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「きゃっ」
「ここでしばらく大人しくしてろ」
乱暴に私を投げた兵士はそう言い放って鉄格子を閉めた。
打ちつけた膝を擦りながら立ち上がる。鉄柵に手の届かないところに位置する格子の入った小さな窓、牢屋でどんなのを想像するって言われてパッと浮かんでくるであろう場所だ。
「違うところがあるとすればベットとトイレがないってことかしら」
ふぅと溜息をついて壁にもたれ掛かりしゃがんで座った。窓から見える空は白らんで微かに鳥の鳴き声が聞こえる。もう夜が明けてしまったのか。
朝緋と黒斗心配してるだろうなぁ。せめて無事な事だけでも伝えられればいいんだけど、それを頼んだら共犯者で捕まっちゃうかもしれないよね。こういう時動物とかに手紙をくくりつけて届けてもらう、なんてことが出来たらいいんだけど。牢屋でやるならネズミとかかな。
「おい」
今からでも手懐けられたりしないかな。エサとかあればなんとか……
「おい」
た、ダメだ。釣るエサ持ってないや。ていうかそもそも手紙を書く手段がないんだった。
「おい!」
ガシャッと鉄格子が揺れる音と共に怒鳴り声がしてビクっとしつつ目を向ける。私を牢屋に入れた兵士が不機嫌そうな顔をしていた。
「何度も呼んだんだが」
「あ、ごめんなさい。考え事をしていて」
「まぁいい。早く出ろ」
クイッと顎で合図をする。よく見ると牢の扉を開は開いていて、男は内側に立っていた。
「何やってる早くしろ」
「は、はいっ」
慌てて立ち上がってお尻を払う。兵士は私が動き出したのを確認して部屋の扉の方へ向かって歩き出す。着いてこいということだろう、黙って後を追った。
部屋を出るとすぐ石畳の上り階段だった。それを上りきると重そうな扉があり、男がそれを開けると一気に強い光が視界を襲った。パッと目を閉じて瞼のチカチカが無くなったところで薄く目を開ける。
「おし、ろ……?」
間近にあるのは今日いや昨日遠目に見たお城と同じ建物だった。どうやら私はお城の牢屋に入れられていたみたいだ。
「あの」
メイド服を着た女の人が様子を伺うように話しかけてきた。さっきまでいた兵士はいつの間にかいなくなっている。
「は、はい」
「明日香様一先ず身支度をして頂きますのでどうぞこちらへ」
「へ? あ、はい」
有無を言わさぬメイドさんの言葉に、私は返事をして素直について行った。
お城の中に入り案内された部屋に入ると、さらに3人メイドさんがいて、即座に服を引っぺがされお風呂に入れられた。流れるような動きに断る間もなく全身を洗われてしまった。そして新しく準備されたワンピース型の服を着せられ、一息付く間もなく次の場所に案内された。
メイドさんが扉を開けて脇に移動したので恐る恐る中を覗いてみると、ソファー越しに菫色の瞳と目が合った。
「明日香!」
紫翠君は駆け寄ってきて飛び込むように抱きついてきた。一度ギュッと抱き締めてきた後、顔だけ上げて。
「大丈夫だったか? 怪我は? どこか痛いところなどはないか?」
と心配そうな瞳を向けてきた。
私はニコッと微笑んで彼の頭を撫でる。
「大丈夫。怪我してないし痛いところもないよ」
「そうか良かった」
ホッとした顔をした彼に、私はもう一度頭を撫でてあげた。
「コホン」
話がひと段落ついたところで、女の人の咳払いがした。どうやら部屋にいたのは紫翠君だけじゃなかったようで、ソファーの方に女の人が座ってこちらを優しげな目で見ていた。
「王子、嬉しいのは分かりますがそんな風にじぃに教わったのですか?」
その言葉に紫翠君はハッと我に返ったように体を離し、2歩ほど下がって姿勢を整えた。改めて彼をしっかり見ると、彼も着替えていて前の服装とはうって変わって高級感のあるまるでファンタジー世界の貴族のような姿だった。
「失礼いたしました。あらためまして、昨夜は命を救っていただいたこと礼を申します」
胸に片手を当てて腰を折った彼に、私は慌てて頭を下げ返す。
「いえいえ、そんな丁寧にありがとうございます?」
