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婚約破棄に備えて着々とざまぁの準備をする令嬢のお話

 扉を開くと、むっと紙の匂いがした。

 部屋の壁には整然と本棚が並んでいた。その中にはびっしりと、何冊もの紐綴じのファイルが並んでいる。本棚の要所にはラベルを張られた仕切りがあり、何のファイルがどこにあるか、一目でわかるようになっている。

 整然とした並びは、その持ち主の几帳面さを語っているかのようだった。

 

 その部屋の奥には書斎用の机がある。そこでは部屋の主が紅茶の香りを楽しみながら、紐綴じのファイルに目を通していた。

 肩まで伸びた漆黒の髪。銀縁のメガネの下には、紅い瞳が覗く。着ているものは一般的な学園の制服だが、怜悧な美しい顔と纏った雰囲気は、学生と言うより熟練の司書のようだった。

 

 気圧されるもの感じながらも、部屋に入った少女は貴族令嬢にふさわしい優雅な礼をした。

 さらりとプラチナブロンドの髪が流れる。大粒の瞳は碧。身体は細く、女生徒としては背も高い。

 部屋の主と対照的に、彼女は模範的な学園の生徒といった雰囲気だった。

 

「はじめまして、アルティフィア・プロジクト伯爵令嬢。私はワーリエラ・トラブリート子爵令嬢です」

「はじめまして、ワーリエラ。ここでは堅苦しい礼儀は無用だ。君も私のことはファーストネームで呼んでくれたまえ。

 それで、ご用向きはなにかな?」

「……『悪だくみ』をお願いしに来ました」

「いいね、話を聞こう!」


 部屋の主、アルティフィアはニヤリと笑った。その美しい顔には不似合いな、宝箱の中に金貨を見た盗賊のような笑みだった。




 貴族の通う魔法学園。

 この学園には、一人の天才がいた。

 アルティフィア・プロジクト伯爵令嬢。

 筆記において全て満点、魔法の実技においては過去最高の卓越した成績を記録した彼女には、専用の研究室が与えられ、授業への出席も免除されている。その能力は学園にとどまらず、王国の魔法省から技術支援を頼まれることすらあるとの話だ。

 

 学園史上最高の才女と謳われた彼女には、しかし、おかしな噂があった。

 アルティフィア伯約令嬢は『悪だくみ』を好む。そして、生徒から相談されたあらゆる問題を、『悪だくみ』で解決してしまう、という噂だ。

 

 


 アルティフィアに促され、ワーリエラは書斎用の机の前に置かれたソファーに座った。

 ソファーの前に置かれた小さなテーブル。そこにアルティフィアが手ずから紅茶を淹れた。

 その香りに落ち着きを得たことをきっかけに、ワーリエラは語り始めた。

 

「私には、婚約者がいるのです。それが、最近……」


 そうして語り始めたのは、婚約者との不和についてだった。

 婚約者ジェントーク・ハンサマン伯爵子息。

 彼とワーリエラは、学園への入学の一年前に婚約を結んだ。


 奥手なワーリエラと、それを気遣うジェントーク。二人が会うのは貴族の婚約者としての義務的な機会以上のものはなかったが、その付き合いは穏やかなものだった。それは学園に入学しても変わらなかった。


 だが、入学一年後に事態は変わった。


 新入生として入学してきた平民コモーナ・タウンズマ。その優秀な才能を見いだされ、学園に特待生として招かれた才女だった。

 貴族の令嬢には見られない気さくな雰囲気と可憐にして明るい笑顔。それでいて優秀な学業成績に高い魔力。彼女のことはすぐに貴族たちの噂の口にあがるようになった。

 

 そして、ジェントークとコモーナがよく二人でいるとの噂を耳にした。ワーリエラ自身も、学園の中庭や授業の教室移動などで、二人でいるところを何度か見かけた。

 ただの嫉妬。特別な付き合いをしているはずがない……そう思い続けて半年が過ぎた。


 ある日、学園の中庭。親し気に歓談するジェントークとコモーナを見かけた。

 自分には見せたことのないジェントークのさわやかな笑顔に、ついにワーリエラは危機感を覚えた。

 だが引っ込み思案な自分では、何をしていいわからない。

 思い煩った結果、噂を耳にして、藁をもつかむ気持ちでアルティフィアのもとに訪れたのだった。


「なるほどなるほど。関係の進まない婚約者が平民の娘と逢瀬を重ねる。それも半年。これはもう、間違いないな」

「な、なんですか?」

「婚約破棄だ」


 その可能性はワーリエラも考えてはいた。貴族が平民との恋に落ち、婚約者に対して婚約破棄を突きつける。小説などではよくある展開だ。

 しかし、いくらなんでもいきなりそんなことを断定されるとは思わなかった。普通は浮気かもしれないとか、そういうところから探っていくものだろう。なにしろデリケートな問題だ。

