第9話 最も”四星”に近い男
~星騎士駐屯地 演習場~
観客席から1人の星騎士が武器を振り上げながらクラウスへ飛び掛かって来ていた。
しかし、彼もその不意打ちを予想していたらしく動きに合わせ特技を使う。
「貰ったぁッ!! 」
「虚空……」
「ウッ?! 」
武器を逆手に持つと地面を蹴り、飛び上がりながら斬りつける。
そのまま勢いを殺さず身体を捻らせると、相手の頭上へ降り下ろすように蹴りを放つ。
「崩天ッ!! 」
「グォッ?! 」
星騎士は地面に叩きつけられた。後方には新人星騎士が4人……どうやら二戦目は自身の他にも見習い騎士を2人乱入させたらしい。レニは1度目の乱入で力尽きたがすぐに治療も終わり、現在は観客席で試合を見守っていた。クラウスは満身創痍の状態であるがその場に立ち続けている。
星騎士はゆっくりと起き上がり、クラウスを見上げた。
「ハッ……! ハッ……! …………まだ……やる、のか? 」
彼は目の前の星騎士に問いかける。
頭部からは血が滴っていた……今回の模擬戦では攻撃を受けた場合は体に傷は受けないが、それ相応の衝撃が伝わってくる。初戦に不意打ちで頭部に受けた攻撃の傷が開いたらしい。
「お、俺が悪かった! もういいっ! 降参だ!! 」
「……他に、相手はいるか? ……ぜぇ、……ぜぇ」
視線を外し、観客を見回しながら問いかける。
どうやら他の星騎士たちはクラウスから放たれる重圧に口を閉ざしてしまっているようだ。
そんな中、一人の男性が声を上げる。兜を被っている事から新人である事は分かる、他に特徴的なのは腰に剣を2本差しているぐらいだ。
「僕が行こう」
「ッ?! やめとけって! 新人が敵う相手じゃ―――」
しかし彼は静止を聞かずそのまま歩みを進める、クラウスの前に立つと兜を外し素顔を現す。
中からは肩ほどまである真紅の髪、そして翡翠色の瞳を持つ男性であった。
「お、お前、いやっ貴方様は……?! 」
「やれやれ、交易都市が荒れてるのは知っていたけどここまでとはね……」
「齢18にして、最年少で上級星騎士の立場に到達し」
「もっとも四星に近い男! 」
「「ジャック・ザッコス!! 」」
演習場はざわつき始める。
見習いの当初は同期の中でも実力、才能はとびぬけており、最年少で見習いを卒業。17歳にして星騎士の立場に辿り着いた紛れもない天才である。
※補足:上級星騎士の平均年齢は35歳。
「この声……確か羅針盤で…………? 」
「おっと、よく気づいたね。僕はジャック・ザッコス、上級星騎士……まぁ今みたいに”四星に近い男”と言ってる人もいるけど、まだまださ」
「どうでも、良い。ぜぇ……始めるぞ、ぜぇ……不意打ちでもなんでも、好きにしろ」
「おやおや、かなり嫌われてしまったようだね。ではまずは―――」
ジャックはクラウスに手を向けるとある輝術を使用した。
身構えたクラウスであったが、身体に衝撃は来ない……むしろ気怠さが消えていくのを感じる。
身体は温かな光に包まれていた。
「回復輝術を使わせてもらったよ、そのままではフェアな戦いができないからね」
「それでも……アンタ達は信頼できない、この模擬戦でやった事を考えてみろよ」
「フム、それを言われてしまっては此方も弁解できないね。本部からの依頼であったんだけど、どうやら外れクジを引かされたらしい」
どうやら彼、ジャック・ザッコスは此処の噂を聞いた王都にある星騎士本部から査察を頼まれたらしい。表向きは王都からの研修に来た見習い星騎士としてだが、実際は上級星騎士……立場としてはこの駐屯地を任されているトリスと同じである。ジャックはこれまでに調べた事を次々と挙げていく
