表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花束を君に  作者: アレン
真紅の章
6/18

4

「おぅ。明日香ちゃん」


 声をかけられ振り返る。野菜の山から顔を出した男は私に向けて歯を見せて笑って手を振る。


「今日も良いの入ってるよ。寄ってきな」

「本当? 用事を済ませたら来るから置いておいてもらえます?」

「おうよ。おじさんイチオシのを選んどいてやるよ」

「ありがとう!」


 私は笑顔で手を振り返し、前へ向き直る。


 初めて町へ行ってから1週間が経ち、よく1人で町に来るようになっていた。基本的には食料の買い出し、たまに朝緋の仕事の手伝い。おかげでよく行く店の人間とはすっかり顔馴染みになり、先程のように声をかけられたりするようになっている。

 おじさん自信満々だったから、相当良いのが入ったんだろうな。今晩は黒斗も来るって言ってたし、頑張っちゃおうかな。

 賑やかになるであろう食卓を想像し、自然と笑みがこぼれる。


 足どり軽く黒斗の家へと向かっていた時、後ろから何かが追突してきた。私は前のめりに体勢が崩れたが、何とか耐えて後ろを振り返ろうとした時、横を小さな影が走り抜けていった。それと同時に手に持っていた荷物の重さが消える。


「なっ?!」


 一瞬思考が停止しかけたけど、直ぐに取られたのだと分かって人混みを縫って走っていく犯人の影を目で捉えて走り出す。

 私は人混みを避けながらグングンと相手との距離を縮める。


「待ちな、さい!!」


 相手の腕を掴んだ。すると犯人は振り返り、興奮した少年の顔が私を睨みつけた。


「それ返して。とても大事な物なの、ってちょっとっ」

「う、うるさい!」


 私の話を聞かず少年は手を振り払おうともがく。離せばまた逃げてしまうのは明白で、手を離せず抵抗する事しか出来ない。そんな攻防をしていると、少年の手が私の顔めがけて振り下ろされた。危ない、と目を瞑る。


「っと、危なっ」


 パシッと音がし、目を開けると間近に少年の手があったが、黒斗の手によって止められていた。


「一体どうしたの? ただ事じゃなさそうだけど」

「えっと……」


 物を取られたものの大事にはしたくなかったけど上手く説明思い浮かばなくて口ごもってしまう。

 黒斗は私と、未だ暴れる見覚えのある包みを持った少年を見て状況を理解したようで、流れる動作で少年を後ろ手に抑えこみ、荷物を奪い返して私に渡した。


「大体の事情は分かったよ。ここじゃ目立つから俺の家へ連れていこう」


 黒斗の言葉に少年はサッと顔を青ざめる。


「は、離せぇ!!」

「こら暴れるなよ」


 黒斗はヒョイっと脇に抱えるように持ち上げた。じたばた暴れる少年は気にせず私の方へ目を向ける。


「さっ、行こうか」


 そう言った瞬間、黒斗の体に小さな塊が横から突進してきた。が、黒斗は驚いた位で全く体勢変わらず、ぶつかった方が弾き飛ばされてしまった。地面に転がった塊は、直ぐに起き上がって黒斗を睨みつける。


「りょ、遼太を離せ悪党!」


 少女が目に涙を浮かべ、震える手で黒斗を指さして大声をあげた。


「み、美紀なんでお前がここに」


 震える彼女の姿を見て、遼太くんは暴れるのをやめて困惑した表情を浮かべていた。


「だって遼太が悪党に連れていかれそうなんだもん。美紀が助けてあげないとじゃない!」

「そんなんいいからお前は家で待っとけ! 今すぐここから逃げろ!」

「嫌よ! 遼太を置いて逃げるなんて私嫌なの!」

「ちょっ、ちょっと待てお二人さん」


 兄妹喧嘩になりそうな勢いの2人のやり取りに、黒斗は入りにくそうに口を挟んだ。


「別に俺は怪しいもんじゃない。家へ連れてくのも取り敢えず話を聞くためだ。ちゃんと事情を聞いてからじゃないと衛兵に突き出したりしないよ」

「ほ、ほんと?」

「もちろん。じゃあ行こう。明日香はその子についてて」

「分かった。大丈夫だから、一緒に行こう」


 差し伸べた私の手に、美紀は恐る恐ると手を取り、その場を後にした。



         ♢ ♢ ♢



 家に着いて黒斗がお茶を入れて戻ってくるのを3人座って待った。遼太くんと美紀ちゃんは死にそうな顔で俯いている。


「あーと、そんなに深刻にならないで、ね? 取ったものも返してもらってるし、もう怒ってないからさ」


 少しでも雰囲気を和ませようとしたけど、逆効果になってしまったみたいで、2人はますます萎縮して小さくごめんなさいと何度も呟いた。

 これ以上私が何か言っちゃ駄目だなこれは。


「お待たせぇ」


 部屋が完全にお通夜状態になっていたので、軽い調子で入ってきた黒斗が救世主に見えた。

 黒斗はそれぞれにお茶を配り、座って一息着いた。


「さて、と。お前ら哲平さんとこの兄妹だろ。遼太と美紀だったっけ」


 返事は返ってこない。黒斗は困った様に眉を下げてお茶を一口飲む。


「哲平さんが知ったら大目玉だよ。あの人怒ったらヤバいのはお前らが1番よく知ってるでしょ」

「……よ」

「ん?」

「あんなヤツ、知らねぇよ」


 遼太くんが顔を上げた。涙の溜まった目で黒斗を睨みつける。彼の反応に私達は目を合わせた。


「あんなヤツってお父さんの事?」

「親父なんかじゃないっ。自分の意地で子供を捨てるようなやつなんて」

「ちょ、ちょっと待って。捨てた? どういう事?」


 遼太くんは歯を食いしばって俯いてしまった。話すのも嫌だ、という風な彼に私達はどうしたものかと美紀ちゃんの方を見る。美紀ちゃんはあうあう、と視線を泳がせていたが、意を決したように唾を飲み込んで口を開いた。