 しかし学園史上最高と謳われた才女は、ワーリエラに懐疑の視線を向けられてもまるでひるむことなく話を進めた。


「間違いない。このパターンは婚約破棄だ。私にはわかる。確信がある」

「そ、そんな! それでは困ります! なんとかならないでしょうか?」

「ならない。いや、むしろしたくない。君ほどの素晴らしい令嬢を婚約者に持ちながら、平民の娘にうつつを抜かす軽薄さ、実に許しがたい。これはもはや、『ざまぁ』するしかない!」

「『ざまぁ』とは何ですか……?」

「愚かな貴族子息が、婚約破棄をしたことで蔑まれ、後悔にまみれて味わう生き地獄。周囲の人間に『ざまぁ見ろ』と思われることから、その状況を『ざまぁ』と呼ぶのだ!」


 笑みさえ浮かべて楽し気に語るアルティフィアの姿に、ワーリエラはぶるりと身を震わせた。

 

「悪意を持って悪人を貶める。それこそが私にとっての『悪だくみ』であり、私の取りうる唯一の手段だ。

 君がもし、婚約者との平和的な復縁を望むなら……悪いことは言わない。恋愛上手な令嬢に頼るか、ご両親にでも相談することだ」


 ワーリエラはごくりとつばを飲み込んだ。

 その決断の重さに震えながら、しかし彼女は躊躇わなかった。


「わたしはアルティフィア様に頼ると決めてここに来ました。この状況を解決するために、どうかご協力お願いします」

「いい返事だ! よかろう、ならば『悪だくみ』だ!」


 アルティフィアは満面の笑顔で快諾した。


「……それで、何をすればいいのでしょうか?」


 戸惑うように問いかけるワーリエラ。

 アルティフィアは席を立つと、ツカツカと足早に歩くと、部屋の本棚の一角に向かうと、そこからファイルを一冊取り出して目を通しながら語り始めた。

 

「まずは君の現状を確認させてくれ。ワーリエラ・トラブリード子爵令嬢。入学時の筆記試験の結果は35位。その後も筆記試験の成績は50位以内をキープしている。優秀だな。

 魔法の実技については入学時から秀でたところは無し。だが常に平均以上を保っている。凡庸な魔力に操作技術。それで実技で平均以上を保てているのだから、本で学んだことを実技に反映できているということだな。素晴らしい」

 

 淡々と語られる詳細かつ的確な自分の評価に、ワーリエラは茫然となった。

 語る最中もアルティフィアの歩みは止まらない。また別の本棚から紐綴じのファイルを取り出すと、途切れることなく語り続けた。

 

「君の実家、トラブリード領の主要生産物は麦。質も生産量も、領地の面積から考えると随分と優秀だな。他の野菜も、質・量ともに高水準だ。

 5年前、領地に於いて長期間の日照りに見舞われている。その年も雨量の少なさのわりには生産量の低下は抑えられている。農民からの抗議も驚くほど少ない。これは領主と領民の信頼関係がしっかりできていることの証明だ。見事だな。

 いやはや、君は素晴らしい領地とご両親をお持ちだな」

 

 称賛の言葉をかけられたが、ワーリエラは驚きの表情をするまま、言葉を返すこともできなかった。

 アルティフィアが歩みを止め、紐綴じのファイルを閉じた。その音を合図にしたように、ようやくワーリエラは放心から覚めた。

 

「わたしのことや領地のことをっ! ど、ど、どうしてそんなに詳しく知っているのですかっ!?」

「なに、大したことじゃない。君についての情報は簡単だ。学園の試験の順位は毎回張り出されているし、学内の噂を少し集めればあの程度の情報は簡単に手に入る。

 領地のことについては、商人に何人か知り合いがいてね。彼らから情報を集めれば、国内の生産物の流れや数量はある程度把握できる。各種報道や王都への人の流れに目を配れば、遠隔地の情報もある程度は見えてくる。それらをきちんと記録しておけば、あの程度の分析はさほど難しいことじゃないさ」

 

 ワーリエラは再度言葉を失った。

 アルティフィアは簡単なことのように言っているが、そんなはずはない。

 確かにそれらの情報を集めるだけなら、学園の生徒にもできるかもしれない。しかしその膨大な情報を整理して、必要な意味を取り出すとなると話は別だ。

 そうした分析は、何人もの人員を投入し、時間を費やしてようやく可能となる大変な作業だ。いかに伯爵令嬢とはいえ、一介の学生がたやすくこなせることではない。


 そうして集めた情報を会話を途切れさせることなく引き出すとなれば、高度な魔法でも使っているとしか思えない。しかし本棚からは特別な魔力は感じられず、アルティフィアが魔法を使っている様子もなかった。

 

 そしてぞっとした。アルティフィアが手にしている紐綴じのファイルはたったの二冊。この部屋には、全部で何百冊あるのかすぐにはわからないほど大量に、同じようなファイルが整然と並んでいるのだ。

 いったいこの部屋だけでどれだけの量の重要情報があるのか。それを想像するだけで、ワーリエラは押しつぶされてしまいそうな感覚を覚えた。

 

