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Cafe Shelly

Cafe Shelly 笑う門には福来たる

作者: 日向ひなた

 だるい、きつい、ねむい。

 一年の始まりの日だというのに、朝からとても起きる気にはなれない。

 確かに、昨日の夜は少し飲みすぎた。大晦日だからと、友達と飲み歩いたのは確かだ。が、それにも原因がある。せっかくクリスマス前にゲットした彼女から、突然のお別れがやってきた。わずか十日ほどの恋人だった。

 その彼女にはプレゼントを貢ぎ、ごちそうを食べさせ、そろそろいいだろうって頃になってのお別れ。しかもいきなりLINEで「さよなら」とだけ送ってきた。そのあといくらこちらからメッセージを送っても既読がつかない。よく考えたら電話番号も知らない。で、そのままの状態で年末を迎えた。

 そのことを友達に愚痴ったところ、飲みに行こうってことになって今朝に至る。はぁ、最悪の一年のスタートだな。

 よく考えてみたら、三十年という人生の中で女運なんてのが良かったことがない。それどころか、仕事運も良くない。フリーターから始まって、ようやく正社員になれた会社も半年でつぶれて。転職した先はブラック企業で、営業でこき使われる割には給料はイマイチだし。でも、ろくに学校も出ていないオレには行き先もなく、生きるために今のところで働いている。

「さてと、今日はどうすっかな」

 ぼーっと布団の上で考える。時間を見ると、もうすぐ昼の十二時。とりあえず起きるとするか。

 住んでいるのは安アパート。そのため、洗面とトイレは共同で、風呂はない。二日に一度くらいの割合で銭湯に行くのだが、そういえばこの二日間、風呂なんて入ってなかったな。正月早々に銭湯ってやってんだっけ?

 あ、たまには奮発してスーパー銭湯にでも行ってみるか。そこなら開いてるだろう。確か駅の東口にあったよな。ちょっとまだ二日酔いで頭が痛いけど、サウナにでも入ればスッキリするかな。

 そう思って、着替えとタオルを準備して外に出る。寒いかと思ったけれど、思った以上に暖かい。日差しもまぶしいくらいだ。ちょっと気分も良くなってきたかな。

 これまたボロボロの自転車にまたがって、スーパー銭湯のある駅の方へと向かう。この自転車、オレが一人暮らしを始めた十年前に買ったママチャリである。あちこちぶつけたり、傷もたくさんあるけれど、愛着のある自転車。貧乏人のオレの、大切な移動手段だ。

 にしても、暖かいとはいえやっぱ冬だね。頬を切る風は冷たい。顔がこわばってしまう。しまったな、マフラーくらい持ってくるんだった。

 寒い中、なんとか駅の東口にあるスーパー銭湯に到着。正月からそれなりにお客も多そうだ。いつも行く銭湯よりも料金はちょっとお高めではあるが、たまにはこのくらい贅沢するか。

 入り口で金を払い、中に入る。ほとんどが家族連れだな。あとはおっちゃんやおばちゃんばかり。オレみたいな年齢の男はあまりいない。まぁ、いい齢した男が一人寂しく正月からスーパー銭湯というのも寂しいの確かだが。

 まずは一年の垢を落とすか。何気なく空いている洗い場に腰を下ろすと、隣に良い身体つきをした中年の男性が座っていた。そういえば中学生時代、身体を鍛えることに燃えていた時期があったなぁ。あの頃は格闘技にはまって、その真似事をしていたものだ。今ではビール腹の中年にさしかかってきた。が、あの頃鍛えていたこともあって、胸板はまだまだそれなりに厚い。

 さっと体を洗い、オレは早速サウナへと向かった。オレが移動するのとほぼ同時に、隣の身体つきのいい男性も同じくサウナへと移動をしてきた。そしてサウナの中ではオレの隣に位置する。

 ここでふと思った。よし、この中年男性と勝負だ。どっちが先に音を上げてサウナを出ていくのか、競争をしてみるとするか。

 なんとなく始めた、隣の中年の男性とのサウナ勝負。もちろん、オレが勝手にやっていること。けれど、あえてこの勝負に自分の今年の運勢を懸けてみることにした。

 思えば去年は本当についていなかった。仕事がブラック企業なのはともかくとして、それ以上に辛かったのはせっかくのオレの成績を上司に横取りされたことだ。ずっと攻めていたお客さんに対して、最後の詰めのところでオレがうっかり口を滑らせてしまい、上司が先に契約書を持っていき、結果的に上司の成績になってしまった。

 せめてプライベートを楽しくしようと思って、友達とナンパをしにいっても結果はさんざん。ようやく出会った女の子も、クリスマスディナーとプレゼントに散財してお終い。まだ厄年でもないのに、こんなに不幸に見舞われるなんて。

 だから、今年はなんとしてでもいい年にしなければ。その手始めとして、このサウナ勝負に勝ってやる。勝てばいい一年になるはずだ。その願掛けも込めて、オレは勝手な真剣勝負を挑んだ。

