【3ー④】四神の神子とオマケ神子
【3ー④】
そんな白虎王をピシャリと一喝する怒りの表情の黒姫からは異様な殺気ともいえる圧が王様に向かって放たれていて、周囲は静かに固唾を飲んでいる。事情は分からないけれど、どうやら黒姫と王様の間には子供が出来ないので可能性のある男と子供を作れと言っているらしい。
ーーな、なんて酷い! そんな事を夫から言われて怒らない妻はいないだろ! この王様、馬鹿か!?
そう思うと同性としてこの王様にだんだん腹が立ってきて、私の嘔吐物で汚れた白虎王のマントをポイっと捨てさると、王様に向かって睨みつつも黒姫の手を両手の平で包み込むようにギュッと握る。
「………黒姫、そこもっと怒っていいと思う。そんでもって、そこの王様! 今のそれってすごく酷いんじゃない? それとも女を馬鹿にしてる? いくら自分との子供が出来ないからって、代わりに他の男と子供作れって正気で言ってんの? だったらあんた最低な夫だね。いくら子供が欲しいっていったって、黒姫はあんたの子供だからこそ欲しいんであって、誰でもいいわけじゃないんだよ。そもそも誰でもいいのなら結婚する意味がないわ!
たとえ超金持ちだろうがイケメンだろうが、私ならそんな夫、すぐさま捨ててやるわ! 黒姫だってこんなに美人で若いんだから、まだまだ人生やり直せるよ! この際、こんなわからんちんの夫なんかさっさと見切りつけてさ、自分の人生謳歌しなよ。それにこんな美人、周りの男が放って置かないから大丈夫だって! 私は同じ同性として黒姫を応援するからね、頑張って!」
私は黒姫の手を握りながら片手で彼女の肩をバンバンと叩くと、黒姫は呆気に取られたまま私の手を逃れて後方に下がる。
「ちょ、ちょっと痛いから。力入れすぎ。ええっと、一応、応援ありがとう? だけど私、こう見えてもかなり年上で人生謳歌するほど若くもないし、それに今でも十分幸せだから心配しなくても大丈夫よ?」
そんな黒姫に私は片手を腰に当て、一方の片手で人さし指をチッチッと振る。
「ほらほら、それがいけないの。そうやって男を甘やかすから相手は益々つけ上がんのよ。そもそも王様の奥さんって黒姫だけじゃないんでしょ? ここにいるイケメン達もその複数の妻達の子供なのよね? まあ、王様に沢山の妻がいても仕方ないのかもしれないけどさ、そうやって自分は他でバンバン子供作っといて黒姫に対しては別の男を勧めるって超酷くない?
黒姫も惚れた弱味からなのかもしれないけど、男は見極めなきゃ。勿論、裕福な生活力は妻にとって安泰ではあるけれど、本当の女の幸せを考えるなら夫に求めるのは収入も大事だけど、なにより妻を大切にする誠実心だと思う」
そんな私の力説に黒姫がフッと笑う。
「クスッ、酔っぱらいのクセして言う事はハッキリ言うわね。まさか私よりも年下のお嬢さんに夫婦のあり方を教えられるとは思わなかったわ」」
すると周囲にいた偉そうなオジさん達が怖い顔でこちらを睨みながら声を荒げて口々に叫ぶ。
「先ほど黙って聞いておれば、なんと無礼な!!」
「しかも我等が偉大なる皇帝陛下、応龍皇ならびに皇妃や皇子達に対する、まこと許しがたい態度や数々の言動! たとえ天の神子とはいえど、もはや聞き捨てならん!!」
「そもそも、この娘は本当に『神子』なのであろうか? 本来『神子』は神が選ぶだけあって、才に秀でた見目麗しい若者が選出されると聞く。だが、この娘は他の四人の神子と見比べても、外見も劣るどころか貧相で品性すらもなく非常に不作法であり、しかもどう見ても年増女だろう?
