表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

令嬢ものまとめ

咎めなき婚約破棄に断罪を...(一人称視点版)

作者: タルト

開いてくださりありがとうございます。


昨年12月に投稿した同名の小説(https://ncode.syosetu.com/n5155hz/)の一人称視点版となります。


評価・感想お待ちしています。ブックマークも是非していただければと思います。


9/8追記

日間短編ランキング67位になっていました。

ありがとうございます。

 手にした包丁の冷たい刃は、私の顔をよく反射していた。


 料理人を勤める同僚は、研磨を快諾してくれた。

 とてもありがたいが、同時に彼の善意にかこつけることにひどく心が痛む。

 でも、仕方がない。私は奴に復讐すると、そう決めたのだから。



 包丁はこっそり自室に戻って、丈夫な布で三重に包んで道具入れの中に仕舞った。

 一息ついて部屋を見回すと、いつも以上に物が少なくなったからか、それとももう再び入ることはないからか、とても寂しく感じられた。



 家を出る前に、妹のような主の......かつての聡明さも、「令嬢」としての気品も失われてしまったセシリー様のお顔を見た。

 普段は泣いている時間なのに、今日はとても安らかそうに眠っていて、幼い頃、一緒に寝たときのことを思い出し、また悲しくなった。

 本来は一介の側仕えでしかない私を誰よりも愛してくれたのはセシリー様だった。

 私もセシリー様が誰よりも大切だ。

 この思いはずっと続くと思っていたのに、こんなにも早く壊されてしまった。

 それがとても憎く、悲しい。



 かつて公爵様は「娘がこれほどまでにせがむのなら......」と、客人のいないときの私邸に限っては、私がセシリーの姉として共にいることを許してくださった。

 馬車の事故で両親を亡くした幼い頃の私にとって、それがどれだけ救いになったか。

 本当に、感謝してもしきれない。


 だが、私はもうすぐそんな方の顔に泥を塗ってしまうのだ。

 それでも、私は復讐を遂げなければならない。必ず。



 セシリー様に一礼すると、静かに屋敷を出た。

 振り向いて見た屋敷は、普段以上に荘厳に思えた。庭園の明るい緑が眩しく感じる。

 少し先の馬車に乗り込めば、この視界に入る全てが私から失われる。


 その事実に足が動かなくなることが怖くなり、屋敷にも頭を下げると、すぐに馬車に乗り込んだ。


「......本当に、出てもいいんだな?」

「......はい」


 投げかけられた言葉は、後戻りするかどうかの最終確認だった。

 御者の方は私の言葉に頷くと、思い出深い屋敷を発った。

 全てを投げ打つと、そう決めたのに。

 決意に反した涙はとめどなく溢れてきて、暫く止まらなかった。



 馬車に揺られていたら、この復讐の起こりが強く思い出された。


 全ての原因は、3ヶ月前、王太子のアレックスがセシリー様に婚約破棄を通告してきたことだ。


 セシリー様は聡明で、とても落ち着いた方だった。

 その所作は完成された美しさがあり、それは他家の令息・令嬢の方々と比べても際立っていた。


 幼い頃からその片鱗を見せていたことに加え、家格も先々代の王弟に連なるフォレス公爵家であったため、誰もがセシリー様が王太子の婚約者――次期王妃――となることを認めた。