 サウナ室の時計が一周りした。ということは12分経過。普通ならここで出るところだが、隣の男性は表情を変えずに微動だにしない。オレはすでに汗びっしょりで苦しい表情。

「くそっ、もうダメだ…でも、負けたくない…」

 苦悩の表情で悶絶するオレ。隣の男性はまだじっと耐えている。ちくしょう、負けてたまるか。

 すると、隣の男性がオレの方を向いてニヤリと笑った。

「君、よく耐えてるね。なかなかやるじゃないか」

 その笑顔にはまだ余裕を感じられる。ダメだ、これはどう考えてもオレの負けだ。

「あーっ、ちくしょう、もう我慢できない!」

 オレは諦めて先にサウナを出て、すぐに水風呂に入る。ふぅ、気持ちいい。

 すると、あの男性がゆっくりとサウナを出てきて、水風呂に使っているオレの横に入ってきた。

「ハハハ、君が私と勝負しているのはわかってたよ。だから私も今回はちょっと頑張ってみたんだが。でもすごいじゃないか。あと一分くらい粘られてたら、私のほうが先にギブアップしていたかな」

「そ、そうなんですか。ちくしょう、あと少し粘ってたらよかった。はぁ、これでオレの今年の運勢もダメだなぁ」

「どうした、何かあったのかい?」

「えぇ、まぁ…」

「せっかくこうして勝負をしあった仲だ。これもなにかの縁だし、よかったら話してみないか。そうだな、あっちの露天風呂にでも移動しようか」

 そう言って男性は露天風呂へと移動した。

 今度は温かい、ちょうどいい温度のお湯でぬくもりながらさっきの会話を続ける。

「で、何があったんだい?」

 この男性に誘導されるがままに、自分の今のついていない状況を淡々と語り始めた。オレがいかについていない人生を歩んでいるのか、語れば語るほど惨めに感じてしまう。

「なるほど、そういうことか。よし、だったらこのあと私の店に来ないか?」

「お店、ですか?」

「私は喫茶店をやっているんだ。基本的にはほとんど休み無しでやっているんだけど、正月の三が日だけはお休みさせてもらっているんだ。でも、今の話を聞いてぜひ飲んでもらいたいコーヒーがあってね」

「飲んでもらいたいコーヒー?どうしてコーヒーなんですか?」

「実はね、このコーヒーには魔法がかかっているんだよ。これを飲むことで、きっと君がこれから進むべき道が見えてくるよ」

「魔法のコーヒー?」

 なんだかうさんくさい話になってきたな。これは断ったほうがいいかもしれない。けれど、ちょっと興味もある。どうしよう。

「ハハハ、きっと怪しい話だと思っているだろう。そうだな、せっかくこうやってサウナで勝負をしあった仲だ。お年玉としてコーヒー代はサービスするよ。どうかな?」

 コーヒー代をサービスしてくれるというのだから、行かない手はない。それに正月だからといって特にやることもないし。

「じゃぁ、ぜひ飲ませてください」

「うん、じゃぁそろそろ出るとするか。ここから歩いて行けるところだから。あ、もしかしたら車で来ているのかな?」

「いえ、オンボロ自転車ですから」

「だったら一緒に歩いていこう」

 ということで、この男性と一緒に行動をすることになった。

 外に出ると、思ったよりも暖かい。もちろん、温泉で身体が温まったというのもあるのだろうが。こんなに穏やかな正月って久しぶりじゃないかな。

「ところで、正月は実家に帰ったりはしないのかな?」

「そうですね、実家にはここ数年帰ってませんね。お金が無いっていうのもあるんですけど、さっきも言ったとおりうちはブラック企業なもので。年末も三十日まで仕事で、仕事始めは三日からなんですよ。だから三日間しか正月休みがなくて」

「なるほど、まとまった連休がとれないのか。そういう意味ではうちの喫茶店もブラック企業だなぁ」

「他に従業員さんとかいないんですか?」

「妻と一緒に働いているんだよ。妻には時々休みを与えているけれど。私はほとんど無休でやってるよ」

 この人、よほど仕事が好きなんだな。それにしても、スーパー銭湯のときから思っていたんだが、いつもにこにこしているよなぁ。とても好感が持てる人だ。だからオレも、ついついこの人の誘いに乗っちゃったんだよな。

「ついたよ、ここだ」

 到着したのは、街なかにある通り。この通りは道幅は狭いけれど、両側にいろんな店が並ぶ。何度か来たことはあるが、正月は閉めているところも多くて今日は人通りも少ない。そして、この人が指さしたのはその通りの中ほどに位置する小さなビルの二階である。

