第16話 二兎追う者は……
~ルプス坑道~
「まさかまたここに来るとはなぁ……」
「ハハハ……つい最近の事なのに懐かしく感じるね」
「なんじゃ2人とも、入った事があるのか? 」
この坑道は普通に山を越えるだけであればまず入る事のない場所である。しかし彼らは1か月前此処に連れてこられた、自身の意思とは関係なく。
この坑道はクラウスはジークと出会い、兄のフリードを倒した場所だ。
彼も内部の構造もまだ覚えている。
「入った事があるなら話は早い、今日はちょいと捕まえたい魔物がいてな」
「魔物? まさか危険なヤツじゃ……」
「馬鹿言うでない、基本無害な魔物じゃよ」
「あの、魔物に無害な存在っているんですか? 」
レ二の質問にツェータは答える。
その答えは”存在する”。例えば食料、人々の食べている肉や野菜、乳製品等もその無害な魔物から作られている。そういった存在を家畜として育てる事で、食料だけではなく革や毛、角なども生活用品に加工もされているとの事。
「お主らの着ている衣服、食べる食事等々……そのような存在があってこそ生活は成り立っておるのじゃよ」
「成程、じゃぁ今回はどのような魔物を捕まえるんです? 」
「ロックラットじゃ、背中に鉱石を背負った鼠じゃな」
ツェータの言うロックラットは確かに無害な魔物の一種である。主食は鉱石各種であり、食した鉱石の成分が背中に生えてくる変わった魔物だ。生息域は坑道や洞窟、鉱石が存在する場所に住み着いている。
稀に背中の鉱床に鉄や銅ではなく、宝石を背負ったロックラットも存在するらしい。
「ワシの手がけてる研究の一つでな、ロックラットの生態を調べているのじゃ」
今回のツェータからの依頼はロックラットの生態調査と捕獲。
坑道内の巣の位置は既に把握しているとの事で、目的地までは迷わず進む事が出来た。
その場所には泥と廃材で作られた大きな球体が複数個存在していた……中からは魔物の鳴き声が聞こえてくる。
「シッ……ワシは罠を仕掛ける、二人は周囲警戒を頼む」
姿勢を低くしながらツェータは静かに巣の前まで移動する。
背負った鞄から鉱石を取り出しいくつか散りばめるとクラウス達の元へ戻り、岩陰に隠れるように指示を出す。
彼女の指示に従い暫く待機していると、巣の中から目的の魔物が姿を現した。
大きさは手乗りサイズで、背中には鉱床を背負った鼠……ロックラットだ。
「フム……アレは幼体じゃな」
「あれからまだ大きくなるんですか? 」
「良い質問じゃな、レ二。もちろん大きくなるぞ、そうじゃな……小型犬くらいまで育ったロックラットは確認されておる」
「で、どうやって捕まえるんだ? まさか観察して終わりじゃないだろ」
「餌の鉱石に捕獲用麻酔薬を塗っておる、即効性だからすぐに眠るはずじゃ」
視界を戻すと餌を食べたロックラット達はその場で眠っていた。
数は7匹、周囲の安全を確認した後ツェータはゲージに入れるために近づいていく。
しかし突然クラウスが声を荒げる。
「ツェータさん! そこから離れろ!! 」
「む? なんじゃ―――」
「く、間に合え!! 」
「んげぇッ?! 」
巣の入り口から巨大な何かがツェータ目がけて飛び出してくる。
クラウスは俊足を使って彼女へ接近……そのまま抱きかかえるとその場から離れた。
巨体はそのまま地面を転がり壁に激突、衝撃で周囲に砂煙が舞った
「イチチ……ひ、ひたをふぁんだではないか (し、舌を噛んだではないか! )」
「緊急だったんだ、我慢してくれ。レ二! 」
「カバーは任せて、その間に体勢を! 」
レ二は砂煙目がけて特技 シャインボールを放つ。
出現した3つの光球を槌で打ち込むと、中から魔物の雄叫びが聞こえてきた。
ノソリと砂煙から黒い塊が姿を現す……ゆっくりと此方を振り向くと、立ち上がり威嚇をしてくる。
「……デカッ?! 」
「大きい、ロックラット? 」
「あ、アレはまさか……! 」
