08 A
マルさんからの電話を切った後、レイさんにバイト先に刑事さんが来て、聞き込みをしていったこと等を簡単に説明した。あの少年のことは、レイさんに言っていいのか迷ったけれど、俺の中でレイさんには告げた方がいい気がして、自分が接客したこと、靴ヒモがほどけかけていたことなんかも伝えた。すると、レイさんは『そう…』と、心配そうに何か考えているようだった。
警察が動いているということは、もしかすると捜索願いが出ているのかもしれない。ただ、正直ここから先、俺に何ができるのか、皆目検討もつかない。そもそも、レイさん達が心配で、今日は神社に来たんだ。あの少年とは、バイトを始めてから、それなり顔を合わせてきたけれど、客と店員以上の関係だったわけでもない。それに、あの少年は、実はまったく昨日の事故とは関係なくて、今日もひょっこりカプチキを買いに来るかもしれない。その時は、サイダーもいいけど、カプチキにはコーリャも合うよ。とオススメしよう。
レイさんと別れてから、自転車を押して、ゆっくりと駅方面へ向かう。バイトの時間は、まだ先なので、途中で昼御飯を食べようと思ったのだ。自転車に乗らず、押しているのは、考え事をしたいのと、まだバイトまでの時間がたっぷりあるので、急ぐ必要がないからだ。
そういえば、すっかり忘れていたけれど、今日はバイト先に新人が来るんだ。今年から大学ってことは、たぶん一個下だろうか。もしかしたら、同い年かもしれない。俺が初めて教育係をやるんだと思い出したら、さっきまでとは違う緊張感が襲ってきた。
そういえば、副店長の小松さんが、新人は女の子だと言っていた。俺も、一応年頃の男なわけで、新人さんが可愛い子だったらいいなぁとは思う。個人的には、尻尾があれば、なお良しだ。だけど、教育係になるわけだし、同じバイト先の仲間になるんだから、そういう感情は出さないようにしないとな。うん。できるのか、俺?
などと頭を抱えていると、いつの間にかお目当てのお店の前まで来てしまっていた。
ももたろすうどん。
ミノタウロスご夫妻がやってるうどん屋さんで、甘めのお出汁が最高なんだ。麺は、少し平麺のもちもち麺。個人的なオススメは、えび天かしわ。余裕があれば、ごぼう天も載せたいところだが、大学生のお財布事情が、それをなかなか許してくれない。えび天は、一本のえび天ではなくて、小ぶりなえびをこれでもか!と衣で包んで、さっくさくなかき揚げにしたもので、外はサクサク、中はプリプリ、幅も厚みもある、至高の逸品である。カプチキとどちらを選ぶのかと問われれば、俺は苦しい決断をしなければならなくなるだろう。
そして、かしわ。九州ではわりとスタンダードなトッピングだと思うけれど、これがお店毎にまったく違うのだ!柔らかめにとろっと煮込んだお店もあれば、しっかり歯応えがありながら、噛めば噛むほどうま味が出てくるお店もあり、味はもう千差万別だ。
さて、では、ももたろすうどんのかしわは、どうか。それは、かすかなプリっとした歯応えの後、とろっと、ほろっと口どけする、しかし、その奥には確かな生姜のピリッとした隠し味。甘辛に煮込まれたかしわは、うどんの出汁を更に極上のスープへと変えていく。これは、もはや聖水と言っても過言ではないかもしれない。
えび天かしわ。いやいや、えび天には、わかめとかたまごとか、そっちじゃんと、罵られるかもしれない。だが、俺はえび天かしわを推したい。全部載せ?その響きは、大学生には、凶器だぜ?