 階段を登り、店の鍵を開けて扉を開く。すると、心地よいカウベルの音が鳴り響く。

「カウンターにどうぞ」

 お店の作りはシンプルだ。白と茶色でまとめられたスッキリとした内装。カウンターと丸テーブル、そして窓側に半円型のテーブル。十人も入れば満席になるという小さなお店。でも、狭さは感じない。なんだか隠れ家的な存在で、ちょっとワクワクするな。

「ステキなお店ですね」

「ありがとう。妻と二人でやっているから、このくらいがちょうどよくてね。じゃぁ、コーヒーを淹れるから少し待っててくれるかな」

 そう言うと、今までの顔とは違った表情でコーヒーを淹れ始める。

 マスターがコーヒーを淹れている間、あらためてお店の中を見回す。とてもシンプルな内装だが、なんとなく落ち着く。カウンターの端には二色のボトルがたくさん並んでいる。これ、どこかで見たことがある。確かオーラソーマとかいうやつじゃなかったかな。何気なくその中の一つを手にとってみる。

「その色が気になりましたか?」

「えっ、あ、気になったってわけじゃないんですけど。なんとなく」

「そのなんとなくっていうのが大切らしいです。あ、これは妻の受け売りですけどね」

「このボトルは奥さんのものなんですか?」

「えぇ、妻はカラーセラピーもやっていて、お店が終わったあとに予約制で相談を受けているんです。私はそれを傍から見ているだけですけどね。あとで妻に、そのボトルの意味を聞いておきますよ」

 ニコリと笑ってそう言う。何気なく手にしたボトルに意味があるのか。改めてそのボトルを眺めてみる。上が淡いピンク、下が淡い水色のボトル。これにどんな意味が含まれているんだろう。

「はい、おまたせしました。シェリー・ブレンドです。飲んだらぜひ味の感想を聞かせてくださいね」

 いよいよ魔法のコーヒーの登場だ。一体どんな味がするのだろうか。

 カップを手に取ると、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。コーヒーは素人だけれど、そんなオレにもこのコーヒーが今までのものとは違うというのがわかる。これは期待できそうだ。

 熱いのは苦手なので、すするように口に流し込む。うん、苦味と酸味、そしてその奥にある甘みが口の中に広がる。いい感じだ。ここでなぜだか、ニコリと笑いたくなった。これは心の安心がそうさせたのかな。すごく穏やかな気持ちになる。

 思えば、こんなにゆっくりと安心した気持ちになれたのはいつ以来だろう。ずっと仕事、仕事で忙しく動き回り、ニコリと笑うことすら忘れていた。そうか、せっかくできた彼女の前でも、こんな笑顔にはなっていなかった気がするな。いつも彼女に気を使い、どうすれば相手の気を引き止めることができるだろうか。そのことばかりを考えていた気がする。

 今年一年が、こんなふうにゆったりと笑顔で過ごすことができればなぁ。頭の中はそんな思いでいっぱいになった。

「お味はいかがでしたか?」

 その言葉でハッと我に返った。そうだ、今は喫茶店にいるんだっだ。

「あ、えぇ、とてもおいしくいただきました。なんだか飲んだらニコリと笑いたくなってきて。不思議ですね」

「ということは、今欲しがっているのはニコリと笑えるような余裕、そうじゃないかな?」

「えっ、ど、どうしてそれがわかるんですか?」

「これがシェリー・ブレンドの魔法なんです。このコーヒー、シェリー・ブレンドは飲んだ人が今欲しいと思っている味がするんだよ。中には欲しいと思っているものの映像が頭に浮かぶ人もいますよ」

 そう言われると、今まさにその状況に陥っていた。このコーヒーを飲んでニコリと笑いたくなって、そうしてから自分が理想とする時間の過ごし方、ゆったりと笑顔で過ごす自分をイメージしていた。

「なるほど、これは確かに魔法だ。すごいコーヒーだなぁ」

「でも、問題はここからだね。ニコリと笑える余裕がほしいということは、今はその逆の状況だってこと。今勤めているところはブラック企業だって言ってたよね」

「そうなんですよ。そのせいで普段から心に余裕がなくて。でも、今の会社を辞めるほどの勇気もないし。どうすればニコリと笑う余裕のある暮らしができるでしょうかねぇ」

「その答えもシェリー・ブレンドに聞いてみるといいよ」

「えっ、そういったことの答えも見せてくれるんですか?」

 男性は黙って首を縦に振った。これは期待できる。

 オレは期待を込めて、さっきよりも少し冷めたコーヒーを口に含んだ。今度はどんな味がするのだろう。

 飲んですぐに気づいたこと。それはさっきと同じように、またニコリと笑いたくなった。けれど、微妙にさっきと違う。それは何なのだろう?

 さっきは笑う余裕がほしいという気持ちが強かった。今度は笑うことで余裕が生まれる。そんな気持ちを強く感じた。その微妙な違い。けれど、この違いはオレにとってはすごく大きなものである。

 けれど、本当に笑うだけで余裕なんてできるのだろうか?

