【2】喚び出された酔っぱらい
【2】
ーーああ~なんか、フワフワするぅ。それに体がグ~ルグ~ル回ってるぅ。あはは、気持ち良いんだか悪いんだか分からないや。
あれ? そういえば私何してたんだっけ? う~んと、確かビール飲んでぇ、ビール飲んで………あれれ?…………う~ん、ま、いっか。
目も開かないし、ちょうどいいからこのまま寝ちゃおう! お休みなさーー
「ちょっと! いい加減起きて!! 時間がないのよ!!」
ーーあ、なんか女の人の声がする。んもう、さっき寝付いたばかりなんだから、もうちょっと寝かせてよ。…………時間がない??
私はその『時間がない』ワードで目が覚めガバッと起き上がると同時に頭がガンガンと痛み再びその場に倒れ込む。
「ちょ、ちょっと、貴女! 大丈夫!? ーーって、すっごい酒臭っ! どれだけ飲んだのよ!?」
「ううっつ、どれだけって500のビール缶三本とぉ四本目を開けたところでぇーー記憶がない…………」
私はうずくまっていたので誰と話しているのかは分からないが、取り敢えず質問には答える。ああ…………頭、痛い。
「はああ? 貴女、勿論成人してるとは思うけど、自己管理が出来ないほど飲むなんて愚の骨頂だわ! しかも他人に迷惑を掛けるような飲み方は己の為にも今後慎むべきね」
このお姉さんはかなりはっきりとモノを言う人らしい。この歳になって他人様に怒られるとは思わなかったが私だって普段はそんな飲み方はしない。言い訳するようだが、これには事情があるのだよ。
私は顔を上げると、そこには見知らぬ綺麗な若い女性が眉間に皺を寄せてこちらを覗き込んでいた。
「ううっつ、お姉さんの言うことは最もだけどぉ、これには事情があるのよぅ。だって飲まないとやってらんないんだもん。
私、これから地獄に行かなきゃならないんだよ? 給料日が一週間もないのに200人分の給料計算を一人で電卓叩いて計算して、手書きで明細書作って、しかも銀行振り込みの個人のデーター入力して、明細の発送準備もして、他にも社会保険の手続きとか経理の仕事とか全部一人でやらないといけないんだよ? 10連休なんて決めた人間が憎くて憎くて仕方ないぃ。
連休中だって勿論仕事に出たけど、他が休業してるから思うように仕事も進まないしで身動きが全然取れないの。しかもいくら残業しても残業代出ないし、代わりに代休取れって言われたって休んだところで結局は自分の首を絞める事になるじゃない! ううっつ、私なんか不運の星のもとに生まれた女なのよぅ。うわあぁあんーーー」
私は見知らぬお姉さんに酔った勢いもあって積年の不満をぶちまけると激しく号泣する。そんな私にさすがにお姉さんも困惑したような様子で私の背中を気遣うように撫でる。
「ご、ごめんなさい。事情も知らずに言い過ぎたわ。確かにそれは酷いわね。貴女が自暴自棄になるのも無理はないわ。ねえ、そんなブラック企業に勤める事なんてないわよ。思い切って転職する事も考えてみたらどう? 貴女ほどのスキルがあるのなら、どこでだって勤められるわよ」
ーーあ、このお姉さん意外に優しいなあ。
「グスッーーそれはそうなんだけどね? 今のご時世、募集しているのは殆どパートでしょ? 私ってば30歳の独身で独り暮らしなの。だから常勤仕事じゃないとぉ生計が立てらんないのぉ。
確かに酷い会社だとは思うけどブラックとまではいかないグレー企業ってとこ。取り敢えず仕事がスムーズなら定時で帰れるしぃ、土日祝日は休みで書類の提出期限さえ守れば後は自分の配分で仕事が出来るからまだ我慢出来るんだよ。
それにさすがに私一人じゃ手が回らないから私の補佐として午前のパートさんを一人採用する予定にもなっているしぃ、それはそれですっごくありがたいんだけどねぇ。それでも今は一人でこの10連休明けの仕事を乗り切らなきゃいけないから、それを考えると、もう辛くて何も考えたくないぃぃーーうっうっつ」
私は自分の体に掛けられてあった絹地のような高級掛け布で無遠慮極まりなく涙でぐちゃぐちゃの顔を拭いながら鼻を啜っていると、お姉さんが鼻かみ用にティッシュに比べるとちょっと硬めの紙を渡してくれる。それを受け取るとすぐに豪快に鼻をかむ。
「貴女は本当によくやっていると思うわ。私ならそんな会社我慢出来なくて、すぐに辞めちゃうもの。しかも一人で生計を立てているなんて偉い偉い。貴女はすごく頑張り屋さんなのね。私は貴女よりもずっと年上だけど尊敬する。
だけどやっぱりこういうお酒の飲み方は良くないわ。お酒で嫌な事をリセットする事は悪い事じゃないけれど、せめて量は調整しないと駄目。飲み過ぎは逆に中毒になってしまうかもしれないし体にも負担がかかって自分の具合が悪くなるだけよ。それでなくても辛い思いをしているのに更に体も辛いなんて本末転倒でしょう?
