【序章③】~『想定外』と四人の宗主
【序ー③】
大きな光の爆発がその場の全てを呑み込み、光の柱が天に上る。
そして………どのくらいの時が過ぎたのか辺りが明るくなると、空にはすっかり元に戻った太陽が何事も無かったかのように輝き、人形があった場所には白煙が立ち込めていたが徐々に煙が消えていくと、憑坐の人形があった場所には人間の男女が倒れていた。
そんな光景をしばらく息を呑んで見守っていた民衆が我に返ったように歓喜の声を上げる中、儀式の主催者達はお互い顔を見合せながら、しかし何度数えても間違えるはずのない数を数える。
「1、2、3、4………5………嘘でしょう!? 応龍、これはどういう事なの?『天の神子』が5人だなんておかしいわ? 本来は宗主達と同じで4人のはずよ?」
黒姫が驚いて応龍を見上げると、さすがの応龍の表情にも驚きの色が浮かんでいる。
「うぅむ~我にも分からぬ。本来召喚する人数は四神の眷属である宗主の血を受けた四人だけのはずなのだがーーー」
すると朱雀王が片手を握って反対側の手の平にポンと乗せたかと思うと突如として笑い出す。
「こんな時に何を笑っている鳳徳、不謹慎だぞ」
青龍王が顔を顰めて睨むも朱雀王は後ろを向いたまま尚も肩を震わせて笑っている。
「朱雀王、貴方はいつも緊張感に欠けています。事態はより深刻かもしれないのですよ?」
玄武王が困惑するように朱雀王を見つめる。
「なあ、朱雀兄者。何をそんなに笑っているんだよ? 一人で黙って笑っているのも周りからは大ひんしゅくもんなんだぜ? しかもそんな面白い事なんかあったかよ?」
白虎王からも呆れた視線を送られている中朱雀王はようやく笑いをおさめて口を開く。
「フッ、ここにいる誰もが気付いていないとは青龍王ならまだともかく皆、頭がかなり硬いんじゃないの? そもそも『五人』いて当然なんだから何も不思議な事じゃない」
「それはどういう事だ? 鳳徳」
青龍王が真っ先に反応するも、その真剣な真顔が可笑しかったのか再び朱雀王が笑い出すので、青龍王の眉間には更に深い皺が寄せられている。
「いい加減にしろ! こちらは茶番に付き合ってやるほど暇ではない!」
青龍王の言葉と同時に今度は応龍が反応する。
「………なるほどな。確かに、あって不思議でもないのか」
応龍の呟くような声に皆の視線が朱雀王と応龍を交互に見つめる。
「ちょっと! 鳳徳も応龍も分かったのなら教えなさいよ! いつまでもあの『神子』達をあのままにしておくわけにもいかないでしょう?」
黒姫が苛立つ様に口を挟むと朱雀王がようやく答える。
「ああ、つまりアレだよ。『憑坐』が五体あったからだよね?応龍。本来であれば四人が召喚されてくるはずだった。それが突然の想定外な珍事が起こって召喚されてくる瞬間に突如五人に増えたーーー」
「ああっ!!? あの犬!?」
黒姫が思い出したように叫ぶ。
「そういう事。しかもあの犬が咥えていたのが何だったかも分かる? 木彫りで出来た人形でしかも『大熊猫』だったよ。ーーああ、黒姫の世界では『パンダ』と呼ぶらしいね。だけどあんなのでも一応『人形』として通るんだね?応龍?」
「………まあ、あの人形自体にはっきりとした特徴は無いし、それが座った姿の大熊猫であれば通ってしまうやもしれん。事実、既に通ってしまったからな。
しかしそれでもその人形には宗主の血は入ってはおらぬだろう? ならば我の血だけでは“かの地”の者を喚ぶ事は出来ぬ。宗主の血が魂魄を留める鎖となっているゆえに、宗主と我の血が二つ揃って初めて召喚術が完成するのだ。それゆえ此度の事は不可解で我にも理解しがたい」
すると先ほどから黙して聞いている応龍皇が申し訳なさそうな口調で口を開く。
「………すまぬ。応龍。その疑問は直ぐに解決する。あの大熊猫の人形は私が作ったものだ。実はあの『憑坐』の人形を彫り師に作らせていた際に私も手遊びのつもりで民達から聖獣と呼ばれている大熊猫を彫ってみたのだが、その時に誤って指を切ってしまったのだ。直ぐに血は拭き取ったんだがな。