「今度はいかがでしたか?」

 男性の声で再び我に返った。

「さっきと味が微妙に違うんですよ。さっきは飲んだら笑顔になれた。そこから笑う余裕が欲しいというのがオレの願望だってことがわかりました。じゃぁ、余裕を生むためにはどうするればいいのかということに対しては、笑えばいいという答え。笑うことで余裕ができるっていうのが、今感じたことなんです。さっき求めていたものが答えで、今度はその答えが最初の求めていたものになって。頭がぐるぐるしてきた」

「ははは、なるほど、そういう答えでしたか」

「笑いことじゃないですよ。ホントに笑うだけで余裕なんてできるんですか?」

「笑う門には福来たる、だね」

「えっ、それってホントなんですか?そうはいっても、なかなか笑えないってのが現状なんですけど」

「じゃぁ、ある人の話をしよう。笑いを取り入れただけで人生が変わったという人の話だ」

 どんな話だろう。オレは身体を男性の方に傾けて、どんな話なのか興味深く聴くことにした。

「この人はかつて、学校の先生だったんだ。結婚もして幸せな生活を送っていたし、スポーツや趣味など自分のやりたいことをやって生きてきた。それなりに充実した人生を送っていたんだ」

「なんだ、最初から笑える人生を送っているじゃないですか」

「いや、それが大きな転機を迎えてしまったんだ。もちろん、悪い方にね」

「何が起きたんですか?」

 ここからが本題とばかりに、男性は腕まくりをしてニヤリと笑った。

「突然、病気になったんだよ。病名はガン。今では当たり前の病気になってきたけれど、その当時はまだガンといえば死に至る病気という認識が高いときだったからね」

 ガン、確かに今では二人に一人がかかるという病気らしい。けれど、オレもガンなんて言われたら、正直びびってしまうだろう。きっと生きた心地がしないはずだ。

「どんなガンだったんですか?」

「彼の場合は胃ガン。好きなように生きてきたつもりだったけれど、実はストレスを貯めていたんだ」

「ストレスって、どんな?」

「実はね、家庭のことで問題があって。子どもの教育方針で奥さんといつもぶつかり合っていてね。彼の方針は、自由にのびのびとさせていたい。けれど奥さんは教育熱心なのか、早期教育に関心があって、生まれてすぐのときからいろんな教材を子どもに与えるような、そんな育て方をしていたんだ」

「うわぁ、それは大変ですね。で、どうなったんですか?」

「その教育方針の価値観の違いから、彼の気持ちは徐々に奥さんから離れていって。そしてつい、お決まりのパターンにはまっちゃったんだよ」

「お決まりのパターンって?えっ、なんなんですか?」

「まぁ、男ならありがちなことだよ」

 男ならありがちなこと。あ、そういうことか。つまり他の女性に走っちゃったってことだな。

「当然ながら、そっちのことでもストレスを抱えてしまって。それが胃にきちゃってたんだね。まぁ、早期発見ができたおかげで、大事には至らなかったけれど、それから彼は相当落ち込んじゃってね」

「はぁ、それは大変なことでしたね」

 なんとなく身につまされる思いだ。

「オレも今、仕事でストレス抱えているし、彼女にフラレて胃が痛い思いをしています。一度病院に行ったほうがいいですかね?」

「ははは、まぁホントに痛みが続くようであれば行ったほうがいいだろうけど。でも、今から話す彼の経験を元にすれば、病院に行かなくてもいいかもしれないよ」

「あ、なるほど。で、その彼はそれからどうしたんですか?」

「胃ガンの方は手術でなんとか治ったけれど。家庭の方はそうはいかなくてね。残念ながら退院したときには家の中はガランとしていて。テーブルに緑の紙が置いてあったんだよ。奥さんのサイン入りでね」

「つまり、離婚ってことですか?」

「あぁ、残念ながら。これでも相当落ち込んでしまってね。一時期は自殺まで考えたそうだ。彼の人生はどん底に落ち込んでしまってね」

「でも、ここから逆転するんでしょ。どうやって?」

「まぁ慌てないで。そんなとき、友人からとある人の講演会に誘われたんだ。がんを克服した人の話でね」

「がんを克服って、どうやって?」

「講演者のガンは彼のものよりももっとひどくてね。医者からは、余命宣告まで受けていたんだよ。それがとある方法で克服できたって話でね」

 その方法を早く知りたい。

「どうやってガンを克服したのですか?もったいぶらないで早く教えてくださいよ」

「それがこれなんだよ」

 これってどれだ?男性はカウンターの前に立って、ただにこやかに笑っているだけ。これというのが何のことなのか、さっぱりわからない。

「だからぁ、ちゃんと教えてくださいよ」

「ははは、まだわからないかな?」

 まだわからないかなって、さっきと変わらずただ笑らって立っているだけじゃないか。ん、ただ笑って立っているだけ?

