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花束を君に  作者: アレン
菫の章
15/18

 川に突き出している木の枝を掴んで川岸へ這い上がる。一息つきたいのを我慢して、同じように枝にしがみついている紫翠君に手を伸ばして引っ張り上げた。


「はぁぁ」


 引いた勢いそのままに2人で地面に寝転がって深く息を吐く。

 正直死ぬかと思った。流されてる間は片手で木板を掴んでもう片方で紫翠君と離れないようお互い必死に体を掴みあっていた。

 起き上がって周りを見渡すと、王都に来る時に通った森の近くで、街の灯りは遠くに見える。


「かなり流されちゃったみたいだね」

「そうだな」

「元の場所に戻るのにどれくらいかかるかな。紫翠君歩けそう?」

「問題ない、が今は下手に動かない方がいい。ここからじゃかなりかかるし、そろそろ魔物が活発に動く時間になる」


 紫翠君の言葉にゴクリと唾を飲む。来る時に遭遇した魔物たち、あれに今襲われれば私たちには為す術がない。


「じゃあ明るくなるまでどこかに隠れてよう。魔物もだしさっきの危ない奴らが探しに来るかも分からないしね」


 取り敢えず川沿いに歩きながら探してみよう、ということで服や髪の水分をできる限り絞って街の灯りの方へと進んだ。

 林の方から時々聞こえてくる音にビクつきながら歩いていき、少しして木に埋もれるように建っている小屋を見つけた。見張り用ような小さなそれは長いこと使われていないようだったけど、ザッと一周見て回っても穴などは空いていなかった。

 扉は立て付けが悪くて2人がかりで引っ張り開ける。開いた瞬間こもっていた埃臭い空気が溢れ出た。中には壊れた机と椅子に古い毛布が何枚か置かれていた。屋根も床も穴は空いていないし、暖を取るための物はあるから一晩過ごすだけなら十分な環境だ。

 休みやすいようにと壁際に毛布を2枚重ねて敷いて、肩を並べて座り毛布に包まる。そこでやっと張っていた気が抜けて全身に寒気が走った。紫翠君を見ると、彼もガタガタと体を震わせている。


「紫翠君ちょっと失礼」

「え?」


 私は紫翠君を自分の方へ引き寄せて毛布と一緒に後ろから包むように抱きしめた。


「この方がお互い暖かいでしょ?」

「にしたってこれはっ」

「紫翠君暖かい。子供体温ってやつ?」

「子供扱いするな!」


 恥ずかしそうに暴れていたけど、しばらくして観念したのか大人しくなって体を私に預けてきてくれた。胸元に触れる濡れた髪からじんわりと冷たさが伝わってくる。


「ごめんね」


 私は彼をギュッと抱き締めながら呟く。


「何がだ?」

「私があそこで橋から落ちなければこんな目にあわずに済んだのに。そもそももっと上手く逃げれてれば」


 また私の不幸体質で人を危ない目に合わせてしまった。もしかしたら追いかけてきたマント達だって私のせいなんじゃ……


「何を謝る必要があるんだ?」


 紫翠君が不思議そうな顔で見上げてきた。


「いや、だって」

「お前はあの場で我を守ろうと行動した。それに対して恥じる事など何一つない。お前を助けたことに関しては、当たり前のことをしたまでだ。民を助けることは我の務めだからな」


 そう言って紫翠君は得意げに胸を張る。その姿に私はプッと吹き出した。


「あははは」

「な、なにがおかしいんだ!」


 笑い続ける私に紫翠君は拗ねたように頬を膨らませる。それにますます笑えてしまった。


「くくくっ。ご、ごめんごめん」


 膨れる彼をギュッと抱きしめる。


「ありがとう」

「ふんっ」


 頭を私に預けながら鼻を鳴らした紫翠君に、また笑いが込み上げてきた。和やかになった空間にこころなしか体の熱も戻って来たような気がする。このまま朝まで過ごすのもいいけど、彼には聞きたいことが山ほどある。私は気持ちを切り替えるためにふぅと息を吐く。


「ねぇ紫翠君はさっきのマントの奴らに心当たりはあるの?」


 紫翠君の肩がピクリと揺れる。


「あいつら見た時になんか知ってる感じだったよね。でも顔見知りとかではなさそうだったし。あいつら何者なの?」


 紫翠君は眉を顰めて難しい顔をしながら話しずらそうに口を開く。


「あいつらは、黒の支持者だと思う」

「くろのしじしゃ?」

「歴史上で名前だけが残っている連中だ。男なのか女なのか、個人なのか組織なのか、何が目的なのかも分からない。分かっているのは奴らは紋章の入った黒マントに身を包み、魔をあやつって邪神を崇めている、ということだけ」

「邪神って?」

「この世界で邪神と呼ばれるものなんて1つしかないだろう」


 破神のこと、か。


「なんでそんな奴らが襲って来たんだろう。心当たりなんて」

「あるわけないだろう」

「だよね……」


 うーん、と2人で腕組みをして唸る。あいつらあの時無差別じゃなく私達を狙ってきた。いや、襲ったのは私『達』じゃなく紫翠君の方だったと思う。最初のマントはハッキリ紫翠君の名前を呼んでいたし。

 そう考えながら紫翠君を見る。ふんわりとクセのある菫色の髪、悩ましげに細めている同じ色の瞳。その特徴と今までの言葉や言動からその子が何者なのかは何となく察しはついている。だから狙われたとか?