まあ、素人の手遊び程度で作ったものだから人形はそのまま廃棄したのだが、どうやらあの野犬に拾われてしまっていたらしい。
私も元は蒼家当主『青龍王』ゆえ、此度の召喚であの人形にわずかに染み付いた私の血が応龍の血にどうやら干渉してしまったようだ。しかし全ては偶然が産んだ予測外の事態。こういう場合はどうなるのだ?応龍」
「むむぅ………こればかりは我にも想定外の事で直ぐには答えられぬ。あの中の一人はそなたの血が喚んだ者。しかしそなたには既に『神子』が存在する。そして神の加護を受けた宗主に与えられる『神子』は唯一にして一体あるのみ………ふむ………これはしばし様子を見るしかないであろうな、これは」
それを聞いた黒姫は小さくため息をついて応龍皇を見つめる。
「貴方は最後の最後までお騒がせな龍王ね。光龍。ーーけれど貴方の『神子』はこの私だけだといはう事を絶対に忘れなで?………今更だけど浮気は許さないわよ?」
黒姫に強い視線を向けられた応龍皇は慌てたように否定を述べる。
「うっ………黒姫。此度の事は『想定外』なのだからな? 勿論、私の『神子』はそなた一人だ。しかも若い頃ならともかく私は既に老い先短い命。そんな浮気を心配するような事もあるまいて」
「若くても老いていても関係ないわ! 私はすごく嫉妬深い女なのよ。だから貴女が他の女に意識を持つだけでも苛々するわ。本当に今までよく堪え忍んで我慢してきたと自分でも驚くくらいよ。
そうねーー私もこの世界では若い姿のままだけれど向こうの世界では熟年のいい歳をしたおばさんよ? それでも他の男と浮気をしたら貴方は許してくれるの?」
「そんな事、許すはずがなかろうが! そなたは私のものだ! その髪の先から魂魄に至っても他の誰にも絶対に渡さん!」
そんな二人のやりとりに応龍は小さく頭を横に振る。
「ーー夫婦喧嘩はそれこそ犬も食わぬからそこまでにせよ。とにかく想定外はあったにせよ、召喚の儀は無事に行われた。前回の時は女だけであったが此度は女が三人、男が二人。
取り敢えず後はそなたに頼む黒姫ーーー。我は疲れたーーしばし休ませてもらう」
「え? ちょっと! 応龍!!」
応龍は合図のように一声咆哮を上げると同じく四神も共鳴するように咆哮を上げ、その姿が再び光珠へと形を変えると応龍の光の珠は応龍皇の体には戻る事はなく応龍の像の中へと消え、他の四神の光珠はそれぞれの宗主の体に戻っていった。
「………フッ、今までずっと一緒であった応龍が私の内から消えてしまうとはこういう感情なのかーー寂しいものだな」
応龍の像を見つめながら応龍皇の寂しげに呟くその背中を黒姫が強く抱き締める。
「それはきっと応龍も同じよ。だから天には帰らず像の中に留まったのだわ。応龍にはいい気味ね。今まで私達を散々振り回していた分、冷たい像の中で一人寂しく貴方との思い出の感傷に浸っていればいいのよ。
でも光龍には私がついているから大丈夫。応龍の加護が無くとも貴方の命が尽きる瞬間まで私が貴方の側で貴方をずっと守るわ」
応龍皇はそんな黒姫の方に自分の体を向けると、そんな黒姫を優しく包み込む様に抱き締めた。
「フッ、そなたは我が神子にして応龍の神子でもあろうに、そうやって昔から応龍には冷たい事よ。さすがに私でも応龍が気の毒に思うぞ」
「だって私は召喚された当時から応龍が嫌いだもの。それは仕方ないわ。お互い性分が合わないのよ。
応龍はこちらの頼みは対価が無いと動かないくせに、それでいて人使いは荒い、肝心な事は教えない。何か気に入らない事があったり自分に都合が悪い事があると直ぐにどこかに消えてしまう。付き合うにも扱いに面倒くさいったらないわ!」
「神とは元々そういう存在だろう? 人が上手く付き合っていくのには根気も必要ではあるが、どちらかといえば応龍は人間くさい方だぞ? 喜怒哀楽が希薄だと言われている天神の中でも応龍は感情豊かな方だからな」