最後は自分でも何を言っているのか分からなくなって疑問形になってしまった。そんな私たちのやり取りを女の人は微笑ましそうに見ながら軽く拍手をした。
「よく出来ました。さぁ積もる話もあるでしょうからこちらへ座ってくださいな」
「は、はい」
出されたお茶を一口飲む。チラッと前を見ると同じようにお茶を飲んでいた女の人が優雅な笑みを向けてきた。
「お口にあったかしら?」
「は、はい。とても美味しいです」
コクコクと頷いてみせたけど、正直緊張し過ぎて味はほとんど分からなかった。
「先程まではごめんなさいね。恩人を牢に入れるようなことになってしまって。兵士達に上手く話が通っていなかったみたいなの」
「いえ全然大丈夫でしたのでっ」
首を振ると女の人は「そう」と安心したように微笑んだ。
沈黙。私はゴクリと唾を飲み意を決して喉まで出かかっていた疑問を吐き出す。
「あの、とても失礼な事を聞いてしまうのですが……」
「構わないわ。なんでも聞いてちょうだい」
「ありがとうございます。ではえっと、貴方は一体、それに紫翠君が王子ってことはもしかして……」
女の人は少し驚いたように目を丸くしたが、直ぐに笑みを戻して背筋を伸ばした。
「名乗らずごめんなさいね。私はルグニカ国王妃花蘭、この子は私の息子第2王子紫翠です」
お、おうひ?! 私は驚いて手に持っていたカップを置いて頭を深々と下げる。
「も、申し訳ありません。無知なもので、大変失礼を致しました!」
「いいのいいの。かしこまらずさっきまでと同じでいいからね」
「はい」
び、びっくりした。紫翠君に関しては何となくまさかな、とは思っていたけどそんな事ないと思ってたから。すごい失礼な事しちゃった。王妃様が優しい人で良かった。
「改めて息子を救ってくれてありがとう。何かお礼をしたいのだけれど」
「いえそんな……」
待てよ、王妃様にお願い出来るんだったら。
「あの、この国の巫女様と話がしたいんです。今はお祭りがあるから会えなくて、次にお会い出来るのにもかなり時間がかかると聞いていて」
「巫女に? 構わないけど、そんなに急を要する用が?」
「えっと」
話していい、んだろうか。まだ不確定な話だし、あんまり広めていい事でもないよね。でも紫翠君には話しちゃってるしなぁ。
口澱んでいると、王妃様はニコッと微笑んだ。
「ごめんなさい。話しづらい事なら無理に聞かないわ。巫女と会う話、できるだけ早く会えるよう手配するわ。それまでここに滞在してゆっくりしていて」
「あ、いえ、とてとありがたいのですが、街の宿に一緒に来てる人達が居るので無事の報告も兼ねて一度戻りたいんですけど」
「あぁそれなら大丈夫ですよ。連れのお二人も城に居ますから。今は別室で休んでいます」
「え?!」
「この後案内させますわ」
「あ、ありがとうございます」
これは部屋に入った瞬間に大目玉を食らうんだろうなぁ、とこの後の自分に同情する。
♢ ♢ ♢
「どうしてお前は1人で宿まで帰るってだけで城に来るなんてことになるんだよ」
「ご、ごめんなさい」
向かいのソファーから睨みを向けてきている朝緋に私は深々と頭を下げる。
案の定朝緋達のいる部屋に案内されて入ってから、すごく怒られた。分かってはいたけど相当心配をかけてしまっていて、本当に申し訳なかった。一通り怒られてから、黒斗がその場を収めてくれてざっくりと今までの経緯を説明した。
「で、今に至るんだけど」
「なるほどねぇ」
黒斗が納得したように頷いた。
「2人はどうやってここに?」
「どうやっても何も、お前がいねぇって探してたらいきなり兵士に囲まれて、黒目黒髪の女の関係者かって聞いてきたかと思ったら即拘束からの牢屋行きだったんだよ」
「明日香ちゃん初めは王子誘拐の疑いがかかってたんだよ」
「えぇ?!」
そういえば捕まえてきた男もそんな感じのこと言ってたな。
「まぁ無事で本当に良かったよ」
「ごめんね。心配かけて」
「いやいいんだ。それに明日香ちゃんこお陰で予定より早く巫女様に会えることになったしね。結果オーライってやつだよ」
へらっと笑った黒斗に、力の入っていた肩が軽くなった。と、会話の途切れたタイミングでコンコンと戸を叩く音がした。