「交易都市の治安悪化、街道の魔物被害報告、山道の盗賊団への対応不備等々に一部幹部の脱税……問題は色々とあったさ。そして本来協力すべき勇士への対応もね、酷いモノだ」
「……」
「そうだね、君の場合はアレコレ弁解するよりも剣を交えた方が信頼されそうだ」
ジャックは武器を抜くと、切っ先をクラウスに向ける。
両腰に付けた鞘のもう一方には剣が収まったまま……どうやらハンデのつもりらしい。
「さぁ始めよう」
「もう一本は良いのか? 」
「フフ、抜かせたいなら頑張ってみなよ」
「なら……行くぞッ! 」
クラウスは一気に距離を詰め始める。
しかしジャックは姿勢を変えず、ジッと動きを観察していた。
「おお、近くで見るとより早く感じるね」
「ハァッ! 」
ブンッ……ガツッ
「……まぁ僕よりは全然遅いけど」
「な……?! このぉッ! 」
武器を振り下ろした時、目の前にジャックの姿はなかった。彼はクラウスの後ろに回り、同じ姿勢で剣を向けていた。
クラウスは振り向くと同時に足払いを行うがその攻撃も回避されてしまう。
「今の避けるのか?! 」
「良い動きだ、他の人だったらスッ転んでいただろう」
「……」
「さ、君の本気はこんなものじゃないはずだ。 なんなら奥儀でも放ってみたらどうだい? 待っててあげるよ」
ジャックはさらにクラウスを煽る。
「後悔すんなよ……ハァァァァッ! 」
武器を握る手に力を込めた。周囲に風が吹き始める……クラウスは風属性の輝力を活性化させているようだ。剣身に蒼い風が宿り始めると切っ先を相手に向けながら腕を引き、一歩踏み込むと同時に突き出した。
「螺旋蒼牙ぁッ! ぐぅ……オオオッ!! 」
突き出した刃からは風の輝力がきりもみ状に放出される、しかしそれと同時に自身の身体を傷つけてしまう。蒼い風の混じる竜巻は地面を割きながらジャックの元へ迫っていた。
「素晴らしい風の輝力。だが……まだ荒い! 」
彼は武器を払うと、剣身に炎が灯る。
そのまま空に向けて振り上げると、クラウスの放った技を斬り裂いた。
風の輝力は霧散し、周囲には衝撃も発生していない……ジャックは一振りで完全に相殺させたようだ。
「嘘……だろ? 俺の全力だぞ!? 」
「体捌きは誰かに習ったようだけど、剣術は我流のようだね。でも言ったように荒い、焦りすぎさ」
「ウグッ、は、反動が……」
「その結果が今の君だよ、クラウス君。輝力の練り方がなっちゃいない」
ジャックは再度回復輝術をクラウスへ掛けてくる。
奥儀の影響で受けた傷は塞がり、すぐに動けるようになった。
「……なんでここまでしてくれるんだ? 勇士が邪魔なんだろう? 」
「本来この依頼は互いの技術交流の為に行っている。僕は内容に沿った方法で君の相手をしているだけさ、次は手本を見せてあげようじゃないか」
剣を自身の前に構え、瞳を閉じると火の輝力が宿り始める。
光の勢いは徐々に増していき、剣身は完全に炎に包まれた。
「大事なのは輝術の使用と同じ、火や風がどんなものなのかイメージする事」
「熱ッ?! 離れてるのに熱がこっちまで……? 」
ジャックはその場から飛び上がると、剣をクラウスに向けて急降下してくる。
剣に宿った炎は大きく広がり、鳥の様な形状へ変化した。
「鳳天翼! 」
「クッ……負けて、たまるかぁッ! 」
クラウスが剣を振るうと特技 風刃が放たれる、いや、正確に言えば風刃に似た特技であった。
彼自身、意識したわけではないが”白い刃”ではなく”蒼い刃”が放たれている。
ガッ……ゴォォォッ!
