7 落下
すずらん♪すずらん♪
らららららら~♪
りりりりりり~♪
るるるるるる~♪
風に鳴る♪風に歌う♪
マリジュは歌いながら、横たわった姉娘のお臍を中心にふみふみ歩いていた。
ハムスターのようにちまちま回り、
子猫のようにふみふみ歩く。
てちてち動く6センチのマリジュは、ちまっと動くだけで和みを与え非常に可愛いらしい。
「隊長は生きた奇跡ですけど、マリジュちゃんは動く凶器ですね。見ているだけで胸がギューッとなってマリジュたーんって叫びたくなります。姉上の治療をしてくれているのに、もう可愛いくて!」
「可愛いだけでも奪いあいが起きるであろうマリジュちゃんなのに、森の守り人の宝物に魔眼に種族魔法ーーこれは大問題になりますね」
「ああ、ヤバイな。高位貴族が目の色をかえるだろう。高位貴族ほど子供や女性の死亡率が高い。それが魔力が問題だったとすると、マリジュの価値は計り知れない」
コリン副官ハランドが声を潜めて話す。
「王都は大嵐になりますね」
「隣国のエルフの動向も気になります」
ハランドは獰猛にニヤリと笑った。美しいだけに魔王のように禍々しい。
「エルフか、エルフならば集団で是非とも来てほしいものだ。エルフは魔力が高いから嬉しいことに丈夫なんだよな。マリジュを泣かしたのだ。手足をもいで腹わたを引きずり出して木にぶっ刺しても、苦しみながら何日間でも生きていてくれるだろうよ」
「いえいえ、隊長。数日で殺すなんてもったいない。せっかくの長命種なのですから、長く長く有効利用しましょうよ。森の守り人を族滅したこと、たっぷりと後悔してもらわないと」
有言実行可能なハランドと副官のにこやかな微笑が恐ろしすぎて、コリンの体中の毛穴から冷たい汗が吹き出した。
「た、隊長。ふ、副長。あ、あの~、隣国に奇襲なんてしませんよね?」
「バカだなぁ、コリン。俺はマリジュの夫だぞ。妻が殺されかけた夫として正当な権利を行使するだけだ。ハハハッ、マリジュたちがされたように、証人と証拠がなければ、なァ?」
「そうですよ。バレなければいいのですよ。フフフッ、私がそんなヘマをするとでも?」
ハハハッ、
フフフッ、
不気味なほど穏やかな笑い声に、コリンの心臓がすくみあがる。コリンとて王国最強の魔法騎士団に属する者だ。上官たちの、常識も吹き飛ぶ神がかった強さを骨の髄まで身にしみて知っていた。
「で、でも、抗議しかできない、って」
「バカですね、コリン。建前と本音ーー喋る口と考える頭と感じる心ーー貴族たる者が一致するとでも?」
ハランドに続き副官にもバカと言われ、グサリと胸に言葉の槍を打ち込まれたコリンは、癒しを求めてマリジュに逃げた。
「マ、マリジュちゃん。その歌が好きなの?天幕で食事した時も歌っていたよね?」
「これは風の呪歌です。風は流れるもの動くものですから循環の呪歌でもあります。マリジュの魔法量では効果はたいしてないのですが、パンくずのお礼に皆さんの溜まった疲労を少しでも流せれば、と思って」
「あーっ、それでか。その歌をきいた時に気持ちがほんわかして、少し体が軽くなったように感じたんだ」
ここでコリンは会話の選択を間違えたことに気づいた。
「パンくずを」
「森の守り人に」
「食べさせたのですか…?」
母と姉と姉の婚約者の非難の視線が集中する。
「まって、きいて!マリジュちゃんには人間の食べ物が大きいし固いしで食べられないんですぅ!」
コリンが必死で弁明する。
「パンくずおいしかったです」
マリジュもコリンに加勢するが、その言葉は種火に油を注ぐ結果となり、援護ではなくフレンドリーファイアとなった。
「コリン…!」
母親の声が低くなる。
川の水面に流れる花弁のように、コリンは視線をユラユラさまよわせ再びマリジュに逃げた。
「マ、マリジュちゃん。あ、姉上の具合はどうかな?」
「うーん、そろそろ流れ出すと思うのですが、お姉ちゃん、月のものが最後にあったのはいつ頃ですか?」
マリジュは治療の一環として聞いているので、姉娘も羞恥はあったが素直に答えた。
「…1年ほど前が最後だったわ…」
「お姉ちゃん、たぶん、ひどい痛みがくるのです。肥大するほど溜まった魔力をギュギューッと子宮が収縮して押し出すから、普通の月のものの何倍も痛くなります」
マリジュの言葉が終わらぬうちに体の末端が熱気をもち、背骨が割れるのではないかと思うほどの痛みが姉娘を襲った。
「痛いっっっ!!」
姉娘は体を折り曲げ九の字になる。
お腹の上に乗っていたマリジュは、
「ぴえ?」
と子猫のような声を上げてコロリンと落ちた。
それは6センチのマリジュにとって、身長の10倍以上の高さからの落下であった。
コリンにとって1秒が永遠にも引き延ばされ、スローモーションのように落ちるマリジュの姿が眼球に流れた。
「マリジュちゃん!!」
叫んだのは母か姉か、コリン自身か。
咄嗟のことで誰も反応できなかった。
マリジュは落ちた。