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3 ちょこっと魔法

 すずらん♪すずらん♪

 らららららら~♪

 りりりりりり~♪

 るるるるるる~♪

 風に鳴る♪風に歌う♪

 ごきげんで歌を歌っているのはマリジュである、パンくずを食べながら。

 逆にハランドはドヨ~ンと暗い。

 「かわいいマリジュにパンくずしか与えてやれないなんて…」

 「パンくず美味しいです。パンの欠片なんて大きいし固いし食べれません」

 マリジュの主張はもっともである。


 マリジュにとって、人間の食べ物はすべて巨大であった。

 パンは小山のようだしパンの欠片すらマリジュの顔より大きい。

 何より固かった。パンも固いし肉も固い。

 人間が容易く噛みきれるものでも、マリジュの小さな口の小さな歯では噛むことすらできない。

 そしてマリジュサイズの食器もない。

 いや、ひとつだけハランドの収納に入っていた。なんとS級ダンジョン最下層のボス部屋の宝箱から出た逸品だった。


 それは2センチほどのコップであった。

 2センチでもマリジュには大きいが無いよりましである。

 「捨てないでよかった」

 1メートルの黄金の宝箱に、この2センチのコップだけが入っていた。

 ひどすぎる、当時まだ少年だったハランドは床に手をつき黄昏るほどガッカリしたものだ。

 「本当に捨てないでよかった。マリジュ、うまいか?」

 「とっても美味しいです。こんなに美味しいお水はじめてです」

 ダンジョン産のコップだけあって不思議な性能付きである。コップの中には自然と極上に美味しい水が涌き出て、飲んでも飲んでも尽きることがないのだ。これで人間サイズのコップならば、高価な魔道具として取り引きされたであろうが2センチでは論外だった。


 そして今、マリジュの大事な、大好きなコップとなった。

 お水も美味しいが、コップには尾ひれが長く美しい赤い魚が描かれていて、その魚がコップのまわりを自由自在にスイスイ泳ぐのである。

 「隊長すごいです!」

 マリジュは夢中になって目をキラキラさせてハランドを見上げる。

 その可愛いこと!

 愛らしさの一撃にハランドは胸を押さえた。部下たちもたくましい大胸筋をふるわせてよろめいている。


 「マ、マリジュちゃん。おいでおいで。お兄さんもいいものあげるよ」

 大貴族のご子息様が、アヤシイ台詞のアヤシイお兄さんに変身した。

 花びらのスカートをひらひらさせて、短い足でマリジュがテーブルの上をちまちま走る。一生懸命に走るのだが幼児体型なので、足の長さはおそらく2センチおまけして2・5センチか。

 そんな短い足で走るものだから、たいへん遅い。思わずにやけるくらい、遅くてかわいい。


 お兄さんがテーブルの上に置いたものはオルゴール人形だった。

 小物入れのついたオルゴールの台座部分が10センチ。

 その上に宝石でつくられた花冠と花飾りを持った、美しい衣装の精巧な20センチのカラクリ人形が立っている。

 ねじを回すと、音楽とともになめらかに踊り出すカラクリ人形。

 「うわあ!うわあ!」

 マリジュは大興奮。森が生活圏のマリジュは自然のものしか知らない。前世は科学の発達した日本であったからカラクリ人形は知っているが、これは前世でいうところの宝石で飾られた高価なアンティークである。博物館レベルのオルゴール人形なのだ。


 「すごいものを持っているな」

 オルゴール人形は、予約で数年待ちの豪邸が買える値段の超高級品である。

 「あー、ほら、彼女にプレゼントする予定だった人形でね…」

 「あー、うん。あの浮気した元婚約者ね…」

 「あー、まあ。結婚する前でよかったじゃないか。彼女、妊娠していたんだろ?」

 「あー、そう、そうなんだよ…。危うく托卵されるところだったんだよ…」

 自分の言葉に肩を落とす青年。御家のっとり托卵計画の戒めに、魔法鞄に人形を入れて持ち歩いていた青年の肩を仲間たちがポンポンと軽く叩く。それから、きゅっ。


 見ると、テーブルに置かれた青年の指先をマリジュが、きゅっ、と小さな両手で握っている。

 「マ、マリジュちゃん」

 「お兄ちゃん、マリジュのちょこっと魔法はいかがですか?マリジュのちょこっと魔法は縁起物なんですよ」

 「ちょこっと魔法?」

 「はい。ちょこっとしか効果がないのでちょこっと魔法と家族から言われていました。でもご縁には効果があるらしく、マリジュのちょこっと魔法をかけたお兄ちゃんたちの求婚成功率は100パーセントです。だからマリジュ、縁起物と言われていました」

 「僕にも、そのちょこっと魔法をかけてくれるのかい?」

 「はい。ちょこっとだけど、いいことあります。いかがですか?」

 「ああ、お願いするよ」


 マリジュが淡く光る。

 まるで月夜に一夜だけ咲く月光花のように、幻想的で幽けい。


 ほう、と青年は感嘆のため息をついた。

 「猫パンチもたまらないけど、マリジュちゃんのちっちゃなお手手は至福だね」

 青年は愛猫家として有名であった。

 「指先があたたかい。本当にいいことがありそうだ。ありがとう、マリジュちゃん。さあ、お人形をどうぞ」

 「お人形さん、高そうだからいらないです。見るだけでいいです」

 「そんなことを言わないで、ね?もう、あげる人がいなくなった人形なんだよ。貰ってくれると嬉しいな」

 「いただいてもいいんですか?とても綺麗なお人形さんですよ」

 「ああ、貰ってほしいんだよ。人形も愛してくれる人のところへ行くのが幸せだよ」

 ほのぼの会話する二人に、仲間たちが横から口をはさむ。

 「マリジュちゃん、マリジュちゃん。俺にもちょこっと魔法をお願いできるかな?」

 「俺も」

 「俺も」

 「俺も」

 「ごめんなさい。マリジュ、魔力量が少ないから1日1回しか魔法を使えないんです」


 ああ無情。6センチの限界であった。




 後日、マリジュに人形をくれた愛猫家の青年は、ストライクゾーンど真中な令嬢と運命的な出会いをして婚約した。

 これによりマリジュのちょこっと魔法は、ご縁を結ぶ縁起物として青年たちの熱い注目の的となり、1日1回の魔法を巡って熾烈なバトルが繰り広げられることとなるのも、また後日のことであった。

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