03 A
2021/08/06 改稿しました。
神社を出た俺は、山裾の道を自転車でひた走る。
バイトに遅刻しそうなのだ。
ついこないだまでは、山から冷たい風が吹いていたけど、少しずつ暖かくなってきたみたいで、走るのが気持ちいい。こういう所でも、春を感じられる。
俺の住む街は、都市部まで電車で30分ほどの場所にある。
一山越えるので、自然も多く残っているけど、国道のメインストリートには大型ショッピングセンターなんかもあって、ほどよく栄えている人気のベッドタウンらしい。といっても、俺の家は中心部からは外れていて、田舎の方にあるから、買い物しようと思うと、少し走らないといけない。
家から駅や商店街の方に向かう途中にあるのが、あの神社だ。俺が通った小中高校への道も、途中まで同じ道を通るから、昔からほぼ毎日神社の前の道を通っていることになる。
そして、今向かっているのは、俺のバイト先。
ロミリーマート駅前店だ!
俺が、大学に通うのにも使っている駅の前に、わりと大きな商店街があって、その入り口に店舗を構えているコンビニだ。
この駅は、この近辺だとかなり大きい駅で、ロータリーなんかもしっかりあるので、1日の乗降客数もかなり多い。
つまり、うちの店舗は1日を通して、けっこう忙しいのである。
昔からお世話になっていたお店だし、大学に入って、初めてバイトをすると決めた時は、ここしか思い浮かばなかった。
バイトの先輩達は、変わった人もいるけど、皆さん良い人ばっかりで、思っていた以上に楽しく働けている。
ヘトヘトになりながらも、立ち漕ぎでひた走ったおかげか、やっとお店が見えてきた。なんとか遅刻せずにすみそうだ。
だけど、
「疲れだぁぁぁ、もう漕げねぇぇぇぇ」
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ファファンファーん
ロミマ。
ロミリーマートは、略してロミマって呼ばれることが多くて、普段は俺もそう呼んでる。そして、ロミマは全国共通で自動ドアのベルは『ファファンファーん』である。俺の身長の2倍くらいは高さがありそうな自動ドアが、開く度に、この不思議な電子音が鳴る。なんか、耳に残るメロディーだから、不思議だ。
「ハァハァ、、お疲れ様でーす。」
ヘトヘトで息切れの真っ最中だけど、店舗に入って、とりあえず挨拶は基本。この一年で、もう意識しなくても、自然と声が出るようになった。
「あっ、マルさん、お疲れ様で~す」
バックヤードに向かおうとしたら、品出し中の先輩マルさんが目に入った。今日も、マルさんの尻尾は艶があるなぁ。うーん、感謝感謝。
「ガルルルゥ、なんだか、大学生の如何わしい視線を感じるなぁ。まったくもう。てゆうか、、到着早々、ヘトヘトって感じじゃん。」
「すいません、、マジで遅刻しそうになって、、ガチでチャリ漕いできたんですよ。息切れちゃって、、すいません。。」
「どうせ、また神社に寄ってきたんでしょー?遅刻しそうな時くらいは、帰りに寄ればいいでしょーに。グルルゥ。しょーがないなぁ。とりあえず、落ち着くまでは、バックで商品整理でもしててよ。店長もいるしさ。グルルゥ。」
「ありがとうございまーす。。落ち着いたら、すぐ品出し入りますね!」
「りょーかーい、ガルルゥ。」
マルさんの尻尾が揺れている。今日は、機嫌良さそうだな。
彼女は、マルガリッタさん。マルさんて呼ばせてもらってる。
一年前、新人で入った俺の教育係をしてもらった先輩で、気さくで付き合いやすい人ってこともあって、バイト仲間の中で一番話しやすくて、いろんな相談にものってもらったりしている。
モフっとした耳も捨てがたいが、何よりも、艶があって、ふわっとした尻尾が美しい。狼人族の先輩だ。
とりあえず、バックヤードへ向かう。
「失礼しまーす。。お疲れ様でーす。」
「あぁ、お疲れ様がぉ。がぉぉー?恭一君。どうしたんだい、そんなに息を切らせて?はちみつ舐めるかい?それとも、木の実の方がいいかなぁ??」
この『はちみつを舐めれば、大丈夫理論』をナチュラルに提唱されている方は、店長で熊人族のビガーラさん。通称、ビガさん。俺より身長は少し高いくらいだけど、身体がどっしりしてる。かなりデケェ。しかも、太ってるわけじゃなくて、筋肉らしいから、すげぇ。ちなみに、俺は174㎝くらいのはずだ。ずっと計ってないから、自称ではあるけど。
「遅刻しそうになって、、急いで自転車漕いできたもので、、でも、落ち着いてきたので、はちみつは大丈夫です。ありがとうございます!」
「そうがぉ??じゃあ、はちみつがいる時は、何時でも言ってね。とりあえず、汗をかいてるみたいだし、ハンカチ持ってるがぉ?これ、使っていいがぉ。」
「あぁ、すいません。。助かります。ちゃんと洗って返します!」
