ある男の最期 --最後のネアンデルタール人--
その男は海を見ていた。
春の穏やかな日差しの中、内海と較べれば激しい波の向こうには遠くに大きな陸地があった。
彼はその自分が知らない世界を見ると、何故か哀しいような温かい気持ちになるのだった。
彼が立つのは大陸の結合部から遠く離れた海峡に面した岬の洞窟、その入り口。
かつて彼の祖先はその大陸で生まれ、こちらの大陸に渡ってきた。そして移動を続け、彼の少し前の世代にこの地に辿り着いたのだった。
随分と長い道程であった。彼らの種族の抬頭、勢力圏の拡大、そして彼らの種族より後に生まれた種族との共存。その後の気候の大きな変動、餌となる資源の枯渇。大陸中に拡大した棲家を徐々に追いやられた彼らは、それと同時に数を減らした。世代が変わるごとに確実に減り続け、最後に残った彼の家族もまた彼を遺して皆この世を去った。
今は未だ、自分が食べる分は確保できている。幸い先祖代々受け継がれた屈強な肉体はこの地に生きる小動物を容易く捕えられたし、逆に彼を襲うような大型捕食動物もいない。無理な狩りをする必要がないから怪我のリスクも少ないし、細々と生き続けるつもりなら寿命を全うできるだろう。
しかし、それだけでは変化がなかった。仲間と協力して大型獣を倒す喜びも、仲間を失う悲しみもない。そもそも彼は生まれたときから家族以外を知らなかった。それなのに、この身の内の何もない感じはなんだろう。その日の分の狩りを終えた後の時間、彼はその気持ちを持て余すと海を見渡せる洞窟の入り口から遠くの陸地を望むのだった。
そうして種族としては短く、彼にとっては長い月日が経った。
もう力も衰えて狩りもできず、食べられる草を何とか探しては口にするのがもうやっとだった。
自分にできることはもう何もない、そう感じた彼は、最後の力を振り絞って洞窟の入り口までやってきた。
波の音を聞きながら、彼は静かに目を閉じた。
ネアンデルタール人と現生人類は同じ「ホモ・サピエンス」でありながら約40万年前から別の進化をしたそうです。彼らの特徴はがっしりとした体格で強靭であったこと。それが故に脳が大きいにも拘らず、現生人類のような社会性を発揮することなく滅んでいったと考えていいようです。
アフリカで生まれ寒冷なヨーロッパを生きた彼らは死を悼む習慣もあったかもしれず、そうであるなら自分の生についても何か思うところはあったのかもしれません。
尚、遺骨の発見されているアフリカ大陸を望むジブラルタル海峡に臨む洞窟を終焉の地としてみました。