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花束を君に  作者: アレン
真紅の章
10/18

8

 カタリと物音がした。ゆっくりと目を開けると木の天井。こんな景色前にも見たなぁ。


「お、お姉ちゃん!」


 駆け寄ってくる気配がして目を横に向けると、目に涙を溜めた美紀ちゃんがいた。


「みき、ちゃん?」

「目が覚めたんだね。大丈夫? 違和感とかない?」

「う、ん。喉乾いてるくらいかな」

「あっ、そうだよね! 水持ってくるよ。あと皆に知らせなきゃっ ちょっと待っててね」


 ホッとした顔をして、直ぐに慌て気味に部屋を出ていった。

 目で彼女を見送って、天井に視線を戻して記憶を辿ってみる。


 確か朝美紀ちゃん一緒に捕まって、犯人は寛太で私達襲われそうになったんだ。何とか美紀ちゃんを逃がした後は、寛太に捕まっちゃってそれで……


 ドクンと心臓が激しくなりだす。手を顔の前持ってくる。

 特に変わった様子はない。ベット脇の机に置いてある花瓶の花へ恐る恐る手を伸ばす。口から飛び出しそうなくらい暴れる心臓。ゴクリと唾を飲んで、指先で花びらにそっと触れる。


「……」


 触った花びらに変化はない。私は詰まらせていた息を全部吐き出してベットに体を沈める。取り敢えずあの時のようなおかしな力が無いことに心底安心した。だけど……

 もう一度手を上げて見る。

 あの時、縛ってたはずの縄が腐ったみたいに砕けおちたのを確かに見た。私がやったのか、それともあの時私を支配した『何か』がやったのか分からないけど、私の中に私の知らないものが眠っているのかもしれない。

 怖い。訳の分からない『何か』に恐怖で身体が震える。


「明日香入るよ」


 黒斗の声がして、私はハッと我に返って声の方を見る。


「あ、黒斗」

「おはよう。気分はどう?」

「最高、とはいえないけど問題ないよ」

「ハハハ。まぁ1日眠ってたんだし、仕方ないな」


 笑いながら入ってきた黒斗は片手にコップを持っていた。私はゆっくり体を起こして、それを受け取ってゴクゴクと一気に飲み干す。


「ぷはぁ」


 イガイガしていた喉が潤った。

 黒斗はそんな私にまたクスクスと笑い、スっとおでこに手を当ててきた。


「うん。熱は無さそうだ。食欲は?」

「ある。お腹空いた」

「用意してるからすぐ持ってくるよ」


 コクリと頷いて返事した私に、黒斗も頷き返して「待ってて」と言って部屋を出ていった。


 また一人になって部屋が静かになる。

 私は1日眠ってたのか。朝緋が助けにきてくれて、そのまま気を失っちゃったんだよね。あ、そういえばあの時もなんか変な事が起きたんだった。

 朝緋に触れて電気が走ったみたいに何かが弾けて、断片的な記憶を幾つか見た。その全部は知らないものだったけど、全く知らないとは思えなくて、昔見た映画の展開を思い出せないような気持ち悪さを感じる。

 あの時見た人、朝緋の髪と目の色と同じだった。それに顔とか雰囲気とかも似ていたような気がする。だから知ってる気がするのかな。それとも、朝緋に似ているのはまた別の理由があったりとか……


「おい」


 考え込んでいると、まじかで声がしてビクリと身体が震える。パッと顔を上げると、朝緋が眉間に皺を寄せて私を見下ろしていた。


「あ、あさ、ひ」


 パチッと目が合って、私は直ぐに目を逸らしてしまう。

 な、なんか恥ずかしい。思い出したけど、助けに来てくれた朝緋は私を抱き締めて、そんな彼に私背中に腕を回して……

 バクバクと心臓が暴れる。今日の私の心臓動きすぎ、酷使し過ぎて寿命が縮んじゃってるよ絶対。


「なんだよ。せっかく飯持ってきてやったのにいらねぇのか?」

「う、ううんいる。ありがとう。そこに置いといて」


 私は体を起こして、朝緋から目を逸らしつつベット脇の机を指さした。

 こちらに向けられる視線が痛い。朝緋はしばらく何も言わず動かなかった。けどしばらくして大きなため息をついて、私の指さした所にお盆を置いた。そのまま出ていくのかと思ったのに、朝緋は出ていかずベットにドカりと座った。揺れるベットと一緒に私の体も震える。

 な、なになに?! なんで朝緋座ってるの。ご飯持ってきてくれただけじゃないの?

