第7話 交易都市 セクタスにて
◆クラウスの場合◆
彼が目覚めたのは解決から丸一日経過してからであった。
治療した医師から”今回の怪我のように、無茶を続けていると二度と動かなくなる”と警告を受けた。
素手での輝力使用と言うのは人体に大きく負担のかかる行為であり、それを防ぐために武器や防具には特殊な加工が施されている。クラウスが使用した特技の”瞬歩”は防具の効果により輝力消費が抑えられ、気絶まではいかなかったらしい。
コレは事件解決から数日経ったある日の事。
クラウスはリハビリも兼ねてジークと共に都市内の巡回を行っていた。
「大分前に来て以来だけど、やっぱ活気のある都市だな」
「まぁな、各地の商人たちが集まってるだけはある。その分厄介事も―――」
ドンッ
「どけぇっ!! 」
「アイタァ~……いったい何や? 」
ジークは後ろから走ってきた男から突き飛ばされてしまう、背丈はジーク(約180㎝)も見上げるほどの巨漢であった。不意打ちの様な一撃だったため反応できず、踏ん張った際に脚を痛めてしまったようだ。
後方から女性の声が聞こえてくる。
「ど、ドロボーーーーッ! 」
「クッ……クラウス! 助士として初めての仕事―――」
「待てェェェェェッ! 」
クラウスは既に駆け出していた。積み荷や屋台の骨組みなどを器用に使いながら最短ルートで距離を詰めていく。それを知らずに男は人や商品等を散らしながら全力疾走していた。
「早ッ?! ああもうっ、クラウス! 絶対に拳は使うんやないで!? 」
「あの方向……なら私は! 」
「お嬢さんは……っていないんかい! ん? アレはまさか―――」
物を盗られた女性も人込みに消えてしまう、赤を基調とした服装と金色の長髪の一部を三つ編みに結っている……その後ろ姿にジークは見覚えがあった。
※※※
~大型マーケット 羅針盤~
男が入り込んだのは交易都市内で最大の商業施設、羅針盤であった。
円状の建物で内部には各国から集まった商人たちが様々な店を開き、商品や売り上げ等……互いに競い合っている場所だ。
「ま、まだ追ってくんのか?! グゥ……オラァッ! 」
「やっと止ま……ってソレはデカすぎる!!」
一度立ち止まった男はクラウスに向けて、商品の詰まった木箱を投げてくる。
周囲には一般市民もおり、回避すれば被害が出る可能性もあった……彼も脚を止め、衝撃に備えて身体に力を込める。
「うおっ……!? お、重い……なぁッ! 」
クラウスは荷を受けた際、腕に感じた痛みで顔をしかめる……しかし何とか耐え、押し潰されずに済んだようだ。荷物をゆっくり下ろし男を探す。
通路の人が端に寄っていた事もあって容易く発見は出来たが、既に反対側の出口付近まで進んでいた。
「このまま逃げ切って―――」
「そうは、させませんわッ! 」
大男の頭部に衝撃が走る……出口の前には金髪の女性が立っていた、先ほど外で叫んでいた女性と同一人物の様だ。彼女は持っていた鞄で殴りつけたらしい、それに逆上した男は女性に対して拳を振り上げる。
「グォッ……この女ぁ!! 」
「嘘……頭を狙ったのに、キャァッ!?」
対格差もあり、女性の攻撃はほとんど効いてなかった。
迫りくる拳……彼女は身を守るために身体を丸め、腕を交差させる。
ドカッ! ギギギ……
拳が何かに当たった音はした……しかし、身体に痛みはない。
女性は目を少しずつ開いていく、どうやら誰かが庇ってくれたようだ。
「なッ?! こんなガキに俺の拳が―――」
「ッ~……大丈夫か? 」
「え、ええ……おかげさまで何とか…………」
クラウスの手には杖が握られていた、近くの老人から借りて間に割って入ったようだ。
大男の拳を受け、しなっていたが折れてはいない。
「お前、泥棒だけじゃなく女の人にまで手ぇあげんのか! 」
クラウスは全身に力を入れ、男を押し返す。
態勢を崩された相手は隙だらけの状態だった、杖は押し返した際に折れてしまい攻撃には使えない、ジークからも拳の使用を禁じられている中、1つだけ攻撃方法を思い浮かんだ。
「拳が駄目なら……! 」
「オゴォッ?! 」
懐に飛び込み、脚を突き出すクラウス……彼の攻撃は男の鳩尾に深々と沈み込んでいた。