「えっ、ガンを克服した秘訣って、もしかしたら笑うってことですか?」

「そう、そのとおり、正解!」

 男性の笑顔はさらに強くなった。このことを満面の笑みというのだろう。

「講演会では、ガンを克服した男性はとにかく笑うことを意識したってことを伝えたんだ。実際に、笑うことで免疫力が高まるという研究結果も出ているしね。さらにガンを克服しただけでなく、幸せな結婚までできたということだ。これを聞いたことで、胃がんになって離婚をしてしまった彼は、自分の今までのことを振り返ってみたんだ。そうしたら、全然笑っていなかったことに気づいたんだよ」

 そう言われたらオレも全然笑っていない。笑える心境じゃなかったからな。

「でも、笑うと言っても状況的に笑えないところに陥っていたら、どうすればいいんですか?」

「実はね、考え方が逆だったんだよ。笑えない状況だから笑えない、笑える状況だから笑える。そうじゃないんだ」

「逆って、どういうことなんですか?」

「笑わないから笑えない状況に陥ってしまう。反対に、笑うと笑える状況になる。これもがんを克服した人の講演で得たことなんだ」

「えぇっ、そんなバカな。笑えば笑える状況になるだなんて。たったそれだけのことだったら、みんな笑って過ごしていますよ」

「じゃぁ質問していいかな?」

「はい、なんでしょうか?」

「今まで、意図的に笑ったことってあるかな?」

「意図的に、ですか?うぅん、そう言われると、わざわざ笑うなんてことしてこなかったなぁ」

「だろう。まぁ騙されたと思って笑ってみるといいよ。その生き証人がいるんだから」

「生き証人って、例の彼のことですか?彼はその後どうなったんですか?」

「笑うことを意図的にやりだしたんだよ。そうしたら奇跡がどんどん起こりだしたんだ」

「奇跡って、どんなことなんですか?」

「まず、胃ガンの方だけれど、これは見事に完治したんだ。そのおかげでおまけもついてきた」

「おまけってなんなんですか?」

「もともと体を鍛えることが趣味だった彼は、さらに体を意識するようになってね。もっと自分を鍛えようと、空手の道場に通うようになったんだ。そこでみるみる上達して、ちょっとした大会で優勝するほどにまで腕前が上がったんだよ」

「それはすごいですね」

「それだけじゃない。離婚はしてしまったけれど、先生の仕事は普通にこなさないといけない。最初は落ち込んでいたけれど、笑うことを意識したおかげで生徒から人気が出てきてね。授業中にも、笑うことを意識することの大切さを伝えるようになったんだよ」

「へぇ、それはすごいですね。でも、そんなことしてたら親とかからクレームが出てこないですか?ちゃんと授業してくださいって」

「まぁ、教えていたのが高校だったから、それについてクレームを出すような親もいなかったし。でね、さらにおもしろいことが起きちゃったんだ」

「えっ、どんなことですか?」

「実はね、笑うことを推奨していたら、そこに惹かれてしまった女子生徒がいてね。まぁ、最初は面白い先生だってことで、よく話すようになった程度なんだけど。その生徒が卒業してからも付き合いが続いてね。その結果が…」

カラン・コロン・カラン

 そのとき、お店の扉が勢いよく開いた。

「ごめん、思ったより遅くなっちゃった。あー、お客さんが来てたんだ。あけましておめでとうございます」

 そう言って飛び込んできたのは、髪が長くて若い綺麗な女性。

「あ、あけましておめでとうございます」

 思わず返事をしてしまった。この人は一体だれ?

「紹介しますね。うちの妻のマイです」

「えぇっ、お、奥さん!?」

 これにはびっくりした。男性はどう見ても四十代。奥さんは間違いなくオレより若い。

「ははは、驚かせちゃったかな。見ての通り、年の差婚なんだよ」

「ということは、こちらの奥さんがカラーセラピーを?」

「はい、お店が終わったあとに、予約制で一日一人だけセラピーをさせていただいています。何かお悩みとかあれば、ぜひどうぞ」

 男性に負けないくらいの笑顔でそう答える奥さん。それにしても綺麗な人だなぁ。

「さて、お話の続きをしましょう」

 そうだった、例の人が生徒と卒業しても付き合いが続いて、それからどうなったんだろう。こっちも興味があるんだった。

「その結果がね、見てのとおりなんです」

「見ての通りって?」

 男性の言っている意味がいまいちわからない。どういうことだ?

「正月早々、何の話をしていたの?」

 奥さんがにこやかな笑顔で話しかけてきた。

「笑うことで人生が変わるって話だよ」

「あー、あの話か。マスター、昔よくそのことを私達に話してくれてたよね−」

 昔よく私達に話をしてくれた?あ、そうか!

