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17 マリジュの大叔母

「大叔母様っ!」

 ひう、ひう、と泣きながらマリジュは10センチの美女に抱きついた。

「マリジュ、ごめんなさい。お兄様の伝令鳥をもらってすぐに駆けつけたのだけれども……。伝令鳥が届くまでに数日かかっていて……、鬼人の国は他大陸にあるから……。一族の生き残りを探して情報を集めたら、あなたが結婚してロメーヌの王都にいることがわかって……」


 10センチの美女はマリジュの祖父の妹、マリジュの大叔母ラピスであった。


 30年前、ラピスは成人すると翁の木から旅立った。

 一族の誰もが涙を流したが、ラピスは魔力が高すぎた。

 一族と共生する翁の木にとって高すぎる魔力は、喉に子骨が刺さっているような異物となり、自身の樹液の流れにすら阻害をもたらすものであった。

 ラピスの方も、一族に好みのタイプがいなかったので伴侶探しの旅に出る決心をしていた。


 ラピスは筋肉もりもりの男性が心の底から好きだったのだ。

 そして数年後、好みの筋肉を求めて海まで渡ったラピスは、鍛え上げられた肉体の全てが眼福な超好みの夫と結婚した。10センチなのに、強者が王となる鬼人の国の武闘大会で優勝して、夫に逆プロポーズをしたのだ。

 そうして強さというプライドをベキベキにへし折られた男たちを踏みつけて、ラピスは優雅にほほほと笑いながら夫に愛を誓わせたのだった。


 ラピスは結婚後、何度か里帰りをして兄の子や孫たちと親睦を深め、もちろんマリジュのことも大叔母としてかわいがっていたのだが。


「大叔母様が張って下さった強力な結界が破られたのです。一族の女性がケガをしたエルフを助けて、親しくなって……。その女性がエルフにねだられて結界の内に独断で招き入れて、そしたら、そしたら、エルフが結界を内から破壊したのです」

 マリジュがぽろぽろ涙を雨の滴のように落とす。あの夜は、幾千幾千もの雪交じりの風が吹いていた。

「エルフは結界が内側からなら破壊しやすいとわかっていたみたいで……。たくさんのエルフが流れ込んできて、あっというまに、みんなみんな……」


 マリジュたちはロメーヌ王宮の庭園のひとつにいた。


 王宮には大小の様々な様式美を誇る庭園があるが、なかでもこの場所は水を主題とする庭園であった。

 マリジュたちがいるガゼボを中心に、全長500メートルの水路がぐるりと走り、そこに人工滝や噴水や彫像などが絶妙に配され、緻密に管理された花と緑が組み合わされて圧巻の美しさだった。


 ただし、それは昼間であればのこと。

 真冬の夜に好んで来るような場所ではなかったが、大叔母ラピスが王宮に入ることに難色を示し妥協案として庭園になったのだ。


 ラピスはハランドについて合格点を出したが、マリジュとの結婚をまだ認めるまでには至っておらず、マリジュを今すぐにでも引き取り鬼人の国へと連れ帰る気が満々だったからだ。


「ハランド、頼むぞ……っ!」

 第二王子をはじめ重臣たちは水路の外側でハラハラと心配げに、魔力灯に照らされたガゼボを食い入るように見つめていた。

 今、王国の命運を握る者のひとりはマリジュで間違いなく、そのマリジュを鬼人の国に渡そうものならば、民衆の怒りと嘆きで暴動がおきる可能性もあるのだ。

 例えどんなことがあっても阻止をしたいが、血縁上の有利はラピスにあり、何よりラピスと夫の実力が問題であった。ハランド並みなのだ。

 つまり魔王VS魔王魔王という、お先真っ暗な戦闘力なのである。


「おい、結婚証明書の受理は終わったか?」

 第二王子が部下にヒソリと確認する。

「ただ今、急ぎ最優先で関係各所と国王陛下のご署名を集めております」

「ハランドの結婚は最大の僥倖だ。いざとなればクルーガー公爵夫人として、マリジュちゃんを我が国に引き止められるからな」


 マリジュの価値があまりにも高かったため、クルーガー公爵家による独占を許すべからず、と複数の高位貴族が反対したのだ。王と宰相が受理をしようとしたのだが、なかなか進まず停止状態であったのだが、今は全てを蹴散らし諸手をあげて人々が一丸となって受理に取り組んでいる。

「急げっ! 急げっ! 急げっ!」

 と役人たちが走り回っているが第二王子としては、反対していた者たちを怒鳴りつけたい気分でいっぱいであった。


「マリジュちゃんは渡さない、我が国のものだ」

 そこには小さくて可愛いものが好きなのだ、と少女のように頬を染めていた第二王子の姿はなかった。王族として民と国を守る気迫に満ちた顔の、握るこぶしに爪が食いこみポタリと血を滴らせる秀麗な王子が立っていた。


