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19 太陽の名前

 誰もが寝静まった夜は静かだ。

 家の中に物音がなく家の外にも音は無く、特に雪降る冬は、雪が音を吸収するかのように独特の静かさに満ちていた。


 しかし、その夜は違った。


 広い広い王都中で、誰一人として眠りについていないかのような賑わいが、祝祭のような夜風をまとって道という道で足音を響かせていた。

 人々が喜びに胸を高鳴らせて、後から後からひっきりなしに続々と王宮の前の魔法灯が大量に灯された広場に集まってくる。


「こっちだ。マリス地区の者の列はこちらだ」

「重症者は医師や薬師が家に訪問し診断の後、優先的に薬が与えられる。受付はーー」

「騒ぎを起こす者は王により捕縛の許可がーー」


 兵士や騎士の誘導に従い、押し寄せる人波は大波となり行列が瞬く間に長くつくられていく。まるで伝説の月をも呑み込んだという大蛇が、人間によってウネリながらつくられていくようだ。


「うれしやなぁ、こんなに早く薬が手に入るなんて」

「森の守り人様のおかげらしいぞ」

「マリジュちゃん様とラピス様だろ!? 本当にありがてぇよなぁ」

「もし、お二人が王都にこられなんだら……、想像するだけでゾッとするぜ」


 森の守り人様万歳、と清い水が湧くように人々の口から礼賛が絶えることはない。


 暴虐の限りを尽くす病という名の悪夢に突然襲われ、為す術もなく絶望を覗くような日々は、同時に深淵を臨むがごとき心境の日々だった。


 だからこそ沸き立つ気持ちがおさえられない。歓喜が、爪先から頭のてっぺんまで熱となって吹き抜け心臓の鼓動さえ高鳴った。

 列に並びながら人々は、泣いたり笑ったり万歳をしたり拍手喝采をしたり、見知らぬ他人同士なのに抱き合ったりして浮き立ち大騒ぎをしているが、騎士の指示はきちんと守り、決して騒乱の元にならないよう自粛もしている。

 混迷もなく騒動もほとんどない。


「あー、あいつバカだなぁ。暴れてらぁ」

「これだけの人数だ。時間がかかるのは当たり前だっつーの」

「列に並べばちゃあんと薬は貰えるのになぁ」

「今まで何日も何日も待ったんだから、あと数時間おとなしく待てばいいのに。我慢しろよ」


 呼吸を落とすような口調に転じて人々がため息をつく。視線が冷たい。ジリジリする気持ちはわかるが、この場合、短気は損気だ。騎士に連行される男の短絡さに呆れ、なおさら人々は気を引き締め列を乱さない。


 並びさえすれば薬が入手できるのだ。

「待っていろよ。父ちゃんが薬をもらってすぐ帰るからな」

「あとちょっとだ、ああ、あとちょっとの辛抱だ」

「薬を飲めば苦しくなくなるぞ。熱が下がればうめぇもんいっぱい食わしてやるからな」

 そわそわとざわめきながら、人々はひたすら自分の順番を待つのであった。


 列の沿道にある貴族家や商家なども協力を惜しまなかった。炊き出しがおこなわれ、あたたかい軽食やお茶が人々にふるまわれた。


 王宮も食糧庫を開けた。

 王都には日銭で暮らす人々も多い。薬とともに食料も配られたので、尚のこと人々は行儀よく並ぶのだった。




「よーしよし、今のところ大きな問題もなく順調だな」

 第二王子は、ティーカップを大事に持ちながら部下に命令を出す。

「もう一度、王都の周辺を確認しろ。病気が発生した早い段階で王都を閉鎖したから、他の都市や村に病の飛び火はしていなかったが念には念をいれろ。ここで確実に病気を終わらせるのだ」


