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花束を君に  作者: アレン
真紅の章
9/18

7

 その日は黒斗の家に泊めてもらって、4人でご飯を食べた。料理は美紀ちゃんが作ってくれていて、お礼にと片付けは私がやった。その後は、美紀ちゃんが一緒にお風呂に入りたいと言ってきたので一緒に入った。近況を楽しそうに話す美紀ちゃんは、私が何でここに来たのかは聞いてはこなかったけど、この子なりに私を慰めてくれてるんだって嬉しくてぎゅっと抱きしめてしまった。

 

 次の日の朝は、もそもそと物音で目が覚めた。うっすら目を開けてみると、美紀ちゃんが布団を片付けているところだった。


「あ、ごめんなさい起こしちゃって」

「ううん大丈夫。おはよう、随分早いんだね」


 うーんと伸びをしながら起き上がる。部屋はまだ薄暗くて日の出してすぐの時間だろう。早起き、にしては早すぎる時間だ。


「朝市に行きたくて。早くに行かないといい物直ぐに売れちゃうんだ」

「そんなのあるんだ。私も着いてっていい?」

「もちろん!」


 私たちは行く準備をするために一緒に外に出て井戸に向かった。まだ寝てるであろう黒斗と遼太くんを起こさないように、と忍び足で歩いていくのが可笑しくて笑いを堪えるのに苦労した。

 井戸は家から少し離れた場所に共同としてあるもので、流石に早い時間だから貸切状態だ。


「桶持ってくるね」


 桶が重なって置いている方へ駆けて行った美紀ちゃんを目線で追いつつ、その間に水を汲んでしまおうと井戸の方へ向かう。


「きゃー!!」


 美紀ちゃんの悲鳴が聞こえた。バッと声の方を見ると、数人の男に囲まれた美紀ちゃんが気を失って担がれているところだった。


「ちょっ、あんた達何してるのっ」


 駆け寄ろうとした時、お腹に重い痛みが走った。グラッと前かがみに倒れそうになったのを、誰かの腕が支えて止めた。意識が途切れそうな中、何とか顔を上げて相手を見ると男がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。こいつ、見たことあるぞ。確か寛太の取り巻きの一人だった、は、ず。

 堪えていた意識はそこで途切れてしまった。




         ♢ ♢ ♢



 目を覚ますと、木の天井があった。正しく知らない天井、ってやつだ。なんてぼんやり思いながら段々と目が冴えてくる。

 私一体どうしたんだっけ。確か美紀ちゃんと朝市に行くのに支度してて、井戸へ行ったら男達に……

 起き上がろうとしたが、手が後ろで縛られていて上手く体を動かすことが出来ない。私たち攫われてどこかに連れてこられたのか。自分の状況からそう判断して、身をよじらして周りを確認する。広めの部屋、窓はなく出入口は奥の一つだけ、美紀ちゃんは私の隣で同じように手を縛られて倒れていた。


「美紀ちゃん」


 声をかけてみたけど美紀ちゃんは反応しない。体をねじりながら近づいて、肩を使って美紀ちゃんの体を揺する。


「ねぇ美紀ちゃん起きてっ」


 瞼が震えてゆっくりと開く。しばらくボーとした顔をしていたけど、数回瞬きをして私を見つめた。


「おねえ、ちゃん?」

「大丈夫? どこか痛いところない?」

「うん、大丈夫だけど…… ここって」

「落ち着いて聞いて。私たち攫われてここに連れてこられたのみたいなの。ここ見覚えあったりする?」


 美紀ちゃんは戸惑いつつも辺りを見渡して首を振った。

 私を襲った男は寛太と一緒にいた奴だったから、多分この誘拐は寛太が関わっているんだろう。ということは、ここにいたらいつか寛太か誰かしらが来てしまうってことだ。耳をすましてみたら、物音は聞こえない。

 私は息を吐いてから、美紀ちゃんに向かって笑顔を向ける。


「今のうちに逃げよう。立てそう?」

「う、うん」


 二人支え合いながら何とか起き上がる。逃げるにしても手が縛られたままじゃ不便すぎるな。何とか片方でも解ければいいんだけど、後ろ向きで美紀ちゃんのやつ解いてみるか。


 ガチャッ


 扉が開く音がして寛太が中に入ってきた。彼は私たちを交互に見た後、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。


