4-1:軍師のお仕事
東部第一海岸の地下要塞跡地の洞窟内で、やたら人懐こい蝙蝠達と一緒に地上に降り注ぐ【艦砲射撃】をやり過ごしている私は、異世界召喚されたオバサン【聖女】。
池中まりあ 43歳 独身
ローンチ村で【慰労会】をしている時、ローカス大帝国の大部隊は、こちらからの焚火の返信に応えるように国境線沿いで大規模な焚火を始めたそうだ。
炎の壁で国境線を遮断するかのように砂漠地帯に積み上げた石炭を燃やし始めたと。意味は分からないけど、侵略の意思が無いなら別段こちらは困らない。
【慰労会】の翌朝、焚火の件も含めて、西側の国境線の対応をモンティナ少佐と国防軍3名に任せて、私達は一旦王城に戻った。
そして、王城近くの【研究室】で【輸送車】に【車両積載形トラッククレーン】を増設し、その他いろいろな機材を積み込んで海岸線に出発。
そして今、【艦砲射撃】を受けている。
今回は私が悪かった。
すごく反省している。
ドドドーン ズシーン ドガーン ビリビリ パラパラ
「アレが船だなんて思わないだろ普通!」
「どう見ても船でしょアレは!」
この国の海岸線は大半が断崖絶壁で、上陸できる箇所が限られるとのこと。
3か所ある上陸可能な海岸線のうち、リーセス国に一番近い海岸線の漁港に到着するも、【結界】崩壊時に発生した津波の被害で漁港は壊滅しており、住民は内陸部の村に避難していた。
ここもやはり120年前には戦場だったとのことで、海岸近くの断崖に岩盤をくり抜いて作った洞窟要塞があったので、その中に【輸送車】を乗り入れて、漁港跡地を見下ろせる場所で偵察を行うことにした。
そこで【輸送車】から荷物を降ろした時に、私が大失敗をした。
ドドーン ドドーン ズン ビリビリ ガン
「マリアの世界ではアレが普通の船なのか!」
「アレより大きい船もあるわ! だいたい、船じゃないなら何だと思ったの!」
「岩礁か何かだと思ったぞ! マリアこそ! 船と分かっていたなら何故言わなかった!」
「近くに停泊してるから味方の船と思ったのよ! 今回はマトモな備えができてるなぁと感心したのに!」
降ろした【荷物】を開梱したら、なんかこう【大砲】ぽいものがあったので、ついアホ王子にコレが何なのか聞いてしまった。
聞いた途端にアホ王子は【大フィーバー】状態に。
【できるメイド】の指示を思い出した時には遅かった。
下ろした荷物は【電磁加速砲】だった。
前の世界で言うところの【レールガン】。超兵器だ。
まぁ、私の前の前の職場は機械メーカーの開発部署。技術話で【大フィーバー】する【クレイジーエンジニア】には慣れているし、私自身も【ヲタ属性】持ちでもあるから技術話自体は嫌いじゃない。
実際、聞いてみるといろいろ面白い。
気になっていたこの世界の電源事情。聞いた話を総合すると、前の世界ではインチキ科学扱いされていた【常温核融合】に類する技術が確立しているようで、水を燃料とした永久機関的な発電デバイスが普及しているとか。
前の世界で若い頃の田中が一時期その技術にハマり、その中核部品の材料となるマニアックな貴金属の地金をボーナスはたいて買い漁っていた。
実際何かを作っていたかどうかは知らないが、その金属の相場は10年で10倍ぐらいになった。田中が結婚直後にローン無しでマイホームを購入していたのは、それと無関係ではないと思う。
まぁ、それは今はいい。
ドドドドーン ドドドーン ガン ズガーン バーン
「だいたい、こんなのがあるなら最初から言いなさいよ!」
「マリアが【結界】を壊した件で素直に謝ったら出そうと思っていたんだ!」
「謝らなくてよかった! 本当に謝らなくてよかったわ!」
「何だと! ちゃんと反省してるのか!」
この世界では【常温核融合】の歴史は古いらしく、燃焼機器や内燃機関はほとんど使われていないとか。前の世界では燃焼ガスの排出量を減らすために世界中が四苦八苦していたのと大きな違いだ。できるなら、この技術だけでも持って帰りたいとは思った。
そして、【研究室】ではこのエネルギーシステムを生体内に組み込む技術の開発にも成功し、試作品があるそうだ。今度見せてくれるらしい。
【生体核融合】か。それはそれで楽しみだ。田中が居たら狂喜乱舞しそうだ。
