5 幸せの正解はいろいろ
「結婚!?」
マリジュは目をまんまるくさせた。
「そうだ、マリジュ。おまえはちまいわりに賢い。何故保護が必要か。保護のために何故結婚という方法をとるのか、理解できるはずだ」
確かに前世持ちのマリジュには、ハランドの言葉の意味が理解できた。
ハランドは正しい。
小さな子供がひとり、森の中でも亜人や人間の社会の中でも暮らすことなど実質的に無理である。
親のいる子供でもひとりでいれば色々な危険がつきまとうのに、親なし貴種のマリジュでは、おいしいおいしい鴨葱1名様ご案内コースまっしぐらだった。
ましてや相手が王公貴族となれば、こちらにも権力や地位が絶対に必要不可欠だ。
そして大事なことは、ハランドが欲望の対象としてではなく保護の対象として結婚という手段をとろうとしていることであった。ハランドとてマリジュが結婚相手では諸々のリスクがあるであろうに、それらを踏み潰してマリジュの安全を第一に考えてくれている。
「隊長、どうしてこんなに大事にしてくれるんですか?」
「俺が拾った俺のものを大事にするのは当然のことだろう?」
マリジュが問うと当然のことと答えるハランドに、マリジュの心も決まった。まだハランドのことはちょっぴりしか知らない。ハランドとて同じだ。
けれどもハランドは、マリジュを大切にして可愛いと思ってくれている。男女の愛ではないが、愛してくれている。結婚して幸せになれる理由は十分あるではないか。幸せの正解など人の数だけ色々あるのだから。
「結婚します。えっと、その、だんな様?」
ハランドとマリジュのやり取りを固唾を飲んで見守っていた部下たちが大車輪で働きだす。
「マリジュちゃんの安全と安心のために俺らもがんばります」
「邪魔が入る前に結婚式をあげてしまいましょう」
「うちの領地が近くにあります。そこの教会であれば融通がききます」
「上位貴族の半数以上が認めている結婚証明書があれば、貴族院も文句は言えません。幸い俺らで人数は足りていますから今すぐ教会へ行きましょう」
部下たちも高位貴族に生まれ教育をうけ社交界の洗礼をうけた者たちだ。
貴族の傲慢も狡猾さも、そして残酷さも知っていた。
マリジュの立ち位置が、どれほど危険で危ういものであるか誰もがわかっているのだ。
教会に駆け込んできた高位貴族の集団に、その教会の司祭は腰をぬかさんばかりに肝を冷した。
「結婚式をあげたい」
毅然とした態度でハランドは命じた。彼は最上位の貴族であり有無をいわせぬ威厳があった。
「は、花嫁はどちらに?」
無言でハランドは頭上を指差した。
指差す先を視線で追って、司祭は声にならない悲鳴をあげた。一気に肌が粟立ち総毛立つ。
「まさか、まさか、森の守り人…?」
ハランドは苛立たしげに鋭い眼光を司祭に向けた。
「余計なことは言わなくていい。必要なのは結婚証明書だ。結婚の証人はここにいる者たちだ。早く誓約書を出せ。署名する」
長身体躯な部下たちに囲まれハランドには威圧され、司祭は顔面蒼白だ。汗びっしょりで震えながら手続きをし神に祈った。
「謝礼だ」
ずっしり重い金貨の袋を受け取った司祭は、出ていく一団を巡る血も凍るような心地で見送った。
マリジュは振り返って、座りこむ司祭を見た。
結婚式をありがとう、マリジュは司祭に手をふった。
ウェディングドレスもない。誓いのキスもない。男女の愛もないし、体格の違いすぎる二人では普通の夫婦にすらなれることはないだろう。
それでもハランドは心から大切に思って、リスクいっぱいのマリジュとの結婚を選んでくれた。
前世で死を体験して、今世で家族を失い、その翌日にはハランドと結婚。
マリジュはくすくす笑って手をふった。びっくり仰天、衝撃の48時間テレビって感じ?でも、これはマリジュの現実。マリジュの未来に続く道。それに今笑えた、声を出して。家族を亡くして泣いて泣いて、なのにお腹は空くし、笑ったりもする。
生きて、マリジュはこれから泣いても自分で歩いていくのだ。
泣いたり笑ったりハランドのそばで。
結婚しました、心の中で家族に報告するマリジュだった。
小さすぎるマリジュの振る手など見えないと思っていたが、司祭はしっかり手を振りかえしてくれた。
司祭は神を深く信仰し敬神しているが、森の守り人に対して憧憬の念も持っていた。つまり伝説を目にして感動していたのである。
ハランドたちはこわかったが、司祭は感激のままに手をいつまでも振りつづけた。
「隊長、もうじき日が暮れます。どうかうちの領館にきてください」
この地方の領主の継嗣である部下コリンの言葉にハランドは少し考える。
「集団でおしかけて迷惑ではないか?野営で大丈夫だぞ」
「古い館なので部屋はたくさんあるんです。それに結婚初夜が野営なんてマリジュちゃんかわいそうですよ」
その館は領館というよりは、威風堂々とした重厚な城であった。
外壁には繊細なレース模様の鉄の装飾が美しくほどこされ、内部ではステンドグラスを通した明かりの下、麗しい男女による修羅場が展開されていた。
「お願い、婚約を解消してください!」
「どうして!?君と私は愛しあっているのに!」
婚約破棄の真っ最中であった。