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6 魔眼

 「姉上!」

 その場にいた麗しの男女、その周囲にいた女性の母親、メイド、侍従、全ての視線が声を上げたコリンに向かわず通り抜け、コリンの背後に立つハランドに集まった。


 美の化身がいた。


 個人の好みや嗜好など問題にもならない。圧倒的な、持てるもの全てをなげうって平伏したくなるような、奇跡の美貌。

 だが、その頭上には花がちょこんと乗っていた。

 凍結して固まる人々の視線が、ハランドの美貌と頭上をギギギと動揺のままに不自然に動く。

 その花には手足があったから。

 挨拶するようにペコリと頭を下げたから。

 とっても可愛いらしく笑ったから。

 「えっえええええーーーっ!!!」

 叫び声が破裂して大絶叫が上がった。

 「も、も、森の守り人!?」

 「ほ、ほ、本物?幻ではなく!?」

 「で、で、伝説は本当だったのですか!?」


 領館が揺れるのではないかと思うほどの叫び声を口々に上げる人々を見て、マリジュはこれからの先行きに不安を感じた。

 人間の社会に入れば入るほど同じような、いや、もっと過激な反応をされる可能性が高い。マリジュはゾッと背筋をふるわせた。

 過剰なほど心配するハランドたちの態度も納得したマリジュは決心した。

 他力本願!

 寄らば大樹の陰!

 竜より強い無尽蔵の魔力持ちのハランドのくっつき虫になるべし!

 絶対安全地帯のハランドの頭上で、金色の髪にマリジュは南無南無と手をあわせた。

 ペット枠で結婚したつもりのマリジュは、正しいペットの在り方として飼い主枠のハランドの御世話になることを誓った。


 「お騒がせして申し訳ありませんでした」

 コリンの母親である、ハリアント侯爵夫人が優雅に頭を下げる。

 贅を尽くした応接室には、夫人、麗しの男女、コリン、副官、マリジュを頭に乗せたハランドがソファーにゆったりと座っていた。

 各人の前には、乳白色の滑らかな質感の透光性のある高価な茶器が置かれていたが、当然マリジュの分はない。

 「マリジュちゃん、ごめんなさいね。森の守り人である貴女に御茶の用意もできないなんて…」

 嘆くハリアント夫人は、名高い貴婦人であるだけに翳る眉ねまで端麗であった。

 「それより母上。何故、姉上が婚約解消などと!?相思相愛で有名な二人なのに」

 もてなしができないことを嘆く母親を慰めもせず、コリンが現実を斬り込む。

 ますます夫人の眉根がよる。

 懊悩する夫人と悲しげな姉娘は、貝のように口を閉じて何も言わない。コリンも姉の婚約者も理由がわからず、繰り返し言葉を重ねようとした時。


 「あのね、お姉ちゃん。マリジュとお話しませんか?」

 マリジュがハランドの頭の上から身をのり出す。

 「デリケートなお話をしたいから、男の人は出ていって下さい。お願いします」

 「ダメだ。マリジュの安全が確保されていない、俺は残る」

 ハランドがにべも無く断る。

 「わ、私も大切な婚約者の話ならば残りたい」

 「僕も家族ですから残りたいのですが」

 「マリジュちゃんの話に興味があります」

 ハランドに便乗して婚約者もコリンも無関係な副官まで残ると言うので、マリジュは困ったが夫人は覚悟を決めて頷いた。

 「他言無用でお願いできますか?」

 「お母様!?」

 姉娘は声を上げたが、夫人は藁にもすがりたい気持ちでマリジュを見た。

 夫人の娘は20歳。最近は体調も悪いことが多く、娘の将来も健康も心配で心配でたまらなかったのだ。


 マリジュは姉娘をじっと見て、

 「お姉ちゃん、月のものがないのではありませんか?」

 と言った。


 びくり、と姉娘が身をふるわす。

 「男の人は本当に他言無用ですからね。我が儘をいって残ったんです。これ以上、お姉ちゃんに心労をかけてはいけません」

 ハランドの頭の上、安全地帯からマリジュはビシッビシッビシッと婚約者コリン副官を指差す。

 「では男の人は立って壁側にいって下さい。お姉ちゃんはソファーに横になって下さい。だんな様、横になったお姉ちゃんのお腹の上にマリジュを乗せて下さい」

 姉娘は戸惑いが強く、マリジュを信じていいか半信半疑だ。

 「ごめんなさい、お姉ちゃん。いきなりのことだし、悩むのもわかります。でもマリジュがここにいれるのは、たぶん今夜だけ。このままだとお姉ちゃん、ちかいうちに死んでしまいます」

 

 「何だと!?」

 婚約者の男性が壁からダッシュで戻ってきた。ハランドの頭上にいるマリジュに詰め寄ろうとするが、バシンと結界にはじかれる。

 「婚約者のお兄ちゃん、大丈夫です。お姉ちゃんは魔力循環が上手くいっていないのです。魔力が子宮に溜まってどんどん溜まって、心臓まで蝕む寸前なのです。女の人は赤ちゃんを育てるために、子宮に魔力が必要なのですけど血のように魔力も流れないと、月のものにも影響しますし体調も悪くなってしまうのです」

 「本当に?健康になれるの?」

 夫人が姉娘を抱きしめて啜り泣く。安堵と期待と今までの心労がドッと溢れたのだ。

 「医者にもみせたわ、何度も。でもどこも悪くないと言われて…。なのに、この娘は床につくことが増えていって…。胸が痛い、と…。この娘は思いつめて、婚約者を悲しませることになるかもしれないと思いつめて、その前に婚約を解消しよう、と…」

 「人間のお医者ではダメです。魔力が見えませんから」

 「もしかして、もしかして、マリジュちゃん。魔力が見えるの…?」

 「マリジュ、魔眼があります。一族は流れが見える魔眼を持って生まれてきます。地脈の流れ、樹液の流れ、風の流れ、水の流れ、魔力の流れ、色々な流れが見える魔眼です。そして一族の種族特性ーー種族魔法は流れを操作することです」

 

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