男は呼吸もままならない状況の様だ、シショー曰く”身体が固くても、内臓は柔いもんよ”との事。男は片手に持っていた木製の箱を床に落とし、その場に丸まってしまう。
「う……ガハッ! ォォォ……」
「ふぅ、ハイこれ。アンタが盗られた物なんだろ? 」
「あ、ありがとうございます……あの名前―――」
「アッ?! やべ……ゴメン、話は後で頼みます! 」
女性は名前を聞こうとするが、クラウスは手に持っていた杖に気づく。
慌てて借りたお年寄りの元へ向かう。
「爺ちゃんゴメン……借りた杖、折っちまった」
「良いよ、泥棒捕まえんのに役立てたんだろ。そいつは元々近いうちに捨てる予定だったんだ」
「でも……」
「良いから。お前さんまだ見習いだろ? 弁償何てできるほど稼ぎもないのに無理するんじゃない、別の機会で助けてくれたらそれでいいさ」
騒ぎを聞きつけた星騎士が集まって来る、クラウスが話している間に男は拘束され、被害に遭った女性も無事保護されたようだ。一人の騎士が彼に近づき、話しかけてくる。バケツを被った様な兜……お爺さんの話では星騎士のなかでも見習いの立場の者が被るらしい。
「君があの男を? 」
「え、ああ。対処したのは俺だけど……」
「よくやってくれた、男の処遇は此方で対応するから任せてくれ。君も星騎士を目指すなら―――」
「ん~……悪いけど俺、勇士協会に所属してるんだ。助士のクラウス・ビルガー」
クラウスは自身の所属を証明する為、一冊の手帳を取り出す。
表紙に描かれているのは天馬。馬は人々の生活に密接した関係にある事を示し、翼は自由を示している。元々は手帳とバッジ、それぞれ別に表記されていたが一つに纏められ今に至るらしい。
「そ、そうか……それは残念だ。もし星騎士に興味があるなら都市の東にある駐屯所に来るといい、では」
スカウトに失敗した騎士は少し残念そうだった、駐屯所の位置が書かれたチラシをクラウスへ渡すと仲間の元へ戻って行く。遅れて勇士の増援も駆けつけたが、事態は既に収束。クラウスも今までの状況を説明すると市場の後片付けなどを行い、撤収した。
※※※
~レニの場合~
「司祭様、今日はありがとうございました」
「いえいえ、お役に立てずに申し訳ありません」
「そ、そんな……頭を下げないでください。都市の近くにある塔の事を聞けただけでも十分です、一緒に旅をしている仲間と登ってみます」
「ハイ、許可証はお渡ししておきますのでどうかお気をつけて……」
話が終わるとレニは教会を後にした。
彼女は自身の手がかりを探す為に聞き込みを行っていた、都市に昔から住んでいる人や悩み人が立ち寄る教会など……得た情報で有力なのは都市の北西にある”月の塔”とよばれる所であった。
今日聞けたのは彼女の見覚えのある風景、”剣の刺さった台座”と似たものがあるという情報であった。
「ふぅ、緊張したぁ~……ジークさんに勧められて助士の試験を受けてよかったかも。塔に入るにも必要な資格だったみたいだし」
事件解決の次の日、レニはさっそく情報収集に走っていたが一般人に話してくれる人はほぼいなかった。
逆に不審者のように扱われそうにもなり、勇士協会で依頼を出そうとしたところでジークに声を掛けられたのだ。実技試験はクラウスとの活躍もあり免除され、筆記試験はギリギリの突破……無事助士の資格を得たのであった。
「……そうだ、クラウスの武器直してあげないと」
レニは足早に武器屋へ向かった……
~武器・防具の店 スマッシュ~
都市内に店舗を構える武器・防具の店スマッシュ、丁度昼時からか客の数はそこまで多くない。
勇士や星騎士の為の武器だけでなく一般人向けの商品も取り扱っている。店の中でも際立って目立つのはメイド姿の女性がいる事であった。商品を見ながら何かを待っているようだ。
「すいませ~んッ」
「はいよ、今日はどのような……ってガキかよ」
「む……ガキじゃないです、一応これでも助士です! 」
「なんだ見習いか、じゃぁ武器でも探しに来たのか? お前さんみたいなヤツにはコレが丁度良いぜ」
店長は果物ナイフをカウンターの上に置き、笑い始める。
レニはため息を吐き、荷物から一枚のカードを取り出した。
「一応鍛冶師でもあるんです、鍛冶場を借りれると聞いてたんですが空いてませんか? 」