甘プリのえびに、所々で甘辛に煮込まれたかしわが遭遇する。お出汁にとけた衣が、たっぷりお汁を吸って、二人の仲介役さ。
これが、俺のベストアンサーだ。
そして、俺は券売機で、わかめうどんのボタンを押す。
金欠だから、しょうがない。俺の心は、泣いている。
「おばちゃーん、わかめうどんね!」
「あいよっ!」
ミノタウロスのおばちゃんが、笑顔で元気よく対応してくれる。おじさんは、見えないから、奥で麺を打ってるのかもしれない。手打ちが売りのお店でもある。時間も早いし、他のパートの人たちもまだ来ていないみたいだ。お客さんは、今のところ俺だけだ。
テーブルには、高菜や七味唐辛子なんかが置いてある。小皿が置いてあって、高菜は食べ放題だ。とりあえず、高菜を少し小皿にとって、つまみながら待つ。
「はいっ、おまちどおさま!わかめうどん、かまぼこはおまけだよ!」
「えっ!いいの?」
「はっはっはっ、他のお客さんには、内緒だよ?恭ちゃんには、サービスしとくよ。だから、元気だしな!」おばちゃんは、豪快に笑って、仕事に戻っていった。
俺、元気がないように見えたんだろうか。確かに、昨日からずっといろんな事を心配したりして、今も、少年のことや、新人さんの教育のことを考えていた。おばちゃんは、そんな俺に気づいてくれたらしい。嬉し泣きしそうだよ。。口がへの字になりながら、うどんを見ると、たっぷりのわかめに、かまぼこが三枚載っていた。立ち上る湯気が、たまらない。
「いただきます!」
お箸をとって、まずはお出汁から啜る。余計なトッピングがない分、シンプルな出汁の美味さを感じることができる。おぁっと!ネギを入れるのを忘れてはいけない!ここで、カウンターで丼山盛りになってるネギを、レンゲ三杯ほど入れる。ここで、やっと麺にお箸をくぐらせ、掬い上げ、ふぅふぅしてから、ズゥルズゥルっと吸い上げる。たまらん!そして、また、お汁を啜る。熱いけど、うまい!その勢いのまま、半分ほど平らげて、そこでやっと七味唐辛子をささっと降り入れる。俺は、まずそのままの味を堪能してから、味変をする。それが、大将へのマナーだと思っているからだ。
だんだん身体も温もってきて、昨日からの心配事で凝り固まっていた心も解れていく、気がする。うどんの力は、すげぇな。他のお客さんも、入ってきて、お店の中が賑やかになってきた。
もちもち麺を食べ終わり、丼を抱えて、お出汁を飲み干す。
「ふぁぁー…うまかったぁ」余韻に浸る。
「ごちそうさまでした!!おばちゃん、また来るね!!」
「あいよっ!ありがとうね!」おばちゃんが、麺を茹でなから、元気よく送り出してくれる。
これで、お昼からのバイトも頑張れそうだ!
ーーー
ももたろすうどんで元気をもらった俺は、バイトに入っている。
新人の子は、後から来るらしい。初日だし、勤務時間は短めになるっぽい。俺の時も、制服の貸与とか説明とかしてもらってから、実際に店舗で働いたりしたけど、初日は短めな勤務だった覚えがある。それでも、緊張もあってか、とても疲れて帰った気がする。
緊張といえば、今日の午前中に警察の方が店舗に来ていたわけで、シフトに入っていた店長やマルさん達が、『なんか緊張して疲れたよー、がるるぅ』と、店舗に着いたばかりの俺に愚痴っていた。だけど、『その少年が無事だといいねぇー』と言える先輩達は、やっぱり優しい人達だと思う。でも、マルさんの尻尾がふにゃぁぁとなっていたので、ももたろすうどんをオススメした方がいいかもしれない。
マルさんは、今休憩に入っていて、店内には小松さんと東さん、ラズニャさんがいる。店長は、他の店舗もやっていて、そっちに応援で行っている。
東さんは、元々の仕事を退職されてから、バイトを始められた方で、はっきりと聞いたことはないけど、60歳前後だと思う。細身だけど、けっこう筋肉ムキムキで、とても優しい人族のオジサンだ。
ラズニャさんは、なんというか、あれだ。ダイナマイトボディの持ち主で、アラサーらしいけど、妖艶な感じがして、お客さんにもファンが多いっぽい。子持ちの噂もあるけど、ちゃんと確認したことはない。マルさんと並んで、駅前店の二大ビューティフル尻尾スターの狐人族さんだ。
