盲目たる赤ずきんに寄り添い尽くす狼の行方
少しばかり可哀相な、赤い頭巾を被った、女の子の話を致します。
その女の子は幼きより目が悪く、十を迎える前には光を失い、すっかりと塞ぎ込んでしまったので、母親は、とても心配に思い、遠くからでも一目で分かるようにと、一晩掛けて赤い頭巾を拵え、女の子の頭に被せました。
それ以降、女の子は『赤ずきん』と呼ばれ、片時も赤い頭巾を手放しませんでした。
赤ずきんは家の中で毎日を過ごし、家の中が世界の全てになりつつありましたが、決して不満や愚痴をこぼすことなく、赤ずきんは笑っておりました。
そんな赤ずきんが、家から出られず、大好きな祖母の家に遊びに行けないのを不憫に思うのは、母親だけではありませんでした。
「おお、なんと可哀相な……!」
森に棲む狼であります。彼は狼でありますから、赤ずきんが不憫に思えども、面と向かう事も叶わず、影ながら家の中を覗き込み、大きな口で深い深いため息を漏らすばかりでありました。
「何か自分に出来る助けは無かろうか……」
狼は大きな目を両手で塞ぎ、赤ずきんの気持ちになって考えました。そして妙案が浮かびました。
重苦しい焦げ茶色の扉を叩かれること三回。返事をした猟師の耳に、しわがれ声にも似た重低音が届きます。変装した狼であります。
「杖を一つお願い出来ますでしょうか? 軽くて、丈夫で、女の子が使えるくらいの大きさが望ましい……」
焦げ茶色の扉が僅かに開かれると、そっと銀貨が転がされました。
「ふむ、一日待たれよ」
猟師は杖よりも高い銀貨に満足し、望み通りに軽くて丈夫な小さな杖を作りました。
狼が再び扉を叩くと、猟師は静かに答えました。
「杖なら扉のところにかけてある。仕事ならいつでも歓迎だ」
狼は僅かに扉を開き、サッと杖を持ち帰りました。
その日の晩であります。月の明かりが綺麗な空を眺めながら、狼は杖を持って赤ずきんの家に向かいました。
それまではフクロウが鳴いてましたが、狼が通り掛かると、途端に静まり返り、お陰で狼は人間に気付かれること無く赤ずきんの家に忍び込む事が出来たのです。
「これで外へ出られる……」
狼は赤ずきんの枕元に杖を置きました。軽くて丈夫な小さな杖。それを狼は、無くしてもすぐに見つけられるようにと、白く塗りたくり、鈴を付けて赤ずきんにプレゼントしたのです。
次の日の朝、朝日は赤ずきんに届きませんが、枕元に置いた杖が赤ずきんに届きました。
「嬉しい! これでお外へ出られる!」
赤ずきんは早速杖の練習をしました。先ずは大好きな祖母の家まで杖をついて慎重に歩きました。狼は眠い目を擦りながら、そっと木の陰から見守っています。
途中で石につまずき、幾度となく転びました。そしてついに赤ずきんは祖母の家へと辿り着きました。
祖母は赤ずきんとの来訪をとても喜びました。何故なら、祖母は足が悪く、赤ずきんが目が見えなくなってから一度も会っていなかったからであります。
それから赤ずきんは毎日祖母の家へと遊びに行き、時には泊まったりもしました。狼はそれを毎日見守りました。
赤ずきんが十五を迎えた夜。寒空が身に染みる時分の頃でありました。
その頃の赤ずきんの日課は、老いた祖母の世話でした。もう歩くことが出来なくなった祖母は、一日をベットの上で過ごしていますが、赤ずきんが来てくれるので退屈や不便の類いはありませんでした。
「もう私は長くない。赤ずきんよ、今までありがとう」
「おばあちゃん。そんな事言わずに、もっと長生きして下さいな」
