第3話 敵か味方か……
~??? 牢屋~
頭部に響く鈍い痛みでクラウスは目を覚ました。
薄暗い洞窟のような場所。光が差し込むような穴もなく、灯りは松明の光がほのかに照らしてくれるくらいだ。
直接地面に敷かれた布の上に寝かされていた所為か、若干身体も痛む。現状を把握するまで多少時間が掛かった。
「……おぉッ、俺捕まったのか」
「反応うっす、あんな間抜けな捕まり方するヤツ初めて見たで? 」
牢の外には見張りがいるようだ、軽めの口調と独特の訛りで話す若い男性の様だ。フードを深く被り、口元をスカーフで隠している。服の上に鉄製の軽鎧を装備し、手には金属で補強された木の棒……長さは背丈と同じ程であった。
「看板あったら見るだろ普通」
「ちゃうちゃう、そっちやない。一撃やで? 頭をポカリとな」
「そんな軽い音じゃない、ゴツッと鈍い……そういや頭痛いな」
「反応薄いっての、あ~あ……どうせならポニテの子の見張り番が良かったなぁ」
【ポニテの子】と聞いてクラウスが瞬時に思い浮かんだのはレ二の事であった。
フードの男に詳しく話を聞くと服装がツナギである事や栗色の髪を後ろに結っている等、他出てくる特徴からレ二である事は間違いは無いと確信する。自分とは別の場所に捕らえられているようだ。
「おっと、脱出しようとするんやないで? 一応武器や持ち物も没収しといたからな」
「……チッ」
「まぁそのうち外へ出れるて、それまで大人しくしぃや」
その後見張りとの他愛もない会話が続く。どちらかというと相手が一方的に話しかけてくる形であったが、クラウスも適当に相槌をいれたりしていた。
気分が乗るほどよく舌が回るらしく最近襲っている集団についても教えてくれた。
この山道によく出没する集団は魔物ではなく人間であった。
【ファフニール】と名乗る盗賊団で、構成員のほとんどの者が王都にて兵士として活動していたらしい。彼らを纏める首領も同じで、数年前までは部隊を纏める存在であったとの事。
騎士団の設立によって職を失い、酒におぼれる日々が続いていた……行く当てもなく放浪している間も強奪等を行っていたらしい。現在勇士協会にて懸賞金もかけられており、【剛腕のフリード】の名で登録されている。男は他にも得意な武器や好物等々……洗いざらい全部話してしまう。
「なぁそんなに話しても大丈夫なのか? 」
「……あ。わ、忘れろ! 今言った事は忘れてくれ、なッ?! 」
「おい新入り、んな所でサボってんじゃねぇッ!! 」
「おっと……バレちまった」
フードの男は深い溜息を吐く。「やれやれ……」と一言呟くと腰かけていた木箱から立ち上がり呼ばれた方向へと歩いていった。
それと同時に男の身体から何かが落ちた……どうやら気づいていないらしい。
クラウスはそのまま男が去った事を確認し、落ちたモノに手を伸ばす。
「コレは……ヘアピン? 」
どうやら何か思いついたようだ。
彼は牢屋内をくまなく探してみる……すると運が良い事に寝ていた布の下から錆びた針金片を見つけた。その2つを使って過去にシショーから習った鍵開け術を試す。
「ここを、こうすれば……よし開いたッ」
少し時間は掛かるも何とか開錠に成功した。
外に出る事は出来たが油断はできない、何せここは敵地の真っ只中……彼はシショーの言葉を思い出す。
『いいクラウス? 敵地ではまず見つかっちゃダメ。すぐに増援を呼ばれて捕まるか、最悪その場で殺されるからね。姿勢を低くして物陰に隠れながら進む事、集中すれば相手の輝力を感じ取っておおよそだけど位置は把握できるから』
クラウスは軽く深呼吸をし、意識を集中させた。
地を伝い、次第に身体へ輝力が伝わってくる……暗闇の中に光となり人の形となって現れる。シショーの教え通り、おおよそだが人間の位置は確認できた。
「一カ所に輝力の塊が……レニもそこに捕まってるのか? 」
考えていても結果は出ないと思ったクラウスはこの場から動くことにした。
通路を出る前にもう一度外に意識を集中させると、すぐ近くに輝力を感じた。数は1人……正規の見張り番だろう、身を隠せる場所を探すが都合よく木箱などは無い。そこでもう1つ、シショーの言葉を思い出した。
