【序章】~私が愛した『応龍皇』
【序章】
ーー乾清宮ーー
「黒姫ーーすまなかった」
「ーーどうして謝るの?」
「我が天命の尽きる時までそなたを私に繋ぎ止めてしまった。そなたには帰るべき『場所』があるというのに。
「それは私が自分で決めた事よ。それに天の『応龍』が私に『約束』してくれたわ。貴方の天命が尽きた時に私のこの世界の神子としての役目を解き『元の世界』へ戻すと。これで私はようやくこの長い『夢』から目覚めるの」
「そうか………それは知らなかったな。応龍とそのような約束をしていたとは」
「ふふっ、貴方には話してはいなかったもの。だから貴方にずっと不安を抱えさせる為に敢えてこの時まで黙していたのよ。もし話せば貴方は安心してしまうでしょうから」
「フッ、私への『復讐』というわけか。応龍もそれは私に教えてはくれなかった。あの御柱は私の守護神であれど全面的にそなたの味方であったからな」
「私は今や『応龍の神子』だもの、それは当然ね。それでなくても私は向こうの世界の二重生活で一度も安眠出来た事が無いんだから、それくらいの特権はあっても良いと思うわ?」
「そなたは今でも私を恨んでいるのだろうな。他の三人の神子達は皆、元の世界に還ったというのに私がそなたを『応龍皇の皇妃』としてこの世界に縛り付けてしまった。
そなたとの間には子を成せぬ事も分かっていながら、それでもそなたを手放す事が出来なかった。今更ではあるが余命幾ばくも無いこの命。どのような罰をも受けよう。応龍の神子よ、私はそなたに何を残してやれば良い?」
「それなら既に頂戴しているから他には何も望みは無いわ。だから私にお気遣いなく大往生なさって?」
「ははは、相変わらず優しくない女だな。しかも私はそなたから奪うだけで何も与えてはおらぬと思うぞ? それなのに私から何を貰ったというのだ?」
「………分からない? 貴方の『心』よ。応龍皇。 貴方が心から愛しているのは他の誰でもなく私、ただ一人。貴方は皇帝の座に就く以前、召喚された異世界人である四人の神子達の中で初めから私を選んでくれた。
しかも私達神子はこの世界では決して死ぬ事のない『憑坐人形』であるにも関わらず、貴方は自分の命の危険すら厭わずこの世界の悪しき脅威から私を守ってくれた。
そんな貴方だからこそ私は貴方を『皇帝』の座に就けたいと思ったのよ。そして貴方が皇帝になった時、私も他の神子達と共に役目を終え元の世界に還るつもりだった。だけど私の心の奥底ではまだ貴方の側に居たかった。
だから私は自分の中で一つ賭けをしたの。もし貴方が天命に逆らい『応龍の加護』を失う事になっても私をこの世界に引き留めてくれたのであれば、この先何があろうとも私は貴方の側で共に生きようと。
だからこの世界で生身の体を持たない『人形』の身である私に子供を成す事が出来なくても、貴方の『心』は私だけのものだからこそ、他の貴妃達が産んだ子供達を受け入れる事が出来た。
貴方は私が嫉妬すらもしない情の薄い鉄面皮の女だと思っていたでしょうけれど、その逆だわ。もし貴方が他の女に『心移り』などしようものなら、その時は貴方の周りの女達を神子の『神通力』を使って全て消し去ってやろうと考えていたわ? ーーふふっ」
「フッ、それでこそ我が皇妃であるな。昔『蒼家の無情王』と呼ばれていた私には相応しい女だ。
ーーそうか………私はそなたから愛されていたのだな。今生の最後にそなたの口から本音を聞けてよかった。ずっと私の想いの一方的な想いであると思っていただけにな。
ーー黒姫。いや『佐保』そなたと初めて出会った時からずっと惹かれていたのだ。私がそなたを選んだというが、私もそなたに同じ事を言おう。
そなたが他の四人の皇帝候補の中で私を選んでくれて嬉しかった。そして今まで散々苦労を掛けて本当にすまなかった。それでも私の隣で支え続け共に生きてくれた事に感謝する。そして違う世界の人間であるそなたと引き合わせてくれた応龍にも感謝せねばならないな。