「ひょっとしてさっきの話って、あなた自信のことなんですか?」

「ははは、実はそうなんです」

「ってことは、こちらの綺麗な奥さんって、あなたの教え子。つまり、あなたは昔教師をやっていて、そのときに胃がんになっていたってことなんですか?」

「はい、そうなんです。それを笑うことで克服して今に至ります。おかげさまで、私が夢に描いていた喫茶店のマスターになることもできたし。いろんなことが叶うようになりました」

 信じられない。でも、目の前にその生き証人がいるわけだから。これは現実なのだ。

「じゃ、じゃぁ、オレも笑うことでこんなにステキな奥さんをゲットできちゃうかもしれないってことですか?」

「やだぁ、さっきから私のことそんなに言っちゃって」

バシッ

 奥さんが照れながらオレの背中を叩いた。ちょっとおちゃめなところもあるみたい。こんなステキな奥さんをもらえて、とてもうらやましい。オレもそうなりたい。

「笑うだけで、ホントにあなたのような人生が送れるのですか?」

「はい、もちろんですよ。笑うだけでいいんですから、まずは試してみてください。お金も時間もかかりませんからね」

 ホントかなと思いつつも、笑うだけでいいんだったらやって見る価値はある。早速笑ってみた。

「おっ、いいじゃないですか。サウナで勝負していたときには、すごくきつい顔をしていましたよ。私がサウナ勝負に勝った秘訣も、笑顔でしたからね」

「サウナ勝負って?」

 奥さんがそう尋ねる。

「実はご主人とは、駅近くのスーパー銭湯で知り合ったんです。今までオレはついていない人生だったから、今年を占う意味で勝手にご主人とサウナ勝負してたんです。どっちのほうが長くいられるかって。そしたらオレのほうが負けちゃって」

「ハハハ、マスターは時間ができるとサウナに行っちゃうからなぁ。慣れもあったんだと思うけど。でも、確かにマスターはきついとか辛いとか感じるときほど、笑顔を意識しちゃうよね」

「うん、そうなんだ。そうするだけで今の状況が辛いと感じなくなっちゃうんですよ。これもぜひ試してみるといいよ」

 辛い時ほど笑顔を意識する、か。これも早速意識してみるとするか。

「そういえば、さっきなにげにボトルを手にしたよね。どのボトルだったかな?」

 男性にそう言われて、さっき選んだボトルをあらためて手にした。上が淡いピンク、下が淡い水色のボトルである。

「このボトルです」

「マイ、これでリーディングできるかな?」

「はーい。このボトルですね。まず、このボトルをあらためて手にしてみて、今どんな感じがしますか?」

「そうですね…」

 あらためて色をまじまじと眺める。すると、なんとなく心が落ち着いてくる。穏やかな気持ちになる、といったほうがいいか。波風立てずに、ゆったりと過ごす。すると自然と笑顔にもなれる。

 あ、最初にシェリー・ブレンドを飲んだときのあの笑顔。あのときの感情に似ているな。このことを素直に言葉にしてみた。

「なるほど。穏やかな気持ちになって自然な笑顔になれる、ですね。まさにこのボトルが意味していることと同じことを感じていますよ」

「ボトルが意味すること?」

「はい。美しいものを美しいと感じ、素直に受け止める。ものごとをシンプルに受け止め、穏やかな気持ちにさせることができる。あなたにはその素質が備わっているんです。そんな自分に自信を持って、周りと接してみてください」

 ものごとをシンプルに受け止め、穏やかな気持にさせることができる、か。そう言われれば、オレは周りから「単純なやつだ」と言われることが多い。なんでも素直に受け止めてしまい、おかげで騙されることもある。騙されると言っても、ちょっとしたドッキリみたいなものだから、周りを笑わせることになる。

 あ、そうか。ここでオレが怒ったり悔やんだりすると、周りは笑ってくれない。ドッキリにひっかかったとしても、そこでオレが笑っていれば、周りも笑ってくれる。お笑い芸人ほどではないが、そういった役回りとして立ち居振る舞えば、周りを穏やかな気持にさせることもできるのか。

 あらためて、笑うってすごい力があるんだなって感じた。まずは自分が笑っていること、これが大事なんだな。

「ありがとうございます。なんだか気持ちがスッキリしました」

「それはよかった。じゃぁ、今年はどんな一年にしていこうと思ったかな?」

「はい、まずは自分から笑っていく。そして福をつかむ。まさに、笑う門には福来たるの一年にしていきます」

「おっ、いいねぇ。何かいいことがあったらぜひお店に報告に来てよ。お正月以外は基本的にお店は開けてるから。楽しみに待ってるよ」

「はい、ありがとうございます」

 正月早々、この男性に巡り合って幸せなスタートを切ることができた。なんだか楽しい、ワクワクする一年になりそうだ。

 喫茶店からの帰り道、自転車をこぐ足取りも軽く、自然と笑顔も出てきた。よし、今夜は少しふんぱつするか。おせちとはいかなくても、せめていいものを食べてみよう。

 ということで、早速スーパーに寄ることにした。正月なのに、それなりにお客さんもいる。もちろん、当たり前に店員さんもいる。正月早々からこうやって働いてくれる人がいるおかげで、オレはちょっと豪華な晩御飯にありつけることができる。それを考えたら、正月休みがほんのわずかしかないなんて、泣き言を言っている場合じゃないな。

