第14話 都市に響く異音
勇士協会の外部訓練場、朝早くから三人の勇士が訓練に励んでいた。
長銃を構え、輝力弾を連射するランテ、それに対し防戦一方のクラウスとレニ……跳弾し、不規則な動きをする弾丸に翻弄されている。
「いやぁ~、二人相手は流石にキツいねぇ。やっと装填が出来る」
「嘘つけぇッ! さっきも余裕でやってただろ!! 」
「クラウス、そんなことを言ってる場合じゃ……へぶッ?! 」
「レニッ?! 」
レニの額に弾丸が直撃する。着弾の瞬間に強烈な衝撃が襲い掛かり、彼女は後ろに倒れて目を回してしまう。周囲にはまだ跳ね返る音が聞こえる……数は3発。
2発クラウスの左右同時に前方から、もう1発は少し時間をおいて真後ろから接近してくる。
「左右から……! もう一発は―――」
「さぁ、避けれる? 」
「このぉッ! 」
クラウスは武器を盾にし前進、左右からの弾丸を防御した。しかし後方の弾丸はいまだ健在……彼はそのままランテへ接近を試みる。
「へぇ、自滅を誘うつもりね。良い考えだけどこっちの装填は終わってる、撃つよ」
「ッ……」
ランテはクラウスの動きを予想していた。
機動力のある彼ならば俊足を使って接近する事を考え跳弾で封じ、動きを制限されて突貫してくる事も……しかし予想外の事が発生した。
「でやぁッ! 」
「おっと、輝功解放で攻撃弾いた? 」
クラウスの身体から勢いよく風が吹き出す、身体の輝力を活性化させる事で周囲に風の防壁を発生させたようだ。ランテの撃ちだした輝力弾は打ち消され、更に接近を許してしまう。
「う~ん……どうしようかなぁ」
「いつまでも余裕をかましていると、足元すくわれるぜランテさん! 」
「おっとそうだね、じゃあこっちも少し本気出そうかな」
今度は彼女の足元に水が発生し、鞭のように動き出すとクラウスを牽制し始めた。
「ちょ……?! 」
「一つ、奥儀を使う時は相手の体勢を崩す」
ランテは跳弾を利用して動きを更に制限し、止まった所を狙い撃つ。
放たれた3発の輝力弾はクラウスの頭部、胴、右膝へ直撃し彼は大きく怯んでしまう。
「イギッ?! 」
「そして流れるように奥儀へと繋げる、コレが基本だよ。歯食いしばってね」
いつの間にかクラウスの周囲に水球がいくつも浮かんでいた。
ランテが特殊弾を放ち、水球と接触するとまた次の水球へ線を繋げていく……そして遂に彼は水の膜で覆われてしまう。彼女はゆっくりともう一つの特殊弾を銃へ装填すると、巨大な水球へ構えなおす。
「凍てて砕けろ、アブソリュート・ゼロッ! 」
※※※
~勇士協会 エントランス~
「う~ん……」
「イチチ……」
「とりあえずお疲れ様。ちゃんと手加減したから怪我はないでしょ? 本来なら身体が氷ごと砕けるのを上手く衝撃だけ伝わるように調整したんだから」
その一言でクラウスの背筋が凍り付く、ランテの言うように放った奥儀は氷の膜で彼を覆っただけの簡易版であった。これから受ける依頼の事もあって一応手加減をしてくれたらしい。
「まずはレニからね。貴女はクラウスの事を気にしすぎ、武器の事を考えたらもっと大胆に動けるはずよ? 後方でサポートしているよりももっと前に出なさい、その方が彼も楽になるはずだから」
「は、はい」
「槌の一撃はかなり重いからソレを活かすようにね、じゃあ次はクラウスね」
ランテは今の組手の内容について指導を始める。
クラウスについては次のようになる。
「特技の使い過ぎで技の一つ一つが軽い、もっと丁寧にかつ鋭く。動きに関しては俊足に頼りすぎて逆に動きを予測しやすい。同程度までの相手になら通用するだろうけど、格上を相手にするならかく乱するにしてももっと丁寧に動かないと駄目。奥儀を覚えたんならそれを最大限活かすにはどんな動きを―――」
指導の内容は一段と厳しくなった、シショー以外にもジークから育成を任されたため熱が入っているようだ。しかし時間もそこそこに二人に声が掛かる。
「ランテ君、そろそろ良いかい? そこの二人に行ってもらいたい依頼があるんだが……」
「ん、分かった。じゃあ後は自分たちで考えてみてね。私も行かないと」
ランテがその場を去ると、今度は受付係の青年 シルバ・ヒイロが書類を持って席に着いた。渡された書類にはこのように書かれていた。
【都市内の異音調査】
「二人には最近話題になっている”異音”について調べてもらいたいんだ」
「異音って……どんな音なんです? 」
レニの質問にシルバは答える。その異音は何かが軋むような音の様だ、多くの市民の証言によると貴族街と平民街の間辺りで聞こえているらしい。
「大分曖昧だなぁ」
「そう言わないでくれよ、依頼者のクーレム婦人から早急に解決するように言われてるんだ」
「クーレム婦人? 」
