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鬱蒼とした林のいっぽん道は木の葉で日光が隠され薄闇に支配されている。そんな道を1台の馬車が車輪を鳴らしながら走っていた。馬の手綱を握る男はソワソワとしきりに辺りの様子を見回す。
道の脇の草むらからガサガサと音がする。音は段々と増えていき、一瞬ピタリと音が止まった。男が恐る恐る見てみると、草むらから覗く幾つもの光と目が合った。
「ま、魔物だぁ!!」
男は叫んで馬を止める。
止まった馬車を10匹程の大きなアリが取り囲んだ。アリはジリジリと馬車に近づいてくる。
『ピギャ!』
1匹が悲鳴を上げ、全体の動きが止まる。悲鳴を上げたアリは脳天に矢が刺さり、裏返って絶命していた。仲間の死に他のアリは1ヶ所に集まって塊になる。警戒を強めつつ、一斉に飛びかかろうと準備をする。そこへ空を切りながら銀の弧が振り下ろされた。
『ギャアァ!!』
緑の液がまき散る。
傷を負ったアリは逃げ出し、他も追うように林の奥への消えていった。
静まり返った場には赤髪の男だけが立っていた。彼は剣にこびりついた緑の液を振り払って鞘に納めた。
パチパチパチ
手を叩く音が響く。馬車の荷台から少女が笑顔を覗かせた。
「お兄ちゃんすごぉい。ね、お姉ちゃん!」
振り返った少女に、私は微笑んで頷いた。
♢ ♢ ♢
ジグの町から出発して3日。私たちは馬車に揺られながらいくつかの町を経由して、ようやく王都の近くまで来た。
道中は隣町へ娘さんの結婚式に向かう夫婦、一人前になって自分の店を持つんだと意気込んで修行へと向かう青年、老後を子供と過ごすのだと嬉しそうに微笑んでいた老婦人、色々な人と一緒になった。
「すごくかっこよかったね。一人であんな数の魔物追っ払っちゃうんだもの」
私の膝の上で歌乃ちゃんが楽しそうに足を振りながら話す。
歌乃ちゃん、紀乃さん親子とはひとつ前の町で一生になった。なんでも、王都にいる旦那さんに会いに行くらしい。歌乃ちゃんは人懐っこい子で、会ってすぐに懐いてくれて、とても楽しい道中になっている。
「どうやったらお兄ちゃんみたいに強くなれるの? 私もお兄ちゃんみたいに強くなりたい!」
「こら、危ないからやめなさい」
私の膝から飛び降りた歌乃ちゃんを紀乃さんが慌てて支える。そのまま歌乃ちゃんは興奮気味に剣を振る真似をしながらキラキラした目を朝緋に向けた。純粋な目を向けられた朝緋は、なんと返答したらいいかと困った顔をしている。
この旅の間、朝緋は御者さんに頼み込まれて王都まで馬車の護衛の仕事をしていた。朝緋は弓だけじゃなくて剣も扱えて、威嚇用だと持っていた剣で道中遭遇した魔物を難なく倒していってしまったのだ。
「いやぁほんとにお強いですよね、旦那。こんなに魔物が襲ってくるようになったのはここ最近のことだから、護衛の手が回ってなくて。俺みたいなペーペーにはなかなか手配できなくてねぇ」
「聞いてはいましたけど、魔物が凶暴化してるっているのは本当だったんですね」
小窓から横顔を覗かせて呑気そうに話す御者さんとは対照的に、紀乃さんは歌乃ちゃんを抱きかかえながら不安そうに眉を下げた。
「旦那さん王都にいらっしゃるんですよね」
「ええ。夫は町の衛兵だったんだけど、王都で手が足りなくなったからって召集されて。あの人は昇任したんだって喜んでたけど、こんな王都の近くにまで魔物が出るようになってるのに、大丈夫かしら」
「凶暴になってるっても、衛兵なら余裕で討伐できる強さですよ。な、朝緋」
黒斗が紀乃さんを安心させようと明るく言って朝緋に同意を求める。それに朝緋は頷いて返す。
「大丈夫よお母さん。お父さんとっても強いもの。魔物なんて簡単に蹴散らしちゃうわ!」
「わっ、分かったから暴れないでっ」
はしゃぐ歌乃ちゃんに、馬車の中は笑いに包まれた。
♢ ♢ ♢
