5-2:貨物を殴った
浜辺に乗り上げているリーセス国海軍の【揚陸艦】内で、【癒し手】として【感染症】に罹患したリーセス国海兵隊の治療を行っている私は、異世界召喚されたオバサン【聖女】。
池中まりあ 43歳 独身
【万能の拳】による【手当て】は、【回復魔法】に相当する便利な能力。
「次の方どうぞ―」
「いや、軽症です! こんなに元気です」
「病原・退散!」
「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあ」
「すぐ済みますからねー」
「御助けを! ご慈悲を! どうかご慈悲を!」
「病原・退散!」
「ごばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
この【手当て】には、短時間で済む治療の代償として、自然回復までの間に感じるであろう苦痛を凝縮して感じるという【縛り】がある。
そりゃぁそうだ。苦痛も無しに怪我や病気がすぐ直るような【都合のイイ話】なんて、現実世界じゃぁあり得ない。
使いどころは限られるけど、【軍人】相手なら遠慮はいらないと最初に【治療】した軍医に太鼓判を押されて、艦内を逃げ回る患者を片っ端から【治療】していく。
「大人しくしてくださいねー」
「大丈夫です! ほんと大丈夫ですから」
「病原・退散!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
【治療】の終わった患者から、次の患者を追いかけて取り押さえる側に回ってくれるので、どんどん【治療】のペースが上がる。
怯えた目線で見られるのももう慣れた。
むしろ楽しくなってきた。
もうヤケクソだ。
…………
艦内で、阿鼻叫喚の治療作戦が終了し、全員全快。
【揚陸艦】の甲板上で、踏み台の上に昇る私に向かって227名がシャキッと並ぶ。
「【聖女】マリア様 万歳!」
「【聖女】マリア様 万歳!!」
「【聖女】マリア様 万歳!!!」
【恐怖×苦痛+全快 ⇒ 崇拝】 チーン
私の隣に居るアホ王子が呆れた声で一言。
「マリア。【聖女(覇国軍師)】にまた一歩近づいたな」
ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ
…………
治療が終わったら、隊員は各自持ち場に戻る。
病人大量発生のドタバタでぐちゃぐちゃになってしまった艦内と橋頭保をまずは掃除するところだ。
私とアホ王子は本来の目的。リーセス国軍との対話に当たる。
交渉相手はさっきの患者の一人。リーセス国の【皇帝】とのこと。
医務室のテーブルで、【皇帝】ことバスター・リーセス氏と対面で話す。
「先程は助かった。軍の責任者として礼を言わせてもらう」
「いえいえ、できることをしただけですよ」
20代中盤ぐらいの日本人風のイケメンだ。
身長はアホ王子に近い180cm程度の長身だ。
自国のイケメン王子と、隣国のイケメン皇帝。
そこに同席する異世界人のオバサン【聖女】。
私だけが【台無し要素】だってことは分かってる。
「単刀直入だが、こちらに来た目的を聞きたい。リーセス国はキャズム王国を侵略する意図はあるのか?」
アホ王子が直球で聞いた。
「侵略の意図は無い。だが、120年前からの我が国の悲願を達成するために強行上陸した」
「悲願って何?」
「120年前の戦争時に、リーセス国からキャズム王国に【ある装置】を納品した。しかし、その装置には致命的な欠陥があった。その装置の回収と交換が120年前からの我が国の悲願であった」
【製造物責任】か。何を納品したかは知らないけど、120年もずっとそれを気にしているなんて随分律儀な国だなぁ。
でも、よく考えたら私がクレーンのフックでぺしゃんこにされかけたのは、【水神8号】のリコール対象捜索を断念したのが遠因だ。
そう考えると【製造物責任】っていうのはこのぐらい徹底しないといけないのかも。
「それほどの悲願なら、何故120年も放置したのだ?」
「【障壁】があるせいでキャズム王国に行くことができなかった。先日その【障壁】が消滅したため、その悲願を達成するために我々はここに来た」
「【障壁】? もしかして【結界】のことか?」
「そちらでは【結界】と呼んでいたのか? だとしたら、装置の呼び名も違うかもしれんな。現物を見てもらった方が話が早いかもしれん。貨物室に降りよう」
…………
私とアホ王子とバスター皇帝3人で、【揚陸艦】の貨物室に降りる。
そして、貨物室の奥で【ある装置】の現物と対面。
「こっ、これは!」
「見覚えがあるか。ならば話は早い。ちなみにキャズム王国ではこの装置を何と呼んでいたのだ?」
海上コンテナのような本体。
それに取り付けられた13段の階段。
その上にATM風の操作装置。
私が【生贄】にされかけた【結界生成装置】そのものがそこにあった。
「あぁ、【結界生成装置】と呼んでいた。でも、リーセス国から持ち込まれたものとは知らなかった」
「そうか。120年も前の話になるから、相互で認識や記録に相違があるのは当然だろう。だが、それは間違いなく我が国の製造物。そして、当時キャズム王国に納品した本体は、我が国の歴史上最悪の欠陥を抱えた【欠陥品】だった」
「【欠陥品】だと? 我々の認識では120年もの間正常に機能して国を守ってくれた素晴らしい装置であったが」
アホ王子とイケメン皇帝が何か話をしているが、あんまり耳に入らない。
この装置を起動させようとした場合、【生贄】にされるのは間違いなく私。
だとしたら先手必勝だ。
物騒な生贄装置に駆け寄る。
「どうしたマリア?」
13段の階段を駆け上る。
「まさか! やめろマリア!」
不適切な行動だとは思う。
だけど、アホ王子に止められる筋合いは無い。
「万能の拳!」 ドバキッ
●オマケ解説●
【製造物責任】は、製造した装置が全部役割を終えて廃棄解体されるまで続くものですね。【欠陥】が無いのは当然ですが、役目を終えた時に安全に壊れるような設計も大事ですよ。