「さて。君の様子からすると、さきほど述べた情報は、どうやら間違いないようだな。それなら方針は決まった。君がまずすべきことは、『領地経営の勉強』だ」

「『領地経営の勉強』?」


 思いがけない単語が出てきたので、ワーリエラは思わずオウム返しに問い返した。

 アルティフィアはニヤリと笑った。


「捨てた相手が優秀であればあるほど『ざまぁ』の質は上がる。君は今でも十分に優秀だ。だがそこに領地経営の技術が加われば……貴族子息の後悔は、それこそ海のように深くなることだろう。

 優れた領地は『領地経営の勉強』に最高の教材となる。君の家の領地は実に素晴らしい。そうだな……これから一か月ほど領地運営について学べば、基本をマスターできるだろう」

「い、一か月ですか!?」


 ワーリエラも貴族令嬢だ。領地経営の大変さは知っている。両親が苦労している姿を幼い頃からずっと見てきた。

 領地経営は一生かけても完全に習得できるようなものではない。基本に限定したところで、わずか一か月で身につくものとはとても思えなかった。


「なに、そう構えることはない。この私が効率よく教えよう。平日は毎日、放課後に一時間ほどの短縮授業をする。週末は実家に戻り、両親に教えてもらうといい」

「あの……実家には馬車で二週間はかかるのですが……」


 貴族の生徒の多くがそうであるように、ワーリエラもまた、実家の領地からは距離がある。だから学園の生徒の大半は学園寮で暮らしているのだ。

 アルティフィアは書斎机の引き出しから何かを取り出すと、テーブルの上に置いた。

 精緻な彫刻を施されたプレート。そのつややかな輝きはまぎれもなく純金製だ。その上、高度な魔法でコーティングされている。そのプレートに彫られた文字を読み取ると、ワーリエラは驚愕に目を見開いた。


「転移魔法陣の使用許可証……それも、フリーパス!?」


 王国の要所には転移魔法陣が設置してある。これを利用すれば、王国内各所に一瞬で移動できる。だがその運用にはコストがかかる。稼働には膨大な魔力を必要とし、上級魔導士による定期的なメンテナンスが不可欠だ。

 使用するには王国の認可を受ける必要があり、その使用料も高額だ。貴族であっても常用できるものではない。

 

 ワーリエラが転移魔法を体験したことがあるのも一度だけだ。学園の入学式は両親同伴で出席することになっている。その際、転移魔法で学園までやってくるのが慣例になっていて、それが初めての転移魔法だった。

 入学式後、両親は馬車で帰っていった。日数はかかっても馬車の方がずっと安上がりなためだ。

 

 その転移魔法陣を何回でも使用できるフリーパス。その価値は伝説級の装備品に匹敵する。


「転移魔法については技術改善を支援したことがあってね。このくらいの融通が利くのだよ。これを一か月間、君に預けよう。あくまで領地経営の勉強のためだ。遊びに使ってはいけないよ?」


 こんな軽い調子で渡されていい物ではない。

 思わずアルティフィアの顔をまじまじと見てしまう。銀縁の四角い眼鏡の下にある紅い瞳は、まっすぐだった。アルティフィアはどこまでも本気だった。

 爵位が上、それも学園きっての天才令嬢。そんな相手から差し出された極めて高価かつ貴重な品を、「高級過ぎるから受け取れません」なんて、まさか言えるはずもない。そんな無礼を働けば、何らかの処罰を受けても文句は言えない。

 

「あ、ありがとうございます」


 大変なことになってしまった。内心、幼子のようにおびえながら、ワーリエラは恭しく転移魔法陣のフリーパスを受け取ったのだった。





 一か月後の放課後。転移魔法陣の使用許可証を返却した後で、試験を受けることとなった。

 ワーリエラは必死で取り組んだ。そして今、アルティフィアが答案用紙を採点している。

 普通なら合否の心配をするものだが、今のワーリエラは自分の現状が信じられないという思いの方が強かった。

 

 一か月の間、平日の放課後はアルティフィアから領地経営の授業を受けた。一日に一時間という短い授業だったが、その内容は一日の授業に匹敵する密度だった。

 アルティフィアも領地経営の経験はないはずなのに、授業内容はきわめて洗練されたものだった。彼女が用意した資料も要点を押さえたわかりやすいもので、涼やかな語りは聞き取りやすく頭にしみこんでくるようだった。おかげで学習量は多いのに負担に感じることもなかった。

 

 しかもアルティフィアの授業は、学園の授業と連動していた。貴族向けの学園だから、当然授業科目も領地経営に通ずるものが多い。アルティフィアは授業を免除されているのに、なぜかワーリエラの受けた授業の内容を細かなところまで把握しているようだった。

 おかげで日々の授業にも身が入るようになり、学習効率は更に高まった。

 

 週末は実家に戻った。

 アルティフィアの師事を受け領地経営を学ぶことになったと説明すると、両親はとても喜び、色々なことを教えてくれた。アルティフィアが事前に渡してくれた質問集に従って両親に話を聞いたり、帳簿や資料を見ていくと、領地の状況が少しずつ分かるようになってきた。