「よぉ起きたんだな」

「寛太っ」

「かんた?」


 眉がピクリと動く。しまった、心の中でずっと呼び捨てにしてたから、咄嗟にそのまま口に出ちゃった。

 寛太は大股で私の所まで歩いてきて、胸ぐらを掴んで持ち上げた。服で首が締めあげられて苦しい。


「俺様のことを呼び捨てにしたのかお前! 自分の立場を考えろよ女!!」


 怒鳴られながら床に叩きつけられた。衝撃で息が詰まって目の前がチカチカする。


「お前は美紀のついでなんだ。痛い目に合わせてもいいんだぞ!」


 唾を飛ばして怒号を吐き出した寛太は、言い切ってふぅと息をしゃがんで、私の顎を掴んで持ち上げて顔を近づけてきた。


「まぁ態度を改めて俺様に尽くすってんなら、可愛がってやらんこともないぞ?」


 そう言いながら歯を見せてニタリと笑う。

 悪寒が走った。気持ち悪い。触るなって手を振り払いたいけど、手は出せないし掴む力が強くて逃れることが出来ない。


「よく見れば見目は悪くない。美紀がいい頃合いになるまで遊んでやるのも悪くないか」


 そう言いながら寛太は反対の手を私の体へと伸ばしてくる。


「お、お姉ちゃんを離せ!」


 美紀ちゃんの叫びながら寛太へタックルした。私の方に集中していた寛太は、まともにそれを受け弾き飛ばされ壁にぶつかった。


「お姉ちゃんっ」


 駆け寄ってきた美紀ちゃんに、私はハッと我に返って首を振り、美紀ちゃんを自分の背の方へ隠す。寛太は強く壁にぶつかったようで、痛みに顔を歪めている。


「助けてくれてありがとう」


 寛太に聞こえないように小さな声で言う。美紀ちゃんは首を振ってピタリと私の背にくっついた。震える小さな温もりに、頭が少し冷静になる。ともかく、まずは美紀ちゃんをここから逃がさなきゃ。


「ううん。お姉ちゃんこそ大丈夫?」

「うん。ねぇ美紀ちゃん走れる?」

「う、うん」

「私が今から寛太の気を引くわ。その間に出口から逃げて」

「えっ、でもそれじゃあ」


 美紀ちゃんの方を見てニコッと微笑む。


「大丈夫。助けを呼んできてほしいの」


 お願い、と微笑む。美紀ちゃんは首を振って口を開こうとしたが、寛太の唸り声がしてビクリと表情が固くなった。


「クソっ、がっ」


 顔を歪めながら起き上がった寛太は、真っ赤な顔でこちらを睨みつけてきた。


「ここアマ共が! 舐めたまねしやがって!!」


 怒鳴りながら襲いかかろうと駆け出し一直線に私たちの方に向かって来ている。私は美紀ちゃんを出口の方に押して近づいてくる寛太から目を離さぬよう睨みつける。頭に血が昇っているのか彼は美紀ちゃんの方には目もくれず私へと一心不乱に走る。それをギリギリまで引きつけ、掴みかかろうとしてきた手を体を捻って避けた。勢いを殺せず寛太は前のめりに倒れた。

 チラッと扉の方を見る。丁度美紀ちゃんが走って出ていく所だった。これで美紀ちゃんは逃げれたんだ。安心で緊張が緩んだ。しかしその一瞬のせいで、起き上がって動き出す寛太に気づくのにワンテンポ遅れてしまった。しまった、と思った時には手遅れで、腕を掴まれ引き寄せられ馬乗りになられてしまう。


「クソっ。俺様をコケにしやがって!!」


 目を血走られながら唾を飛ばして怒鳴りながら、私の服を掴んで乱暴に引っ張る。ビリッと音がして、縫い目から服が破れた。

 逃げようともがくけど、完全に体重を乗せられて身動きが出来ない。お腹が圧迫されて、嫌悪も相まって吐き気がする。

 叫ぼうと口を開こうとすると手で強引に押さえつけられた。そして寛太は顕になった私の肌を見てニタリと笑う。サッと悪寒が全身を駆け巡った。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 体を撫でてくる手も、歪む口も、欲望にまみれている瞳も、全てが気持ち悪い。瞬きと共に涙が溢れそうになる。


 駄目、泣くな!


