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3-3:そして磔へ

「あの、王子様。僭越ながら申し上げたいことがあります」

「なんだ。言ってみろ」

「何故、砲弾から皆を守った私が、十字架に縛られてはりつけ状態にされているのでしょうか」

「……はりつけにされる理由に心当たりは無いか?」


「20歳の時に友人達と行ったハイキングで熊に遭遇した時に、襲ってきた熊の口の中に拳を突っ込んで撃退した罪でしょうか。動物虐待的な意味で」


 一時期ニュースにもなった。

 あれのせいで【熊殺しのマリア】という渾名あだながついた。

 でも、殺してないよ。むしろ生きてるよ。


 あの熊は人間を極端に恐れるようになったらしく、猟友会による駆除から逃れて人が入れない程山奥に引きこもってしまったと、ドローンによる調査で分かったとか。


「……それが本当なら、その歳まで男が寄り付かなかった理由が良く分かる。でも、今回の件はそれじゃない」


 グサッ


 この流れで引っ張ると心の傷が増えそうなので、今回は早めに観念することにした。


「話し合いのために国境線を越えたら、砲撃を受けて皆で吹っ飛ばされたことでしょうか」

「それだ」


 白旗を上げて国境線を越えたら、容赦なく長射程の大砲で撃たれた。

 【万能の拳】を振り上げたら、何故か小規模なバリアのようなものが生成されて着弾前に砲弾を爆破できたけど、その爆風で吹っ飛ばされて3人揃って生傷だらけにされた。

 集会所の前まで逃走してきたところで、アホ王子とアホ少佐に縛られて十字架にはりつけにされてしまった。


あねさんよ。熊を殺さずに撃退できた経験があるからって、調子に乗っちゃアカンぞ。相手は最初から殺す気でかかって来るんだ。甘い考え持っているとこっちが死ぬぞ」

「えー、私もこぶしで熊が撃退できるなんて思ってませんよ。銃持ってる時に熊と会ったら躊躇ちゅうちょなく撃ちますよ。なんせ話が通じる相手じゃないですからね」


 熊はヤバい。

 口の中に突っ込んだ腕を振りほどかれた時に、吹っ飛ばされて左肩脱臼と肋骨骨折。

 撃退したとは言っても、殺されかけたのは私の方だ。

 アレは人間の力で戦えるような相手じゃない。死にたくなければ撃つしかない。

 まぁ、私に銃が扱えるかどうかは分からないけど。


あねさんも分かっているじゃねぇか。殺しにかかって来る相手は撃つしかない。村を、国を、自分の女を守るために、命懸けで戦うのが我々男ってもんだ」

 それで勝ち目はあるのかよというツッコミは控えよう。話が進まなくなる。


「その気概はスバラシイけど、相手は言葉が通じる人間なんだから、無用な争いを避ける努力がまず必要でしょうが」

「そう考えて対話を試みて吹っ飛ばされたんだろうが。普通なら死んでたぞ」


 【万能の拳】で発生した謎のバリアで助かった。助けたのは私だけど、撃たれる原因作ったのも私。

 マッチポンプがチャラにならないのはどちらの世界でも道理なのでそこは言わない。

 でも、自分でやっておいて言うのもなんだけど、【万能の拳】って何なんだろう。


「【結界】が無くなった今、戦闘は避けられない。男達の流した血で国の未来を作るしかない。国防というのはそういう物だ」

「お前は自分がやらかしたことの結果をそこでよく見ておくといい。国境線が地獄になり、大地が血で染まる様を」

「…………」


 戦って勝ち目がないからと定期的に女性を【生贄いけにえ】にする【結界】で国境線を守っていた連中が、その【生贄】にされかけた私に向かって好き放題言ってくれる。

 すごく反論したいけど、吹っ飛ばされた件ではりつけにされて叱られているのは私。

 40代オバサンの大人の心で我慢だ。


「……?」


 大人の心で不条理に耐えていたら、視界の上端に何かが見えた。


「風船? 西側から風船が飛んできてる?」

「何? どこだ? ……アレか! すごい数だ」

 フレディ王子も見つけたようだ。


 多数ある風船のうち幾つかが風に流されて私たちのほうに降りてくる。

 結構大きい。そして、風船の下に何かがぶら下がっている。


「王子! 風船の下に何かある! 爆弾かもしれんぞ!」

「なんだと! 退避だ! 逃げるぞ!」

「えっ!? ちょっと!」


 アホ王子とアホ少佐はダッシュで逃走。

 十字架にはりつけにされて動けない私を放置して逃走。


「……命を捧げて女達を守るって、さっき言ってたよね」


 逃げる背中に思わず一言ツッコミ。

 アラフォー独身女に守る価値は無いってことか。

 嗚呼やるせない。


 何かをぶら下げた風船のうち一つが、私がはりつけにされている十字架の右側に引っかかった。

 ぶら下げていたのは、透明な容器に入った手紙だ。

 円筒状の容器に丸めて入れてあるので全部は読めない。

 だけど、最初の1行が読めた。


【我に侵略の意思無し。但し、国境線を越えることは許容しない】


…………


 アホ王子とアホ少佐も風船に付いていた手紙に気付いたようで、風船と手紙を持ってはりつけにされている私のところに戻ってきた。


「これは……」

「意外だな。侵略が目的じゃないってことか」

 少佐と王子が手紙の全文を読んでいる。


「何が書いてあるの?」


「ああ、あねさん。手紙によると、奴らはキャズム王国を侵略するつもりは無いらしい。だが、こちらから国境線を越えて欲しくないそうだ」

「国境線を越えたら容赦なく撃つとも書いてあるから、こちらも国内に周知徹底する必要があるな。急いで伝令を出そう」

「でも、国境線を越えるなというと、こちらからの連絡手段が無いわね」

「それについても記述がある。この手紙を受け取ったら、日没後にこちらの山の斜面の指定の位置に、指定の形で焚火をしろと書いてある。おそらく、それを確認したら次の手紙が風船で届くんだろう。それもすぐに準備をさせよう」