 実際の領地経営の情報を見るのはとても有意義だった。学んだことが役立つという実感も得られて、理解はどんどん深まった。

 

 そして一か月はあっという間に過ぎた。

 気付けば領地経営に関する帳簿や各種数値についても理解できるようになり、物資や資金の流れも把握できるようになっていた。もちろん、実際の領地経営を自力でこなすにはまだまだ学ばなければならないことは多い。それでも両親からは、仕事の一部なら任せてもいいとまで言ってもらえた。

 

「うむ、合格だ。やはり君は優秀だな」


 アルティフィアから合格の言葉をもらい、ようやく実感が湧いてきた。

 自分は、できたのだ。本当に領地経営の基本をマスターすることができた。胸がドキドキした。意識せず笑みがこぼれた。

 そんなワーリエラの様子を見て、アルティフィアはにやりと笑った。

 

「どうだい? 学ぶことは楽しいことだろう」

「ええ、本当に……特に、魔法の勉強が領地経営に必須だということを実感できたのは初めてです」


 地の魔法は土地の状況を知るのに有用だ。水の魔法は河川の状況、風の魔法は気候を知るのに役立つ。火は多くの産業で使われるものだから、火の魔法を知ることもまた重要だ。

 それらの仕組みを知ることは、領地の状況を深く知り、人の流れを知ることにもなる。授業で繰り返し聞いてきたお題目を、現実の事として実感できたのは初めてだった。

 

「魔法を知ることは世界を知ることに通じる。学園が魔法の教育に力を入れているのは、本来は領地経営の役に立てるためだ。貴族が血筋を守り、魔力の高さを保つのも同じ理由だ。

 だが実のところ、現役の学生がその理解に至るのは難しい。君のその実感はとても意味あるものだ。これからもその感覚を忘れずに、勉学に励むといい」

「はい! ありがとうございますっ!」


 アルティフィアは答案用紙を渡された。各回答には○がつけられていた。全問正解だった。名前の横に花丸がついているのを見つけて、ワーリエラは顔をほころばせた。


「……さて、君の『領地経営の勉強』は一段落ついたと言っていいだろう。これで下地作りはできた。次の『ざまぁ』の準備に移ろう」

「あ、そういう目的でしたね……」


 勉強があまりに楽しすぎて当初の目的を忘れかけていた。

 だが既に、その効果は大きなものだった。まだまだ未熟とは言え、学生の身でありながら領地経営の基本をこなせるようになったワーリエラは、間違いなく学園でも指折りの有能な令嬢だ。彼女を失えば、婚約者のジェントークはひどく後悔することになるだろう。

 だが、アリティフィアにとって、それは『ざまぁ』の準備の第一段階にすぎないようだった。

 

「次は『友達作り』をしてもらう」

「と、『友達作り』ですか……」

「そうだ。君の味方は多ければ多いほどいい。そうすれば、君を捨てた婚約者は行く先々で己の思慮の浅さをなじられることになる。『ざまぁ』を彩るのは、やはり数の多さだよ」


 ワーリエラは及び腰になってしまう。彼女は人見知りで友達が少ない。婚約者と距離を縮められないのも、この性格が災いしてのことだった。

 アルティフィアのところに来ることにしたって、ずいぶんと勇気を振り絞ったものだ。

 

「心配することはない。そのための『領地経営の勉強』だ」

「え? どういう関係があるんですか?」

「貴族の生徒たちは、その多くが将来、領地経営に関わる。ゆえに領地経営に興味がある。だが実地で学んだ経験のある者となると、かなり限られてくる。今の君のレベルに達した者となると、ほとんどいないと言っていい。

 この一か月で学んだことを少しばかり披露するだけで、君はすぐに人気者になれるだろう」

 

 ワーリエラは感嘆の息を漏らした。

 魔法の実技授業では、実戦経験者が人の目を集めている。実際の領地経営を経験したワーリエラは、同じようにクラスで注目を浴びる自身の姿を、容易に想像することができた。

 

「まあでもいきなり『友達作り』と言われても、何から手をつけていいか迷うことだろう。そこでこんな資料を用意した」


 そう言ってアルティフィアは数枚の資料を差し出した。

 資料の上半分は生徒の情報が列挙されている。名前と爵位、出身地、得意科目、趣味、好きな食べ物、嫌いな食べ物などなど……人となりがわかる主要な情報が書かれている。

 下半分は上で列挙された人物の相関関係が図で表されていた。

 そんな資料が10枚ほどあった。

 

「これはいったい……?」

「おすすめの友達グループだ。一枚につき一つのグループをまとめてある。当てが無ければ、ひとまずそこから選んでほしい。

 学園内には私の『手駒』がそれなりにいてね。この資料の各グループにも『手駒』がいるから、君が仲間入りする時はサポートするよう手配する。

 まあでも、最初からそううまくはいかないだろう。失敗しても君の悪評が流れたりしないようフォローするから、まずは気軽な気持ちで声をかけてみてくれ」

 

