バッドエンドは許しません!
冴えない女子高校生の吉田ユミコは平凡な日常に苦悩していた。
しかし、彼女の日々にはひとつだけ楽しみがあった。
それは、童話の世界をテーマにした乙女ゲームだった。
子供のころから、お姫様にあこがれ、いつか素敵な王子様が迎えに来ることを夢見ていたユミコは、最近は強い女性、戦う女性、男性に依存しない女性がもてはやされる風潮にいごごちの悪さを感じていたが、このゲームでは古き良き童話の世界観が思う存分味わえるので、何度も繰り返しプレイしては楽しんでいた。
中学生のころ、ファンタジー小説ばかり、読んでいたところ、"そんな夢みたいなこといってないで" と家族からは呆れられていたのがショックで、ひそかにプレイしていた。
そのゲームはマルチバージョン形式で発売されており、一つはDawn of Lightといって、主人公サイドの王子・ヒーロー感あふれる登場人物との恋愛が約束されている。ユミコが今までやりこんでいたのはこちらのバージョンで、毎晩寝る前に必ずプレイするのが日課となっていた。
一方で、Eclipse of Shadowは悪役サイドの登場人物との恋愛ゲームだ。こちらはいわゆるメリーバッドエンド、一見するとバッドエンドだが、独特の魅力ある終わり方こちらばかりで、根強いファンが多いらしい。
ユミコはバッドエンドは苦手なのでEclipse of Shadowはさらりとプレイしただけで、放置していた。
「う~ん。でもな、Dawn of Lightはもうやりこみすぎて、ほぼ覚えちゃってるし・・。なんか面白いゲームないかな。」
そうつぶやきつつ、ユミコは眠りについたのだった。
その夜、ユミコは奇妙な夢を見た。
彼女は、慣れ親しんだ乙女ゲームの世界に入り込んでいた。だが、そこは彼女が何度もプレイして知り尽くしたDawn of Lightの世界ではなく、ユミコが苦手としていたEclipse of Shadowで見た光景だった。その現実感に肌がぞわりとした。
目の前に立つのは一人の男性。黒い鎧に身を包み、己の目的のためには非常な手段もいとわない厳しさを予感させつつ、その横顔は抗えない魅力をもった鋭い美しさだった。彼がゆっくりとこちらに向いた時、赤い瞳がユミコを捉えた。その瞳は、深淵のような孤独を湛えていて、ユミコの心をくすぐった。彼をユミコはすでに知っていた。その名前はヴァルデマール。
ヴァルデマールは驚きながらもユミコを見つけ、彼女に近づいてきた。その彼の手がユミコに向かって伸ばされた時、彼の表情は何かを伝えようとしているかのようだった。だが、その言葉はユミコには届かず、遠く遠くから聞こえるような感覚に彼女はもどかしさを感じた。何とか理解しようと試みた矢先、ユミコの意識は夢の世界から引きはがされてしまった。
その時ユミコは前日に寝ていたはずのベッドとは異なる硬くて冷たい感触に違和感を感じた。
目を開けたが、そこは真っ暗で何も見えない。そしてなにやら土のようなにおいがした。手探りで下を触ると、冷たく湿った土と石の感触がした。
「どうして??私ベッドで寝たはずなのにどうして外にいるの??」
パニックになりながら、周りを手当たり次第に触るとユミコの周りは丸く、石壁で囲まれていることがわかった。
「もしかして、これって井戸の中???」
ユミコが上を見上げると、よく見れば星明りが見えた。
「うそでしょ?信じられない…。でもとにかく外に出ないと…。」
必死になって、手を伸ばしながら、井戸の中をまさぐっていると、その手に何かが触れた。
それを慎重に触って形を確かめる。
「これ、縄梯子かも!」
ぐいっと引いてもしっかりと引っかかっているようで、外れる気配はない。
ユミコは決意を固め、縄梯子を掴み、登り始めた。
「ぐらついて握りにくい…」
目の前には暗闇だけ。何も見えず、感覚だけを頼りにする彼女にとって、それは困難な挑戦だった。しかし、登るにつれて視界が明るくなり、出口への距離が近づいていることを感じた。
「あと…少し…くっ、頑張らないと」
すでに手の感覚がなくなりつつあったが、最後の力を振り絞り、ようやく井戸から脱出すると、
「ついたー。ああああ。つらかった。」
ユミコは息絶え絶えで地面に横たわった。