二人は笑ってその日を終えましたが、嗅覚の優れた狼には、祖母の命が尽きることをしっかりと嗅ぎ取れておりました。
次の日の明け方、狼が赤ずきんより先に祖母の家の様子を覗くと、祖母はベッドから片腕が垂れ下がり、事切れておりました。
「可哀相な赤ずきん。目の次は大好きな祖母まで……」
狼は祖母を家の裏に丁寧に埋葬しました。そして、一つ決心をしました。
朝方、赤ずきんが祖母の家の扉を叩き、家の中へと入ります。すると、いつもと違った匂いがする事に気が付きました。
「おばあちゃん、お花の香りがするね」
狼は自分の臭いを消すために、香水を振りかけておりましたから、赤ずきんは家の中に狼が居ることに気が付きません。
「おばあちゃん、具合はどう?」
「ぼちぼちだよ」
多少声色は違えど、目の前に狼が居ると思っていない赤ずきんには、それは祖母の声にしか聞こえませんでした。
赤ずきんは、まず、祖母の体を拭くことから始めます。
「おばあちゃん、なんだかゴツゴツしてませんか?」
「……大丈夫。ちゃんと元気だよ」
そして次に井戸で汲んだ水手渡します。狼はビチャッ、ビチャッ、と音を立てて飲むことしか出来ず、赤ずきんは時折タオルでアゴを拭きます。
「おばあちゃん、なんだか口が尖っているような……?」
「大丈夫。歳のせいだよ」
赤ずきんは母親が作ってくれたパンとサラダを、バスケットから取り出しました。
「はい。おばあちゃん」
「ありがとう」
狼の口にはとても小さなパンは、あっと言う間に一口で消えてしまいました。
「おばあちゃんもう食べたの?」
「美味しくて美味しくて、つい食べちゃったんじゃよ」
「ふふ、なんだか変なおばあちゃん♪」
こうして、祖母のフリをした狼と赤ずきんの生活が始まりました。
赤ずきんが二十歳を過ぎた頃の事です。
今まで使っていた小さな杖は赤ずきんの体に合わなくなり、使いづらくなっていました。
それを見た狼は、赤ずきんが昼寝をしている隙に杖を借り、再び猟師の所へと向かいます。
「これより長くて丈夫な杖を一つ」
またしても扉の隙間から、杖よりも高価な銀貨が、転がりました。
猟師はまたしても上機嫌で杖を拵える準備をしました。杖の長さを測り、杖を扉のそばに立て掛け戻します。すると、扉の隙間から伸びた手が素早く杖を引っ込め、扉は静かに閉まりますが、その直前の僅かな隙間から、獣の口が見えてしまいました。
猟師はどのようにして納得すべきか、先ずはその後ろを追いて歩きました。
猟師が着いた先は赤ずきんの祖母の家でありますから、当然、猟師はとても怪しみました。家の裏に行った狼の隙を狙って家の中を覗きます。すると、赤ずきんがソファで昼寝をしていました。
そこへ狼が家の中へするりと入り込み、ベッドの下から祖母の服を取り出し着替え始めたのです。それを見た猟師は、狼が祖母に変装して赤ずきんを食べようとしているのだと気付きました。
扉を蹴破り驚く狼に銃を突き付けます。赤ずきんは、家に轟く銃声の音で飛び起きました。
「おばあちゃん!?」
赤ずきんは直ぐさまにベッドを探ります。すると、そこにはいつもの手がありました。
「おばあちゃんどうしたの!? 何の音!?」
「……ごめんよ、赤ずきん。驚かせたね……。おばあちゃんは、もう天国へ、行かなくてはならないから……元気に……ね」
開け放たれた扉に入る風が銃口から立ち上がる硝煙の匂いを部屋中に運びます。
家の裏では、祖母の墓に添えられた小さなコスモスの花が、風に揺られて、ゆらゆらと、踊っておりました。
読んで頂きましてありがとうございました
(*´д`*)