更に女人でありながら酒に酔った見苦しい状態で神や皇帝陛下の御前に出るなどと、言語道断で常識からもあまりに外れておる。その様な者が『天の神子』とは何かの間違いであろう!!」
「だとすると『妖の王』の刺客? 此度の『天の神子』の召喚の邪魔をするべく仕掛けられた罠だとしたらーーー」
「しかし『妖の王』は天龍達によって先の時代に封印されたと言われておるのだろう? しかも天神応龍は我等が応龍皇と契約しているのだから何も心配要らないのではないか?」
「いや、忘れてはならぬ。本来神は人の世に御自らは極力干渉しない。そしていつ何時『天の国』に還ってしまうかもわからない、我等人の子の常識など全く通用しない大変気紛れな御柱だ。全てを信じて託すには些か危険過ぎる。しかも此度はその『応龍皇』の代替りだからな。何があってもおかしくはない」
「しっ、あまり大きな声で滅多な事を申すな。あの娘をどうこうするどころか、逆に我等が神を冒涜した罪に問われる事にもなりかねん」
ーーなどと、私を詰る声と一緒に『応龍』がどうの『妖の王』がどうのと、なにらや不穏な雰囲気のヒソヒソ声が聞こえてくる。
っていうか、貧相とか不作法な年増女とか初対面の女性に対して好き勝手に言ってくれてるけど、そっちこそいい歳のオッサンのくせに、あんたらの方がよっぽど失礼だろ!! え~え~年増女で悪ぅございましたわねぇ。だけどどんなに若かろうが生き物は毎年必ず歳を取るんだよ! そんな世の理、無視すんな! 現実を見ろ!!」
内心そんな事を大声で叫びつつも、その心の叫びは表に出さずして沈黙あるのみである。だってそんな事を口に出して反論しようものなら、それでなくてもアウェイな状況で自分の分が悪くなるに決まっている。それにいくら夢の中の出来事だとしても、下手をすれば監獄行きとか最悪死刑とかになったら流石に寝覚めも悪い。
すると王様が片手を上げて、そんな臣下の声を制止させる。
「皆の者、そう騒ぎ立てるでない。そこにいる『天の神子』の言う事はもっともであり正しい。我の独りよがりな認識が黒姫を長年苦しめていたのは確かなのだからな。責めを受けこそすれ当然の報いなのだ。そして皆に告いでおくが『天の神子』への不敬は我、応龍皇の名において許さぬ。その者は応龍の声に応えし天が我等に授けた神の御使い。その『神子』に対し仇なす行為は天に背く行為と知れ!」
先ほどの弱々しい声とは思えないほどの君主のハッキリとした口調に、周りにいた臣下一同が口々に「御意」と答えると両腕を前に揃え恭しく頭を垂れる。
「そなた達が心配する気持ちは我も当然理解している。そしてなにより此度の『応龍皇』の交代は、より重要な時代の節目ともなろう。それだけ人々の心が闇に侵され、それを糧にする闇の住人達が着々と世に増えつつある。
しかしそれらを恐れるなかれ! 天の主神、応龍は昔も今も常に人の子の味方であり、同じく天の四神及び我等が天の眷属が存在する限り、人の世の命の光は未来永劫、消え去る事はない! 偉大なる天神、応龍こそが我等が希望であり人の子を救う道標なのだ!
皆よ、今一度よく聞け! 尊き天神を疑うべからず。疑うは己の恐怖心より生まれる弱き心を疑え!」
応龍皇の言葉に臣下達が顔を上げると、皆が一斉に片手の拳を高く天井に伸ばしながら「うおおお!!」と大声で雄叫びをあげるので、あまりにビックリして周囲を見回せば今度は『応龍』コールが沸き起こる。
ーーひえぇぇ、なんだか怖いよ。この人達。しかも急に『応龍』コールとか始めちゃってるし、確かこういうのってコール&レスポンスとかいうんだっけ? う~ん、さすがは王様だけあって群衆心理を掴むのが上手いといいますか、臣下達の不満を逆に払拭するとはね~ だけど各々がヤバいスイッチ入っちゃってる興奮状態で、これどうやって収束するの?
そんな私の心配も杞憂だったらしく、応龍皇は腰掛けていた玉座から立ち上がると、忽ちに周囲に静けさが戻る。
「『天の神子』よ。我が臣下達の非礼をどうか許して欲しい。皆、国の行く末を案じ不安に駆られての言葉ゆえ、出来れば穏便に聞き流してはくれまいか」
この応龍皇の『天の神子』ワードがどうにも聞き慣れないだけに、もしかすると誰か別の人の事を言っているのではないかと辺りをキョロキョロと見回すも、それに該当するのはやはり私のようだ。
「え、えっと、そんなに気にしてないのでいいですよ? 私も他人様の事情も知らずに勝手に口が過ぎました。本当に申し訳ありません」
私もさすがに目上のしかも偉い人に対して、無遠慮に言い過ぎたかもと感じていたところだったので、ここは素直に謝る。よくよく考えてみたら、この王様は良識のある良い人らしいが、これが泣く子も黙る酷い暴君だったら、私は今頃『あの世』行きだったかもしれない。ーーいや、そもそも夢の中で『あの世』なんてあるのだろうか?