「まぁ、戦わずに済みそうで何よりですね王子。なんせ、正面から戦っても勝ち目がありませんし」

「そうだな。少佐にも心労をかけたが、これでこっち側の国境線は落ち着きそうだ」

「よかったよかった」

「じゃぁ、今夜は【慰労会】をしよう。村の皆をこの集会所に集めて、戦闘用に持参した食料で宴会だ。酒もあるぞ」

「おおっ! 王子様気前がイイ!」


 対話に成功して戦闘が回避されたのはよかった。

 だったら、そろそろ私が言いたいことを言ってもいいだろう。


「でしたら私は、その宴の場で王子様と少佐殿の先程の最低な行動を暴露すればいいんですね」

「「!!」」

「女を守るために戦うとか言っておきながら、爆弾が付いているかもしれない風船が落ちてくる中に、はりつけにした私を放置して逃げたことを、しっかりと村の女性達に話せばいいんですね」

「「お許しください【聖女】様!」」


 都合のいいときだけ【聖女】様かよ。


 ご都合主義な男達に、思いつくだけの我儘わがままを言ってやることにした。


…………


 その日の夜。

 村の集会所に村人を集めて、初の外交交渉成功を祝う【慰労会】。

 立食パーティ風のちょっとした宴。


 私は村の女性達と一緒に料理係。彼女達に教わりながら米と野菜で宴会ぽい料理を作る。

 主食が米なので料理も和食に近い。

 調理器具も前の世界のものによく似ている。

 元々料理は得意なので、こっちの炊事場にもすぐ慣れた。


 会場で騒ぐ男達におかわりを配膳。大人も子供もよく食べる。

 山の方で焚火をする人たちのための弁当も作った。

 焚火部隊が弁当と酒を持って指定の場所に出発。彼等は焚火をしながら軽く飲むつもりらしい。

 飲むのはいいけど山火事には気を付けて欲しい。

 

 宴会の料理を作りたかった。

 これが私が思いついた我儘わがままだ。


 結婚して家庭に入り、夫や子供に料理を振る舞う毎日。

 ちょっと田舎の町で、祭りの時には近所の奥さん達と集会所に集まり、ちょっとした宴会料理を作ったりする。

 そんな日常。


 私は、そういう生き方に憧れていた。

 そして、それは普通に生きていればそこにたどり着ける物と思っていた。


 でも、それは、覚悟を決めて自分の力で目指さないとたどり着けない物だったんだ。

 居心地の良い職場、楽しい仕事、職場での期待と義務。そういう物を振り切って、日常を変える覚悟で望む方向を目指す行動が必要だったんだ。


 仕事に生きた20代。

 それに薄々気付いてはいた。でも変えられなかった。

 その結果のアラフォー独身人生は自業自得だ。


 その点、フレディ王子はいい仕事をしたんだと思う。

 国の女性を【生贄いけにえ】にする慣習を変えるため、異世界から適性者を呼び寄せる超技術を開発した。


 発想が最低ではある。

 でも、彼は現状を変える努力をして、それを成し遂げた。

 その結果【生贄いけにえ】にされかけたのは私だけど、彼の行動力は認めたいと思う。


 西の国境線は目途が立った。

 次は東の国境線。海の向こうの隣国と対話だ。

●オマケ解説●


 地域差あるけど、お祭り楽しいよね。

 祭りで神輿を担いだ夜に、集会所に町内みんなで集まってちょっとした宴会。今では実際に奥さん達が料理することは無くて、仕出し弁当とかお惣菜なんだけど、それでも準備や片付けで奥さん達大活躍。

 男達が飲んで騒いで、子供達は子供達で集まってワイワイはしゃぐ。


 女性を中心として回る、本来あるべき社会の姿の縮図がそこにある。

 かつては当然だった社会の中心。しかし、今の時代の女性にとっては、意識して目指さないとたどり着けない場所になってしまった。


 産休育休を取得する同僚の欠員フォローを断れず、連日の深夜残業で交際相手を探す体力も気力も失う。

 育休明けで復帰したメンバーが、子供の発熱で頻繁に休むことにより発生した残務処理のための休日出勤を断れず、出会いの場に出かける機会を失う。


 無職の立場じゃ婚活なんてできない。奨学金を返さないと結婚なんてできない。そのためには、皆の役に立たないといけない。だから、職場の無理難題への答えは常に一択。

 仕事中心社会が求める一つ一つの選択により、女達は在るべき場所から遠ざけられ、【自己責任】の美名の下で、アラフォー喪独女へと導かれていく。

 そんなに高くない給料と引き換えに……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 熊殺しのまりあさん(笑) 仕事に一生懸命な女子、私は嫌いではないです。 いきなり国境越えはあまりに無謀ですが、でもそんなまりあさん、私はすごく好感持てます。 きっと私も現場叩き上げ+エンジ…
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