『もし敵と遭遇した場合は先手必勝よ。相手が構える前に素早く……そして一撃で沈める事、可能であればね。無理な時は連撃で体勢を崩しつつ相手の意識を刈り取りなさい』
次第に足音が近づいてくる。
扉が無いため、クラウスは姿が見え次第攻撃すべきと考える。敵は口笛を吹きながら接近してくる……警戒していないようだ。
「……ん? なッ!? テメェ―――」
「遅いッ」
「ウググッ、グォッ!? 」
顔に当て身を2発当てた後、即座に服を掴み背負い投げを決める。地面に叩きつけられた相手は数秒後意識を失ってしまった。
そのまま自身が閉じ込められていた牢まで引きずり、めぼしいモノがないか漁ってみる。
「都合よく鍵束とかは……持ってねぇか」
持っていたのは手に収まる程の大きさの薄い箱と所々刃の欠けているナイフ1本、そして折りたたまれた紙……開くとそれは地図であった。地図によると此処はルプス坑道、この坑道はクラウスも耳にしたことがあるようだ。
過去にエレメントを含む鉱石が採れる事で有名だったが、掘り進める途中で魔物の巣に当たってしまい一時的に封鎖。その後巣へ繋がる穴を塞ぐため爆薬を使用するが、その衝撃によって以後の採掘作業に耐えられず崩落してしまう危険性が高くなってしまい完全に封鎖された。
「うへぇ、アリの巣みたいだ。……このドクロマークは魔物の巣に繋がってるってか? 」
最下層部は二方向に別れているらしく、片方には危険地帯を示すマークも記載されていた。
向かう前にもう一度確認した方が良いだろう。クラウスは地図をしまい、今後の目的を簡単にまとめる。
・自分の持ち物を取り戻す。
・捕まった人々とレ二の救出。
一応徒手空拳でも戦えるようだが、彼自身も適性があるとは思っていないようだ。
特に多対一になってしまうと素手の技を使えない彼は一気に不利になってしまう。この点はシショーからもよく言われていた。
『まぁ貴方の場合だとまだ多対一はまず無理ね。技で放出する輝力の量がバカみたいに多いし、使った瞬間に輝力枯渇による気絶で捕まるのがオチよ。素手の時は極力戦闘を避けなさい』
そんな彼にとって刃欠けの武器であっても得物があるのは心強い様だ。
一緒に手に入れた箱の中身を確認しようとするが開け方が分からず諦めた……軽く振ってみるとカラカラと音が鳴る。
準備も終わり、牢から出ると彼は物陰に隠れつつ坑道の奥へと進んでいく。
※※※
無事牢から脱出し、レ二を救う為坑道を進むクラウス。
道中は小石や鉄片を利用して相手の気を逸らしながら進んでいた。
戦闘は極力避けていた……しかしそれも長くは続かない、原因は不明だが道中に突如魔物が出現する時もあった。おそらく過去に魔物の巣と繋がった事が影響しているのだろう。
慎重に進んでいると、広い空間に出る。木箱やタル、土嚢……トロッコ等々、採掘が盛んだった頃に使われていたモノがそのまま放置されているようだ。中央辺りで盗賊達が雑談しているのを見かけ、クラウスは物陰から聞き耳を立てた。
「ま~た出やがったのか、今度は倉庫にだってよ」
「いい加減別ン所に移りてぇよ、俺ぁ……」
「んな事言っても親分がアレじゃ無理だろ、文句言ってねぇで行くぞ」
何処かで魔物が発生したのか盗賊達は奥へと進んでいってしまう。
移動しようと物陰から出た時、不意にタルを倒してしまった。
……しかし、中身は入っていない。
「コレに隠れながら進めば……試してみるか」
脱出した事が発覚する事も考えタルを上から被り、身を隠しながら進んでみる。
乱雑に置かれているとはいえ、動かなければただのタルにしか見えない。これなら不自然な位置や動いている所を見られない限り発見される事はまず無いだろう。
クラウスは先ほどの「倉庫に魔物が出現した」という情報を聞き逃してはいなかった。
タルを被り、周囲を警戒しながら盗賊達の向かった通路へと移動する。
※※※
しばらく進むと奥から何かがぶつかる音が響き渡って来る。
