死なない女
「や、やめろー」
女は忠告を無視して電車に突っ込んだ。
骨の折れる音がしたような気もするが、物凄い音だから、最早何の音が判然としない。分かる人がいたら逆に怖い。
真っ赤な血がレールを伝う。目も当てられない。
女の伸びきった指がピクリと動いた。そしてむくりと起き上がる。
「また死ねなかった」
群衆があわてふためく中、ホームをよじ登り、エスカレーターに乗った女の姿が見えなくなった。
翌日、何者かの走る影が、線路へと飛び込んだと思ったら、弾かれた女の体が売店へと跳ね返された。
「いてて」
よろめきながら起き上がった女は首を傾げている。彼女の額からはどくどくと止めどない血飛沫が上がる。
その日の夜も、ぷらぷらと千切れかけた腕をぶら下げた女が駅構内を歩いている姿が目撃された。
もう慣れてしまった客たちは、見向きもしない。
女が線路へ身を投げる度に、人々の関心は薄れていった。それどころか列車が止まると、イライラして罵倒する者も現れた。
「こんなに遅延させるのだから、きっと死んでいるんだろうな」
初めは不謹慎だと罵倒する者を批判していた善人すらも、次第に同調し、彼女に罵詈雑言を浴びせるようになった。
彼女の抱える闇を人々は知らない。どんな理由があろうとも、当初のように憐れむ人など、一人も残されてはいなかった。
とうとう女が息絶えたときでさえ、誰も騒がなかった。
「いつものことだろう」
「電車が遅れなくていいわ」
「どうせ他人だから」
「新聞の続きを読もう」
「警察がうるせー」
「ネットに上げよう」
誰も女の心には触れようとしない。
大人たちの会話をそばで聞いていた子供たちも、そんなものかと解釈した。その子供も、そのまた子供も、大人たちを真似た。
やがて電車がやってきて、男が線路へ身を投げた。
死んでいようといまいと、ホーム側に佇む人々にとっては、ただの日常に過ぎない。
今日も誰かが身を投げる。そして誰かが呟く。
「全く迷惑なやつだ、電車を止めるなら、ちゃんと死んでいろよ」(了)
死んでも死にきれん
殺すか殺さないかは観測者に委ねられている
じゃないと収束しない