「ありがとうございましたー!次にお待ちの方、こちらへどうぞー!」
新人の子が来るまでは、レジを担当しているように、小松さんに言われたので、レジにいる。
ホットスナックは、ラズニャさんが担当している。俺は、密かにラズニャさんをライバルだと思っている。なぜなら、ラズニャさんは料理がうまい!!ラズニャさんは、ロスも出さないし、揚げ加減もうまい。カプチキフライヤーで、唯一俺が認めた人だ。。負けられない闘いがそこにある。
「ありがとうございましたー!次の方どうぞー!」
「……………………」
「、、、」
「……………」
レジの向こうで、眼鏡をかけた美少女が、こちらをじぃーーーっと見上げている。
「あの、、お客様??」
「…………」
所々黒みがかった綺麗な銀白髪と、淵が黒のふさふさの耳。白黒のスラッとした尻尾。白虎人族かな?ここら辺だと、珍しい種族だ。肌は、色白で清楚な感じがある小柄な女の子だ。身長は、150センチ前後だろうか。そんな美少女が、変わらずにじぃーーーっと俺を見上げている。
色白眼鏡清楚美少女とこのまま、にらめっこするのも、やぶさかではない。だかしかし、他のお客様もいるのだから、このままというわけにはいかない、どうしたら、、、
「ぴょん?ぴょんぴょん?あら、木村さん来てたのね。ちょうど良かった。恭一君、この子が、新しいバイトの子よ。」
「えっ、あっ、そうなんですね!えーっと、よろしくお願いしますね。」
なんということだ!!予想の斜め上をいっている!とんでもない美少女が、新人で来てしまった。ビューティフル尻尾スターの勢力図が、大きく変わっていくかもしれない!ナイステイル!!俺の心は、歓喜している!!
「……」
木村さんと呼ばれた新人さんは、やはり無言だが、小さく頷いた。そして、やはり俺を見上げてくる。なんなんだ?この子は?、、はっ!?もしや、俺の邪な気持ちが溢れてしまっていたのか!?
「とりあえず、木村さんは、こっちに来てね。ぴょん。制服の貸与とか、ロッカーの確認しましょ。恭一君は、また後で呼ぶから。」
「了解です!」
木村さんは、小松さんと一緒にバックに向かった。それにしても、不思議な感じのする子だな。
「ガルルゥ、なんだか如何わしい視線を感じるなぁ。」
「あっ、マルさん!休憩終わったんですか?」
「うん。今、出てきた所だけど、あの子が新人さん?」
「そうみたいですよ。とっても、可愛い子ですよね。」
素直な感想を口にする。不思議な子だけど。
「ふぅ~ん。。この浮気者め。」
マルさんが、なぜかジト目でこちらを見ている。
「はっ!?いやいや、別に疚しい気持ちはないですよ!?というか、浮気者ってなんすか?え?俺、知らない間にマルさんと」
「馬鹿なの?ぐるるぅ?」
なぜだ?なぜか、ジト目で見られたかと思ったら、今度は罵倒されたぞ?俺は、まだその世界には目覚めていないんだからね?!
「はぁぁ、ニャコちゃんの事が思いやられるわ。」
今度は、ため息だ?ん?ニャコ?
「ニャコ?ニャコって、あのニャコですか??」
「他に、共通の知人でニャコちゃんがいるわけ??」
「いや、いないと思いますけど、、なんで、いまニャコの名前が?」
マルさんが言っているニャコとは、ニャコル・ロッテ。俺の幼なじみにして、イタズラ好きの猫人族のことだ。
「一回、爪で引っ掻いてやろうかしら?ほんとに?」
「ぇ、ぇええ?」
「ぴょん!恭一君!こっちにお願い!マルちゃん、代わりにレジをお願いね!」
「はぁ~い」
「はい!」
小松さんのおかげで、命拾いしたみたいだ!マルさんは、何を怒っているのだろう?別に、ニャコは関係ないと思うんだが??
とにかく、あの不思議な新人さんに、コンビニバイトのイロハを教えないといけないんだけど、、無口のまんまでバイトする気なのだろうか??
コンビニでアルバイトをしたことがないのに、舞台をコンビニにしてしまったので、もしかすると間違いがあるかもしれません。ネットで確認できる範囲では、気をつけているのですが、もしお気付きの点などがあれば、感想などで教えていただければ幸いです。
つい、うどんへの愛が溢れてしまいました。いつか、ラーメン回も書きたいなぁと思います。