなかったんだね。それが、ソフトウェアのバグ的な何かで生贄装置になっちゃったんだね。【品質管理】って本当に大事だね。
「どうした? 顔色が悪いが、まさか【感染症】か?」
「いや、大丈夫だ。まぁ【結界生成装置】の件だが、残骸の確認もした方が良いだろう。残骸は王城地下室に保管してあるので、貴公を王城に招待したい」
アホ王子は【時間稼ぎ】をするようだ。
「そうか。それは助かる。本国への報告のためだ。できるなら残骸一式を持ち帰りたいが構わないか」
「ああ、かまわない。王城には【結界生成装置】の運用に関して詳しい人間が居るから、120年前とか【欠陥】とかの話は王城で担当者とじっくりしていただきたい」
アホ王子は【丸投げ】をするようだ。
投げる相手はアホの総本山かな。
「そうか。では、準備が出来次第出発したいので案内をお願いしたい」
「了解した。我々は一旦これにて失礼する」
…………
私が洗濯と乾燥が終わった作業着に着替えた後、自軍陣地にしている村に戻るために洞窟内を二人で歩く。
「王子様。【貸し】ですよ」
「……分かってる」
【生贄】にされかけた私が、あの場で真相を暴露しなかったのは【貸し】だ。
「あと、あの治療法の【縛り】について心当たりが一つありまして」
「【都合のイイ話】を頑なに拒絶する理由か。前の世界でどんなひどい目に遭ったんだ」
「【聖女】とか【若返り】とかで夢持たされた後、【生贄】扱いでどん底に突き落とされたことがありまして」
「…………」
「【貸し】ですよ」
「……覚えておく」
本当に覚えていてくださいね。
決して安くはないですよ。
…………
交渉の1週間後、私が運転する【輸送車】にて、アホ王子とイケメン皇帝とクレス軍曹他4名のリーセス国軍人を乗せて王城に出発した。
洋上待機していた艦隊は悲願達成の第一報のため一旦本国に帰還。【揚陸艦】が壊れて帰れなくなった上陸部隊は、【感染症】の本国への持ち帰りを避ける意味でもしばらくキャズム王国で暮らすことに。
海岸付近に住居を構えると津波が来た時に危ないとのことで、私達が自軍陣地にしていた村をしばらく貸し出すことにした。
避難していた村人達には、事情を説明して補償を出した上でしばらく移住してもらうとか。
途中の休憩で停車した村にて、アホ王子とイケメン皇帝が畑を見て二人つぶやく。
「異常だな……」
「確かに……」
でも、私には何が異常なのか分からない。
隣国からの侵略は回避できたんだから、これで一件落着して欲しいんだけど……。
●オマケ解説●
船首のスロープから荷下ろしする特異な構造のため【揚陸艦】の貨物室は喫水線より下。だから船底に穴を空けると浸水してしまう。
船内で何かを爆発させるのはとっても危険なことなので、良い子の皆さんは真似をしないでね。