「私は無理ね。もし応龍が人間であったとしても、私はああいう男と付き合うのはごめん被るわ。 まあ、それは向こうも同じだろうけれど。 応龍も私の様な気性の激しい女は嫌いなはずよ?」
「フッ、それでも一時はそなたと応龍が事の有る無しに関わらず顔を合わせる度に喧嘩をするものだから、さすがに私もそなたと応龍の仲を疑って嫉妬したものだ。男女は喧嘩するほど仲が良いとも言うだろう?」
「応龍は人間じゃないからその定義に当てはめては駄目よ。私にとって応龍は『男』ではなく『野生動物』と同じ存在だから応龍に対しての嫉妬なんて全く意味の成さない事だわ」
「天の主神を動物扱いするなど、そなたくらいのものだな、黒姫。さすがは『天の神子』といった所か。そなたの魂の強さには毎度の事ながら圧倒される」
「異世界の人間にはそれくらいの覚悟と度量が必要なのよ。じゃないと召喚された時点で精神が壊れて廃人になってしまうわ」
「だからこそ召喚されたあの神子達にはそなたが必要で応龍は姿を隠したのだろう? 確かに此度の召喚で身の内の神力を使い果たし『人の姿』すら取れぬ応龍の姿を初めて見たとあっては、あの者達の精神が病んでしまっても、一度召喚された神子は代えがきかぬからな」
「はあ………面倒くさいけれど仕方ないわね。これも応龍の神子の『仕事』だもの。だけどなんか腹が立つから応龍には次代の神子候補達の中で私に以上に面倒くさい性格の神子を突き付けてやるわ!
応龍には異世界の人間を召喚したという大きな責任が生じるのですもの。高見の見物なんてさせるものですか! 否が応にも神子達の面倒は見てもらうわよ?」
「ククッ、応龍も気の毒にな。それでなくとも今回は想定外の召喚があったというのに。此度の応龍皇の選出には一波乱ありそうではあるな」
「私の世界ではそれは『身から出た錆』もしくは『ざまぁみろ』と言うのよ。光龍?」
そんな応龍皇と黒姫が二人で応龍の陰口ともいう会話を展開している一方で四大宗家の宗主であり応龍皇の息子である四兄弟は今しがた応龍より召喚されてきた五人の神子達を見つめていた。
「………なあ、あの五人の中で誰が偽物の『大熊猫』だと思う?」
「虎旺、偽物とは失礼であろう? 例え異例の召喚で『大熊猫』の人形の憑坐であろうと天神応龍が召喚した『天の神子』であるには違いないのだからな」
「しかし青龍王、これからどうなるのでしょうか?『大熊猫』の神子は我等が四神の加護を受けてはおりません。しかも此度は男女の神子が混ざった召喚という事もあります。正直なところ私は争い事が苦手なのです」
「零玄、まだ始まったばかりだというのに早々に心配するな。しかもそなたは四神が眷属、玄武王なのだ。如何なる事が起ころうとも『翠家』の宗主としての威厳を保て。そなたがそんな事では『翠家』の人間が不安にもなろう。それにあの神子達の中にはそなたの血を受け召喚された者がいる。その者に対してのそなたの責任がある事も深く心せよ」
「はああ~毎度の事ながら青龍王はさあ、“鼓舞”しているのか“圧力”を掛けているのか分からない言動をするんだよなあ。青龍王の血を受けた神子が今から可哀想になってきた」
「ククッ、虎旺。もしかしたらあの『大熊猫』も龍輝兄上の『神子』かもしれないよ? あの『大熊猫』は元青龍王の血で召喚されたのだからね」
「相変わらず呑気だなあ、朱雀兄者は。まるで他人事みたいに言っているけれど、そんな朱雀王も応龍皇候補の一人なんだぜ? 今回こそは『蒼家』の独壇場を『紅家』が打破してやる!とか思わないわけ?」
「う~ん、そうだなあ。私はどっちでも良いかな? それに応龍皇は応龍と天の神子が決めるのだろう? それであれば私は双方の天命に従うまで。
それに今の応龍皇を見ていても神と人の間に挟まれて色々と面倒そうだし、今の私は『紅家』の問題だけで手一杯だから私としてはこれ以上、他の問題を抱えたくないというのが本音かな?