「えっと、何を食べようか…」

 刺し身、ステーキ、それともお惣菜にするか。迷っている時に、ふと実家の正月を思い出した。うちの実家ではお正月の夜にはお寿司を食べてたな。よし、久々にお寿司にするか。ということで、お寿司のコーナーへと足を運ぶ。

 このときに、また実家での正月のことを考えた。あの頃は当たり前に、ウニやイクラを口にしていたな。今考えたら、あんな高級なネタをよく子どもに食わせていたものだな。

 お寿司コーナーに行くと、お正月のせいかあまりたくさんの数は並んでいない。残りわずかだ。どうせなら高い寿司を、と思って見ていると、一番高い寿司パックは一つしか残っていない。これをゲットしようとしたとき、まさかの出来事が起きた。

 オレと同時にその寿司パックに、もう一つの手が伸びた。

「あっ!」

 同時に叫ぶ声。見ると、若い女性がその寿司パックを取ろうとしていた。その女性、さっきの喫茶店の奥さん並にキレイな人だ。

「ど、どうぞ」

 思わず相手に譲ってしまった。が、その女性が意外な言葉を発した。

「いえ、そちらこそどうぞ」

 ここはどうするべきか。せっかくだからありがたくオレのものにするか。いやいや、やはり女性を優先すべきだろう。

「せっかくのお正月ですから、いいお寿司が食べたいですよね。どうぞ遠慮なく」

 そう言ってみたところ、さらに女性がこんなことを言ってきた。

「そちらこそ同じですよ。美味しいお寿司が食べたいのではないですか?」

「えぇ、まぁ」

 ついそう言ってしまった。やばい、これでは譲ったことにならない。あわててこう言い返す。

「でも、一人でこんなの食べたってつまらないですから。どうぞ、どうぞ。オレはこっちでいいです」

 ニコリと笑って、女性にお寿司を差し出した。すると、さらに思いもしなかった返事が返ってきた。

「あなたもお正月からお一人なんですね。じゃぁ、お寿司を一緒に食べに行きませんか?」

「えっ!?」

「そこの回転寿司なんですけど。一人で食べに行くのは寂しいって思って、仕方なくスーパーのお寿司にしようかと思って。でも、二人ならちょっとは楽しいかなって」

 こ、これって逆ナン?そう思いながらも、こんなうれしい展開はない。

「は、はいっ!」

 思わず声が裏返ってしまった。それを聞いて、女性はクスクス笑い出した。オレもつられて笑い出す。なんだか場が一気に和やかになった。

 で、二人してすぐ近くの回転寿司へと足を運んだ。正月早々というのに、それなりにお客さんも多い。幸いなことに、カウンター席ならすぐに入れるということで、二人で並んでお寿司を食べることになった。これもうれしいことだ。

「お寿司誘っていただき、ありがとうございます。オレも一人の正月は寂しいって思ってたんです」

「私もなの。あ、あなた彼女はいないの?」

「残念ながらクリスマス過ぎたらフラレてしまいました。どうやらただの金づるだったみたいで」

「えぇっ、そんなひどいことを」

「失礼ですけど、あなたのような方もどうしてお一人なんですか?」

 思わず聞いてしまった。どう見てもキレイだし、モテそうな気がするのだが。

「私の場合、職場が女性ばかりで。しかもほとんどが年上で結婚している人なんです。だから出会いの場がなくて。それに、土日が休みってわけでもないから、飲みに誘われっても行けないから」

「どんなお仕事をされているんですか?」

「えっと…実は看護師をしています。小さな病院だから、人手も足りなくて。今日はお休みだけど、明日の夜勤から入らないといけないんです」

「正月早々、大変ですね。オレもブラック企業で営業っとして働いているけど、幸い三日までは休みなんです。あなたのほうがオレよりもよっぽど大変だ」

「お互い、仕事が大変ですね」

 お寿司をつまみながら、そんな会話を続ける。ここでふと、一つの疑問が湧いた。

「ところで、どうして見ず知らずのオレなんかを食事に誘ってくれたんですか?」

「あ、えっとですね、うぅん、言わなきゃダメ?」

 そのときの仕草がとてもかわいらしい。思わず抱きしめたくなるほどだった。

「なんかすごく気になるから。オレなんてカッコいいわけでもないし。なんでかなって思って」

「えっとですね、実はあなたの笑顔、それがとても素敵に思えて。きゃっ、はずかしいっ」

 オレの笑顔。彼女にとってそんなに魅力的に見えたのか。これは意外だった。

「あ、ありがとう。なんだか照れくさいけど。でも、とてもうれしいです」

「私ね、看護師って仕事をしていて、患者さんの前ではいつも笑顔でいなきゃって思っているんです。笑顔で対応すれば、相手も笑顔になってくれる。でもね、いつも私から笑顔を与えてばかりで、先に相手から笑顔を私に返してくれる人ってなかなかいないんです。だから…」