 恐ろしく手厚いサポートだった。

 ここまでお膳立てしてもらっては、人見知りのワーリエラも物怖じしてはいられないと思った。


「ああ、それと念のために注意しておく。君が他の学生より領地経営に詳しいからと言って、それを自慢してはならない。傲慢さは敵を生む。謙虚さを尊べ。『仲間に入れてもらう』という意識を忘れてはならない」

「はい! わかりました!」


 こうして、ワーリエラは『友達作り』を始めることとなった。




「『友達作り』は順調なようだね」

「はい! おかげさまで、毎日学校が楽しくてたまりません!」


 『友達作り』を初めて一か月ほと過ぎた。

 ワーリエラは見事、アルティフィアのオススメグループに入った。グループのみんなは温かく迎え入れてくれた。ワーリエラの領地経営の知識は重宝されたし、友人たちから受ける質問や感想は理解を深めるのに役立った。

 ワーリエラが話すばかりではない。友人から聞く最近の流行や人々の噂は、ワーリエラの知らなかったことばかりだった。領地経営を知る自分が特別優れているわけではなく、みなそれぞれに優れたところがあるのだと、改めて知った。

 

 いつも一人で過ごしていた授業の休み時間は、友人と歓談する楽しい時間へと変わった。


 かといって、交友関係ばかりにかまけていたばかりではない。『領地経営の学習』を経たワーリエラにとって、学園の授業は「やらなければならないこと」から「将来役に立つ有意義なもの」へと変わった。勉学にも真剣に取り組んだ。

 わからないことがあったときは、アルティフィアの研究室を訪ねた。彼女はいつも、的確に教えてくれた。

 

 勉強と友人関係、全てが楽しくて価値のあるものとなった。ワーリエラの学園生活は、かつてないほどに充実してきたのだった。

 

 今日はアルティフィアの研究室に、定期報告のために来た。

 だが、報告を受けたアルティフィアは、ちょっと困り顔になってしまった。

 

「友達関係は良好。グループ外の学友とも話す機会が増えている。好調なのはいいことだが、少々偏りがあるな」

「偏りと言いますと?」

「令嬢ばかりで、子息の友達が増えていない」

「言われてみればそうですね……でも、それは仕方のないことではありませんか?」


 共学の学園であっても、貴族令嬢がむやみやたらと貴族子息に声をかけるのは不作法とされる。

 そもそもアルティフィアのサポートがあって友達の増えたワーリエラだが、まだまだ初心者だ。子息に声をかけるのは、少々難しいものがあった。

 

「だが、子息の味方は増やしておきたい。令嬢たちから冷たい目で見られ、同性の子息たちからも受け入れてもらえない。その過酷な状況こそが、『ざまぁ』の質を数段階引き上げるのだ。

 それに婚約破棄後の新しい婚約相手を見つけるのにも、子息側の印象がいい方が好ましい。遠方の婚約相手も何人か手配できるが、君の場合は顔を見知った学園の生徒の方が向いているだろう」

「でも……むやみに殿方に声をかけるのは、はしたなくありませんか?」

「その懸念は正しい。いかに相手が理不尽に婚約破棄しようとも、その相手が軽薄な浮気性の令嬢だったら、『ざまぁ』の威力が大幅に落ちてしまう。そこで声をかける子息は厳選する」


 アルティフィアは今回も資料を用意していた。今度はグループ分けをされていないリストだった。

 リストに目を通すうちに、ワーリエラの顔がこわばった。

 

「あの……このリストの皆様は、わたしより爵位が上の大貴族のご子息ばかりなのですが……」

「上を押さえれば下も同じ認識を持つ。大貴族とつながりを持つことが、一番手っ取り早い」

「む、無理ですよ! そんな恐れ多い……!」


 人見知りであるワーリエラは、同格の子息に声をかけることすら抵抗を感じているのだ。その上、自分よりずっと上位の貴族ともなれば、もはや彼女の扱える範囲を超えていた。

 だが、アルティフィアはいつもの落ち着いた雰囲気で話を続けた。


「そう深刻にとらえることはない。面談はこちらでセッティングする。『手駒』を同行させるから、一人で対面するわけでもない。何か失敗してもフォローする。君の学園生活に禍根を残すことはない」

「でも、そこまでしなくても……」

「相手によっては私が同席する。これは『悪だくみ』のためばかりではない。大貴族に君と言う人物を知ってもらうことは、将来必ず大きな意味を持つことになる。だからどうか、試してみてはくれないだろうか」


 アルティフィアはまっすぐに目を見つめて語った。

 彼女には領地経営を教えてもらった。友達もたくさんできた。そんな恩人が、自分の将来を思って真摯に提案してくれているのだ。

 ワーリエラは覚悟を決めた。

 

