4
探す気のない紫翠君に、もう彼の気が済むまで付き合おうと連れ回されることになった。彼は気になったものを手当り次第買っていく。最初はお金は大丈夫かとハラハラしたけど、懐から出した財布に溢れそうなくらいお金かま入っているのが見えたので口出ししないことにした。あんな大金持ってるなんてこの子何者なんだろう。口調とか態度からして平民ではないのは明らかだし、何処ぞの貴族のご子息がお忍びで来たところを脱走した、とかそんなところだろうか。
「明日香早く来い。次はあれだ!」
お店を指さして駆け出す紫翠君。どっちにしても今ははしゃぐただの子供と変わりない、か。
「早くしろー」
「はいはい」
手に持つ荷物を持ち直して少し先で手を振る紫翠君の元に歩いていく。
「遅いぞ!」
「元気だねぇ」
「なんだもう疲れたのか。情けない……」
やれやれというふうに手を挙げて首を振っていた紫翠君。しかしサッと彼の表情が消える。彼は私の方を目を見開いたまま固まっている。何事かと振り返ろうとしたが、それを止めるように声が落ちてきた。
「紫翠様、ですね」
感情のない無機質な声。本能的に恐怖を感じるそれに冷や汗が流れてゴクリと生唾を飲む。紫翠君の知り合い、じゃないのは真っ青になって震えている様子から一目瞭然だ。
ゆっくりと振り返ってみる。私の後ろにいたのは真っ黒なマントを羽織フードを被っている人。マントには特徴的な紋章のような模様が刺繍されている。私よりもだいぶ背が高く、体格からして多分男だと思う。フードの影から除く顔は声と同じように無機質なロボットみたいで、瞳にはなんの感情も写していない。
逃げなきゃ。
私は持っていた荷物を男の顔に勢いを付けて投げつける。男がどういう反応をしたかは確認せずに紫翠君の手を掴んでその場から走って逃げた。人混みをかきわけるように進み、目に付いた路地へ入って足を止める。私も紫翠君も膝に手をついて荒い息を吐く。
「さっきの人、まさか連れだった、なんてことないよね」
「バカを、言うな。あんなのが我の連れなわけあるか」
「じゃあ全く知らない人?」
「あいつは知らん。だがあの服装は……」
顔を上げた紫翠君が固まる。その様子にまさか、と振り上げると、今来た方向に先程の奴と同じマントの人が2人こちらへ向かってきていた。
「「う、うわぁぁぁ!」」
私たちは慌てて反対方向へ逃げる。
路地を抜けた先は川になっていて、正面は行き止まりだった。右を見ると、少し先に人ひとりが渡れる幅位の木製の橋がかかっていた。向こう岸は住宅地みたいだから、あっち側に行ければ家の間をぬって逃げるて巻くことができるかも。それに迷ってる暇なんてない。
「こっち!」
手を掴んで橋の方へ走る。紫翠君を先に行かせて少し後に橋に足をかける。進むためにギシギシと軋む橋に足がすくみそうになるけど、気を奮い立たせて前へ進む。中央辺りまで来て追ってはどうなったか確認しようと振り返ろうとした。
「っっ!!」
足が滑って体勢が崩れた。反射的に手すりを掴んだけど、体重をかけた瞬間バキッと音を立てて手すりは折れてしまった。
こんっなときに不幸体質発動するなんてさぁ!
心の中で叫んだけど、体は無常も橋から宙へ移動する。
「明日香!!」
振り返った紫翠君が助けてくれようと手を伸ばしてくる。だけど、今彼の手を取ってしまったら彼も道ずれにしてしまう。
「大丈夫!」
だから早く逃げて、と思いを込めて手を取らずにニッと笑う。下は川だし流されても何とか泳いで上がってこれるはず。保証はないけど2人して落ちるよりましだろう。だけど、紫翠君は舌打ちをして飛び出した。
「大丈夫なわけないだろバカが!」
体が完全に宙に浮く。一緒に落ちるなか、紫翠君のフードが脱げて菫色の髪が露になった。肩あたりまでの長さの髪は風に舞い光で透けてとても綺麗だ。
紫翠君と髪と目が同じ色なんだな。見惚れる私の手と紫翠君の手が触れる。その瞬間、バチッと電気が流れて脳裏に情景が浮かぶ。
赤髪の人の脇に控えるように立つ人。長い菫色の髪を後ろでひとつに結っていて、無表情な表情で赤髪の人に向けている。
近寄っていくと、気づいた彼らが振り返る。駆け寄った私に赤髪の人は笑みを向けてくれる。そんな彼を表情ら変わらないが見つめる菫の瞳には優しげな色に満ちていた。
背中に水で強く打ちつけた痛みが走り我に返る、と同時に体が水に包まれる。衝撃で開けてしまった口から空気が泡になって漏れだした。苦しくて必死に水面へと顔を出そうと藻掻く。
「っは。ゲホゲホ」
水の外へ顔を突き出して水を吐き出し咳を繰り返した。何とか溺れてしまう事は避けられたみたいだ。紫翠君とは手が離れずに済んで、彼も同じように水から顔を出して咳き込んでいた。
周りを見ると、さっきまでいた橋が遠ざかっていく。川は思ったよりも深くて足がつかない。それに上から見たより流れは急だったようで流されるままになるしかないようだ。何か浮きになるものが必要だ、と探すと丁度後ろから木板が流れてきた。私は繋ぐ手と反対の手を伸ばして板を引き寄せ2人でそれに体を預けた。
「上がれそうなところまで流されてこう」
私の言葉に紫翠君は強く頷いた。それに頷き返し、私は振り返って端の方を見る。もう小さくなった橋にはフードの人達が追いかけて来る様子なくただジッと見つめてきていた。一体あいつらは何者で、なんの目的があって追いかけてきたんだろうか。




