12 王都の異変
「あれは王国の飛竜隊ですね」
上空を見上げて副官が小さく舌打ちをした。
「もうマリジュちゃんのことが王都に伝わったのでしょうか?」
「早すぎるな。マリジュのことではないだろう。先頭は第二王子の飛竜だ。第二王子が出てくるほどの何かが王都か王国のどこかであったのだろうな」
ハランドは片手をあげて馬を止めると、部下とともに下馬をする。
「我々が王都を離れていた20日の間に?」
「第二王子の飛竜隊は王都の警備が仕事だ。こんな場所に飛行していること事態が、切迫する何かがあった証拠だ」
飛竜たちが、ハランドの近くにふわりと滞空して静かに着地をする。
「ハランド」
竜から降りたった金髪碧眼の麗しい容姿をした第二王子の、近づこうとした足がピタリと止まった。
目が見開かれ、そこに浮かべた驚愕を第二王子は深く息を吸ってゴクリと咀嚼する。
王子の背後に並ぶ竜騎士たちも目を凝らし頬を引きつらせ固まっていた。
人の形をした神のごとき美貌のハランドと、その頭上のちんまりしたマリジュ。
「ハランド?」
王子は口元を痙攣させて喘ぐようにハランドを呼んだ。
「はい、第二王子殿下」
「その頭上に、ありえない幻が見えるのだが?」
「幻ではありません、俺の妻です」
「……妻……?」
「はい。昨日、結婚しました」
「妻……? 結婚……?」
理解できず、聡明と名高い第二王子の思考が一瞬停止した。
脳まで突き抜けるような混乱をした様の王子と竜騎士たちを、わかるわ~と棒読みする表情のハランドの部下たちが気の毒そうに見ている。
高位の軍人として意志の力で自分を制御する王子たちは、昨日のハリアント侯爵家のように叫んだり騒いだり狼狽えたりはしない。自身の衝撃を飼い慣らし、深呼吸をして動揺を押さえ込んだ。
「森の守り人?」
「はい。マリジュといいます」
ハランドの頭の上でペコリとするマリジュ。
王子の体内を、焦がすような歓喜が走り抜ける。
「ああ! ああ! なんと光栄なことなのだろう! 森の守り人と言葉を交わせるなんて!」
少女のように頬を染めて王子は高鳴る心臓のままに声をあげた。
伝説の森の守り人に憧れを持つ者は多い。その上、王子は小さく可愛いものを好む趣味嗜好をしていたものだから、マリジュを見てアブナイほどに目の色が変わっていた。
「私は、ロメーヌ王国第二王子の」
「殿下」
しかし名乗る前にハランドが割り込む。王族の言葉を遮るなど不敬罪レベルであるが、ハランドは冴え冴えと冷たい表情で冷えきった殺気さえ纏っている。
「俺の妻です。いずれ王都で正式に披露目をするので、その時に。それより何故、殿下がここに居られるのですか?」
アブナイ第二王子が気に入らない、と露骨に眉間にシワを寄せるハランドに、王子もハッとして現在の危機的状況を思い出し王族として身を正す。
「ハランド、実はーー」
最初の罹患者が出たのは18日前であった。
貿易商の家からだった。
そこからは野火のように急速に広まり、商人街、貴族街、一般市民へとあっという間に子どもを中心に増えていった。
感染率、死亡率が非常に高い異国の風土病で、特効薬はあるのだが、もともと異国の病気であることから王国の薬師たちにストックされていた分は少なく、数日で薬も材料もなくなってしまった。
今は必死で薬の材料を集めているところで、メインとなるリコナの花というのが生花としてどうしても必要なのだが。
リコナは夏の花であった。
「エルフの世界樹の万能薬は?」
王子は美しい眉をしかめて首をふる。
「昔は確かに万能薬だったが、隣国のエルフの薬は今はもうダメだ。効能が悪すぎて飲ますとかえって害になるほどだ。あれは薬ではない、毒だと薬師たちは口をそろえて言っている」
リコナの花を探して王都から飛び立ったものの、今は冬。
「南へ行こうと冬ゆえにリコナの花は咲いていない。南方の国々は南の植物系で植生が違うから、そもそもリコナの花自体がない。一縷の望みをかけて温室を持つ屋敷をまわっているのだが……」
「ないでしょうね。リコナは野の花だ」
「そうだ、リコナは野草だ。湯水のように金をかけて、温室でわざわざ咲かせるような花ではないのだ……」
王子の顔は暗く、竜騎士たちの憔悴の色は濃い。
ハランドの部下たちも話を聞いて平静を失うようなショックを受けている。皆、王都に家族がいるのだ。
「だんな様」
マリジュがハランドの頭をペチペチたたく。
「マリジュの収納にリコナの生花が入っています。マリジュの収納は時間停止だから、一族のみんな薬の材料とか色々入れていたんです」
バッと音がするほど全ての視線がマリジュに集まる。
「あの、第二王子殿下。生花はどれほど必要なのですか? 花は200くらいしかないのですが……」
「ああ! ああ! 200でも助かる! 患者は数千人だから焼け石に水だが、それでも20人の子どもの命が救われる!」
ひとつの薬を作るのに10の花が必要だった。
「それならば今すぐリコナの花を育てましょう!!」
マリジュがハランドの頭の上で、背筋を伸ばしてすっくと勢いよく立ち上がる。
「えっ!?」
「大きな木とか育てるのは無理ですけれど、リコナの花は10センチほどでしょう? 種さえあれば1時間で咲かせることができます。ただし、大地の力を無理矢理に奪うことになるので、その土地は百年くらい不毛の大地になってしまいますけど」
「奇跡だ……、森の守り人はそんな、そんなことができるのか……!」
王子の声がふるえる。
「一族全員ができますが、普通ならば数人で数日かかります。マリジュはちょっと異常なのです」
転生特典か異世界チートあるあるかも、とはマリジュは言わずに、にっこり可愛く笑った。その笑顔の裏で、チートならば攻撃魔法のひとつでもあれば一族を助けることができたのに、と思いながら。
「1日で1000以上の花を咲かせることがマリジュはできます」
王子が大きく喘ぐ。興奮のあまり顔にみるみる血が上がり紅潮する。
竜騎士たちは、泣きそうな口元をぎゅっと引き結んだり、くしゃくしゃになりそうな顔を抑えたり、喜びを噛み殺して軍人らしく姿勢を律している。
しかし、ハランドの部下たちは、
「マリジュたん、凄いっ! 尊いっ!」
「さすが我らのマリジュたんっ!」
「マリジュたーん! マリジュたーん!」
感動の咆哮を上げて、うおおおっと熱狂して足を踏み鳴らしていた。
その対比に、
「バカな子ほど可愛いって本当ですねぇ」
としみじみ副官は微笑して呟いた。




