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霞譚
それは桜の頃でした
川面に浮かんだ霧の覆う
朧な月の灯った日です
明かりは要らぬようでした
狐と熊と兎とが
月を見上げておりました
あれは随分遠くなった
どうにも届かぬ果実となった
近づいてみているはずなのに
そこにはなんにもないんです
フラスコの中の澱みを
白鳥の首で閉じ込めた
邪魔なような知識と
知る事の必要な回路が
食べられぬ月を
割ってしまおうと
目論んでいる三匹に
ビスケットを与えるのです
マーガリンのビスケットは
兎には嫌なようでした
霧を切って空へ放つ
月影の弓を御覧なさい
待つだけの奇跡は
霞の中の英雄譚