 私はそんなセシリー様がとても誇らしかった。



 だが、あの王太子は、こともあろうに子爵令嬢に心を惹かれた。

 身分を弁えない子爵令嬢など、本来であれば直ちに一蹴されるはずだった。

 しかし、実際は一蹴するどころか、手紙のやり取りを経て、遂には密会にまで至っていた。


 勿論、セシリー様はアレックスの雰囲気と態度が変わったことを敏感に感じ取っていた。

 勇気を出して苦言を呈しもした。

 しかし、その思いはあっさりと切り捨てられてしまった。

 挙句の果てには「君はつまらない。サラの方がよっぽど良いよ」とまで言ったらしい。

 それを嘆き泣き続けるセシリー様を見て、腸が煮えくり返った。


 何故奴はあの美しさが分からない。何故あんな品のない子爵令嬢に現を抜かす。

 あの時に抱いた思いは、未だに鮮明に残っている。



 それでもセシリー様は気丈だった。


「これは、私とアレックス様に課せられた試練なの。大丈夫よ。アレックス様は必ず、目を覚ましてくれるわ」と、涙を流しながらも、真っ直ぐに信じていた。


 それでも、奴の態度は酷くなる一方だった。

 セシリー様も時を経るごとに憔悴していって、心が痛くて堪らなかった。


「やっぱりフローラと過ごしているときが一番だわ」という、初めて言われたときには感激して本当に泣いてしまった言葉からも、幸福の中の楽しさは失われてしまった。



 そして、3ヶ月前に訪れたセシリー様の誕生日。

 私にとって一年で最も嬉しい日は、アレックスのせいで人生で最悪の日に変わってしまった。


 いつもなら、公爵様の邸宅にて誕生会が開かれていた。

 しかし、心労から体調を崩すことが増えたセシリー様を気遣い、今年はそれが取り止められた。


 セシリー様を慕う令嬢の方々からは、会の中止を惜しむ手紙が届いた。

 それらはセシリー様にとって慰めとなり、私も笑顔を浮かべるセシリー様を久しぶりに見ることができて安堵していた。



 そんな喜びをぶち壊した奴の手紙は、その中に紛れていた。

 飾りのない無機質な手紙だった。封を開けると、淡々とした字で「王太子アレックスの名の下に、セシリーとの婚約破棄を宣言する」とだけ書かれていた。


 私はあの時のセシリー様の顔を――悲愴としか言い表せない顔を――忘れることはない。

 奴はセシリー様のこれまでの全ての努力も、一途で健気な思いも、何もかもを否定したのだ。



 手紙を読んだ直後、セシリー様はひどく間隔の短い呼吸を繰り返した後、倒れてしまった。

 3日後に目を覚ましたけれど、セシリー様は完全に壊れてしまっていた。


 日の大半を幼子のように泣き喚くその姿には、もうかつての気高く美しい令嬢はいなかった。

 夢か、あるいは別人とすり替わっていることを願っても、目の前の地獄は確かに現実だった。


 私がそっと抱きしめると、少し安らいだ顔をする。

 その反応が、これは確かにセシリー様なのだと私に突き付けてきて、激情に襲われた。

 そうして涙が止まらない私を見て、変わり果ててしまったセシリー様も泣いた。


 私たちは昔から、どちらかが泣くとそっと寄り添って、そうして2人で泣いていた。

 それは今も変わらないはずなのに、あまりにも違っていた。



 食事の度に、セシリー様と一緒に食べた思い出が浮かんできて、暫く喉を通らなかった。

 寝て起きる度に、セシリー様が別人になってしまったのが悲しくて、自分が何もできないことが悔しくて、何よりこの結果を招いたアレックスが憎くてたまらず、何度も何度も泣いてしまった。



 そうして過ごしていたある日、アレックスが「新婚約者の紹介と挨拶」という名目でパーティーを開催する、という話が耳に飛び込んできた。

 また、ほぼ同時に、公爵様から王によって「正式な婚約破棄」が通達されたと告げられた。


 以前のものは、王太子の独断であり、身勝手な行いであったため、抗議のしようがあった。

 しかし、今回は「フォレス公爵令嬢セシリーの現状を鑑みてのもの」だった。

 実際、もう王妃どころか、自力での日常生活が到底不可能であるのは明らかだった。

 それを理由にされたため、公爵様も受け入れるしかなかったという。


 しかし、話はこればかりではなかった。

 あろうことか、アレックスへの処罰はないというのだ。

 私たち使用人は、「ふざけるな! 事の元凶は他でもない王太子だろう! お嬢様を返せ!」と、心の奥底から憤慨したが、既に処罰するよう求めたものの切り捨てられたという公爵様の言の前に為す術はなかった。



