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花束を君に  作者: アレン
真紅の章
7/18

5

「おい」


 いつものように町へ出かけようとしていたら朝緋に声をかけられた。そんなこと1度もなかったから、私は驚いて情けなく口を開けてしまった。


「なんだよそのアホ面は」

「あ、いや。どうしたの?」


 ヘラっと笑って誤魔化すと、朝緋はハァとため息をついた。

 最近は分かったんだけど、朝緋は結構口が悪い。というか言葉遣いがストレートなんだ。人とあんまり関わってないからなのかなぁと勝手に思ってるけど、前までは黒斗に対してだけだったのが私にもそんな感じに接してくれてるのが実は嬉しかったりする。あれ、私ってMっ気あったのかな、ノーマルのはずなんだけどなぁ。

 新たな扉を開きかけてるんじゃ、と危機感を覚えている私に朝緋は怪訝な表情を浮かべながら手に持っていた袋を差し出してきた。


「今日黒斗んとこ行くんだろ。これ兄妹に渡しといてくれ」

「兄妹って、遼太くんと美紀ちゃんのこと?」

「それ以外いないだろ」

「知り合いだったの?」


 朝緋は町には行かないって黒斗が言ってたし、知り合う機会なんてあるのかな。


「まぁちょっとな」


 ふいっとそっぽを向いてしまう。これは朝緋からは話を聞き出すことは出来なさそうだ。まぁ渡した時に美紀ちゃんにでも聞けばいいか。

 袋を受け取るとそこそこの重みがある。多分中身は朝緋が造った物だ。


「もしかして2人のこと元気付る為に渡すの?」


 2人が黒斗の元に世話になるまでの事情はひと通り黒斗が話していた。

 朝緋は言い当てられたのが恥ずかしいのか、チッと舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。そんな彼の反応に、私はプッと吹き出す。


「朝緋って優しいよね」

「はぁ?」


 クスクス笑いながら言うと、朝緋は心外だというふうにこちらを見た。


「何言ってんだよ。優しいってのは黒斗みたいな奴のこと言うんだよ。ぼさっとしてないでさっさと行け!」


 そう言い放って不機嫌そうに奥へ引っ込んでしまう。

 私はパチパチと目を瞬かせた後に盛大に吹き出した。

 朝緋のやつこの前の黒斗と同じこと言ってるよ。似た者同士かあんたらは。

 お腹を抱えて笑いつつ「行ってきます」と奥に言ったけど返事は帰ってこない。多分また舌打ちしてるんだろうなぁって想像が出来てまた笑いが込み上げた。



         ♢ ♢ ♢



 取り敢えず黒斗の家へ行こうと通りを歩いていると、美紀ちゃんがいた。買い物でもしに出てきたのかな、と思って声をかけようとした時、誰かと話しているのに気づいた。相手は男で、美紀ちゃんを見下ろしながらニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。


「久しぶりだな美紀。随分大変だったみたいじゃないか」

「お、お久しぶりです。寛太様」

「そんなかしこまらなくてもいいんだぞ。なぁ?」

「い、いえ……」


 寛太と呼ばれた男は偉そうな態度でニヤつく。


「なぁ、お前が頭を下げれば助けてやらんこともないんだぞ?」

「な、ないを」

「お前は将来いい女になるだろうから妾にしてやろうって言ってるんだ。俺様に目を掛けてもらえるんだ光栄だろう?」


 なんだなんだ。こいつ私と同い年くらいになのに、10も違う女の子相手にナンパしてるのか? しかも鼻につく偉そうな態度。顔はそこまで悪くないのに、全部台無しで気持ち悪さしかない。って、そうじゃないそうじゃない。明らかに美紀ちゃんは迷惑そうにしてるんだから助けに入らないと。

 2人の様子を周りは見て見ぬふりをするように目を逸らしていて明らかに不自然な状況だけど、そんなことお構い無しに私は美紀ちゃんの元へ駆け寄った。


「はいはい、そこまでにしときなさい」

 