舌の痛みが治まったツェータは鞄からある道具を取り出す、取り出されたのはモノクル型の機械だった。これは彼女が発明した道具の一つ、”アナライザー”。魔物を分析するための道具である。
身に着けて数秒で分析は終わる……相手はロックラットで間違いはないのだが、異常に成長した個体の様だ。全長は2~3ⅿ、背負った鉱床には鉄や銅だけではなく金や銀などの希少な金属もふんだんに含まれているのを確認できる。
「どうやらロックラット達の親……名付けるならマザーラットって所じゃな」
「冷静に名付けてる場合か! 犬より大きいのはいないはずなんだろ?! 」
「犬以上の大きさの個体が偶然目の前に出て来ただけじゃ、それよりもコイツは危険じゃな……相当気が立っておる」
マザーラットは再び背を向けると、クラウス達の元へ目がけて突進してくる。
しかし彼らも棒立ちの状態でいる訳もなく、すぐにその場から離れマザーラットと距離をとった。体勢を整えたクラウスはツェータを下ろし、剣を構える。
「行くぞ―――」
「待てい」
「グぇッ?! ツェータさん、今はそれどころじゃ……」
「ヤツを捕獲する、じゃが相手は弱るとすぐに逃げ出すから注意するんじゃぞ」
ツェータは言葉を残すとクラウスを置いてマザーラットの元へと駆けだす。
鞄とは別に背負っていた武器を取り出し構える、彼女が手に持っているのは大型の輝力散弾銃のようだ。引き金を引くと圧縮された無属性の輝力が放出される。
『ギィっ?! ……ジュゥッ! 』
「オオッと、ではこれならどうじゃ? 」
横に跳びながら弾を放ち、反動を利用して回避を行う。その際に立っていた場所に何かを落としていた……円筒状の金属を3本。
マザーラットがその上を通過しようとした時、筒の中央に亀裂が入り白色の煙が噴き出す。
「クラウス! 」
「ッ……やるならやるって言ってくれよ! 」
白煙に向けて駆け出すクラウス、中には視界を失い慌てるマザーラット……明らかに動揺しており隙だらけである。まずは胴体に向けて一閃、しかし厚い脂肪に攻撃は阻まれ傷を負わせられないようだ。
自身への攻撃に気づいたマザーラットはクラウスを押し潰そうと両腕を広げ、倒れ込んでくる。
「喰らうかっての! 」
『ブギュッ?! 』
相手の勢いを利用して頭部を蹴り上げる、しかし重量はマザーラットの方が重く、そのまま倒れ込んでくる。クラウスは潰される寸前でその場から離れる事に成功……ツェータと共に相手と一度距離を置いた。
「やったか……? 」
「いやまだじゃな」
ツェータの言う通り、マザーラットはすぐに立ち上がる。ダメージを与えられていないと思われたが、大きな巨体はぐらついていた。
背を向け、突進の体勢に入ったかと思うと……
「しまった、逃げるつもりじゃ! 」
マザーラットは背の鉱床を盾にしながら地面を掘り進めていた。
いち早く気づいたツェータが距離を詰めるも、目の前に躍り出た時には既にその巨体は姿を消していた。
「くぁーーーーっ! やられた! あれほど貴重なサンプルがいながら……ぬぉぉぉぉ! 」
「は、ハハハ……とりあえず、終わりか? 」
「クラウスー! ツェータさーん! 大丈夫ですか?! 」
冷静さを取り戻したツェータはロックラットの幼体たちを回収……しようとしたがその姿は何処にもない。どうやら麻酔薬の効果が薄かったらしい。
彼女は落胆したがまだマザーラットの鉱床が残っていたのが不幸中の幸いであった。
それを研究サンプルとして個人的に買い取り、その料金の一部をクラウス達への依頼料とした。
その後クラウス達に興味を持ったからか、ツェータは度々勇士協会へ入りびたるようになった。時折強引に指名して研究サンプル採取に連れ出しているらしい。
そしてこの依頼から3日後の朝、クラウス達は受付のシルバから声を掛けられる。渡されたのは食事会への招待状……送り主はこの交易都市の市長からであった。