「マリジュ、私が来たからにはもう大丈夫ですからね」

 ラピスにやさしく抱擁されて泣くマリジュを見守りながら、ハランドは、筋骨隆々な剣も通さぬ竜の鱗のような皮膚を持つ鬼人の夫に頭を下げた。

「マリジュの夫の、ハランド・クルーガーです」

「ラピスの夫、バルヌだ」

 礼をするハランドに対してバルヌの返しは簡素だ。ラピスを第一とするバルヌにとって妻に正式に認められていないハランドは、まだ挨拶程度で十分だった。


 ハランドは僅かに苦笑し、薄く開いた唇からチロリと舌を蠢かせた。

 自分からマリジュを奪うものは万死に値する。ラピスとバルヌふたりと戦ってもハランドには勝つ自信があったが、それはマリジュが悲しむ。ラピスはマリジュに残された唯一の親族なのだから。


 ハランドにとってロメーヌ王国は祖国だが、それ以上にマリジュのことが大切だった。

 出会って10日あるかないかだというのに、もはやマリジュのいない生活など欠片も考えられなかった。


 マリジュは、ひとりぼっちだったハランドの世界に彩りを与え温もりを与え、そして幸せを与えてくれる存在であった。


 だからマリジュがラピスと暮らしたいというならば、裏切者と罵られてもロメーヌ王国を捨てることも厭わない気持ちだった。

 親しい者もそれなりにいるが、化物とハランドを爪弾きにした者が大多数いる王国なのだから。地位ある立場に生まれ育った責任ゆえに、その責任を果たすために公爵位にいるだけなのだから。


 しかしマリジュは、リコナの花を最後まで咲かせることを望むだろう。

 マリジュのやさしく健気な心は、王国の子どもたちを見捨てることはできない。


 ハランドは口角を吊り上げ小さく獰猛に笑った。

 マリジュの望みを叶えるカードをハランドは持っていた。バルヌをずっと観察していたハランドは、バルヌが魔力量が天井知らずな者にありがちな、魔力任せに赴くまま魔法を使うタイプだと見抜いていた。万能タイプのハランドのように、魔力の制御や練度は高くないと。


「マリジュ、おまえの大叔母殿はおまえを手元に引き取ることを希望しているが、おまえはどうしたい? 俺の妻として結婚をこのまま継続したいか?」

 もっともマリジュが離縁と言ったとしても、骨の髄まで独占欲に浸食されているハランドは絶対にマリジュを手放す気はないが。


 マリジュは、ひゅっと喉をつまらせたような音をだして涙をとめた。


 クロッカスの花のような瞳でハランドを見て、大叔母ラピスを見て、ラピスの夫バルヌを見て、小さな頭の中で状況をたちまち理解すると、ててててて、とハランドに走りよった。

 そしてハランドの指先をきゅっと握り、よじよじと指を辿って手のひらに乗るとラピスの方へ向く。


「以前、花は咲くために、赤ちゃんは生きるために、産まれてくるのだと大叔母様は教えてくれました」

 マリジュは胸の前でちっちゃな手をあわせる。

「おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、マリジュに生きろと言いました。だからマリジュの中には家族みんなの命があって、生きろという家族みんなの願いを、マリジュはロメーヌ王国の子どもたちの命に繋げたいのです」

 そして、とマリジュは言葉を続けた。


「大叔母様、マリジュはハランド・クルーガー様と結婚しました。マリジュは子どもですけど、ハランド様が大好きです。大叔母様のお気持ちは嬉しいですけど、ハランド様の側にいたいのです。ハランド様は、やさしくて強くてマリジュを心から愛して下さっています。どうか結婚をお許し下さい」

 ラピスは親族ではあるが、マリジュの保護者であった家族ではない。それでも許可を請うたのは、覇王のごとき力をラピスとバルヌが持っていたからだ。マリジュは、マリジュをかわいがってくれているラピスと争いたくなかった。


 ぺこりと頭を下げるマリジュに続き、ハランドも再び礼をする。内心で、マリジュに大好きと言われた勝利の雄叫びを上げながら。

「この結婚をお許しいただけるならば、ご夫君の体を小さくする魔法をお教えいたします」


 言葉とともにハランドの体が小さくなり、慈しみをこめてやさしくマリジュを抱きあげた。

 ハランドは砂糖をまぶしたようなトロトロにとけた眼差しをマリジュに注ぎながらも、バルヌをとらえた目尻の端を優越感を演じてわざと歪ませた。愛しさに溢れる手でマリジュのふわふわの髪を何度も何度も撫で、額に頬に口づけを見せつけるようにちゅっと音をたてて食むように落とす。


 バルヌの喉がゴクリと鳴った。


「夫婦の甘い夜を修行僧みたいに、これからも耐え抜くのもご自由ですが?」

 美しい毒のようにハランドが挑戦的に笑った。膨大な知識を所有するハランドには、小さくなれる魔法を使えるのは自分だけだという確信があった。


 ハランドの釣糸をすぐさま正しく判断した賢いマリジュは、自分も撒き餌をすべく煽るハランドに合わせて、ハランドの服を掴みながらスリリと頬を寄せ、バルヌに向かって笑みをこぼした。その様は、花枝に遊ぶ小鳥のように可愛いらしい。


 小さなハランドとマリジュは、比翼の鳥の如く連理の枝の如く、強く結ばれた仲を見せつける。


「そうそう、魂結びの魔法をご存じですか? 寿命の短い者の魂を結んで、寿命の永い者に合わせる魔法もあるのですよ」


 瞬間、バルヌの眼が天空の星が爆発したかのようにグワッと光った。

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