06 B
転移した世界で、初めて出会ったのは、ドラゴンでした。
ーーー
せっかく神様が転移させてくださった世界で、1時間も経たずに、僕は死ぬかもしれない。
ごめんなさい。神様。
ドラゴンから目が離せない。
金縛りにあったかのように、身体の自由が効かなくなって、呼吸も乱れていく。それでも、目をつぶったまま、恐らく眠っているであろうドラゴンに、自分の存在を気取られないように、なんとか自分を抑え込む。深呼吸だ!静かに、静かに深呼吸をしなくちゃ!だけど、段々、足の感覚がなくなっていく。震えているみたいだ。恐い。
「助けて、神様、、、」声にならない声で、届かないはずの願いを唱える。
その時、風が吹いた。
「っうわっっ!」
横から急に強い風が吹いて、その場で立ち尽くしていた僕を簡単によろめかせ、煽られるままに倒れた。
幸い、空中通路の真ん中に立っていたため、手摺を通り越えて落ちるようなことにはならなかったけど、心臓はバクバク鳴っている。一瞬、何が起こったかわからなくなる。
音が聞こえた。
カラカラと小石や瓦礫が落ちるような、崩れるような音が、決して大きな音ではないけれど、僕の耳にはしっかり聞こえた。
見たくない!けれど、自然と目線は音の出所を探してしまう。
目があった。こちらを見ている目と、真っ正面から見合ってしまった。ドラゴンが、目を覚ましていた。
ドラゴンが、何度か瞬きをする。僕から目線は外さずに。たぶん、僕を見ているはずだ。人の目と違う形をしているようだから、はっきりとはわからないけれど、興味深そうに僕を覗き込んでいる。と思う。
変に冷静な考えが頭を巡るけれど、身体は倒れたまま、さっきよりもおかしな感覚に犯されていく。さぁーーーっと、血の気が引いていくようだ。もしかすると、ドラゴンが魔法を使っているのか?魔眼とか、アニメで見た記憶がある。いや、違う。ただ恐いんだ。ドラゴンの目だけで、僕の頭くらいは、いや、もっと大きいかもしれない。そんな生物と対峙しているんだ。
まだ、正気なだけマシかもしれない。いや、僕は正気なのか?それすら、わからない。
ドラゴンが、すぁーっと首を伸ばして、頭だけこちらへ向きなおり、近づいてくる。
あぁ、食べられる。恐い。僕の人生は、、恐い、、、ここで終わる。恐い。恐い。恐い恐い恐い恐い恐い、、、恐怖に耐えられず、ギュっと目をつぶる。
熱い風を感じる。いや、ドラゴンの鼻息だ。もう、すぐそこになにかものすごい存在を感じる。死を覚悟する。あぁ、母さん父さん、みんな、ごめん、、、神様、、、、、
、、、いつまで経っても、食べられない。
鼻息らしきものを感じるだけの時間が続く。
次第に、疑問が沸いてくる。なんで、まだ生きてるんだ?いや、もしかして、もう死んでる?でも、痛みは感じなかったし、、
意を決して、目を開けてみる。ゆっくりゆっくり、、
すぐそこにドラゴンの顔がある。なんだか、やはり興味深そうにこちらを見ている気がするから、変な感じだ。
僕を食べるつもりはない??
『人間、ドラゴンの言葉が喋れるのか?』
突然、声が聞こえた。
あまりに突然のことに、混乱する。
他に、誰かいるのか?目をパチクリしながら、小さく左右を見回す。けれど、他に誰か人がいるようには見えない。。。それに、今確かに『ドラゴンの言葉』と聞こえた。
恐る恐る、目の前のドラゴンに視線を戻す。
『人間、俺が何を言ってるか、わかるのか?』
やっぱりだ!声は、間違いなくドラゴンから聞こえてくる!
「…っっっぁあ」
うまく言葉が出てこない。長い間、緊張し過ぎて、喋り方を忘れてしまったようだった。
『人間、俺が恐いのか?』
ドラゴンが、キョロキョロと、気のせいかもしれないけれど、どこか悲しげにこちらを見ている。
「…こ、恐いです。…とても、恐いです。」
『人間。恐がらなくていい。俺は、人間食べない。いいドラゴン。』
いいドラゴン??これまでとは、別の意味で混乱してくる。
「…いいドラゴン、さん?…ぼ、僕を食べたり、殺したりしない、んですか?」
つまりながらも、なんとか応える。
『人間、食べない。殺さない。いいドラゴン。人間から、悪い気感じない。何故、ドラゴンの言葉、わかる?喋れる?』
ドラゴンの言葉?僕が?ドラゴンの言葉を喋っている?ドラゴンが、人の言葉を喋っているんじゃなくて??わからないことが多すぎて、どうにかなりそうだ。
「僕は、人の言葉を話しているつもりなんですけど、、、いいドラゴンさんが、、人の言葉を話せるのではないんですか?」
一言一言、確かめるように話しかけてみる。言葉が出る毎に、少しずつだけど、気持ちも落ち着いていくように感じる。
『人間の言葉話せない。通じたことない。恐がられただけ。人間が、何を言ってるか、理解できる。でも、通じない。誇り高きドラゴン、どんな言葉もわかる。けど、話せない。』
なんだか、悲しそうな寂しそうな声に聞こえてくるのは、気のせいだろうか。
その時、何故か、ふと神様のことを思い出した。
加護。そうだ!加護!
確か、神様が言語の加護を与えると仰っていた。
〈あらゆる言語と意志疎通できる加護〉
異世界に向かう僕を心配して、神様が下さった加護。
役に立たないかもしれない。と神様が仰った加護。
神様!!僕、ドラゴンと言葉を交わせていますよ!!
思考がクリアになっていく。
様々なことが、頭の中で噛み合っていく。
神様!役に立ちました!加護!!
「加護。神様が下さった加護を持っています。」
神様の事を思い出して、考えていたら、自然と俯いていたらしく、ゆっくり、だけど、今度はしっかりとした動きで、ドラゴンの方へ顔を向けていく。ドラゴンと目があった。でも、さっきほどの恐怖は感じない。だって、神様が背中を支えてくれているから。そんな気がするから!
『加護?神???この世界に、神いない。人間、神様いると言う。それ、自然への畏れ。感謝。願い。自然から加護得た?』
待って待って!情報が多いな!えーと、なんて答えるのが正しいんだ?異世界から来たって通じるのか?異世界の神様が、心配して加護をくれた。とか、信じられるのか??
神様!言葉がわかっても、意志疎通は難しいみたいです!!
「えーと、僕はこの世界の人間じゃなくて、、異世界の人間で、、、確か、神様が、、違う次元の異世界って言ってたと思うんです、けど、、、」言いながら、自分でも自信を失くしていく、、、
『理解。人間、初めての匂い。この世界の人間と違う。他の世界から来た。ようこそ。よく来た。すごい。』
…お、ぉぉおぉぉぉぉ!なんか、すごいウェルカムされてるー!!
『他の次元、初耳。新たな見識、人間、感謝。』
サンキューきたぁー!!
よしよし!
ぁぁぁ、でも、ここで調子に乗ったらダメだ!
僕は、この世界の事を何も知らないんだから!
落ち着けー、僕、落ち着けー!サンキュー!!
『どうした?人間?』
「…いえ、大丈夫です。何でもありません。…あの、僕は人間なんですけど、、、ソウマって言います。ソウマ・クラレットです!」