 それでも私は到底許すことはできず、復讐を決意した。


 まずパーティー会場への足を確保すべく、特に親しい御者に「アレックス様に一言申し上げたいから」と密行を依頼した。

 私が復讐を遂げたときは言わずもがな、たとえ会場に入れずとも、公爵様の許しを得ずに馬車を走らせたとなれば、それだけでもお咎めは免れない。

 しかし、セシリー様が生まれる以前より御者をしている彼は、それを分かっていながら引き受けてくれた。


 私は次に、この家の料理を担っている同僚に、包丁をよく研いで欲しいとお願いした。彼は理由も聞かず快諾してくれた。

 今思えば、すぐに取り掛かってくれたのは、私のすることを察していたからかもしれない。

 私の道具入れに仕舞われているそれは、彼が愛用していたものだから。



 ともかく、私はこうして復讐の旅に出た。

 王宮まで10日間の、長く……とても長く感じる旅だ。


 王宮が見えたとき、ふと髪飾りに触れたくなった。

 昔セシリーが……私の()が私の誕生日に贈ってくれた、大切な大切な宝物。



「……着いたぞ。悪いが、俺にできるのはこれが精一杯だ。あとは、よろしく頼む……」

「……はい」


 私は彼に頷き返すと、深く礼をした。見送った後ろ姿がとても寂しく感じた。



 私は懐に包丁を隠すと、案内されるままに中へと入った。


 案内係は兵士の方だった。

 もし身体検査でもされれば遂行は不可能だったが、かつて公爵様が誂えてくださったセシリー様とお揃いの服を着ていたからか、気取られることもなく入ることができた。

 思い出と公爵様の厚意とを復讐の道具として汚してしまったことが悲しく、涙をこらえるのが大変だった。



 会場は、過度に派手な装飾がそこかしこに施されていた。

 いかにもあの王太子が好きそうで、ひどく不快だった。


 周囲の貴族の方々は「次の婚約者は誰になるのか」という話で持ちきりだった。

 アレックスが入れ込んだ例の子爵令嬢の名を唱える方、別の公爵家の令嬢の名を挙げる方、様々だった。

 しかし、やはり誰もセシリー様よりも相応しい令嬢がいるとは思っていないようで、私はまた涙が出そうになるのを必死に堪えた。



 暫くして、漸く準備を終えたらしいアレックスが華美な格好で現れた。

 周囲は静まり返った。誰も奴の言葉の一切を聞き漏らさんとしていた。


 奴は挨拶の後、形式的な口上を述べていった。

 その声に、瞳に、セシリー様の現況に対する悲しみや罪悪感は微塵も表れていなかった。


「長年私の婚約者であったセシリーですが、先日、不幸にも悪魔に憑かれ――」


 ……ふざけるな!

 悪魔に憑かれた? それは非道な行いをして尚も省みないお前のことだ!

 ――全て、全てお前のせいだ――


 私は貴族たちの間を縫って前に出、包丁を取り出し、駆けた。

 包丁が深々と刺さる感触があった。力いっぱい柄を捻ると、不気味な、しかし確かな手応えを感じた。


 直後、アレックスは床に倒れた。


「な、な……」


 包丁を引き抜くと、血飛沫が舞った。

 顔を睨みつけてやると、苦悶の表情を浮かべていた。目の前の仇の生命が失われゆくのが分かった。

 私は確かにやり遂げた。


 あと少しでアレックスは死ぬ。

 そして、私も――。



 セシリー様。不甲斐ない私をお許しください。


 私は目を閉じて、喉元に包丁を突き立てた。多少の熱を帯びているはずの刃は、何故かとても冷たかった。

最後までお読みくださりありがとうございました。


今作は別の小説を書く際に、一人称と三人称の両方の視点を試していて、咎めなき......を書き直してみよう、と思い立って改変に至りました。


また、今作を以て、私の作品の合計文字数が10万字を突破しました。

総合作品数は詩とエッセイ(?)を含めて丁度30となりましたが、短編ばかりとはいえ、10万文字という大台に乗れたことを喜ばしく思います。

今後の活動としては、かねてより抱いていた中長編に挑戦したい、という思いを形にできそうなものが漸く浮かんだので、それを書きたいと考えています。

短編も思いついたら並行して書くつもりです。


投稿間隔は以前と同様のものに戻ると思いますが、気長にお待ちいただければと思います。


重ね重ねになりますが、評価・感想、ブックマークをいただければと思います。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