「わかりました! どうか、よろしくお願いします!」


 ワーリエラは深々と頭を下げた。

 こうして、彼女は大貴族との子息との関係構築に踏み出したのだった。




 ワーリエラが覚悟を決めてから一か月ほど過ぎた。

 大貴族との関係構築は順調に進んでいた。彼女は元々優秀な令嬢であり、今は友人もたくさんいて人望もある。将来性は十分で、子息たちも彼女のことは聞き及んでいた。

 大貴族を前にしたワーリエラは毎回とても緊張していた。それがかえって大貴族に好印象を与えているようだった。

 

 ここまで有能に成長したワーリエラを婚約破棄すれば、婚約者のジェントークは強烈な非難を受けること必至だ。素晴らしい『ざまぁ』が見られることだろう。

 順調に進む自らの『悪だくみ』に、アルティフィアはほくそ笑む。

 

 そんなある日。放課後、ワーリエラが報告に来る時間になった。

 

「アルティフィア様ーっ!」


 いきなり開かれた扉から、ワーリエラは喜びに満ちた声と共に研究室に突入してきた。


「おいおいどうしたんだ、ワーリエラ君? ノックもせずに入ってくるとは君らしくもない」

「す、すみません。あまりに嬉しいことがあったもので、つい……」


 ワーリエラは顔を真っ赤にしてぺこりと頭を下げた。

 乱暴に開けてしまった扉をきちんと閉じ、身を正す。

 

「ふむ。君がマナーを忘れるほどの慶事か。なにがあったか聞かせてくれるかい?」

「はい! もちろんです! アルティフィア様のおかげで、全部解決しました!」

「なに? 全部解決しただと?」

「はい! 全部!」


 どうにも要領を得ない。

 アルティファイアの読みでは婚約破棄はもう少し先になる見込みだった。

 婚約破棄を宣言する夜会はいつでも手配できるよう準備を進めていた。だがもしや、婚約破棄は内々に処理されたのかもしれない。

 

 それも予想はしていた。

 アルティフィアはその優れた頭の中で、婚約破棄宣言の夜会の予定は消し、『ざまぁ』を最高に素晴らしく演出する夜会を組み立て始める。

 そんな滑らかかつ高速な思考を、しかしワーリエラの一言が止めてしまう。

 

「ジェントーク様と仲直りできました!」

「仲直り? どういうことだ?」

「はい! ジェントーク様とは今日、定期のお茶会でお話をしていました。そうしたら、彼は私が領地経営に詳しいと、ご友人から聞いたそうで……」

「ふむそれは、『領地経営に詳しいなど、令嬢の癖に生意気な! 夫の仕事を奪うつもりだな!』とか理不尽に怒るパターンだな」

「いえ、すごく喜んでくださいました。それでわたし、思い切って平民のコモーナ嬢と懇意にしているのはどういうことかと聞いたんです」

「ふむそれは、『真実の愛を見つけた。君との婚約を破棄させてもらう!』と逆ギレするパターンだな」

「いえそれが、コモーナ嬢と懇意にしていたのは、将来の領地経営に備えて、平民の暮らしを知りたかったからだそうなんです。だからわたしの領地経営の知識に興味を持ってくださったのです。

 それで、思い切って今まで不安だったことを話しました。そうしたら彼は真摯に謝ってくれて、わたしのことを優しく抱きしめて……」

 

 そこまで言って、ワーリエラは両手で顔を隠して、キャーッ! と叫んだ。顔は見えなくても耳まで赤くなっていることからその表情は知れた。相当甘いやりとりがあったらしい。

 ワーリエラはしばらく身もだえしていたが、やがて少しは落ち着いたのか、ようやく顔を見せた。

 

「そんなわけで、仲直りできました。全部解決です!」


 火照りを冷ますようにパタパタと手で顔を仰ぎながら、晴れやかな笑顔を浮かべ、ワーリエラは話を結んだ。

 彼女は満足した様子だが、アルティフィアはまったくもって納得いかない様子だった。

 

「ちょっと待て。仲直りしてしまったら『ざまぁ』できないじゃないか。『悪だくみ』は頓挫したことになる! 君はわたしに『悪だくみ』を頼んだのだろう? なぜ仲直りしたという状況を、うれしそうに解決したなどと言えるのだ!?」

「いえ、その……わたしとしては、もともと彼と仲直りしたかったと言いますか……」

「最初に会った時にそう言っていたな。だが私はそれを否定し、君は『悪だくみ』で協力してくれと言ったじゃないか。

 ……いや待て。あの時。私について『噂を聞いた』と言っていたな。どんな噂を聞いたか、正確に教えてもらおうか!」

「ええと、あのその……」

「ええい、はっきりしろ! 言わなかったら怒る! 言っても怒るかもしれないが、言わなかったときよりは手加減することを約束しよう!」


 銀縁の眼鏡の下から、紅い瞳を爛と輝かせ詰め寄るアルティフィアに、ついにワーリエラは観念した。

 

「わたしが聞いた噂はこうです。『アルティフィア様に相談すればきっと解決してもらえる。彼女は『悪だくみ』と言うけれど、必ずみんながしあわせになる結末を導いてくれる。だから彼女を信じて、『悪だくみ』にのりなさい』、と……」

「ふざけるな! 君もそんな戯言を聞いてここに来たのか!」

「アルティフィア様……本当はこういう結末になるとわかっていたのではないですか? そのためにあんなに手厚くお世話してくださったのでは……」


 アリティフィアの眉が吊り上がり、顔は真っ赤になった。思わず息を呑むほどの、それは激怒の顔だった。


「そんなことがあるものか! 『悪だくみ』を愛するこの私、アルティフィア・プロジクトがそんなお人よしに見えるとでも言うつもりか!?