 ティーカップの中にはマリジュがいた。

 第二王子と視線が合うとニコッと笑う。かわいい。


 日が昇り、爆発的な歓声とともに始まったリコナの花の薬の配布。


 徹夜で手配や準備をしていた王宮だが、配布が始まると一秒も無駄にできないほど忙しくなった。


 元鬼人の国の女王であったラピスは、国王や重臣たちとアレコレ忙しく働き。

 当然バルヌはラピスのそばに。

 ハランドは、3日前に戻ってきた部下たちと王都の警備に出ることに。

 当然マリジュをハランドは連れていこうとしたが。


「王都は人が多すぎて危険だ。マリジュちゃんは王宮にいた方がいい」

「俺の結界は王宮の千倍安全です」

 第二王子の提案はハランドにアッサリ却下されたが、

「マリジュは、ずっとリコナの花を咲かし続けていたから疲れているわ。王都の人波に出るより王宮の方がいいわ」

 とラピスの鶴の一言により逆転となった。

「大丈夫よ。私がマリジュのことを見てますからね」


 大喜びの第二王子に直接おさわり禁止と、しぶしぶハランドはティーカップにマリジュをコロンと入れてわたした。


「おおっ、マリジュちゃん入りティーカップ! きゃわわゆい!」

 ティーカップを持ち上げハスハス匂いを嗅ぐ第二王子。知らない人が見れば、芳しい紅茶の香りを楽しんでいるように見えるが、中身はマリジュである。


「マリジュ、今日は第二王子と一緒にいろ。変態だが王宮で一番信用ができる人間だ」

 誉めているのか貶しているのかわからないハランドの言葉だが、マリジュはティーカップの底に座って、ちょこん、と頷く。

「第二王子殿下、今日はよろしくお願いいたします」


 ちまっと愛らしくお辞儀をするマリジュに、第二王子は天まで舞い上がりそうなほど悶える。ティーカップの中のマリジュの一挙手一投足を甘やかな目で見ては、嬉しくて楽しくて仕方がないと美貌を綻ばせた。


「ああ、財産のすべてを可愛い可愛いマリジュちゃんに貢ぎたいのに、ハランドが許してくれない」

 有能ではあるが、オブラートに包んでもポンコツと言っていい第二王子であった。


 かくして王宮にてお留守番をすることになったマリジュであるが。


 第二王子はポンコツではあるが最強でもあった。

 何しろ頭を下げるのは神と父と兄だけ、という第二王子であるから、マリジュに近づきたい貴族たちをゴミのように蹴散らした。


「殿下、大丈夫なんですか?」

 王族とはいえ、貴族バランスが心配になってマリジュがきく。

 ティーカップに入った、菫の花のように小さなマリジュのかわいさを、独占的に堪能できてご機嫌な第二王子は朗らかに笑った。

「マリジュちゃんはね、王国の救世主で国王に次ぐ地位を約束されていて、つまり、凄く凄く偉いのだよ。マリジュちゃんを煩わせる者を排除するのも私の仕事なのさ」

「そうなんですか?」

「だからね、マリジュちゃんのためなら火の中、水の中、大貴族相手でも大切なマリジュちゃんに指一本触れさせないよ」


 権力も財力も公私にまみれて全力で使う気まんまんの第二王子は、

 こわいハランドがいない、

 ティーカップ・マリジュはかわいい、

 かわいいを一人占め、

 と驚異の三段論法で、ドーパミンとかエンドルフィンとかの脳内麻薬がドバドバ分泌されて、顔に幸せいっぱいと書かれている状態である。


「人生で一番幸せだ~」

 王都の病の山を越えたこともあり、第二王子の心も足取りも羽のように軽い。


 その一方で、騎士や文官や使用人たちも、かわいいティーカップ・マリジュを愛でたくて第二王子の周りをウロウロしていた。

 夢物語のような森の守り人への憧れ、王都を救ってくれた感謝の心、6センチのマリジュのかわいさ、こわいハランドがいないという絶好のチャンス、諸々がミックスされて人々の視線が突き刺すように熱い。


 焦げるような人々の視線を受けて、マリジュは第二王子に人参をぶらさげることにした。

「殿下、マリジュと握手しませんか?」

「するとも! するとも!」

 第二王子が人差し指をソッとだす。壊れ物を扱うように。マリジュが大事なのだと、その指先から伝わってくるようだ。それをマリジュのちっちゃなお手手で、きゅっ。


「おおっ!」

 胸をおさえて悶絶する第二王子。

「殿下、マリジュは他の方々ともご挨拶したいです。お願いします」

 人参、人参、と再度きゅっ。


 ポンコツだが、施政者の目を持つ第二王子は求心力を疎かにしてはいけないことも理解していた。


「そうだね。手を振ってあげるといいよ」

 握手は自分のもの、と独占欲は崩さない第二王子であった。


 こうして、ティーカップからマリジュがちまちまふりふり手を振り、人々も満面の笑顔で手を振る、という長蛇の行列が第二王子の執務室の前にできたのだった。


 皆、交互に出す足も、右足も左足も呼吸も鼓動も、星散る輝きのような慶びがあった。王都でも王宮でも皆が笑っていた。


 ずるずる地滑りをするように王宮の豪華絢爛な装飾さえも薄濁りした闇に沈むような、滓のような空気は朝日とともに全てが消えてしまった。


 その昇った太陽はマリジュちゃんというのかもね、と第二王子はヒソリと思った。


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