第2話 旅立ち
<森の村 ウラサ 自宅>
外では日の出を知らせる鐘の音が響いている、それに合わせるように鶏も鳴き声を上げていた。
窓から差し込む日差しを受け、クラウスは目を覚ます。
「ふぁ……あぁ~、もう朝か…………」
まだ寝足りないのか体を起こしてもすぐに目を閉じてしまっていた。
そのままベットに沈みこんでしまう。しかし―――
「んぐぉっ?! イッタタタ……」
その瞬間に身体の節々に痛みが奔り、眠気が吹き飛んだ。
確認してみると胸部や腕……所々に包帯が巻かれており、前夜の事を思い出すまで数秒要した。
シショーの書置きに書かれていた【最後の試練】、クラウス自身も数回経験した事のある組手であった。彼女曰く【4割本気だけど死なないから安心して組手】なのだが……彼からすると
「シショーめ……完ッ全に殺る気だったよな、アレは」
文句を言いながら着替えを始める。
終わる頃には下の階から何やら良い匂いがしてきた、誰かが料理をしているらしい。
しかしクラウスの顔色は真っ青。痛みの事を完全に忘れ、急いで1階へ向かう。
シショーの作る料理は一見普通の見た目と匂いなのだが味は最悪……彼も過去に食べた事があり、生死の境を彷徨ったらしい。
「シショー早まるな! 俺が作るから!! 」
「わっ?! 何ナニ、どしたのクラウス? 」
「……レ二? なんで此処に居るんだ? 」
キッチンに居たのはツナギの上からエプロンを着けたを来た少女、栗色の髪を結ってポニーテールにしている。彼女の名はレ二・セベッセン、武器屋の一人娘である。
クラウスの予想は大外れ……気が緩んだのか再び身体に痛みが走る。
その様子を見たレ二も一度料理の手を止めて駆け寄り、彼を椅子に座らせた。
「うッ、イチチチ……」
「大丈夫? 実はシショーから呼ばれたの。朝食はそのついで、珍しく寝坊してると思ってたらそう言う事だったんだね」
レ二はクラウスの姿を見て何か察したようだ、水の入ったコップを渡すと再び朝食作りに戻る。
数分するとシショーも戻ってきた。寝坊した彼の代わりに一仕事をしてきたようだ。
「おっはようッ! いや~久しぶりに仕事したわ、クラウスも元気そうで何より」
「元気そうで何より……じゃねぇッ昨日の組手はなんだよ、本気で殺しにきてただろっ!? 」
「何よぅ、骨は折れてないでしょ? 私がその気ならもっと―――」
内容が少々刺激的なので省略。それを聞いた2人も顔が青ざめてしまっていた。
気が付いたシショーは雰囲気を戻そうと咳ばらいをし、朝食の準備を手伝い始める。本日の朝食はパンとベーコンエッグ、畑で採れた野菜を使ったサラダであった。
3人は談笑しながら食事、その途中にシショーは本題へと入る。
「さてとクラウス。昨日の試練の事なんだけど、合格よ」
「……いきなりだな、正直信じる事が出来ないぞ。そもそも負けたじゃないか」
「勝ち負けがすべてじゃないの、貴方は十分に成長した。今の実力なら勇士を目指しても大丈夫よ」
シショーの言葉にクラウスは言葉を失ってしまっていた。
彼女の話す勇士とはこの世界に存在する職業の一つ。【勇士協会】と呼ばれる国の平和と民間人の保護を目的とした団体に属し、さまざまな依頼を取り扱っている。その在り方から憧れを抱く者も多い為、人気の職業でもある。
仕事の内容としてはクラウスが普段行っているモノに近い。
「ほ、ホントかッ?! 」
その問いにシショーは無言で頷く。クラウスも今度ばかりは冗談ではないと確信したのかガッツポーズを取る。その隣でレ二は笑顔で拍手していた。
「合格と言えばそうなんだけど、まだ半分よ。いうなら仮合格ね」
「何だよいきなり……確かにまだ勇士ですらないけど」
「それよ、勇士になるには現役又は元勇士の推薦状が必要……まずはこれね」
シショーは懐から封筒を取り出す、そこには【勇士推薦状】と書かれていた。
彼女は過去に<王都 カシオペア>にて勇士として活躍し、名を上げていたのだがある事件をきっかけに引退し、この村にて道場を開いたそうだ。ちなみに事件の内容についてはクラウスにも話していない。
「中は絶対に見ちゃ駄目よ、交易都市の勇士協会まではね。そこで必要になるから」
「わ、分かった……その支部の人に渡せばいいんだな? 」
「まぁ詳しくはそこで聞いて頂戴。で、もう一つはレ二、貴女にも関係しているわ。内容は……そうね、簡単に言うと武者修行の旅よ」
彼女はそのまま話を続ける。内容はクラウスの第弐の試練、武者修行の旅について。
飛行船の使用は不可。シショー曰く、自分の脚で各地を巡る事が大切らしい。ギルド外でもその土地の人々から依頼を受け、様々な経験を積む事が修業内容の様だ。