まあ、虎旺が皇帝になりたいのならそれでも良いし、龍輝兄上が順当に皇帝の座についても私は構わないよ。でももしかしたら案外、零玄が皇帝になる可能性もあるよね? フフッ、まあ、神子の采配次第って事だから、まずは神子達に気に入られる所から頑張ってみれば?」
「はあぁぁ~朱雀兄者は青龍王とはまた違った意味でまるで話にならねぇ! ーーなあ、零玄兄者、この際俺達で手を組んで『蒼家』を叩き潰さねぇ? あの青龍王の悔しがる貴重な姿をこの目で拝めるかもしれないぜ?」
「お断りします。言ったでしょう? 私は争い事が嫌いです。それに元々応龍の血脈である青龍の眷属に対して、この私ごときが足元にも及ぶはずがありません」
「おいおい『翠家』の宗主がそんな情けない事を言っててよく務まるな。どうにも零玄零玄兄者は気が弱くていけねえ。いっその事、玄武を召喚して特に精神面を鍛えてもらえよ。はあぁ~どいつもこいつも面倒くせー奴等だぜ」
「虎旺、私は今この場で己の意志を明確にしておく。私は次代の応龍皇に就く所存だ。そして代々の応龍皇の意志を受け継ぎ天下泰平の世を応龍と共に後世に残す事が四神が眷属、青龍王としてこの世に誕生した己の真の使命であると心している。
だからお前が私と皇帝の座を争うというのならば、私は正々堂々受けて立とう。我等応龍皇の血を分けた四大宗主の内の誰が一番次代の皇帝に相応しいのか共に競い合おうではないか。我が弟にして『白家』宗主、白虎王よ」
「ふん、上等だぜ!!青龍王!! 今度こそは『蒼家』を完璧に制して我等『白家』が応龍皇になってやる!」
そんな蒼家と白家の宗主達が火花を散らしているのを困惑するように見つめる翠家宗主とその隣で光景を一人クスクスと笑いながら、あくまで傍観者を決め込んでいる紅家宗主。
「ああ、お二人とも、何も今から争う事はないでしょう。冷静になって時と場合を考えて下さい。朱雀王も笑っていないでなんとかして下さい」
「う~ん、あの二人は父上に似て特に血気盛んだから私達が口を挟んだところでかえって巻き込まれでもしたら面倒だし、互いの頭が冷えるまで放っておいてもいいんじゃない? 零玄だって巻き込まれるのは嫌だろう?」
「はあ………貴方という人はどこまで無関心かつ楽観的なのですか。そんな貴方が紅家の宗主であるとは、私も他人の事を言えた立場ではありませんが、我が兄上に対して失礼だとはいえ、いまだに信じられません」
「そうだねえ。私もそう思うよ。だけどそれも四神が選ぶ事だから自分でどうする事も出来ないわけだし、まあ、これも己の運命だと思って受け入れるしかないんじゃないの?
ああ、それと零玄。私が無関心というのはちょっと違うかな? どちらかといえば私は好奇心旺盛な方なんだよ。だから今私がすごく関心があるのはあの中の誰が『大熊猫』かという事かな? ーーククッ、それって面白くない?」
「………お一人で楽しむのも結構ですがほどほどになさって下さい。思わぬ逆風からの火の粉を被るやもしれませんよ?」
「ははは、炎を司る眷属に火の粉とはそれはそれで面白そうだけれど、やっぱり面倒事は避けたいかなあ。だから自粛はするよ。ご忠告ありがとう零玄」
「………どう致しまして。私には腹の内が読めない貴方が一番心配でもあります。朱雀王」
「フッ、それは君の取り越し苦労かな? 私は兄弟知っての通り、昔からこんな性格だからね。それだから実は紅家からも呆れられているよーーははは」
「………私は長兄や末弟より次兄の貴方が一番苦手です」
「ふぅん?そうなんだ? やれやれーーー」
【序ー終】