【序章②】~召喚します!
【序ー②】
空の太陽が徐々に欠けて消え、それと同時に日中の空も夜の帳が降りていく様に国全体を覆っていく。それはこれからの世界全体に訪れる天変地異の前触れであり、天の主神『応龍』の力が失われる事を意味する。
そんな森羅万象を司る応龍が神力を失うという事は世界全体に予期せぬ災厄が降りかかり、生きとして生けるもの全てが滅ぶとも人々の間で口伝されてきた。
そんな応龍が神力を取り戻す為には『四神』の加護を受けている宗家の当主達の中から『応龍皇』を選定し、応龍を復活させなければならない。
ーーそして今ここに新たな『応龍皇』の選定の為の儀式が行われようとしていたーーー
ーー太和殿ーー
「ーーこれより我等が守護神、応龍の御前において次代の応龍皇の選定儀式を厳粛に行うものとする。
ーー『応龍の神子』よ。ーー前へ」
「ーー御意」
皇城の太和殿の敷地内で大勢の民衆が息を呑んで見守る中、応龍皇が儀式の開始を声高に上げる。そして応龍皇の皇妃であり応龍の神子でもある『黒姫』が応龍と四神の神像がある祭壇前に立つ。
「これより天と地を結ぶ盟約終了と相成り新たに我等が守護神、応龍との盟約を結ぶべく、ここに新時代の応龍皇を決める『選出の儀』を始めます。
皇帝候補である四神が眷属、『宗主』は祭壇前へーーー」
黒姫の言葉に青、赤、黒、白色の装束姿の青年が四人、祭壇の前に歩いて来ると横並びに一列で恭しく頭を下げその場に膝を折る。
「四神が眷属、『青龍王 蒼 龍輝』『朱雀王 紅 鳳徳』『玄武王 翠 零玄』『白虎王 白 虎旺』これより応龍をこの地に召喚致します。宗主達は四神の『神珠』をこちらにーーー」
黒姫の声に四人は立ちあがり、それぞれが二本指を額に当て小さな声で呟いてから平手を合わせると、目映いばかりの光がその体を包み込み、胸の中央辺りから光珠がゆっくりと現れ出てきた。
四人の宗主達は自分の体から出てきた珠を黒姫に渡すと、黒姫は四神の像にそれぞれの珠を嵌め込んだ。すると四神の像が忽ち光に包まれたかと思うと、一際大きな咆哮と共に光の柱が天空にまで立ち上り、太陽の隠れた暗闇の空に天の四神である『青龍』『朱雀』『玄武』『白虎』の姿が現れた。
黒姫はそれを確認すると今度は応龍皇に手を差し出す。
「『応龍皇 王 黎明』最後は貴方よ。………光龍」
すると応龍皇は玉座を立つと祭壇前に歩いて来る。そして黒姫を見つめながら微笑んだ。
「フッ、そのような顔をするな。応龍が臍を曲げて現れなくなってしまうではないか」
「それならずっとこんな顔でいようかしら? 今だからぶっちゃけるけど、応龍には積年の『恨み』があるのよね。しかも応龍に臍なんてあった?」
「フフッ、ならば私がそなたの代わりに『天の国』で応龍に仕返しをしておこう」
「それは駄目よ。私も一緒じゃなきゃ意味が無いわ。私の『仕事』が終えたら直ぐに行くからそれまで待っていて?」
「そう急がずとも応龍も私もどこにも行かぬゆえ、ゆっくりと『仕事』を片付けてくるといい。次代の神子達にはそなたが必要なのだから」
「それは無理ね。私の性格をよく知っているでしょう? 勿論引き継ぎはきちんとするけれど、過保護じゃないの。自分の道は自分で切り開いて貰うわ。私だってそうしてきたんだもの」
「今回の次代の神子達は気の毒にな。ーーそれでもお手柔らかに頼むぞ? 神子達が弱くなっては皇帝候補が苦労するからな」
「ふふっ、もうビシビシ教育してやるつもりだから。それこそ今ままでの後宮でのうっぷんもここで晴らしてやろうかしら? それって応龍が困る事になるわよね?」
「ははは、それは私が原因だろうに。ーーおっと、いかん。『青龍』の機嫌がよろしくないようだ。そろそろ始めようーーー」
そんな上空では青龍が大きな咆哮を上げてずっと唸っている。応龍皇は黒姫の手を取ると二本指で額を押さえ小さく呟いてから黒姫の手を離し平手を合わせると、先ほどの宗主達のように胸の中央から一際大きな光珠がゆっくりと現れた。