技術話で盛り上がったのは良かった。
でも、問題はその後だ。
調子に乗ったアホ王子が、威力を見せてやると言って、海上に向かって【電磁加速砲】を【試射】。
轟音と共に、砲弾は沖合に停泊していた【リーセス国軍大艦隊】の上を飛び越えて遠方に着弾。
当たらなければどうということは無い。
そんなわけあるか。
敵国軍艦相手に警告なしで発砲して、ただで済むわけがない。
報復の艦砲射撃が炸裂し、現在洞窟要塞の中で蝙蝠に囲まれながらアホ王子と震えている。
ドーン ドーン ドガァァァァァン ドガァァァァァァン
「着弾範囲が広すぎるわ。敵艦も発射地点の特定はできていないようね」
「マリアはあの船の武器が分かるのか?」
「【大砲】よ。火薬の力で砲弾を遠くで飛ばす武器。王子の作ったコレによく似たモノよ」
「リーセス国もやはり似たような武器を持っていたか。だが、威力が桁違いだ! あんなものが命中したらひとたまりもないぞ!」
「この洞窟も直撃弾が来たら危ないわね」
「このままじゃ命中を待つばかりだ。いっそ撃ち返して沈めてやるか!」
「やめなさい! こちらの場所を教えるようなものよ。今度こそ直撃弾が来るわよ」
「じゃぁどうするんだ!」
「沖合に見えた船に【揚陸艦】らしき船があったから、敵は海岸から上陸するはず。その時は【艦砲射撃】は止まるから、その隙に内陸部に陣地を移しましょう」
ドドドーン ガン ズドーン ドゴーン
「それなら今すぐ動いてもいいんじゃないか。さすがに沖合の船からは洞窟内まで見えないだろう」
「離れる前に上陸部隊の規模だけは確認したいから、一部が上陸するまで待ちましょう。規模と装備を確認したら、その物騒な荷物を積み込んで移動よ」
「もうコレ置いて行ってもいいんじゃないか」
「戦闘で使えるとは思えないけど、奪取されたら危ないでしょ。この場で完全に破壊するのも難しいから持って行った方が無難よ」
「……マリア。船とか戦い方の知識は何処で学んだんだ? 前に居た世界では女がそんなことを学校で教わるのか?」
「普通は教わらないけど、私は【漁港】で教わったの。砲撃止んだわ。【揚陸艦】が投錨して岸に向かってくる。上陸部隊来るわよ」
「マリアは一体どういう世界から来たんだ……」
…………
我が国防軍、国境防衛に失敗セリ。
砲撃が止んだ後、敵艦と上陸部隊を一通り観察してから撤退。
洞窟要塞経由で一番近い内陸部の村に行って、住民の方々を避難させて今に至る。
敵艦隊編成。
【戦艦】2隻、【輸送艦】4隻、【揚陸艦】2隻。
航空兵力は確認できず。
【揚陸艦】1隻が海岸に乗り上げて、歩兵部隊が上陸。
敵兵およそ200人規模。
【輸送車】に相当する車両は2両
武器は小銃らしきものが主。
【戦車】や【大砲】のようなものは無し。
やっぱり正面から戦うという選択肢は無い。
しかし、こちらが最初に発砲しているので、対話をするにも分が悪い。
でもそれは私の責任なので、何とかしなくてはいけない。
とりあえず時間は稼いだので、住民の避難が完了した村の端で王子と作戦会議。
周辺地図を見ながら考える。海岸周辺の地形が険しいのが救いだ。
敵の上陸部隊がこちらに到達するには、断崖を昇るか、要塞の洞窟を通るしかない。地の利を活かせばやりようはあるか。
「こちらに地の利がある分、ある程度時間稼ぎができそう。【艦砲射撃】の射程外まで上陸部隊を引き込んでから、退路を塞いで圧迫すれば…… って聞いてます?」
王子は物騒荷物の【電磁加速砲】を眺めながらぼーっとしている。
用意した秘密兵器がいらない子扱いされてヘソ曲げているのか?
今やる気なくされても困るんだけど。
「女に戦争なんてさせるもんじゃないな」
「そう思うなら、アンタしっかりしなさいよ!」
「マリアは軍師から解任だ」
ぐぎゃぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
【揚陸艦】のイメージは旧日本海軍の【二等輸送艦】。船首が開閉式のスロープになっており、船尾側の錨を沖合で降ろした後に海岸に突進して乗り上げさせることで、海岸線に部隊を上陸させることができる。
離脱する時は錨を巻き上げてズルズルと後退する。