大丈夫よ。貴女はまだ若いし人生だって先は長いんだから巡り巡って良い事もあるわ。今は長い人生の中のほんの一部の試練だと思えばいいのよ。
それに本当に限界だと思ったらこうやって誰かに話を聞いてもらえば少しは自分の重荷も軽くなるかもしれないし、意外に思いもよらない色んな選択肢が出てくるものよ? だから一つの事に囚われる事なく、もっと広く視野を広げてみるのも良いんじゃないかしら?」
そう言ってお姉さんはニッコリと微笑む。
ーーすごいなあ。このお姉さん。もしかして精神カウンセラーなのかなあ? 確かにお姉さんの言う通り、こうして話していると自分の気持ちが少しスッキリして落ち着いてきたかも。
「ありがとうっ! お姉さんって良い人だね。もしかしてカウンセラーの先生なの? 初対面なのに他人の愚痴を聞いてくれて、しかもアドバイスまでしてくれるなんて目から鱗っス」
するとお姉さんは私の背中をポンポンと軽く叩く。
「別にカウンセラーでも何でもないけれど人生50年以上も生きていれば色々とあるし博識にもなるのよ。だからそんな大した事じゃないわ。ただ貴女達の人生の先輩の苦言だとでも思ってて?」
それを聞いて私は酔いの回ったおぼつかない頭で一瞬キョトンとする。
「え~ええ~っと? あの~お姉さん今、人生50年以上って言った? だってまだ20代くらいだよね? 私よりも全~っ然、若いでしょ?」
するとお姉さんは目を細めて怖い顔をする。
「女に年齢を聞くのはマナー違反よ?と言いたい所だけど貴女は同性だからまあ、大目に見てあげる。確かにこの世界では私の外見は若いままだけど、向こうの世界での私はちゃんと歳を取っていて貴女よりも二回り以上の年上って事よ。
私もこの世界では『憑坐人形』だから実体が無い分、自分の精神年齢が外見に反映されるみたいね。だからこの世界ではいつまでも若々しく意識を保つ事をお薦めするわ。精神年齢が老けてしまえば、いくら実年齢が若くても外見はおばあちゃんになってしまうわよ?」
「えっ~と、あの~ごめんなさいね~? 私今、頭ん中が酔っぱらってておかしいから、お姉さんの言っている意味がよく分っかんな~い。どっから見ても私よりも断然若いお姉さんが50歳以上なんてうっそだあ! しかも『憑坐人形』って何? もしや藁人形みたいなヤバいヤツ? そんでもって実体がないって、お姉さん幽霊?? ーーって、そんなわけないかあ~足ちゃんとあるもんねえ~あはは」
さっきまで泣いたくせに今度は急におかしくなってきてケタケタと笑いながら体を大きくふらつかせて片手を振っていると、すかさずお姉さんが私の体を支えてくれる。
「………泣き上戸上戸に笑い上戸なんて、この子、マジで面倒くさいわ。はいはい、二回り以上も年下のお嬢さんに自分より若いと言われるのは大変光栄だけれど、50歳以上というところは口には出さないで。これでも精神年齢は20代と豪語しているの。
取り敢えず、言動は所々怪しいけれど、一応受け答えが出来るのであれば完全な泥酔状態ってわけでもなさそうだから問題ないわね。とにかく詳しい話は皆が集まってから説明するわ。召喚された5人の中でいまだ目覚めていなかったのは貴女だけなのよ。ーーまあ、酔っぱらいの召喚なんて想定外だったけど。
少しでも歩けるのであれば一緒に来て。貴女達が召喚されてから結構な時間が経っているのよ。もたもたしていたら神子達の属性を確認する前に何も出来ずに向こうの世界に還る事になるわ」