二つの力がぶつかると、周囲に衝撃波が発生する。
ジャックの纏う炎は剥がされ、自身の武器と蒼い刃が競り合っているのが見えた。
「たった一度見ただけでここまで……! 気に入ったよ、クラウス君! 」
「いっけぇぇぇっ! 」
クラウスの声に応えるかのように蒼い刃は勢いを増し、ジャックを押し返していく。
彼も次第に両手で武器を持ち始め、再度炎を宿した。
「デヤァッ! 」
ジャックが声を張るとクラウスの特技は再び消滅してしまう。
しかし、今度は相殺まではいかず彼の顔に一筋の傷をつけていた。
「初めてだよ、僕に傷をつけたのは」
「ハァ……ハァ……そいつは、光栄だ。で、どうするんだ? 」
「気が変わったよ、良いモノを見せてくれたお礼に僕も本気で応えないとね」
ジャックはもう一本の剣を抜き、目の前で十字に構える。
そして腰を落とすと一気に距離を詰めて無数の剣撃を繰り出してきた。
「双刃閃! そらそらそらぁッ! 」
「ぐぅッ?! 防ぎ……きれねぇ! 」
クラウスも迫りくる刃に何とか反応し直撃は避けているが、斬と突を織り交ぜた剣技を全て防ぎきれていない。確実に押され始めていた。
「このぉッ! 」
「おっと危ない。今の特技、よく防いだね」
2種類の攻撃の変わり際を狙って剣を振るい、無理やり距離を取らせる。
クラウスは先ほど無我夢中で放った特技の感覚を思い出し、ある賭けに出た。
「もう一度、やってみるか……ォォォオオオッ! 」
「フフ……君を認めようじゃないか。僕の好敵手に相応しい者と! 」
二振りの剣を持つ騎士は意識を集中させると、それぞれの剣身に炎が灯った。
一方クラウスは両手で剣を持ち、脇に構える。どうやらウラサの道場でシショーに放った技を使うらしい。
「双星流剣術奥儀、焔……十文字ッ!! 」
先手を打ったのは上級星騎士、ジャック・ザッコスであった。
ザッコスは左の剣を横に薙ぎ、続けて右の剣を垂直に振り下ろすとそれぞれの剣から炎の衝撃波が放たれる。
「まだだ……もっと速く、鋭く―――」
クラウスの周囲には風が渦巻き、次第に視認できるほどの輝力が蒼い風となって吹き始める……しかし、炎の衝撃波は既に目の前まで迫っていた。
「く、クラウスーーーーーーッ!? 」
クラウスは奥儀を放つ前に炎へと飲み込まれてしまう……燃え盛る演習場にレニの声が空しく響き渡っていた。
「……おっと、僕としたことが熱くなりすぎてしまったようだ」
冷静さを取り戻したジャックは自身の生み出した炎を消そうと手のひらを向けた瞬間であった。
燃え盛る炎が揺らされている事に気づく……外からではなく、内側から何かが迫ってきているようだ。
ゴオォッ!
「ッ?! 」
突如、炎を斬り裂くように奥から蒼い光を放つ衝撃波が出現……不意を突かれるも身体を反らし、技の軌跡から外れる事に成功する。
衝撃波は積み上げられた石レンガの壁に当たると、大きな斬撃の後を残し消滅した。
ジャックは視線を戻すと、裂かれた炎の中に衝撃波と同じ輝き放つ剣が見えた。
どうやらクラウスは炎に飲み込まれても技を放つ事を諦めなかったらしい。
「速く……するど、く…………」
クラウスは糸の切れた人形のように地面へと倒れ込む。同時に炎は消滅し、ジークとレニが観客席から駆け寄り治療を始めた。
その様子をジャックはただ見ている事しかできなかった。
「馬鹿な、僕の奥儀が……? 」
「負けたんだろうね。でなきゃあんな炎を斬り裂くなんてできない」
呆気に取られていたジャックにランテが声を掛ける。
「貴女は―――」
「ランテ・アルテ。新人クン……いや、クラウスはまだ色々と荒かったけど、あの最後の一撃は完璧なモノだった。多分君の放った奥儀が彼の荒い部分を削いでくれたんだと思う。……でも君は心の何処かでクラウスを舐めてたんじゃない? 少しだけど輝力にムラがあったよ」
「……試合に勝って、勝負に負けた、か。僕も一つ勉強になったよ」
ジャックは納得したのか武器を収め、周囲の各星騎士に撤収の指示を出した。指示を受けた騎士たちは足早に動き始め、崩れた瓦礫や散った草木を片付け始める。
その後クラウスの元へ行き、回復輝術を掛けるが目を覚まさなかった。火傷や裂傷は消えたが使用した輝力までは戻らないらしい、全力を出し切った事で身体が限界を迎えたのだろう。
「レニ、さんでしたか? ……彼に伝えておいてください、此処の星騎士達は僕がしっかりと立ち直らせると。ジャック・ザッコスの名に懸けて、ね」
レニへ一方的に言伝を預けるとジャックは施設の中へと進んでいってしまう。その後は彼の部下である星騎士から依頼完了の旨を伝えられ、駐屯地を後にした。