「助士であり鍛冶師だぁ? んな半端モンに貸す様な鍛冶場は―――」
店長の顔は青ざめていた、レニのかざしたカードにはC級鍛冶師と記載されている。
この世界では資格を持っていれば、金銭を払う事でその店の鍛冶場を借りることができる。
これはあくまで噂だが……鍛冶師業界では上下関係が厳しく、粗雑な武器の製作・販売や接客対応をしてしまうと資格そのものを没収されてしまう事もあるらしい。
ちなみに店長はD級鍛冶師、店を持つことを許される階級であり、苦労して積み上げてきたモノをすべて失ってしまう危険があった。
「分かりました。では別の所で借りてみます、お仕事中失礼しました」
「ま、待ってくれ! かか、鍛冶場なら空いてる! 」
「……人を見かけで判断しちゃ駄目ですよ? 他のお客さんもいるんだし」
「いやぁ申し訳ない、今後気を付けるよ」
「ハイ、じゃあお金払いますね。よろしくお願いします」
その後店長は快く鍛冶場を貸してくれた。確かに始めの対応は乱雑であったが鍛冶場を見れば店の格も分かる。整理整頓が行き届いており、鍛冶道具の整備も問題ない。店舗としてはD級であるがそれ以上の代物を日々作っているのだろう。……後にこの店は世界中から注文が殺到するほどの店まで成長するのだが、それはまた未来の話である。
レニは折れたクラウスの剣を取り出し、準備を始める。
その様子を店長や勤務している職人たちも見学していた。
「あのぉ、そんなに見られると緊張するんですが……」
「おおっと、それは申し訳ない。せめてウチの新人たちにだけでも見せてやってくれないか? 」
「そんな大層な武器を作るわけでもないんですけど……まぁ良いや、君たちも絶対に近づいちゃ駄目だよ? 」
「「「ハイッ! 」」」
作業は順調に進み、終わったのは14時過ぎ……昼を抜いて力作業をしていたレニも流石に空腹のようだ。
その様子を見ていたメイド服の女性は彼女に話しかけてくる。
「あの、ご迷惑でなければコチラをどうぞ」
「ふぇ? 」
「おっと突然失礼いたしました、私はロア。市長の秘書をしております。」
「え、あ、はい。私はレニ、レニ・セベッセンと言います」
レニに渡されたのはパンに様々な具材が挟まれた料理、サンドイッチであった。
ランチボックスには紙で一つ一つ丁寧に梱包されているのが4つ……ロアの話では市長に届ける予定だったようだが、別件で別行動となったため食べてくれる人がいなくなり困っているとの事。
後片付けを済ませ、店長に礼を言うと一緒に店の外に出た。
「レニ様、せっかくですので一緒に食べましょう。先ほどは良いモノを見させてもらいましたし、そのお礼と言う事で」
「え……私何かしましたか? 」
「店長への指摘とその剣ですよ、使い手の事を考えて作られた素晴らしい剣です。……ここの店長も決して腕は悪くないのです、仕事に対しても自分の階級以上のモノを作り上げてくれます。確かにあの対応は乱雑でしたがね」
「”職人の腕は作業場を見れば分かる”、お父さんがよく言ってました。……あ、あそこのベンチはどうですか? 私飲み物を買ってきますね」
※※※
「ご馳走様でした。料理上手なんですね」
「ふふ……一応秘書兼メイドですから。此方もご馳走様でした」
ロアは微笑むとレニに悪寒が走る。確かに彼女は微笑んでいるが糸目が軽く開き、そこから感じるのは獲物を見つめるような視線であった。
「えっとぉ……何かついてますか? 」
「いえ、お食事姿が小動物の様でとても可愛らしかったです。良い目の保養になりました」
「えぇ……(何だろう、この人なんか怖いよぉ)」
「まだお時間はありますか? もしよろしければ買い物にでも―――」
「あ! 勇士協会に依頼の報告に行かないと……ごめんなさい! 」
身の危険を感じたレニは再度お礼を告げ、脱兎のごとくその場から立ち去った。
「私としたことが先を急ぎ過ぎましたか。レニ様、フフフ……とても可愛らしかったですね」
ロアは静かに立ち上がると自身の職場へと移動し始める。
途中市長がトラブルに巻き込まれたと話を聞き、現場へ急行。
その場にいたお爺さんから星騎士に保護されたと聞き、駐屯所まで迎えに行ったらしい。