「あぁ、その異音がする辺りに住んでいる貴族でね。……中々癖のある人だよ」
そう言うとシルバを視線を逸らし、どこか遠くを見る。どうやらあまり良い思い出がないようだ。
「ともかく、彼女に話を聞いてみてくれないか? 一番詳しい情報を持っている筈だからさ」
「持ってるならここまで来て提供してくれれば良いのに……」
「だよなぁ、それだったら行く手間も省けるぜ」
「貴族にも色々あるんだよ、でもって勇士の基本は脚で情報を集めるんだ。じゃあ頼んだよ」
2人はさっそくクーレム婦人に状況を聴く事にし、貴族街へと移動した
※※※
~貴族街~
マーケットのあるエリアとは違って、貴族街はとても静かである。
依頼人のクーレム婦人の屋敷前であっても”異音”は聞こえてこない……耳を澄ましても小鳥の囀りや庭師が行う木々の手入れ音のみである。
「聞こえない、よなぁ……」
「とりあえず聞いてみるしかないよ、えっとチャイムはこれかな? 」
ピンポーン……がちゃり
中から鍵の開く音が聞こえ、燕尾服を着た初老の男性が出てくる。ギルドから依頼を受けてきたことを告げるとそのまま室内に通された。
内装はいかにも高価な素材を使っているであろう純白の壁、床には赤い絨毯がひかれている。通された部屋でしばらく待っているとドレスを着た女性が入ってきた。
「で、問題は解決しましたの? 」
「……は? 」「え? 」
「何を府抜けた返事を……終わったから来たのでしょう? 」
「あ、っと、すみません。まだ解決はしていなくて、俺達はどのような状況なのかを聞きに来たんです」
「状況? そんなの今更聞く事ではなくて? 紙に”隣の平民街にあるボロ小屋が原因”と書いたはず」
たしかに依頼書には婦人の言っている事が書かれている、クラウス達も事前にその事を調べてきた事を伝えるとやや不満そうな表情になった。
「調べ方が悪いのではなくて? 全く……部屋から聞こえるその音の所為で最近は睡眠不足なのに」
「あの、部屋から聞こえるというのは? 」
「……え? あぁ、私の寝室からですわ。五月蠅い平民街がすぐ隣にあるのでそろそろ模様替えを命じようかと思っていますの」
「聞こえない場所に動くなら大丈夫なんじゃ―――」
「何を言ってますの! 差はあれど何処に行っても聞こえてくるのですのよ? 嘘だと思うなら耳を澄ませてみなさいな」
2人は婦人の言う通りに耳を澄ませてみる、すると微かにだがこのような音が聞こえてきた。
キィ……キィ……
クラウスは不思議そうな表情をする、このような特徴的な音であれば聞き逃すはずがないからだ。
ましてや依頼書には”他の貴族も聞いている”と書かれており、その矛盾に何処か引っかかっているようだ。
レニは周囲を見渡している……彼女には近くの柱から聞こえていたらしい。
「ねぇクラウス」
「待った。このまま伝えてもあの婦人は納得しないだろ、ならもう一回隣の家を調べに行ってみよう」
クラウス達はもう一度隣家を調べに行くことを婦人に伝えると屋敷を後にした。
※※※
~平民街 古民家~
勇士協会の情報によると現在この民家に住んでいる人はいないらしい。立地は決して悪くないのだが、ある噂の所為で中々買い手がつかないようだ。
その噂とは”異音”の事である。
「とはいっても、全然聞こえないんだよなぁ」
「そうだね。でもあの人を納得させる様な証拠を見つけないと」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
ジリリリリリリリッ!!
レニが門を開け敷地内に踏み込んだ時、周囲に猛々しい警告音が鳴り響いた
「ふぇッ?! 」
「レニ、下がれっ! 」
クラウスの声に反応し彼女はすぐに敷地から出る。しかし警報は収まらず、それとは別に古民家の奥から何かがせり上がってくるような重低音が聞こえてきた。扉が勢いよく吹き飛ばされると、入り口を壊しながら機械人形が姿を現した。
「ゴー、レム……? 」
「様子が変だ、レニ。武器を構えろ! 」
モノアイが一瞬光ったと思うと、そこから熱線が放たれる。不意を突かれたがギリギリのところで反応が間に合い、攻撃を回避。熱線の当たった地面は赤熱し、やや溶けていた。
「なな、何でこんな所に?! 」
「それは分からんないけど、住民に被害が出ないようにアイツを抑えるぞ! 」
『ぎゃぁ~! 』
何処からか少女の声が聞こえてくる、どうやら目の前の機械人形の中からのようだ。どういうわけかあの中に乗り込んでいるらしい。
「中に誰かいるのか!? 」
『た、頼むッ! 止めてくれぇ! 』
暴走する機械人形……胴体を回転させ、丸太の様な腕を振り回しながら突進してくる。クラウス達も左右に分かれて回避すると戦闘態勢へと移り、街中での戦いが始まった。