「んでレ二、一度家出した事があったでしょ」
レ二には少々特殊な事情がある。
彼女がこの村にきたのは約5年前の事……当時12歳となったクラウスが初めて狩りに参加した時の話だ。
獲物を怒らせてしまい、逆に標的となってしまった彼は必死に逃げ回っていた……村人達ともはぐれ、偶然でたウラサ湖にて気を失っていたレ二を発見したのであった。
その後様々な出来事が有ったが、2人とも無事保護される。目を覚ました彼女は【レ二】という名前以外、一切の記憶が失われていた。会合での話し合いの末、彼女は武器屋を営んでいたセベッセン夫婦に引き取られる形となり今に至る。
彼女が村の生活にも慣れてきた頃……シショーの話では自分の記憶の手がかりを探す為に村を飛び出し、その道中魔物に襲われた事があるらしい。
「あぅ……シショー、それは言わないで。悪いことしたとは思ってるよ……でも気になるんだもん。お父さんを説得できれば良いんだけど、あれ以来許してくれないの。『1人じゃ絶対にダメだ! 』って」
「フッフッフ……そこで我が弟子の出番よ、クラウス」
「俺か? まさかとは思うけど―――」
クラウスはもちろん、レ二も何か察したらしい。
彼女の顔には笑みがこぼれていた。
「もしかしてシショー、その修業に私が一緒に……」
「大ッ正ッ解~! 昨日ベルントの許可ももらえたわよ、組手の内容を見て大丈夫だってさ」
「ホント!? わ、私さっそく準備してくる! 」
レ二はあっという間に出て行ってしまう。
「おいおい本気かよシショー……」
「護衛の依頼もいつかは経験する事よ、それに彼女なら大丈夫でしょ? 」
残った二人は修業内容の話を詰める……まずは村を出て、北にあるルプス山を抜け、交易都市を目指すことになった。その後はクラウスも午後の出発に備え、荷物を纏める事にした。
正午の頃には各自準備も終わり、村の人々から見送られ村を出発。
勇士に憧れる青年と記憶を探す少女の長い旅が始まった。
※※※
平原を北に抜け、夕方にはルプス山脈の麓に存在する集落に到着。
山道入り口前にて駐屯兵のアドバイスもあり、クラウス達は日が昇ってから山越えする事にした。
しかし、泊まった宿にて不穏な噂を耳にする。
【危険魔物による都市に繋がる近道の封鎖】、【―――の被害者が出た】
2つ目に関しては重要な部分が聞き取れなかったが、相手は集団で行動していたらしい。
襲撃を受けた人は行方不明のまま……交易都市に救援依頼を出すにも通信設備も破壊されており、まともに動けない状況であった。人々の不安を取り除くために兵士達もその対応に追われ、疲弊しているようだ。
~ルプス山脈 迂回道~
一方クラウス達は宿にて十分に休息を取り、早朝には出発していた。
木々の生い茂る山道を登っている最中だが特に異変は無い。コボルトや大蛇等の魔物との戦闘はあったが、2人にとって脅威になるようなものではなかった。
クラウスはもちろんだが、レ二も自身の身を守る術は習得している。
過去に魔物に襲われた事もあり、時間を見つけてはシショーの元で習っていたらしい。
武器は自身で製作した改造槌。武器を振るう際に輝力を通わせ、ヘッドの反対側から放出する事で威力を上昇させるとの事。
しかし実戦では何が起こるか分からない為、義父であるベルントは1人旅を禁止していたようだ。
しばらく歩き続けていると古い小屋が見えてくる、おそらく休憩用として建てられたモノだろう。
「……一旦あそこで休憩するか? 」
「そだね。何回か戦闘もあったし、そろそろゆっくりしたいかな」
2人の意見は一致し、小屋の中に入る。扉を開けた時に小さな鐘が鳴る、此処を作った人が設置したのだろう。内部は意外に綺麗であった、その様子に目を疑ったクラウスはもう一度外観を観察してみる。部分的に真新しい木材がある、どうやら誰かが補強や整備を行っているらしい。
「はぁ~……最近物騒って聞いてたけど整備する人もいるんだな」
「ねぇクラウス見てよ、この机や椅子もしっかりしてる。全部手作りみたいだよ」
「そうみたいだな……お、ご丁寧に看板まであるや」
クラウスは看板に書かれた文字を読む。
元々書かれていた文字の上から別の文字が書かれているようだ。
【後ろを見ろ】
「なんだコレ? 後ろにな―――」
ゴツッ
「ウッ?! グゥ……」
看板の指示通りに振り向くと、頭部に鈍い衝撃が走った。
倒れると目を隠され視界は暗転、口元に何か当てられると次第に意識が薄れてゆく……その中レ二が何か言っていたが聞き取る事は出来なかった。