 美紀ちゃんを逃がすことは出来た。作戦は成功したんだ。私はこの男に負けた部分なんてひとつもない。涙を流す必要なんてないのよ。

 歯を食いしばって寛太を睨みつける。

 寛太は私の反応に一瞬怯んだように息を飲んだが、直ぐにわなわなと唇を震わせだした。


「見下した目で見てんじゃねぇよ!!」


 拳を握って私の顔目がけて振り下ろされた。

 その時、時間がゆっくり進むような感覚に陥った。ゆっくり近づいてくる拳、怒りと興奮でぐちゃぐちゃの寛太の顔。完全に手加減なしの拳は避けるすべもなく痛みを受け入れるしかないことを、痛感させられた。

 瞬間、頭の中でパチンと何かが弾けた。体がカッと熱くなり、目の前が赤く染まる。意識が後ろへ引っ張られ、まるで電源が落ちたかのように体の感覚が消えた。


「止まれ」


 低く威圧的な声が部屋に響いた。

 拳が目の前でピタリと止まる。寛太はまるで金縛りにあったかのように瞬きすらせず、驚愕した目で私を見つめる。


「触れるな。どけ」


 もう一度放たれた言葉と共に私の腕が勝手に動いて寛太の腕を掴んだ。その瞬間、寛太は、弾かれるように私の上から飛び退いて、力が入らないのか尻もちをついたまま目を見開いて私を凝視する。

 私は体を起こしてゆらりと立ち上がる。寛太を見下ろして目が合うと、彼は「ひっ」とか細い悲鳴を上げた。


「め、めめめが、あかくっ」


 私に向けて指を差してながら呂律の回らない言葉を話す。と、寛太は持ち上げた自分の腕に目を向けて、驚愕したように目を見開いた。彼の手首辺りがまるで腐ったかのように爛れていた。寛太もそれに気づいてガタガタと歯がなるほど震え出した。


「おい」


 また低い声。寛太はビクリと肩を震わせて私を見る。


「いね。命が惜しくば直ぐにな」


 言葉が終わると手がスっと持ち上がる。


「ば、化け物ぉぉ!!」


 寛太はそう叫び声を上げながら、四つん這いに出口まで這っていき、足をもつらせながら走って逃げていった。


 静かになった部屋。私は寛太の逃げていった方を黙って見つめていた。

 また頭の中でパチンと弾ける。熱が引いて目の前がクリアになって、スっと意識が体に戻って感覚が帰ってくる。瞬間息苦しさが襲ってきた。


「かっ、はっ! ゲホゲホ」


 その場に座り込む。体が必死に空気を求めてヒューヒューと喉がなる。


 私、息してなかったの? いや、違うそうじゃない。さっきまでの私は一体なにをやったの?


 美紀ちゃんを逃がそうと囮になって、寛太に馬乗りって襲われそうになった。私に寛太へ対抗する術は皆無だった。なのに寛太は逃げて私はこの部屋に一人でいる。

 おかしくなったのは、何かが頭で弾けた感覚がしてからだ。それからの記憶は何だか曖昧で、記憶にノイズが入ったかのように思い出そうとすると頭が痛む。

 自分の手を見る。縛られていたはずなのに。縛っていた縄はまるで腐ったかのようにボロボロになっていて、動かした拍子に手首に残っていた残骸が床に落ちて砕けた。


『ば、化け物ぉぉ!!』


 寛太に言われた言葉が頭の中で響いた。ノイズ混じりの記憶の中でハッキリと覚えてる言葉。体から熱が引いて震えだす。


 私は一体何をしたの……?



 ギジリと床の軋む音がした。ビクリとして音がした方を見ると、息を荒らげた朝緋が扉の所に立っていた。


「あさ、ひ……?」


 震える声で呼ぶと、朝緋は何も言わず一直線に近づいてきて私を抱き締めた。


「良かった。無事で」


 耳元で呟かれた安堵の言葉。強く回された腕は痛いくらいで、でも朝緋の熱がスっと体に移って私を温めてくれる。私は脱力していた腕を上げて彼の背に触れた。


 パチンッ。


 触れた瞬間、また頭で何かが弾けて映像が次々と頭の中で溢れ出す。




 色とりどりの花に囲まれた湖。その湖畔に佇む真っ白な社。



 こちらに不機嫌そうな表情を向ける少年。



 駆け寄ると少し困ったように微笑む瞳。



 私を抱き寄せ涙を流す頬に手を触れると、辛そうでだけど私を安心させるように笑う顔。




 ハッと我に返る。パチパチと瞬きして今見た映像に頭が混乱していた。

 今のはなに? 知らない記憶なのに、全てが懐かしい感じがする。

 困惑しながら視線をあげると、体を離した朝緋と目が合った。彼は表情を固くし私を見つめていた。

 声をかけようと口を開いたが、ぐにゃりと視界が歪んで朝緋にもたれかかる。


「お、おいっ」


 焦る朝緋の声が聞こえたけど、返事は喉元で詰まって相手に届くことなくそのまま私は意識を手放した。





 




 





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