そしてどうやら人間、危機感を感じると、どんな状況であっても理性が戻ってくるようだ。ヤバイと感じた瞬間、酔いで回った頭が強引に理性を取り戻した。そんな内心、ビクビクしながら頭を下げていると、応龍皇がフッと笑う。
「フッ、そなたが頭を下げる事はない。謝らねばならないのはこちらの方なのだからな。そなた達を異界より強引に喚び出し、我等の都合を押し付け同然で、そなた達に協力を仰がねばならぬとはいえ、何も分からぬ神子達の困惑や不安は当然の事であろう。しかし我等にも譲れない事情があるのだ。ゆえに『天の神子』よ、この世界を救うべく我等に力を貸して欲しい」
そう言って応龍皇が私に頭を下げると、周囲がざわつき始める。
「応龍皇!!なりません! 天神ならばともかく、皇帝が自ら頭を垂れるなど、あってはならない事です!!」
「なんたる事!! まさか応龍皇があの様な娘にーーー」
なんだか周りの雰囲気から大それた事になりそうな感じがしたので、私も焦って片手をブンブンと横に振る。
「と、とんでもないです。しかも『天の神子』とか、そんな大層なものじゃなくって、その辺にいるごく普通のしがない会社員なので、そんな世界を救う力なんて全くもって全然無いですから! だから私がここにいるのは、きっと何かの間違いです。ええ、絶対に間違いですから! だからそういう事は『神様』にでもお願いして下さい! そして私を今すぐ家に帰して下さいぃぃ! 私には明日から恐ろしいほど山積みの仕事が待っているんですぅぅ!!」
口に出した途端、リアルに仕事の事を思い出し、もはや半分涙目になりながら拝むように両手を合わせて訴えてみるも、背後から黒姫が私の肩をポンと叩く。
「同じ世界の人間として同情はするわ。だけどその『神様』自体が現在窮地に落ちていて人間の力を必要としているのよ。私達の世界とは違って、この世界では神と人間がお互い共存関係で成り立っているの。いわば人間が神を生かし、神が人間を生かす。
だから簡単に言えば、神が生きていく為の食料が人間の心で、人間が生きていく為の環境は神によって生かされているって事。なので人間の心が疲弊し病んでしまったら、当然神も神力を失い自然界にも影響が出る。
そうして自然界のバランスが崩れてゆき、世界に天変地異が起こりはじめる。そして大気は荒れて同時に水や大地が枯渇し生き物が住めない死の世界になる。そして絶望に病んで死んだ死者が『妖』となり魑魅魍魎達の闇の世界にもなりうるのよ。
だからそうならない為に、この世界の人々はわざわざ異界から適合者を召喚して、神の神力の供給源の器となるべく自分達の眷属の人間を育てさせるの」
それを聞いた私はなんだか頭が混乱してきて、軽い目眩さえ覚えた。
「ち、ちょっと待って。なにそれ? もはや意味が分からない。そんな映画や小説みたいな事言われても『中二病』?としか思えないよ。そもそもこの世界は現実じゃないでしょ? あくまで夢の中の世界なのに、なんでこんな大スペクタクルな設定になってんの??
私の頭って大丈夫かな? 仕事があまりに忙し過ぎたせいで、いつのまにか鬱が酷くなってて現実逃避とか、どっかおかしくなってる? それって私ヤバくない? 一度、心療内科にでも掛かった方がいいのかな………」
そんな私の斜め後ろで黒姫が額に手を当てて、呆れたように天を仰いだ。
「ーーはあぁ、これは駄目ね。逆に歳を取っているだけに固定概念が強すぎて、理解どころか全て『夢』で片付けられてしまうみたいね。まあ、こんな事、理解しろっていう方が難しいのだけれど、それでもまだ若い子の方が頭が柔軟で、ある程度理解力があるから説明する側としても助かるわ。
だけどこの彼女はどうしたらいいかしら? いくら説明したところで理解しそうにないし、かえってこっちが疲れてしまうかも。ーー応龍も随分と面倒くさそうな相手を送り込んできてくれたじゃない」
ーーううっ、黒姫、相変わらずキッツいなあ………だけど私だって好き好んでこんな夢見てるわけじゃないのに。ああっ、もう! 私、この手の映画やドラマは見ない事にする。こんな夢にまで影響されるなんて、たまったもんじゃない。
【3ー続】