13 飛竜に乗って王都へ
「マリジュは魔力量が少ないので普通の魔法は1日に1回ですが、種族魔法とかは何故か使いたい放題なのです。なので、頑張ってたくさんたくさんお花を咲かせます」
ちっちゃなお手手を握りしめフンスとハランドの頭の上に立つマリジュに、第二王子は目をうるませる。
「なんと、けなげな……っ!」
ハランドからマリジュの事情を聞いて憤懣やるかたない王子は、私が庇護するのだ、とばかりに守ってやらねばという気持ちに駆られていた。
しかしマリジュはすでに人妻。ハランドが宝物を守る竜のごとく目を光らせている。
かわいいかわいいをしたいのに、おさわり禁止とハランドの結界に阻まれてマリジュに指1本触れることのできない王子はハランドに言った。
「部下をひとり貸してくれ。エルフの鬼畜の所業の確認を得ておきたい。本当は私がいきたいが王都のことがある。部下を出すゆえ、その翁の木があった場所とやらへ案内を頼みたい」
そして部下の竜騎士にはこっそりと、
「森の守り人を見つけるのだ。美少年美少女でなくともよい。ご老人ご老女でも老いた猫のように愛らしいことだろう。ああ! 幼い者には幼い者の、老いた者には老いた者の、かわいさがほわほわとあるゆえに老若男女は問わぬ。私も、私も、キュートでラブリーな森の守り人と結婚するのだっ!」
「殿下。同性では結婚できませんし、異性でもサイズ違いによりお世継ぎ問題が浮上します」
欲望にまみれた王子に部下が正論をかえす。
「わかっている。だが、小さくて可愛いものが好きなのだ! マリジュちゃんは私の理想そのものなのに、ハランドが私に殺気を向けるのだぞ、私は王族なのに」
低く怒りの籠った声だが、そこには情けないほどの怯えがあった。
「まったくハランドめ! カタチばかりに王族を敬うが、王族を正すのも臣下の務めなどと言って、幼少時から兄上も私も何度地面と接吻させられたことか! ハランドはな、地獄のように容赦がないのだ、魔王降臨なのだぞ」
一方ハランドもコリンを呼んで、
「第二王子殿下の下心にも困ったものだ。この任務は土地勘のあるおまえに任せる。万一にも森の守り人を発見した時にはおまえが保護をするのだぞ」
コリンの鼓膜がビリビリ痺れるような威圧感を収めて命令する。
「マリジュを泣かせるような結果を俺に報告するなよ?」
コリンは一気に体温を2~3度急降下させ喉の奥から声を絞り出した。
「ぜっ、全力をつくします!」
森での捜査のこともあり、竜騎士はハランドの馬で森へ。
ハランドは竜騎士の竜で王都へ向かうことになった。
「だんな様、竜に乗れるのですか? だんな様はなんでもできるのですね、凄いです」
惚れ惚れとした称賛の声で、目をキラキラさせてハランドを見るマリジュのかわいいこと。
たくましい軍人たちが、まるで物理的な衝撃を受けたかのように強靭な肉体をよろめかしたとしても仕方のないくらいマリジュは愛らしかった。
「きゃわわわゆいっ! マリジュちゃん最高! 必ずや必ずや私の花嫁を見つけて帰ってくるのだぞっ!」
と竜騎士の肩を掴んでガクガク揺する王子。
「わかっているな? マリジュを悲しませることは許さんぞ」
とスウゥゥと目を細めてコリンを見るハランド。
竜騎士とコリンはお互いの顔を見合せ、上司にバレないようひっそりため息をついてトボトボと森へ消えていった。
「では、後を頼む」
「はい。おまかせ下さい」
残る部下たちを副官に任せ、ハランドは飛竜に乗って飛び立つ。
飛竜の翼が風を切った。
ハランドが流れる水のように飛竜を上昇させる。
びょうびょうびょう、風が唸る。
びょうびょうびょう、風が鳴る。
「マリジュ、見たことのない景色を見せてやろう」
ドンッ! とハランドが空行く雲に突っ込み、マリジュの視界が真っ白になり。
ドンッ! と飛竜が分厚い雲から飛び出し、マリジュの視界が天の青と雲の白でいっぱいになった。
マリジュの眼下には、花嫁のベールのような白い雲が1面に広がっていた。
ハランドは数千メートルの空を一気に登った。
高度は1万メートルになると、マイナス50度の極寒の世界となり酸素も気圧も地上の約4分の1程度で、普通ならば人間の体はこうした変化に順応できないが、ハランドは王国一番の魔法使いだ。
暑くもなく寒くもなく快適な状態で、マリジュはハランドの頭の上でぴょんぴょん雛のように跳びはねた。
「うわあ! きれい!」
天女の羽衣が風になびいているような雲が折り重なって白い絨毯のようだった。
白馬のような雲が。
白鳥のような雲が。
白蛇のような雲が。
白鹿のような雲が。
神殿のような天空に集まり、どこまでも広大な天の海のごとく白く泡立ち幻想的な花霞のように美しい。
遥か彼方に雲を突き抜けた山の頂が見えた。
壮大な雲の海と雲の波に浮かぶ孤高の山頂はまるで神のための王座のようだ。
「速すぎるぞ、ハランド」
ようやく追いついた王子が苛立ちをぶつけるように文句を言う。
「皆おまえほど魔力がないのだ。もう少しスピードをおとしてくれ」
ハランド的にはムサイ男の集団、王都の令嬢方にとってはハンサムな竜騎士の花形集団にかこまれ、ハランドは悪魔も裸足で逃げ出す冷酷な視線で王子を睨んだ。
「せっかくマリジュと二人っきりで空を楽しんでいたのに、無粋な」
「はっ!? 何うらやましいことを言っているのかな? マリジュちゃんとデートだなんて貴族院に提出される結婚証明書を嫉妬でうっかり破ってしまいそうだよ」
「どうぞ、同じ証明書は20枚ありますので。それと証明書が破損した時には責任をきっちり追及させていただきます。それにデートではなく、障害物のない雲の上の方が王都に早く到着するので、このコースを選んだのです」
美しい天空だというのに、言い争いの応酬は泥試合の喧嘩のようだ。
「だいたいあのけしからんほど可愛い結婚証明書はなんだ!? 私にも1枚よこせ」
結婚式の時、司祭、ハランド、証人役の部下たちと一列に並んで流れ作業で次々と署名して、妨害などにより証明書が紛失しても大丈夫なように20枚つくったのだが。マリジュは使える筆記具がなかったため、署名ではなく可愛い手形ペッタンの結婚証明書となったのだ。
その手形が、ちっちゃくて可愛いかったものだから部下たちがこちらも一列に並んで、ペッタンペッタンと手の甲に手形をマリジュに押してもらっていた。だが、その夜ハリアント侯爵家の風呂場で洗い流してしまい全員が滂沱の涙を流すこととなった。
昨夜のことだ。最初に大浴場で手形を洗い流してしまった部下は、悲鳴をあげようとしていた口を貝のようにピタリと閉じた。今まさに隣で、仲間が手を洗おうとしていたからだ。
地獄におちる仲間は多い方がいい。
もともと優秀な部下たちは、手形を失った者同士でアイコンタクトをしてずりずりと不幸の連鎖に引きずりこみ、最後にコリンが、
「ぎぃやぁぁっ!!」
と手形を失い天をつく悲鳴を上げて締めくくった。