 ええい不愉快だ! 君のことなどもう知らん! とっとと出ていけ!」


 アルティフィアはグイグイとワーリエラの身体を押していき、部屋の外へ放り出してしまった。

 部屋を出る間際、ワーリエラは叫んだ。

 

「わたし、とっても感謝しています! アルティフィア様のためならなんでも協力します! 必要ならわたしのことも、『手駒』として使ってください!」

「やかましい! さっさとどこかへ行ってしまえ!」


 アルティフィアは怒りに任せて乱暴に扉を閉めた。

 しばらくその場でふうふうと荒い息を吐く。

 息が整うと、紅茶を淹れ、書斎机に着く。

 落ち着いたところで、はあっと大きなため息を吐き出す。

 

「やれやれ、今回の『悪だくみ』も失敗か……」


 これまで進めてきた計画の過程や、これから進めようとしていた計画が頭の中をめぐる。順調だった。それなのに、最後は思惑と違った結果になってしまった。

 思い返すうち、最後に思い浮かんだのは、婚約者と仲直りできたと嬉しそうに語るワーリエラの笑顔だった。


「だが、まあ……別にいいか」


 アルティフィアはそう結論付け、紅茶を口にした。その口元には、本人も気づかない小さな笑みが浮かんでいた。

 こうしたことは初めてではない。

 実のところ、アルティフィアの『悪だくみ』が望んだように成功したことなど、一度としてないのだった。




 『悪役令嬢育成計画』。

 人づきあいがうまくいかないという伯爵令嬢が相談に来た。そこでその伯爵令嬢を孤高の悪役令嬢に育て上げることにした。そういうのが似合いそうな吊り目の美しい令嬢だったのだ。

 アルティフィアはまず、『他人のことを豚や羊とでも考えて見下せ』と指導した。そして悪役令嬢にふさわしい学力をつけさせるべく、勉強のカリキュラムを組んで鍛え上げた。

 

 ところがこの計画は頓挫した。彼女は周囲から慕われるようになってしまったのである。

 

 もともとその伯爵令嬢の人づきあいが上手くいかなかったのは、爵位を気にしすぎるあまりうまく人との距離が測れず、キツイ態度を取ってしまうせいだった。これが相手を『平等に見下す』とことで、誰に対してもそっけなく簡潔に受け答えするようになった。

 人と接する態度はそっけなくて愛想が無いが、勉学に真摯に励む美しい令嬢。そんな彼女の姿は周囲の人々に尊敬の念を抱かせた。そっけないのも、むしろ身分によって態度を変えるよりは公平でよいことだと受け取られた。

 人との軋轢が無くなり、伯爵令嬢の心は穏やかになった。今では周りの人間を「愛すべき子羊」ととらえ、慈愛に満ちた態度で接している。悪役令嬢という呼び名からは程遠い存在となってしまった。

 

 

 『男爵子息反逆計画』

 高位の貴族子息から虐げられているという男爵子息が相談に来た。そこでこの子息に力をつけさせ、反逆させることにした。

 アルティフィアは男爵子息周囲の人間関係を把握し、同じ爵位の子息たちとコミュニティを形成させた。リーダーとしてふるまえるよう、男爵子息には帝王学や人心掌握術を重点的に叩き込んだ。上に立つには成績上位でないと格好がつかないため、学業についても優秀となるべく鍛え上げた。仲間は順調に増え、反逆の時まであと少しというところまでいった。

 

 ところがこの計画は頓挫した。高位の貴族子息たちが謝罪してきたのである。

 

 高位の貴族子息たちは、リーダーとして立派にふるまう男爵子息に感銘を受け、自らの行為を恥じて詫びてきたのだ。以前の男爵子息ならそれでも許さなかっただろう。だが、実力をつけ仲間をまとめ上げてきた彼には、それを受け入れるだけの度量があった。

 今では身分を越えた友情で結ばれ、お互いに高め合う存在として認め合い、充実した学園生活を過ごしている。

 

 

 『低魔力魔法革命』

 魔力が低いせいで周囲から見下されているという令嬢が相談に来た。この低魔力令嬢に力をつけさせ、周りの令嬢を見返させることにした。

 アルティフィアが着目したのは魔道具だ。魔道具の動作を制御する制御回路は、原則として小さな魔力しか必要としない。精密な制御部分には大きな魔力が不要なのだ。この分野なら低魔力令嬢も魔力の不利を気にすることなく研究を進められる。低魔力令嬢も制御回路の研究には興味があり、適性もあった。