同時に悲鳴も……盗賊達が戦っているようだが押されているらしい。
通路は1本のみ、迅速に動くべきと判断したクラウスはタルを脱ぎ捨て倉庫までの道を走った。
近づくにつれてズシンッ……ズシンッと重いモノが動く振動が伝わってくる、倉庫前の空間に辿り着くとその巨体が見えた。
『―――グラァァァアアアッ!!! 』
肌は緑がかった渋い薄茶色、近くに居れば見上げるほど大きな身体……3~4m程あるだろう。丸太の様な太い腕を振り回し、盗賊達を次々と吹き飛ばしていく。特徴的なのはその頭部だ、鋭角な一本角と大きな目玉が1つ。クラウスがまだ弟子となって間もない頃、シショーと供に受けた依頼で遭遇した魔物……彼はその名前を口に出す。
「さ、サイクロプス?! でも色が……」
外で遭遇した時は薄水色だったのをハッキリと覚えていた。しかし今回であった個体は洞窟等に出現するモノ、魔物も環境によって体色が変わるようだ。まだこちらには気づいていない様だが盗賊の一人が大声で呼びかけてきた。
「おいッ、アンタも手伝ってくれや!! 」
声をかけてきたのは牢で話したフードの男、軽い身のこなしで攻撃を回避していた。
しかし他の盗賊達はそう上手くいかず吹き飛ばされる。それぞれ隙を見つけて反撃しているようだがついに最後の味方がやられ、フードの男一人になってしまう。
やっと来た増援に指示を出そうとした時、クラウスが脱走した事を初めて認識した
「なッ……お前脱走したんか?! 」
「偶然道具が揃ったからな……っと」
答えながら刃欠けの武器で攻撃を試してみる。
バキンッ
脛辺りに当たるが対格差もあってビクともせず、ナイフも折れてしまった。
『アアアッ……グゥ? ガァッ!! 』
「やっぱ駄目だよなぁ―――ブネェッ?! 」
クラウスも腕の薙ぎ払いに何とか反応し、その場にしゃがんで回避する。
攻撃に勢いをつけ過ぎたサイクロプスはバランスを崩しその場に尻もちをついた。ズズンッと重い衝撃が地面を伝わり、離れようとするクラウスの動きを止める。
「うぉ揺れる……」
「馬鹿ッ、早く離れろ! 」
フードの男が服を掴み、サイクロプスとの距離を無理やり離す。
相手は部屋の中央、先ほどまでほぼ同じ位置にいたクラウスは男に引っ張られ壁際まで移動させられた。
倉庫の扉が見えるが駆け出す前に相手も体勢を持ち直してしまう、移動するにはもう一度隙を作る必要がありそうだ。
「俺の武器は? 」
「あの倉庫に運んだ。……まさか隙作れと? 」
クラウスはサイクロプスから目を離すことなく頷く。
ため息をつく男、気を引き締めるためなのかフードを脱いだ。
「誰もおらんし、正体明かすなら丁度ええやろ。この【鉄壁の勇士】、ジークさんに任せぇやッ! 」
「……勇士だって? アンタが? 」
フードの中から出て来たのは見事な箒……ではなく逆立った緑髪。
ジークと名乗った男は武器を構え直し、クラウスの問いに答える間もなくサイクロプスの元へと駆けてゆく。
「はよ行けぇッ! そんな長くは引き付けられん!」
ジークと名乗った男は棒を巧みに使い相手の意識を自身に集中させた。
隙を作ってくれたことに驚きはしたが、そのチャンスを逃すまいとクラウスは倉庫へと向かう。幸いにも奪われていた武器と道具は入ってすぐの場所に置かれていた。
手に取った瞬間、倉庫の奥から誰かが話しかけてくる。
「おいッ、アンタ勇士だろ?! 助けてくれ!! 」
暗闇の中をよく目を凝らしてみると、奥には大型動物等を入れるような檻が置かれている。
声をかけてきたのは大きなバックパックを背負った男性……行商人のようだ、その陰に隠れるように子供も男女数人いた。歳は15~16歳ほどで全員栗色に近い髪であった。
「もしかして盗賊の被害者達か? 」
「そんなの見れば分かるだろ、早くここから出してくれ! 」
早々に脱出を望む彼らに外の状況を伝えると顔色は急変。男は真っ青になり、次は早急に魔物を討伐するように言われる。扉の向こう側からはジークの怒鳴り声も聞こえ始め、クラウスは自身の武器を手に取り魔物の元へと向かっていく。