4 クルーガー公爵夫人
それは白い雪の風景の中にうずくまる黒い残骸だった。
さぞや古く立派な巨木であっただろうに、無惨にも黒い燃えかすの柩のような姿をさらして命の終焉を迎えていた。
「…翁…」
黒くなった燃え残りの幹にしがみついたまま震えるマリジュの側に立ち、ハランドは部下たちの報告をうけていた。
万一の可能性をかけて、かなりの時間を使って周辺を捜索したが生き残りはいなかった。
「隊長、翁をいっしょに連れていってもいいですか?まだ翁の命は完全に終わっていないんです」
「かまわないが、ならば、俺の収納に入れてやろうか?」
「ううん、マリジュの収納に入ってもらいます」
赤い目をしたマリジュは、黒い残骸に小さな手を触れシュルンと収納に入れた。
「えっ!?」
部下たちが驚きの声を上げる。
収納魔法を所有する者は少ない。ロメーヌ王国でも数名の稀少魔法だ。
「マリジュ、魔力量が少ないおまえが収納を持っているってことは固有魔法か?それならば魔力量は関係ないからな」
「はいです、隊長。マリジュの固有魔法です。収納を所持していたのは一族ではマリジュひとりだったので、マリジュの収納は一族の宝物入れとなっていました」
「えっ!?」
今度はハランドが驚いた。
「宝物入れ!?マリジュ、おまえ森の守り人の宝を持っているのか!」
「全部収納に入っています」
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
幻の森の守り人の宝物。
伝説の類いの種族の宝物となれば、どれほどの価値があることか。
「ーーなるほど。おまえを逃がすわけだ。一族の宝とともにあるおまえを生かすことは最重要だっただろうからな」
「一族はそうでした。でも、家族はマリジュが一番小さいから庇ってくれました。家族はマリジュを大切にしてくれて、マリジュを愛してくれて、マリジュを…」
マリジュは小さな手をぎゅっと握りしめて俯いた。
もう誰もいない。
ひとりになってしまった。
涙が溢れそうなマリジュをハランドが掌に乗せる。ハランドは卓越した魔力操作でもって、マリジュに対する力加減が絶妙になっていた。
「俺がいる。マリジュは俺が拾ったからもう俺のものだ。俺の家族だ」
見開いたマリジュの目にみるみる涙が溢れ、マリジュは泣きながらうんうんと何度もうなずいた。
「では、王都に帰還する。全員騎乗しろ」
ハランドはそっとマリジュを頭にのせた。
何種類もの補助魔法をハランドにかけてもらっているマリジュであったが、強い保護魔法はマリジュ自身が小さすぎて体が耐えられなかった。なのでハランドは、マリジュを自分の体と同化させることで強力な結界を張り巡らせた。
ハランドにくっついているかぎり、マリジュは竜のブレスとてそよ風同然となったのだ。
だが、寒気をおぼえるほどの美貌の主であるハランドの頭の上に、ちんまりとしたお花が乗っている光景はある意味視界の暴力であった。
はじめてそれを見た時の部下たちの顔面が、恐ろしいほど固まり強張ったのはいうまでもなかった。
「なあマリジュ、収納があるのに何故服の1枚すら持っていなかったんだ?」
「マリジュの収納は一族の宝物入れだから、自分のものは入れてはダメだと言われていたのです」
「でもなぁ、パンツがなくて困っただろう?固有魔法ならば時間停止の無限収納だろうし、空間はあるのだから自分のものも入れろよ、な?」
「はいです、隊長」
のんびり会話しながら馬を走らす。
そこへ副官が馬をよせてきた。
「隊長、マリジュちゃんの身分をどうしますか?後見がいないと王族や貴族に狙われますよ」
貴重な森の守り人。しかも宝物持ちのマリジュである。
「俺の家族だから養女にしようか、と考えている」
「それなら隊長、いっそのことマリジュちゃんを妻にしてください。養女だと婚姻の申し込みで無理矢理ぶんどられる可能性があります。妻ならば安心です」
「まてまて正気か?このちまいのと結婚?」
「正気ですよ。マリジュちゃんの安全のためにこれ以上の良策はないと思います。隊長だって令嬢たちの猛アタックにうんざりしていたでしょう?隊長にとってもマリジュちゃんにとっても、クルーガー公爵夫人の金看板は最上の謀だと思うのですが」
ハランドは一瞬目蓋を閉じて、次に目を開けた時にはもう決断していた。
「よしっ、マリジュは今日からクルーガー公爵夫人だ」
「マリジュ、今から俺をハランドもしくはだんな様と呼べ」