「へ?? 『召喚』?『神子』??『還る』??」
「ああ、もう早くして! 私達も忙しいのよ。貴女の酔いが覚めるのを待ってはいられないの! それに皆がいい加減待ちくたびれているわ。特に天神達は気難しいから機嫌を損ねると何かと面倒なのよ。だから大人しくついてきて」
そんなお姉さんは私の様子に少し苛々したような口調で私の行動を急がせる。私はその時、初めて周囲を見回し見慣れない景色に開いた口のままに唖然とする。
………あれ? ここって、どこだろ?? なんか中国っぽいっていうか日本っぽくないっていうかーーどっちかというと時々テレビで見る韓流ドラマの歴史モノみたいな建物の内装っぽい感じ? しかもお姉さん達の格好もなんか乙姫様みたいなコスプレみたいな格好してるし、
これって撮影村のセットってわけじゃないよねぇ? だって私、自分の部屋にいたはずだもん…………
う~ん。うう~ん。ううう~~ん。
ーーあ、そうか!! これは夢だ!! きっと最近見た韓流ドラマの影響かもしんない! だけど結構リアルな夢だなあ。しかも自分が登場するとか、無意識に深層意識にも影響して夢に出てくるのかなあ?
ーーでも、どうせならイケメン王太子とかに起こして欲しかったカモ。夢ならなんでも有りだもんね~ そんでもってドラマみたいにイケメン達に取り合いされる女なんて一度経験してみたいもんだねぇーーうふふ。
そんな私は両脇を支えられながら千鳥足で歩いていると、ふと私の前を歩くお姉さんが振り返る。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はこの世界では『黒姫』と呼ばれているわ。けれど本名は『天橋 佐保』貴女と同じ日本人よ」
「へ? 日本人??」
私が驚いていると黒姫が頷く。
「ええ、私は貴女達の前の先代の『神子』なの。貴女のお名前を教えてくれる?」
「名前? あ~っと、私は『天宮 輝夜』です」
「漢字はどんな字?」
「え~っと、天空の『天』に宮殿の『宮』そんでもって輝く夜と書いて『輝夜』」
すると黒姫は微笑みながら小さく頷く。
「そう、貴女も苗字に『天』が入るのね。天の神子に選ばれる者には必ず姓に『天』が入るのよ。フフッ、それに『輝夜』だなんて、まさにお約束。
ーーようこそ『皇琳国』へ。異世界の『月の姫』我等は貴女に敬意を表し歓迎致します」
黒姫は私に向かって恭しく一礼をすると私を支えていた女性達も私に向かって同じ行動をとる。
「い~んや、いやいや! そんな礼なんて全然しなくていいから。しかも私はただの一般人で偉い人でも何でもないんだから礼なんてやめてぇ~ それにどこをどう見ても『月の姫』とかってガラでもないっしょ。
それにさぁ、私が生まれた夜が綺麗な満月だったから、親がその場の思い付きで“輝夜”っ、て名前にしただけなんだって。しかも昔っからよく、名前負けしてるって言われててさぁ、だから自分でも名前を名乗るのって、実は結構恥ずかしいんだよ~これが」
私は否定を込めて両手を大きく振ろうとすると、足元がふらついて思わず倒れそうになる寸でで再び両脇から女性達に体を支えられる。そんな私を見つめる黒姫は袖口で口許を隠すと私から目を逸らして小さく呟いた。
「はあぁ~酔っぱらいの『天の神子』だなんて前代未聞だわね。しかも酒癖もあまり良くはないようだし。まあ、それでも応龍に押し付ける人材には持って来いね。フッ、応龍の反応が楽しみだわーーー」
【2ー終】