「い、1週間前に隣町へ行ってくるって行ったきり帰ってこなくて」

「一人で行ったのか?」


 美紀ちゃんはコクリと頷く。


「なんだってそんな無謀なことを」

「隣町って遠いの?」

「いや、歩いても1日で行って帰って来れる。けど、道中魔物が出るし、最近は凶暴化して人を襲うようになってるから、一人で行くなんて自殺行為だ」


 1日で帰って来れるのにもう1週間帰ってこない。という事は2人のお父さんはもう……

 自分がゴブリンに襲われた時のことを思い出して、そんな状況に彼らのお父さんが陥ったのかと考えて背筋に寒気が走った。


「哲平さんは何しに行ったんだ?」

「材料の調達をしに」

「は? なんでわざわざ隣町なんかに。材料なんていつもの所で…… あぁなるほど」


 黒斗は話しながら何かに気づいたのか、ハァと息を吐きながら背もたれに寄りかかった。


「哲平さん、遂にやっちゃったのか」


 黒斗の呟きに美紀ちゃんは小さく頷いた。

 どうやら話がまとまってしまっているみたいだけど、私にはさっぱり分からない。助けを求めて黒斗へ視線を送ると、彼は気づいて体勢を戻して私の方を向いた。


「えっとね。この町には職人を取りまとめる商会っていうのがあるんだ。この町で職人をやるには商会に所属しないと材料の調達も商品を売ることも出来ない。けど、今の会長が横暴な奴で、自分に刃向かってきたり気に入らない奴がいれば、他の職人や商人を脅して取引出来ないようにしたり、資材を回さないだとかの嫌がらせをするんだよ」

「じゃあもしかして……」

「アイツ会長と言い合いになって怒らせたんだよ」


 黙っていた遼太くんが顔を上げて恨めしそうに眉を顰めた。


「そしたら次の日から材料を売ってもらえなくなって、暫くは置いてた分で何とかしてたけど、それも直ぐに尽きちまって、それで」

「気をつけろって言ってたのに。それに言ってくれりゃ材料くらい直ぐに調達したのになんで」

「皆助けてくれようとしたんだ。だけど憐れみなんていらねぇって全部突っぱねちまったんだ」

「あの頑固親父が。意地張るとこじゃないだろ」


 黒斗は悔しそうに拳を握った。

 事情は大体理解出来た。要約すると2人のお父さんが商会のお偉いさんと揉めて嫌がらせを受けてしまって、材料を調達するために隣町へ向かったけど、多分魔物に襲われてしまって帰って来なくなった。


「それでどうしようも出来なくなってひったくりを?」


 2人はビクリと肩を震わせて俯き目を合わせてこない。

 まぁこんな小さい子供2人残されて生活していくのは無理で、お金が食べ物を求めて私の荷物に手を出したんだろう。結局は私に捕まってしまったけど、あの荷物の中には朝緋の造った物しか入っていなかったから、助けにはならなかったんだけど。

 どうにかしてあげたい、だけど私も朝緋のところで居候をしている身だし自分のお金も持ってないし助けてあげられない。どうにかならないか、と黒斗の方に視線を向けると、彼はニコッと笑って立ち上がって兄妹の間に立ち2人の頭を撫で回し始めた。


「きゃっ」

「うわっ。な、なんだよ」


 驚いて顔を上げた2人に黒斗は笑いかける。


「お前ら親父に似て頑固者だなぁ。こういう時は人を頼ればいいんだよ」

「え……」

「お前らうちこい。身の振り方が決まるまで面倒見てやるよ」

「な、なん」

「流石にずっとは無理だけどね。誰か引き取ってくれる人探して、遼太が職人になりたいってんなら弟子入り出来るようにしてやるから」

「で、でも」

「でもじゃない。子供は大いに大人に甘えればいいんだ。ただ助けられるのが嫌なら、しっかり稼げるようになってからゆっくり返してくれればいい」


 そう言ってもう一度頭を撫でた。

 美紀ちゃんは俯いたまま涙を流し、遼太くんはパチパチと目を瞬かせた後俯きながら「ありがとうございます」と小さく言った。

 そんな2人に黒斗は「よしっ」と満足気に微笑んだ。



 すっかり暗くなってしまったし危ないから送るという黒斗と言葉に甘えて朝緋の家までの道を並んで歩く。男手が出来たのをいいことに多めに買い物をしたので、私も黒斗も買い物袋を抱えている。


「黒斗ってさ」

「んー?」

「優しいよね」

「なんだよ急に」


 横目で見ると呆れた顔をしている。


「遼太くん達のこともそうだけど、私が馴染めるように色々気を使ってくれてたでしょ?」


 私が朝緋の家へ来てから数日間黒斗はずっと通ってきてくれていた。あれは私のことを心配していたのと、朝緋と馴染めるようにって来てくれてた。その証拠に最近はたまに来るくらいになっている。

 「ありがとう」と笑って言うと、彼は照れくさそうにそっぽを向いた。


「買いかぶりだよ。僕はただお節介焼きなだけ。優しいっていうなら朝緋とかのことを言うんだよ」


 なんでここで朝緋が出てくるのかな、と思ったけど多分照れ隠しなんだろうな。

 私はおかしくてクスクス笑いながらもう一度お礼を言った。すると黒斗はますますそっぽを向いたけど、耳が赤くなってるのが丸見えでそれがまた面白くて笑ってしまった。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