 間に割って入って美紀ちゃんを後ろに庇った。


「明日香お姉ちゃん」


 美紀ちゃんが震える声で見上げてきた。私は大丈夫と微笑みを向けて、寛太の方を睨みつける。


「美紀ちゃん嫌がってるでしょ」

「はぁ? なんだよお前どけよ!」


 美紀ちゃんの方へ伸ばしてきた手を叩いて払う。その瞬間周りの人は息を飲んだ。どうしたのか気になったけど、それよりも目の前の男の対処が先だと雑念を振り払う。


「嫌がってる女の子に無理やり迫るなんてダサいって言ってんのよ」

「あぁ?! 俺様に歯向かうのか!」

「歯向かうとかじゃなくて、男としてどうなのって言ってんの!」


 言い切ってからハッと我に返る。やばい頭にきて言い過ぎちゃった。後悔するには手遅れで、寛太は怒りで顔を真っ赤にさせていた。


「うるせぇ!」


 怒鳴りながら掴みかかろうと襲ってくる。美紀ちゃんを庇いながら逃げようと後ろへ動いた時、ガシャンと大きな音がして私たちは動きを止めて上を向いた。見えたのはベランダから慌てた様子で身を乗り出す女の人、青空を覆うように落ちてくる洗濯の束。それ全部が寛太の上へ落ちてきた。


「う、うわっ」


 呆気にとられていたせいで、寛太は避けられずに洗濯物の山の下敷きになった。


「な、なんなんだよクソっ」


 寛太は這い出ようとしているけど、もがけばもがくほど洗濯物が絡みついて身動きがとれなくなっている。その姿を唖然と見ていたけど、美紀ちゃんが腕を引いてきて我に返った。


「に、逃げよう!」

「うん」


 私達は手を繋いでその場から走って逃げた。

 あの場面で洗濯物が落ちてくるなんてなんてラッキーだったんだろう。いや、私の不幸体質が今回はいい感じに働いただけなのかな。

 チラッと振り返ってみる。寛太は未だに脱出出来ていなくて、周りに「早く手を貸せグズがっ」と怒鳴り散らしている。

 何だか人生で初めて自分の不幸体質に感謝したかもしれない。



         ♢ ♢ ♢



 ノンストップで黒斗の家まで走ったので、着いたと同時に2人してその場にしゃがみ込んだ。


「大丈夫美紀ちゃん」

「うん。助けてくれてありがとうお姉ちゃん」

「どういたしまして」


 目を合わせて笑い合う。ふぅと息を整えて立ち上がり、美紀ちゃんへ手を差しのべる。


「さっきの男寛太っていったっけ、知り合い?」

「あっと、会長の息子なの商会の……」

「あぁなるほど」


 親が親なら子も子ってわけだ。あの偉そうな態度は親の七光りを振りかざしてるっていうわけか。


「でもどうしよう。寛太様にあんなことしちゃって。きっとお姉ちゃんに嫌がらせしてくるよ」

「あー……。まぁ大丈夫じゃないかな。多少の嫌がらせされてもへっちゃらだし、どうせ私は王都行きの馬車が来たら町を出るから、それまで大人しくしとけば大丈夫だよ」


 不安げな美紀ちゃんに、私は笑って頭を撫でてあげた。美紀ちゃんはまだ不安そうだったけど、小さく微笑みを返してくれた。

 とは言ったものの、一応黒斗と朝緋には相談しておいた方がいいかな。もし2人に被害が、なんてことになったら申し訳ないし。朝緋には怒られるだろうけど仕方ない。美紀ちゃんを助けたことは後悔してないし、間違ったことしたわけじゃないしね。


「あぁそうだ」


 朝緋の事を考えて、彼からの頼み事を思い出した。


「これ朝緋から美紀ちゃんと遼太くんにって渡されたんだ」

「朝緋お兄ちゃんが?」

「やっぱり知り合いなんだ」

「うん。前はよく二人で林の方に遊びに行ってたの。最初は林の近くで遊んでたんだけど、よく朝緋お兄ちゃんが林に入ってくの見てて何度か話しかけたんだ。あんまりお喋りしてくれなかったけど、遊び道具がないから作ってってせがんだらブランコ作ってくれたんだ」


 あのブランコはそういう事だったのか。疑問に思っていたことの答えが予期せぬところで解決された。

 美紀ちゃんはワクワクした顔で袋の中身を取り出す。出てきたのは積み木と櫛だった。積み木は表面がとても滑らかで凹凸ひとつなく、櫛は空を飛んでいる小鳥があしらわれている。


「これ……」


 美紀ちゃんは一瞬目を丸くした後、泣きそうな顔でクシャッと笑った。


「お兄ちゃん、覚えててくれたんだ」


 美紀ちゃんの反応に首を傾げると、美紀ちゃんは2つを袋の中に戻して大事そうに胸に抱えた。


「最後に遊びに行った時にね、私達お兄ちゃんに玩具を作って欲しいってせがんだの。その時は気が向いたらなって言ってたんだけど、ちゃんと覚えててくれたんだなぁ」

「そっ、か」


 最後にってことは、多分その日にお父さんが出ていってしまったんだろう。

 「良かったね」と微笑むと、美紀ちゃんは大きく頷いて笑った。






 



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