王都に近づくに連れて人通りが増えていき、ロバの背に商品をいっぱい積んでいる商人や色とりどりな服を着ている人達を歌乃ちゃんとはしゃぎながら眺める。
「ほら見えてきたぞ。あれがルグニカの王都ルーニアさ」
御者さんの言葉に身を乗り出して前を見る。
町を囲む高い壁、道が続く門の向こうにはびっしりと並ぶ建物、そして奥にはお城が建っていた。
「すごいお城があるよ!」
「王都だからな」
「じゃあ王様とかが住んでるってこと?」
「当たり前だろ。おいみっともねぇから顔引っ込めて大人しくしてろ」
興奮してはしゃいでいると、朝緋に首根っこを掴まれて引っ張り戻される。頬を膨らませて朝緋を睨みつけるが、彼は腕を組んでふんっと鼻を鳴らして睨み返してきた。そんな私たちのやり取りに他の三人は面白そうに笑っていた。
停留所に着き、御者さんと歌乃ちゃん達と手を振って別れる。
私たちはまず宿探しのために、御者さんに教えてもらった所へ行ってみて無事部屋を確保して、夕飯を食べるために近くのお店に入った。中はRPGの酒場のような雰囲気で、みんなお酒を飲みながら楽しげに騒いでいた。私たちは奥の席に案内されたけど、人の間をぬって行かなきゃいけなくて席に辿り着いた時にはお酒の匂いと雰囲気で酔っ払ってしまった。
「ごめんね。この時間は飯屋は何処も酒場になっちゃうから」
「大丈夫だよ。ちょっとこういうのに慣れてないだけだから」
「飯が食えりゃ何でもいいだろ。ほら」
朝緋が差し出してきた紙を受け取る。紙にはびっしりと文字と数字が書かれていて、多分メニュー表なんだろう。一応目を通してみるけど、どんな料理なのか全く想像がつかなかったので、注文は二人に任せることにして周りの会話に耳をすませてみる。
最近奥さんが冷たい、子供が可愛くて仕方がない、仕事の上司が面倒だ、だとか明るい話題から愚痴まで様々な会話が聞こえてくる。
「だからぁ、破滅の巫女のせいなんだってば!」
聞こえてきた言葉に思わずビクリと体が震えた。どこから聞こえてきたのか探してみると、2つ隣の席の男二人組の一人が真っ赤な顔で興奮気味に話をしていた。
「最近の魔物騒ぎは破滅の巫女が現れたからだ。だからもうすぐこの世は破神の手で滅ぼされるんだよ」
「あーそうかいそうかい。じゃあ死ぬまでにやりたい事やっとかないとねぇ」
「信じてないだろぉ」
聞き流している相手に男は更に前のめりに話をしだす。
「いや、破神やら巫女なんて言い伝えだろ。本当にいるわけないって」
「最近黒の支持者なんてのもいるんだぞ? 言い伝え通り破神の封印が解かれちまう予兆なんだって」
「そんなの噂話じゃねぇか。お前は何でもかんでも信じすぎなんだって。あ、ビール2つお願いします」
「そんなことないって!」
素っ気ない対応の相方に、男は興味をもってもらおうと更に熱弁を続ける。
今の話って本当なのかな。破滅の巫女って、私かもしれないって人のことだよね。王都までの道中何度も魔物に襲われたし、御者さんもこんなことここ最近からだって言ってた。もしかして私がここに来たから? もしかして私はこの世を滅ぼす破神を甦らせる存在ってだけじゃなくて、居るだけで危害を及ぼしてしまう存在なんじゃ……
ゴクリと唾を飲み込んだ。
「明日香」
呼ばれてハッと我に返ったと同時に、ドンッと目の前に料理がいっぱいのったお皿が置かれた。黒斗の方を見ると、彼は自分の分の料理を取り分けながらニコッと微笑んだ。
「料理きたから食べよ」
「あ、えっと」
「ほらほら温かいうちにさ。ね?」
パチパチと瞬きしていると、ハァとため息が。朝緋の方を見ると、呆れ顔の彼と目が合う。
「余計な事考えてんじゃねぇよ。それを知るためにここに来たんだろーが」
「そうだよ。今は明日のために腹ごしらえ!」
「そう、だね」
頷いて、お肉を食べてみる。
「んー。美味しい」
笑みを浮かべた私を見て、2人は表情を緩ませ食事を再開した。