応龍皇は黒姫に光珠を渡すと黒姫は応龍皇の手を再び取り、四神の像に囲まれた中央に鎮座している応龍の像にその珠を嵌め込む。すると目を開けられないほどの光が辺りを一瞬で呑み込み、天空に向かって大きな光の柱が立ち上り、太陽が隠れている夜の空一面が真っ白に明るくなると、そこには金のたてがみと白銀の大きな翼のある大きな白龍が四神を従えるようにして皇城の上空に現れた。
「ーー応龍、我が偉大なる守護神よ。御身の神力の『依り代』となるべく新たな応龍皇候補達がここに揃った。古来より続く天地盟約を再び結び我等に加護を与えたまえ」
応龍皇が天に向かって叫ぶと応龍は静かに見つめている。
「我が依り代『王 黎明』よ。天命が尽きるまで我に仕えてくれた事を大変感謝する。そなたの御霊は我が預かるゆえ、安心するがよい。そして今ここに我が同胞である四神を立ち会いとし、再び人の子と天地盟約を結ぶ事をこの時を持って了承する」
応龍の声が空に響き、応龍皇は安堵の表情を浮かべ敬意を表すべくその場で膝を折る。
「ありがたきお言葉、心より感謝致す。天の神々よ。応龍皇としての役目はこれで全て終えもうした。どうか次代の継承者にも変わらぬ加護と人の世の
行く末をどうか見守りたまえ」
そんな応龍皇の願いに応える様に四神達が咆哮を上げ、応龍も頷く仕草を見せると同時に隠れた太陽の方向を見つめる。
「ーーそろそろ『刻限』が来たようだ。応龍皇。 太陽の門がもうじき開く。そなたに預けてある最後の我が神力を解放し、皇帝候補の選定者である『天の神子』をこの地に召喚してその魂魄を繋げねばならぬ」
その言葉を受けて応龍皇は頷いて立ち上がる。
「ーー御意。 黒姫、『憑坐』を宗主達の前へーーー」
黒姫は祭壇の上に用意してあった木彫りで出来た人の形をとっただけの顔の無い人形を四体と小さな懐刀を盆に乗せて宗主達の前に立つ。
「新たなる皇帝候補である宗主達よ。今から四神の眷属である貴方達の血でこの憑坐の人形に仮りそめの命と肉体を与え、遥か時空の彼方より此度の貴方達の選定者である『天の神子』を応龍が召喚するわ。貴方達を応龍皇に導く大切な『神子』達よ。心して儀に望みなさい」
黒姫は宗主達にそう告げると、まず『蒼主』の前に立つ。
「それでは青龍王、まずは貴方の血を『憑坐人形』にーーー」
「ちょっと待てよ!黒姫。 どうして青龍王が最初なんだよ! それって応龍皇が『蒼家』の人間だから優遇待遇ってわけか? もしかしてさあ、その憑坐人形にも良し悪しがあるんじゃねぇの?」
突如、青龍王から数えて四番目に立っていた宗主達の中で一番年若い白虎王が不満げな声を上げる」
「白虎王、この人形はどれも同じ人間が彫ったものよ? 良し悪しなどあり得ないわ。それに蒼家の人間だからという理由で優遇待遇なんてするわけがないでしょう! 順番の事を言っているのなら、青龍王は貴方達『四兄弟』の長兄だから年齢順にしたまでであって、故意的な意図は全く無いわ!」
「ふん、それはどうだろうな? 黒姫は応龍皇に一番似ている青龍王が昔からのお気に入りだし? だから口ではそう言っていても無意識にでも蒼家への忖度感情が働いているんじゃねぇの?」
「それは大きな誤解よ!虎旺。応龍皇の子供である貴方達は私の子供と言っても同然だわ。だから私にとって青龍王も貴方もそして他の二人の宗主も同じく大切な存在なのよ。お気に入りとか贔屓とかそんな事、今まで一度だって考えた事など無いわ!」
「白虎王、天の神々の御前だというのに大変失礼ですよ? いくら年若いとはいえ貴方も一国の長なのですから、いくら物申したいにしても、もう少し時と場合を考えて下さい。それにまだ儀式の途中でもあるのに揉め事を起こすなど更に非常識ですよ?」
そんな白虎王の隣で呆れ顔で浅いため息をつきながら注意を促す玄武王。
「やれやれ、我等が『父上』の最後の最後までお騒がせするとは困った四弟だね。それとさ、どっちかといえば虎旺の方が若い頃の父上に性格が似ていると思うのだけれど?」
青龍王の隣に並ぶ朱雀王が苦笑いを浮かべながら小さく肩を竦めている。
「そうは言うけどさあ、それじゃあ朱雀や玄武の兄者達は少しも疑わないっていうのかよ? 四大宗家の中でも蒼家の皇帝が過去三代に続いていて、今や蒼家が世界の中心とか言われて権力と人心を掌握しているんだぜ?