「どうぞ」
「失礼致します。お部屋の準備が出来ましたのでご案内致します」
入ってきたメイドさんの言葉に、ひとまず今日は休もうということになりその場は解散になった。
♢ ♢ ♢
瞼の裏に眩しさを感じてゆっくりと目を開ける。体を起こしたけどまだ半分夢の中でボーとしたまま辺りを見回す。高級そうな家具、触ったら破れそうなレースのカーテンから差し込む朝日。
「あー……そっか、お城にいるんだっけ、今」
状況を思い出して呟きながら後ろに倒れる。体はフカフカのベットが受け止めてくれた。
昨日この部屋に案内された時は、こんな所で寝れるわけないと思ったけど、ベットに座った瞬間強烈な眠気に襲われて一瞬で堕ちたんだった。思ってたより体は限界だったみたいだ。
もう一度体を起こして伸びをしてから布団を剥いでベットから足を下ろした。するとタイミングを見計らったようにコンコンと音がして扉が開いた。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「ご支度のお手伝いに参りました」
「あ、いや準備は自分で……」
「こちらへどうぞ」
有無を言わさぬ圧でまたしても断れず手伝ってもらうことになってしまった。
支度を済ませて朝食へ向かうと、既に2人は座って待っていた。
「おはよう明日香ちゃん」
「おはよう」
微笑みかけてきた黒斗はいつもよりキッチリとしている。彼も圧に負けたのかもしれない。と思いつつ目線を横に移動した。
「あさ、ひ?」
思わず漏れてしまった言葉に朝緋はムッとした顔で睨んできた。
「なんだよ」
「あ、いや」
首を振りつつ目を逸らす。
ど、どうなってんのよこれ。ちょっと小綺麗にしただけでこんなに変わるもの? いつもは目元を隠すように下ろしている前髪が整えられて赤い目がしっかりと見える。後ろも櫛を通しているみたい。だだそれだけ、それだけなのになんだか別人みたいに見えるのが、恥ずかしいというかなんというか……
「早く座れ。こっちはお前が来るまで食うの待ってたんだぞ」
ため息をつきながら悪態を吐く朝緋。
あ、うん朝緋だ。ぜんっぜん別人でも何でもなかったわ。
緊張した自分がバカみたいで、小さくべーと舌を出して空いている席に座った。それを合図に控えていたであろう人達が料理を運んできてくれた。
メニューは無難な朝ご飯、という風だけど一つ一つ盛り付けが綺麗だし、食器が豪華だしで手をつけるのに気後れしてしまう。なんて思いつつも残らず美味しく頂いて食後のお茶を飲んでいたところでドアがノックされて王妃様が入ってきた。
「おはよう。昨夜はよく休めたかしら」
私達は慌ててカップを置いて立ち上がる。
「は、はい。お陰様でもうぐっすりと」
「ふふ、それは良かった。畏まらず座ってしてちょうだい」
「はい」
王妃様の言葉で私達は座り直し、彼女はニコッと微笑む。
「巫女との件だけど、午後から時間がとれたの」
「本当ですか?!」
「式典の準備の後だから、少し待たせてしまうかもしれないけれど」
「全然構いません。無理を言っているのはこっちですから」
「ありがとう。準備が出来たら巫女が行くそうだからゆっくりしていてちょうだい」
「はい」
頷くと彼女はまた微笑んで部屋を出ていった。
その後は別部屋に3人で集まり、巫女さんに何を聞くかを話し合って決めていった。そうして昼食を食べてしばらくするとコンコンと戸が叩かれた。
「失礼します」
ガチャっと扉が開くと少女が立っていた。彼女はこちらを見てニコリと微笑む。
「こんにちは。お待たせしてすみません」
「い、いえ……」
私は少女を見て惚けてしまう。まるで光を吸い込んでいるかのように輝くおしり位まである長い銀色の髪。同じ銀色の目は、見ているだけで吸い込まれてしまいそうだ。
巫女さんは私の目の前まできて、目を合わせてきた。彼女はニコッと微笑む。
「初めまして。遠い所からここまで、さぞ大変だったでしょう」
「え?」
「さぁ私に聞きたいことがあるのでしたよね。座ってお話致しましょう」
微笑む彼女に、私はゴクリと唾を飲む。
この人もしかして、私が異世界人だって気づいてる……?