 ジーと彼を見つめていると、ふと毛布がずり落ちて露になった肩に目が止まる。


「ねぇ紫翠君、肩のそれって元から?」

「え?」


 首を傾げながら自分の肩を見た紫翠君の目が大きく見開かれる。


「な、なんだこれ?!」


 ゴシゴシと手の甲で拭ったが消えない。


「なんだこれ。いつの間にこんな」


 困惑している彼に、私はそっとそれに触れてみる。紫翠君の肩にあるのは花の形の痣、菫色のそれは形や色は違うけど朝緋に現れたものとよく似ている。それに……


「ねぇ橋から落ちる時、なにか見なかった? 記憶っていうか、こう脳裏に浮かんできた的な」


 記憶を思い返すように目を伏せた紫翠君は、少ししてハッと目を見開いた。


「見た。明日香と手が触れた時全身に電気が走ってお前と似ている女の記憶が流れてきた」


 朝緋が言ってたのと同じだ。てことはもしかして紫翠君も……


「おい、何か知っているのか?」


 向き合って私を見る紫翠君。もしかしたら彼も私達の問題の当事者になってしまったのかもしれない。私はゴクリと唾を飲んで、覚悟を決め紫翠君をしっかりと見つめ返す。


「私はね……」


 私は自分が他の世界から来た流人であること、破神の巫女が現れるといわれている湖で目が覚めたこと、紫翠君と同じような状態の人がいること。そして自分達の身に何が起きているのかを巫女に尋ねる為に王都に来たことを話した。


「なる、ほど……」


 黙って最後まで聞いていた紫翠君が唸るように呟いて息を吐いた。


「ごめんね。いきなりこんな話をして」

「いや。だが破神の巫女か」


 私のことをジッと見つめる。穴が空くんじゃないかというほどの真っ直ぐな視線に思わず息が詰まった。しばらくそうしていた彼は考えを振り払うように首を振ってもう一度息を吐いた。


「この手の話の知識は我もあまりない。巫女様に聞くのがいいだろうな」

「うん。だけどお祭りで会えないみたいだから、終わってからじゃないと話を出来ないの」

「あぁ、そういえばそうか」


 紫翠君が気まずそうに頬をポリポリとかいた。


「無事戻れたらその時は……」

「シッ!」


 話していた紫翠君の口を塞ぐ。静まり返った中、耳を澄ますと微かに草をかきわける音が聞こえた。

 ゆっくりと立ち上がり窓から外を覗くと、林の方で動く人影を見つけた。探しに来た人か、それとも追ってか。こうやって考えている間も何者かはここに近づいてきているかもしれない。

 私は覚悟を決め、落ちた毛布を紫翠君の頭から被せた。


「ちょっ、何をっ」

「ちょっと外の様子見てくる。もし誰かがいたらここから遠ざけてくるよ」

「なっ、何を言っている! そんな危険なこと」

「大丈夫だって。けどもし明るくなっても戻ってこなかったら紫翠君だけで街の方へ戻って」

「お、おいっ!」


 呼び止める紫翠君に私はニカッと笑みを向け小屋の外に出た。

 冷たい空気が肌に突き刺さる。ガタガタと震える体。これは寒さからなのか、恐怖からなのか。すぅと大きく息を吸い一気に止めて気合いを入れる。ガタガタ震えてる場合じゃない。やるべき事をやらないと。

 音を立てないようゆっくりと人影が見えた方へ行く。身をかがめてできるだけ木に隠れるようにしていきながら進む。

 完全に林の中に入ったところで少し向こうに人影を見つけた。それも1人じゃない。3、4…… 気配からしてもっとか。木の葉のせいで辺りが真っ暗だからマントを着ているかなんかは分からないけど、奴らが向かっているのは小屋の方だ。

 私は足元に落ちている枝を掴み小屋と反対の方向に思いっきりそれを投げた。コーンと木とぶつかる音が響く。人影が一斉に音の方を向きそっちに進む方向を変えた。

 よし、見えなくなったら小屋に帰ろう。そう思って近くの茂みに隠れようとした時。


「おいいたぞ!」


 声がして慌てて振り返る。いつの間にか数人が背後に迫っていたようで、影達が私の方へと向かってきていた。急いで立ち上がってその場から走って逃げる。乱雑に並ぶ木を利用してまこうと思った。だけど川に流され、濡れたまま過ごしていたからかなり体力が奪われてしまっまていたみたいで、どんどん足が重たくなっていく。


「きゃっ」


 後ろから腕を捕まれ強く引っ張られて地面に倒れる。


「いっつぅ」

「黒目黒髪の少女、こいつで間違いない」


 私を見てそういった男は私の腕を後ろに回して押さえつけた。逃げようともがいたけど私の力じゃ振り解けない。


「捕まえたか」

「ハッ」


 立場が上だと思われる男が目の前に来て顎を掴まれ無理矢理顔を上げさせられる。


「うっ」

「おいお前他に仲間は? あの方をどこへ連れていった」

「あの、方?」

「とぼけても無駄だ。お前だということは目撃情報でもう割れているんだ。さっさと白状した方が身のためだぞ!」

「いっ」


 男は掴む力を増しながら捲し立ててくる。地面に押さえつけられてるのに顔を無理矢理上げられて腰がすごく痛い。


「隊長! 見つかりました!」


 小屋の方向から声がした。男はチッと舌打ちをして乱暴に手を離し、私は地面に頬を打ちつけた。


「こいつは縛って連れて行け」

「ハッ」


 男は乱れた服を軽く正しい歩いていってしまった。私は残った男達に後ろ手に縛られて両脇を掴まれ引きずられるように森の外へと連れていかれた。

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