熊柄のハンカチを貸してもらって、汗をふく。かなり汗をかいていたみたいだ。ありがたい。今度からは、ハンカチを持ち歩こうかな。
「返すのは、何時でもいいがぉよー。とりあえず、汗が引くまでは、少し休むといいがぉ。はちみつも、何時でも舐めていいがぉ。」
熊人族は、雑食でいろいろ好物はあるらしいけど、ビガさんはとにかくハチミツが好きらしい。この一年間、隙あらばハチミツを奨められてきたから、わかる。
ちなみに、ビガさんは熊人族の特徴でもある、モフっとして丸っとした耳を持っていて、女性のお客様に隠れファンが多いらしい。というのは、マルさん情報だ。
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「いらっしゃいませー。カリッカリでプリップリ、カプチキ揚げたてでーす。カプっといかがですかー?」
とりあえず、落ち着くまで休ませてもらってから、制服を着て、店内業務に入った。品出しは、大丈夫ってことだったから、フライヤーでカプチキを揚げている。
ロミマは、多くの人気商品を擁しているが、その中でも断トツ人気の売れ筋は、この『カリカリプリプリチキン』通称カプチキである!エリアマネージャーが、よく「魂の商品だぁぁぁぁ!!」と言ってるから、力の入れようが違うのかもしれない。
実際、美味いし、俺もよく買って帰る。種族を問わずに人気なのも、頷ける。
外はカリッと揚がっているのに、中はプリプリでジューシー。美味い物って、大体この表現になりがちだけど、それ意外表現の仕様がないくらい、カリッとプリッとしているのだから、やはり美味いのだ。
そして、この駅前店で、カプチキを揚げることに関しては、俺の右に出るものはいない。そう思えるまでに、この一年で、俺はフライヤー業務に邁進してきた。
もし、異世界に転生してしまったら、このカプチキを食べられなくなってしまう!なんと恐ろしいことか!!
昨日の俺は、なんと恐ろしい願いを、、、
「カプチキ一つください。」
「あっ、はい!少々お待ちくださーい!」
早速、カプチキの注文が入ったようだ!
おっ!この子は、よくカプチキを買っていってくれる学生さんだけど……なんだか今日は不機嫌そうというか、プンスカしてる??
たぶん、まだ春休みなんだろう。今日は、私服でパーカー姿だ。
「カプチキ一つと、サイダー一つですねー。会計350円になります」
カプチキを小袋に入れて、シールを貼り、台に置いてあったサイダーをレジに通して、こちらもシールを貼る。
この組み合わせ、なかなか良い。だが、俺は僅差でサイダーよりも、コーリャ派なのだ!
「ロミペイで」
この学生さんは、よく買い物に来てくれる。とっても性格良さそうというか、優しそうな子で、見た目は人族のように見える。ちゃんと会話したことはないから、実際にはわからないけど。
でも、やっぱり今日はなんだか、声に元気がないし、何かあったのだろうか。
「ありがとうございましたー」
商品を手に、去っていく後ろ姿を何の気なしに見ていると、彼の靴のヒモが解けかけているのが見えた。
「あっ、お客さん、靴ヒモ!解けかけてますよ!」
彼は、少し振り返ってから、自分の足元をみて、
「どうも」とだけ言って、そのまま出ていってしまった。
転んだりしなければいいけれど、、、
とりあえずカプチキを食べて、元気が出るといいな!!
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それから、レジやフライヤー業務をひたすらこなして、もうすぐ上がりの時間になりそうな時だった。
「あっ、恭一ぴょん!ちょっといいかな?」
「あっ、はい!なんでしょう?」
彼女は、副店長でハーフの兎人族、小松さんだ。ハーフらしいけど、外見はほとんど兎人族で、小柄で、特徴的な耳はやはり可愛いとしか言いようがない。年上の人妻ではあるが、可愛いものは可愛いのだ。
語尾に、たまにぴょんがつくのは、なんだか嬉しい。
「あのね、明日から新人さんが入ることになったんだけど、恭一君に、教育係をお願いしたくて、大丈夫?ぴょん?」
「新人さんですか?」
「そうだよ。この春から大学生になる女の子なんだけど、希望勤務時間が一番合いそうなのが、恭一君で。もう立派な内の店員だし、任せても大丈夫だと思ってるんだけど、だめ?ぴょん?」
ぴょん?、、は、ずるいと思う。
「あっ、俺でよければ、大丈夫ですよ。むしろ、任せてもらえるの、嬉しいです!あざっす!!」
「じゃあ、明日からよろしくぴょん。新人さんだから、張り切りすぎないようにね。ふふふ。」
「え、あ、はい!ほどほどに、しっかりやらせてもらいます!」
新人さんかぁ、どんな子なんだろうなぁ。
明日が楽しみだ!!