 俯いたまま混乱する私に、朝緋はまた視線を送ってくる。黙ったまま向けられる視線に、私は今すぐにこの場から逃げ出したい気分に駆られた。


「あ、あの。ごめんね、私気を失っちゃって。朝緋が運んでくれたんだよね」

「あぁ」

「それに、助けにきてくれてありがとう。よくあそこだって分かったね」

「黒斗がお前らが居なくなったってうちまで探しに来たんだ。お前ら寛太と揉めてたって言ってたろ。だから寛太に拉致られたんだと踏んで、あいつの家へ行ったら、ちょっど美紀に会ったんだよ」

「そうだったんだ」


 あの時は黒斗、遼太くん、美紀ちゃん、朝緋に救われたんだな。

 

 話が途切れて沈黙が流れる。チラッと朝緋の様子を伺ってみる。前を向いて黙ったままの彼は動く様子はない。ふと首筋に目がいく。


「あれ。朝緋首にそんなのあったっけ?」


 自分の首をトントンと叩いて聞く。朝緋のそこには赤い花の模様の痣があった。確かそんなものはなかったはずなんだけど。

 朝緋は「あぁ」と指先で痣を撫でた。


「気づいたら出来ていた。多分お前を助けた後だ」


 朝緋は私の方を見た。探るような瞳に、私はパチパチと瞬きをして体を固める。


「あの時、頭に知らない記憶が浮かんだ。お前に似た女の姿だ」

「え……」

「なぁ、俺たち前に会ったことあるか?」


 あの時朝緋も私と同じように知らない記憶を見たんだ。


「ううん、ないと思う。だけど、私もその時朝緋に似た人の記憶を見たわ」

「お前も?」


 うーん。これは偶然、じゃないよね。同じタイミングで同じようなものを見るなんて何かあるに決まってる。それに、朝緋の痣も関係あったりするのかな。

 考え込んでいると、ギジリとベットが揺れた。


「ま、ここで俺らが考えても答えは出ねぇだろ。取り敢えず王都の巫女に聞くのがいいだろうな」

「え、もしかして朝緋も王都へ着いてきてくれるの?」

「自分のとこだしな」


 そう言って朝緋は机に置いていたお盆を私の膝の上に置いた。


「飯食って寝て早く復活しろ。馬車が来る日に動けなくても、俺はお前を置いて王都に行くからな」


 そう言ってプイッと顔を背けた。

 これは早く良くなれよって言ってるんだよね、多分。

 私は目を瞬かせた後、可笑しくて声を出して笑った。


「うんそうだね」


 お粥みたいなのをスプーンで掬って食べる。そんな私を見て、朝緋は微かに微笑んだ。



         ♢ ♢ ♢



 王都行きの馬車がやってくる日になった。私はカバンの蓋を閉じて、部屋を見渡す。

 1ヶ月程しかいなかったけど、色々なことがあったな。

 私の調子が戻るのと、朝緋の家の片付けが終わるまで朝緋も一緒に黒斗の家にお世話になった。朝緋は基本的には黒斗の工房を借りて仕事をしていたけど、何度か一緒に買い物へ行ったりした。その時の朝緋は少し寂しげでだけど嬉しそうな表情で街並みを見ていた。

 町の噂で寛太は心を病んでしまって家に引きこもるようになったそうだ。おかげで町が平和になったと教えてくれた八百屋のおじさんは笑っていたけど、私が原因だと思うと複雑な気持ち気分になった。

 遼太くんと美紀ちゃんは服屋の佳奈子さんが引き取ってくれて、遼太くんは黒斗に紹介してもらった職人さんに弟子入りし、美紀ちゃんは佳奈子さんのお店で看板娘として働くようになった。朝緋の家を片付ける時は手伝いに来てくれて、朝緋と楽しそうに話す彼らにすごく安心した。


「おい行くぞ」


 朝緋の声がした。私はもう一度部屋を見回してから「よしっ」と荷物を背負って部屋を出た。



 朝緋と一緒に町の入口まで行くと、もう馬車が来ていた。

 朝緋が手続きをするからと御者の方へ行った。行く前に「動くなよ」とまるで子供に言うみたいな言い方をされたのには「ん?」となったけど、言われた通り動かず待っていることにした。


「おーい明日香!」


 声がして辺りを見回すと、黒斗が馬車の近くで手を振っていた。


「黒斗!」


 私は彼のところへ駆け寄る。


「見送りに来てくれたの?」

「いや、そうじゃないよ」


 首を振る黒斗に首を傾げる。見送りじゃないならなんでここに。ふと黒斗の背を見ると、私たちと同じようにカバンを背負っている。


「あれ、もしかして黒斗も」

「おい、なんでお前がここにいるんだよ」


 朝緋が戻ってきて黒斗へ怪訝な顔を向けた。


「守り人様が行くなら従者がお供しないわけにはいかないだろ」


 そうおチャラけた様子で言った。そんな黒斗に、朝緋はガシガシと頭を掻いてため息をついた。


「別に行く行かないはお前の勝手だろ。守り人なんてあってないようなもんなんだからよ」


 そう言って朝緋はプイッとそっぽを向いた。だけどのぞく耳が赤くなっているのが丸見えだ。

 黒斗はポカンと口を開いたまま固まった。数回瞬きした後、クシャッと嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。そして朝緋の背をバシバシと叩く。


「そうか、そうだよな! 守り人も従者もあってないようなもんだもんな! 僕さ一度王都へ行ってみたかったから着いてくわ」

「やめろ痛てぇ! だから勝手にしろって言ったろ!」


 じゃれ合う二人に私も笑いが込み上げてクスクス笑った。



 私たちが乗り込むと馬車が出発した。ガタガタと揺れる馬車は町を離れていく。

 

 王都へ行けばきっと私に起こっていることを知ることが出来るはず。だから心に巣食う不安に今は目を背けておこう。

 私は馬車の揺れに身を任せてゆっくりと目を閉じた。



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