魂の在り方(1)
殺してやる。
絶対に殺してやる。
こんな奴に邪魔されてたまるか。
こんな化け物に私の復讐を奪われてたまるか。
必ず首を落としてやる。
私の進もうとする道を塞ぎ、尚且つ食い殺そうとしてくるブタなんて、何がなんでも許さない。
今すぐ首を斬り落とす。
目の前の敵へと憎悪が溢れている私は、大怪我の痛みなど完全に忘れていた。
地面に滴り落ちる血の響きは届いているのに、その他の音がまるで耳に入ってこない。
自分だけに集中している。
死んでいるはずなのに活動を止めない鼓動や、辺りの腐敗臭を吸い込んでは吐き戻す呼吸音、そして障害を排除しろと騒ぎ立てる全身のざわめき。
自身への意識が研ぎ澄まされ、それらに関する情報だけが脳に伝達されてくる。
当然だが、相手は私を待っていてはくれない。
再度ぶん回される規格外の腕は、さっきとは正反対に左側から襲いかかってきた。
しかしその速度はあまりにも緩やかだ。
全然直撃する気がしない。
周囲を抉りながら突き進んでくる攻撃を、私は地面をひと蹴りして上手く躱した。
なんてことはない。
その拳の大きさは、せいぜい人間の子ども一人分くらいだ。
跳び越えられない高さじゃないし、ノロマ過ぎてタイミングを外す心配もない。
そう思って足に力を入れたのだけど、想像以上に私の体は高く舞い上がっている。
えっと……、私ってこんなに跳躍力あったっけ?
巨大な敵の目線と同じくらいの高さから見下ろすと、こちらに対して何やら叫んでいる様子の紅葉さんが見えた。
岩壁の隅を指差して、私に何を伝えようとしているんだろうか。
示された場所に視線をやると、ついさっき右腕と一緒に弾かれた短剣が落ちている。
「ナナ!! とりあえず武器を拾え!!」
やっとあの鬼の声も認識できた。
着地すると同時に、短剣を回収しに走っていく。
千切られて無くなった右手の代わりに、今度は左手でその柄を握りしめた。
すぐに振り返って敵の動きを確認しつつ、攻撃後で体勢が不安定な奴に狙いを定める。
今なら確実に仕留められる。
左腕一本でも、さっきの跳躍力があれば。
向かって左側の壁を勢いよく蹴り、三角跳びの要領でデカブツの右肩に跳び乗った。
「死んじまえよクソブタがぁああっ!!!」
逆手に持った剣をブヨブヨの首に突き立て、足を掛けて思い切り踏み込む。
「ぐぼぁあああ!!」
敵は刺さった刃に苦しみ、その姿や悲鳴がなんとも爽快だった。
首の一部が切られてもまだ繋がったままの肉は、頭部を蹴り飛ばすとあっさり裂ける。
地面に転がり落ちた化け物の頭を見ると、愉悦感と同時に怒りも込み上げた。
私は機能を停止した胴体から飛び降り、床にある武器をもう一度拾う。
敵の体が地響きを立てて倒れる中、体液で汚れた短剣を、何度も醜い顔面に突き刺した。
「クソが!! 死ね!! 死ね!! 手こずらせやがって!! クソが!!」
「おいおい。そいつ元から死んでるし、首だけになったらすぐに消えるぞ」
ズタボロになった肉塊を見て、ようやく冷静さを取り戻し始める。
シュウちゃんに味わわされた苦痛はこんなものじゃない。
こいつに時間と労力を割くくらいなら、さっさと先に進もう。
でも憎しみが薄まると、右肩の痛みが強くなってきた。
「紅葉さん、失った体の一部は再生されるんですか?」
「やっと元に戻ったか。あんたは魂がしっかり残ってるから、地獄にいる限り欠損したままにはならないぞ。それにしても、人間の状態で修羅に堕ちるとはなぁ」
「修羅? なんの話ですか?」
「あぁ、まだ詳しく話してなかったな。魂の形には種類があるんだよ」
腕が戻るまでには時間が掛かるらしく、紅葉さんの説明も長くなりそうだったので、片腕で歩きながら聞くことにした。
あまり興味は無いけど、自分に関わるものみたいだし。
* * *
聞いた内容を纏めると、だいたいこんな感じだった。
人間には人間特有の魂があり、現世の人は全員『人間道』という形に分類される。
地獄に堕ちる人間道の魂は罪に汚されており、その大半は地獄で『畜生道』という形に変化し、罰を与えられながら償うのだそうだ。
血の池で溺れていた人達がまさに畜生道で、ああして輪廻の輪に乗れる時を待ち侘びているのだとか。
更に堕ちた魂や罪深い者が、さっきまで斬り刻んできた地獄の住人で、『餓鬼道』と呼ばれるらしい。
餓鬼道に成り果てた魂に理性は無く、ただ痛みと空腹にもがき続けるだけ。
それを満たす為に人間道の魂を喰らおうとするんだから、はた迷惑な話だ。
そして人間道の中でも、特別強靭な魂と根深い感情を持つ者だけが、『修羅道』になる場合があるそうだ。
修羅道とは紅葉さんと同じ鬼人と呼ばれる存在で、人間を遥かに超越している。
人間道から修羅道に堕ちるには自力ではどうにもならないのに、私は半分堕ちかけているレアケースとか、もう意味が分からない。
他にも二種類ほどあるみたいだけど、魂の話で耳にタコができそうだから、別の機会にしてもらった。
でもさっきのとんでもない身体能力は、修羅道によるものなんだろうなぁ。
「お、ナナ、腕生え始めてんじゃん」
「うわ。こんな地道に伸びていくとか、ちょっとキモいですね………」
「自分の腕だろ。ちゃんと元の長さになって、指も生えるから安心しろ」