過去話5 魔を祓う拳
洞窟の出口付近で出会った人型の魔物……その者は自身を”拘束されし者”と名乗った。圧倒的な強さを前にするも奮闘するルナだったが、遂に追い込まれてしまう。
魔物は纏っていた靄を巨大な槍に変化させ、彼女目がけて放った。
「……? 」
意識はまだある、身体に痛みもない。恐る恐る目を開けると顔のすぐ脇に槍は突き刺さっていた。
魔物も顔をしかめ、不思議そうに首を傾ける……どうやら自分の意図した動きではなかったらしい。もう一本槍を作り出し放つも結果は同じ、今度はルナの足元付近に刺さる。
『何故だ? 上手く狙えん』
「……(もしかして攻撃が効いてた? )」
彼女のは自身の当てた攻撃で頭部を攻撃した際に、防がれてはいたが伝わる衝撃で三半規管にダメージを与えていたのではと考える。実際に攻撃は二回とも外れており、三回目は大きく左へ反れてしまっていた。
このチャンスを逃すわけにはいかないと考えた彼女は力を振り絞って立ち上がり、拳を構える。
彼女の右拳は淡い光を宿らせていた、白い輝力の光……光属性の輝力を集めているようだ。
しかし外から漏れる光だけでは増幅させるのに十分な量を確保できない、だからと言ってこのまま攻撃を行っても簡単に防がれてしまうだろう。
『ふむ、どうやら動くに動けないようだな。ならば答えるがいい、我に何をしたのだ? 何故当たらんのだ? 』
「そんなの自分で考えなさいな! 」
ルナは地面を力強く蹴り、魔物に向けて飛び掛かる。
勢いを付けての飛び蹴りを行うが相手の形成していた腕に防がれる……しかし、それで良かったようだ。腕に接触した瞬間にもう一度足に力を込め、今度は真上に飛び上がった。
『何を―――』
「はぁぁぁぁッ! でりゃぁっ!! 」
二度目の跳躍では身体を回転させていた、赤い光が螺旋を描きながら上昇していく。背に輝く日輪に残る輝力を全て脚に込め、天井を蹴り上げる。
ドゴンッ……ゴゴゴゴゴッ
人間の蹴りとは思えない轟音が鳴り響くと、天井に亀裂が入り始める。徐々に広がっていき、岩石が次々と落ちてゆく。
『貴様……! 』
「大人しく埋まってなさい」
反動を上手く利用して安全地帯へ着地するルナ、反応の遅れた魔物は落ちてくる岩石に飲み込まれていく。落石が落ち着いた頃には天井に綺麗な穴が開き日の光が射してきた。
「ぜぇ……ふぅ、流石に終わったでしょ? 」
注意深く見てみると輝力による結界が張られているらしい、どうやらこの坑道全体を覆っているようだ。解く術もなく、途方に暮れていると魔物が潰されている岩石の山が揺れ始めた。
「え……嘘よね?! 」
『ぬぅ……ゥォォオオオ! な、中々良い攻撃だったぞ人間! 』
魔物は自身の片腕で輝力を操り、岩石を皿の形状にまとめ光を避けていた。額からは黒い血が流れていた……多少は傷を負わせられたらしい。両脇には黒い腕が待機し、拳を作り攻撃態勢になっている。
しかし一向に攻撃は行わない……さらにその場から動こうともしていない。
「まさか……! 」
『ッ! 』
落石による攻撃は無駄ではなかったようだ。
ルナは拳による攻撃を仕掛けて確信する、彼女の攻撃は見えない壁の様なモノに阻まれていた。相手は攻撃の態勢をとっているが実際は周囲に靄による薄い防御壁を張っているらしい、光の侵入を防ぐので精一杯のようだ。
『クク……輝力を使い果たした貴様にこの壁は破れまい。待っていろ、もう少しで回復―――』
「いや、待たない! 」
ルナは相手の言葉を遮り、右拳を相手に向ける。
まだ右の拳には僅かにだが光の輝力が宿されていた、彼女はまだ全ての輝力を使い果たした訳ではない。天井の穴のおかげで濃度の上がった輝力は徐々に視認できるようになり、次々と彼女の拳へと集中してゆく。彼女の手は輝力で覆われ、ボール程の大きさまで成長していた。内部の手の動きに反応し、輝力の球は形状を拳へと変化させた。
「う、クッ……やっぱ主属性が合わないと、辛い! 」
ルナは苦痛の表情を浮かべていた、どうやら輝力が自身の拳をも焼いてしまっているようだ。火は光の眷属ではあるが強大過ぎるがゆえに身体を蝕んでいるのであった。
「でもこれならッ! 」
『グッ……まだ我は―――』
「師匠、技を借ります! 」
ルナは一度距離を置き、拳を脇に構える。魔物は自身の力を全て防御へと回し、自身の周囲を黒い靄で覆い囲んでしまった。
ルナは地面を強く蹴り、黒い靄目がけて拳を突き出す。互いの力は反発し消滅していた……相殺されるかと思ったその時、光の拳が沈むように動き出した。
『な……馬鹿な?! 』
「いっけぇーーーッ!! 」
周囲の靄に亀裂が入り、限界を迎えるとガラスのように割れた。ルナの勢いは止まらず拘束されし者の胴体を光の手で掴み、天へ掲げる。
『グォォォォッ! や、焼け―――』
「灼光拳ッ!! 」
光の拳に力が込められる、魔物の身体を焼く。脱出を試みるもピクリとも動かない、触れたところから塵となって消えてしまう。
光の輝きは増していき限界まで達したその時、ルナは更に力を籠める。
「砕け散れっ! 」
『ウォォォォォォッ!? 』
魔物の悲鳴と同時に光は勢いよく弾けた。周囲を眩く照らし、治まった時には魔物の半身は消滅していた。しかしどこか満足したような表情をしている。瞳を閉じるとそのまま塵となって消えてしまった。
「……今度こそ、終わりよね? 」
ルナはその場に膝を着く、奥儀で使用した右拳は全体を裂傷と火傷を同時に負ったような状態になっていた。応急処置として衣服の一部をちぎって止血を行い、周囲の様子を調べる。
先ほどまで張られていた結界も消滅しているようだ、出口と思わしき穴を広げれば脱出も可能だろう。……近づくと外から声が聞こえてきた、どうやら外にいるのは勇士の小隊らしい。
作業員から”異音”の調査依頼を受けて此処まで来たとの事。
彼女は自身の身分と坑道で起きた事を彼らに伝え、救助を要請した。
※※※
その後、私達は無事勇士協会から救助された。
誘拐犯達も捕まり、子供も助かって一件落着……と思ったんだけどそうはいかなかった。
無事が発覚した瞬間ドラゴル財団はその子との関係を否定、救助依頼も出していないと言ってきたの。
今回の件は勇士協会が財団の地位を陥落させようと起こしたモノと主張してきた。反論したけど、最重要の証拠である協会で保管していた依頼証明書もなくなっており、一方的な展開で此方の負けとなったわ。
このままでは勇士協会の存在自体が危ぶまれた時、財団は”誠意を見せれば今回の件はなかったことにする”と言ってきた。そしてこちらが示した誠意は”ある勇士の引退”……まぁ私の事ね。
目立って動いていたのは私だけだったし、協会にもそのようにした方が良いと自分から進言したの。
その後はまぁ名前をシショーと偽って”便利屋”としてあちこち旅してた感じかな。
幼かったクラウス……元の名前は”アーサー・ドラゴル”と出会ったのはその旅に出る直前、勇士協会の前で丸まってる所を声掛けたのよ。行き場がないなら一緒に来ないかってね。