四神の力に格差は無いっていうのにそんなのおかしいだろ? それなら召喚する『天の神子』にも疑わしくなる。もしかしたら、その憑坐の人形に良し悪しがあるとかさ」
「いい加減にしないか。白虎王。今は大事な儀式の最中であり天の神々の御前でそのように言い争う場ではない。それに我が蒼家は天命に従い応龍皇に仕えている一臣下にしか過ぎぬ。まして青龍の誇り高き眷属である我等にとって権力などに囚われてはおらぬし驕ってもおらぬ。
そして皇帝が三代蒼家の人間から続いた事も、その三代の蒼主達の能力が応龍や神子に認められ正当に選ばれた結果であり、そこに不正な事など一切ありはしない。
虎旺よ。我等は母親は違えど応龍皇の血を分けた四兄弟だ。私は弟達も蒼家も大切な自分の家族だと思っている。そんな私が弟達を裏切り出し抜く様な卑怯な真似事など青龍王の名に掛けて断じてあり得ぬ」
白虎王に疑いの目を向けられている青龍王は気を乱す事もなく始終落ち着いたまま、自分を非難する言葉にも冷静に否定をする。
「あ~あ、青龍王はさあ、そうやっていつもガッチガチの堅苦しいお決まりの回答しか口にしないんだよなあ。しかも愛想も無いわ冗談も通じないわ、感情も希薄だし、まるで人間相手をしている気がしねぇよ。これならまだ応龍の方が断然面白いぜ。青龍王の血を受けた神子には同情するね」
そんな自分の息子達を見ていた応龍皇は大きなため息をつきながら首を横に振る。
「虎旺。お前の性分も相変わらずだな。けれどいつまでも龍輝をその様に挑発したところで無駄だぞ? 青龍王は自分の立場と己の役目を何よりも重んじている。故に誰が何を言おうとも自分の信念は曲げぬからな。それに長兄だけあってお前の扱いにも慣れているから何を言ったところで通じんから止めておけ。
そんな事よりも、こうしてお前達が喧嘩をしている間にも太陽の門が既に開いている。私の天命が尽きかけている今、召喚の儀にやり直しはきかないのだ。だから虎旺、お前が先に憑坐に命を吹き込むと良い。それならば文句は無いはずだ。他の宗主達もそれで良かろう?」
応龍皇の言葉に他の三人はあっさりと承諾したので、白虎王はふくれっ面のまま黒姫の持っている盆から適当に人形を選び、懐刀で自分の腕を少し切ると人形に己の血を垂らした。
すると血は人形の中に吸い込まれるようにして消えたかと思うと、突如人形が真っ白な色に変化する。そうして黒姫は次々に宗主達に人形を渡し、それぞれの宗主の血を吸い込んだ人形は青、赤、黒と人形本体の色が変化していた。
黒姫は宗主達から受け取った人形を祭壇前の円状に敷き詰めまれた石畳の上に人形を並べると応龍に向き直る。
「宗主達より『憑坐』の準備が整いました。これより『天の神子』をこの地に召喚致します。ーー天の主神、応龍よ。宗主達の血を受けたこの憑坐に最後に命を授け天の神子なる者をこれにて召喚願います」
すると応龍は並べられた憑坐人形の上空で旋回し自分の爪で己の腕を切って先ほどの宗主達のように血を掛けると、人形が忽ち光輝き脈打つようにして点滅を始める。
「我は天の神龍、応龍なり。この地の王との天地盟約により『天の神子』を我が眷属に連なる者達に与える。悠久の果ての天命を受けし者よ。我の喚び声に今こそ応えよ!そして我が元に集え!!」
応龍の声が天をも揺るがす獣の咆哮に変わったまさにその瞬間だったーーー
何かを咥えた野犬がどこからともなく現れ、応龍の咆哮に驚いたのか祭壇の前に突進してくると、頭を振った勢いで口に咥えていたものが口から外れて宙を飛び、今まさに召喚されようとしている憑坐人形の上に落ちた。
それはーー子供用の玩具であろう可愛らしい木彫りの『大熊猫』の人形だったーーー」
【序ー続】