ーーフッ、しかも今、こうしてそなたと共に我が身に残されている僅かな時間を昔の“若かりし姿”で過ごせているのも召喚されたとう当時の変わらぬ姿のままのそなたに合わせた応龍からの私への餞別であろうな」
「ふふ、年老いた貴方も勿論素敵よ? けれどこうして若い姿の貴方を見ていると遠い昔を思い出すわね。私達が出会った頃、あの四人の皇帝候補の中では貴方が一番格好良い男だったもの」
「ふん、そうは言うがそなたは当時、『紅主』に惹かれていただろう?」
「それは仕方ないわよ。当時の『紅主』は文句の付け所のない心根の優しい人だったもの。それがどこをどうして間違ってしまったのか、しかもすごく苦手だったはずの貴方にいつのまにか落ちてしまっていたのよね。自分でも不思議でしょうがないわ?」
「それは私が紅主よりも良い男だったということだ。それにそなたの性格では紅主どころか他の『翠主』や『白主』でさえも物足りないのではないのか?」
「相変わらず自信家だこと。でも確かにその通りね。最終的には私の目には貴方しか映らなかったから。
ーー私の応龍皇『蒼 光龍』貴方はこの世界の私の人生の全てだったわ。そして私が初めて心から愛した男。貴方が先に『天門』を通って『天の国』へ行ってしまっても、そこで私を待っていてね? 私もすぐに追いつくと思うから。私がいないからってこれ幸いと天女達と浮気をしようとしても駄目よ? 応龍に頼んできちんと見張っていてもらうんだから」
「ああ、勿論、浮気などするわけがないだろう? だからそなたが『天の国』に来るのは、まだまだずっと後でよいからな。どんなに時が過ぎようとも、私は転生の輪には入らず、ずっとそなたを待っているーーー」
「ーーっつ、光龍!! 愛しているわ。私の、私だけの『青龍王』向こうの世界に戻っても貴方を決してわすれないわ! だから今はもっと強く抱き締めていて? 貴方のぬくもりをずっと体に記憶させておきたいの。
………ごめんなさい。本当はずっと最後まで黙っているつもりだったけれど、私の『本体』は向こうの世界では重い病に侵されていて、貴方と同じもう余命幾ばく
も無いのよ…………でも貴方より先に逝きたくはなかった。
だから応龍に頼んで次代の皇帝を決める選定時期を早めて貰ったのよ。貴方の寿命がここ最近になって短くなったのは私が原因なの。本当にごめんなさい。許してとは言わないわ。それこそ貴方が過去に私にしてきた数々の出来事の復讐だと思ってくれてもいい。
ーー嫌なの。どうしても嫌なのよ。私がこの世界から消えた後、悲嘆にくれる貴方を他の女達が慰める姿なんて、自分が死んでしまっていても我慢ならない。すごく腹が立つわ!!
貴方の最後は私が貴方を天に還す。貴方は今生の人生が終わるその瞬間まで私だけの男よ。それだけは他の誰にも絶対に譲らないんだから!!」
「フッ………本当にそなたは私以上に嫉妬深かったのだな。それを今生の際で知る事になろうとは、そなたもよく今まで隠してこられたものだ。もっと早くにそのような姿を私に見せてくれれば、周囲の女達に関してもっとそなたに配慮する事も出来たものを。今まで苦しかっただろうに。本当にすまなかった」
「うっううっ、グスッ………本当にそうよ! この超鈍感男!! 過去を思い出しただけでもムカつくわ! 今からでも女達を一人残らず殺してやりたいくらいよ!」
「フッ、安心しろ。私はそなただけの『龍』昔も今もそして魂魄だけになろうとも永遠にそなただけの男だ。天地天命全ての万物に誓って私はそなたを愛している。
そして『佐保』そなたも同じく私のもの。私だけの『神子』この私だけの永遠の愛しい女ーー『天の国』でも私の唯一無二の妻としていつか転生の輪に入るその瞬間まで共に生きてくれるか?」
「ええ!勿論よ、勿論だわ! 私の夫は生涯貴方一人よ、光龍。私達は『天の国』でこの世界のこれからの行く末を見守りましょう。貴方の血を分けた子供達と私の世界の神子達が、これからどのような歴史を紡いでいくのかをーーー」
【序ー続】