 魔道具の研究に必要な資材や資料を手配し、技術面においても相談に乗り支援した。

 

 ところがこの計画は頓挫した。低魔力令嬢が自分を見下した令嬢に協力を求めるようになってしまったのだ。

 

 魔道具の制御回路は原則として小さな魔力しか必要としない。しかし研究の結果、大きな魔力に耐えられる制御回路を作ることができれば、魔道具の可能性が飛躍的に拡がることがわかったのだ。

 低魔力令嬢は、周りを見返すことより研究を進めることに価値を見出した。そこで周囲の令嬢たちに協力を求めたのである。

 研究の成果の数々を目にし、彼女の研究へのひたむきな姿勢に胸を打たれ、令嬢たちの認識はすっかり変わった。今では仲良く魔道具の研究に勤しんでいる。




 『悪だくみ』と称しているのに、常にそのお題目からかけ離れた結果を招いてしまう。アルティフィアは高い知能を持っていながら、なぜそうなってしまうのかを正確には理解していない。自分の行動のおかしさを自覚できていない。

 

 今回のざまぁの準備も、明らかにおかしかったのだ。

 本来なら、アルティフィアは真っ先に、ワーリエラの婚約者ジェントークと平民の娘コモーナの身辺を調査すべきだった。『悪だくみ』をするにしても、それを踏まえた上で行うべきだった。

 だが彼女はそれを無意識に避けた。


 ジェントークは平民の暮らしを知るために平民の娘と交流を続けた。その期間は、ワーリエラが相談に至るまで半年。ワーリエラが自分を磨いた三か月間でも続いていた。

 合わせて九か月。ただ情報を得るだけなら、そんな長期間は必要ない。

 

 いつまでも交流を続けて、そのことに違和感を抱かないほどに、二人の相性はよかった。二人が距離を保っていたのは、身分の違いからお互いに線引きをしていたからに過ぎない。

 そんなものは、ちょっとしたきっかけで崩れ去る。そうすれば二人はもう止まらない。それこそ婚約破棄なり駆け落ちなりをしていたかもしれない。

 下手に干渉すれば状況が悪い方向へ進行しかねない。だから無意識に、二人へのアプローチを避けたのだ。

 

 そしてワーリエラを鍛えることに注力した。

 もし、婚約者との関係が崩れたとしたら、ワーリエラは悲しみに沈むことだろう。だが、優れた能力があれば、それを頼りに持ちこたえられるかもしれない。支えてくれる友人がいれば、立ち直れるかもしれない。

 力をつければ、ジェントークはワーリエラをより愛することになるかもしれない。そうすれば悲劇そのものを回避できる。

 アルティフィアは『悪だくみ』を実行しているつもりで、しかし思考の奥底でそうした筋書きを立てていた。

 

 アルティフィアは卓越した情報収集能力と、それを最大限に活用する情報処理能力を併せ持つ天才だ。

 だが彼女のもっとも優れた能力は、危機を感じ取る直観力だ。理性で理解するより早く、何をすべきか直感で分かってしまうのである。

 しかし彼女は理性を重んじるため、直観を否定する。根本となる判断は直感で既にできているのに、それを理性で無理矢理に理由付けしてしまうのだ。

 

 直観での判断を否定しながら、その直感通りに行動するという矛盾。それに自分の中で整合性をつけるために使っている詭弁が『悪だくみ』だ。

 『悪だくみ』だから、少々おかしいことでも気にしない。道理に合わないことも、悪いことをしているのだから仕方ない。そんな風に考えて、理性で否定した直観の判断を実現するべく動く。

 アルティフィアという少女は、本質的にはどうしようもないほど善人なのである。直観で為す判断は常に相手をおもんばかったものとなる。

 だから彼女は、『悪だくみ』と言いながらハッピーエンドにばかり導いてしまうのである。


 そんなアルティフィアに助けられた者たちは、彼女に深く感謝して自ら進んで協力するようになる。それが彼女が『手駒』と呼ぶ者たちだ。

 ワーリエラもいずれは『手駒』として役立つことになるだろう。アルティフィアは理性的な人間であり、あそこまで有能になった令嬢をみすみす見逃すことなどできはしない。


 『手駒』が増えてどんどん計画を進めやすくなっているのに、学園内は仲良しグループが増えすぎて『悪だくみ』する隙がどんどん無くなっていく。それでも彼女は変わらない。


「今回の計画も頓挫した……だがこの私、アルティフィア・プロジクトは諦めない! いつか必ず『悪だくみ』を成功させてやる!」


 善人として人助けをするなんて、彼女のプライドが許さない。照れ臭くて、とてもそんなことはできない。

 だから何度頓挫しようと、アルティフィアは『悪だくみ』を止めないのだった。



終わり

『ざまぁ』を裏で計画している第三者がいたら面白いかもしれない。

そんなことを思いついてお話にしてみました。


読んでいただいてありがとうございました。

楽しんでいただけたなら幸いです。

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