「だから?」

「だから、さっきスーパーであなたの笑顔にふれたとき、すごく心がキュンってなっちゃったんです。あー、もう、私、なに言ってんだろっ」

 そんな仕草がとてもかわいらしくて、さらにオレは笑顔になれた。お互いに笑顔を与えあえる、そんな関係になれるような気がしてきた。

「あ、あの…お、オレもあなたのそんなところがとても素敵に感じます。オレも今日、ある人から笑顔は福を呼ぶってことを教わったんです。だから、実は笑顔を意識したのは今日が初日だったんです。その初日にこんなに素敵な方と出会えただなんて。やっぱり笑顔は福を呼ぶんですね」

 まさか、笑顔がこんなに福を呼ぶだなんて。今までのオレはなんだったのだろうかと思うくらい、人生が好転してきた。こうしてオレは新しく彼女を得ることができた。

 笑顔の効果はこれだけでは終わらなかった。仕事が始まってから、笑顔を心がけるようになった途端、営業がうまくいきはじめたのだ。

 まずは年始の挨拶ということで、得意先周りを始めたのだが。ここで意外な言葉を立て続けにかけられた。

「いやぁ、君はとてもいい顔をしているね」

 中には、福を呼ぶ顔だなんて言ってくれるところもある。そのおかげか、その場で三件ほどの受注をもらうこともできた。いままで必死になって、頭を下げて、時には嫌味を言われながらしかもらえなかった受注が、いとも簡単に成立したのだ。

 今までの営業ってなんだったんだろう。不思議でならない。そして、営業という仕事がおもしろくなってきた。

 おもしろくなると、表情はさらに笑顔になれる。おかげで新年早々、わずか一週間ほどで十件の受注。これは今までオレが一ヶ月回っても獲得できなかった件数である。

 こうして笑顔の生活が始まって、オレの周りにいろんな奇跡が起こってきた。これも、元旦早々に出会った男性のおかげだ。

 そうだ、彼女をあの喫茶店、カフェ・シェリーに連れて行こう。そしてあの男性や奥さんの話を聞いて、もっと仲を深めてみよう。

 思い立ったが吉日、オレは早速彼女に連絡を取り、次の休みでタイミングが合うときを聞いた。するとありがたいことに、次の土曜日が夜勤明けで休みになるとのこと。土曜日だったら午前中仕事をすれば午後は休めるな。

「ちょっと連れていきたいお店があるんだ。きっと気にいると思うよ」

「そうなんだ。楽しみにしてるね」

 こんなやりとりをして、いよいよ土曜日を迎えた。

「オレはこのお店のマスターに正月早々出会ったおかげで、君に出会うことができたんだよ」

「どんな人だろう?楽しみだな」

カラン・コロン・カラン

 扉を開く。すると前回と違って、今回はコーヒーの香りが体を包み込んでくれた。喫茶店に来たんだって感じがする。

「いらっしゃいませ。あ、この前の」

 先に気づいたのは奥さんの方。そしてあの男性がいるカウンターの方を向いたとき、これまた思わぬ言葉が彼女から飛び出した。

「あーっ、先生!」

 先生?どういうことだ?

「おー、ミキじゃないか。あれっ、二人は知り合いなの?」

 男性も彼女を知っているようだ。

「ねぇ、どういうこと?」

「まさか、あなたが先生の知り合いだなんてびっくりだわ」

「えっ、じゃぁ、君はこの人の教え子だったってこと?」

「うん、笑顔の話を私に教えてくれたのが先生なの。だからそれ以来、色んな人を笑顔にさせたくて看護師になったの」

 これまた驚いた。じゃぁ、ここのマスターはオレと彼女のキューピット役をしていたってことか。

「いやぁ、ミキと君が知り合いだったとはホントに驚いたよ」

「こちらこそびっくりです。実は彼女とは元旦にここに来たすぐ後に知り合ったんです」

 そこから元旦の日に何があったのかを説明した。このときの笑顔の効果にはここのマスターも奥さんもびっくりしたようだ。

「笑顔って本当に福を呼ぶんですね」

「あぁ、そのとおりだ。だから私は常に笑顔でいたいと思っているし、お客さんに笑顔になってもらいたいと思っている。その一心でコーヒーを淹れ続けているんだよ」

 その言葉には納得できるものがある。シェリー・ブレンドは人々を笑顔にさせてくれる。そのために魔法がかかっているんだな。

「さぁて、今日はどんな味がするのか、楽しみですよ」

 笑顔がオレにとっての一番の魔法。今日も明日も、みんなが笑顔になれるようにオレも笑っていこう。


<笑う門には福来たる 完>

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