過去話4 道を阻む者
ルナ、クロウの二人は親方にガマの油を届けた後、再度坑道の探索を再開。
各地点ごとに付けていた目印によると現状で最奥地点はローグトードと戦った空間であった。二人は見落としがないかもう一度その空間を調べる事にした。
そしてクロウがある窪みに近づいた時、亀裂から空気が漏れている事に気づく。
「……見つけた」
「そこってアタシが魔物を倒した時にできた窪み? 」
「ええ、ちょっとした衝撃があれば崩れそう」
「オ~ケ~、それなら任せて」
ルナは自身の作った窪みの前に立つと拳を当て瞳を閉じた。もっとも脆い箇所を見抜くとそのまま拳を突き出し、窪みに穴を開ける。
穴の先にはさらに別の空間が広がっている事が確認できた。
「お、ビンゴね! でもなんで風の流れが分かったの? 」
「他の人よりチョイと耳と鼻が良いだけ、生きる為に得た技術の一つ」
「なら何でもっと早く……」
「この亀裂が見つかるまで感じ取れなかった、それだけの事」
会話もそこそこに穴を広げ、次の空間へと移動する。
クロウの話によると奥から風の吹く音が聞こえているとのこと……彼女の感覚を頼りにすれば脱出は可能かもしれない。
さらに彼女は風に乗ってくる魔物の匂いも感じとったらしい。まずはその脅威を取り除くという方針で動く事に決定した。しかし道を進むも魔物の姿は何処にも見当たらない、ロックイーターやローグトードのように周囲の景色に擬態しているわけではないようだ。
「ねぇ、本当に魔物がいるの? アタシの輝力探知でも感じ取れないんだけど」
「いる。匂いは確かにするんだ、濃くなってきてる」
「そうは言うけど―――」
突如立ち止まったルナは拳を構えるが目の前に魔物の姿はない。
額から汗が吹き出し、呼吸も少々乱れている……彼女も今まで感じた事のない殺気を受けたらしい。
どうやらこの先には確かに魔物が存在しているようだ、自身よりも格上の魔物が。
「姐さん……? 」
「か、感じなかったの? 胸を貫かれたかと思ったわ」
「確かに魔物の匂いは……ん、血? 一緒に血の匂いもしてきた」
「ならそれは多分”魔物の血”ね、この先にどんな凶暴な奴がいるのよ……」
幸か不幸か道は1本。地下のように複雑ではなく、一定の距離で空間が繋がっているようだ。
そして魔物は存在せず、あるのまその亡骸のみ……空間を3つ程進んだその時、通路の奥から唸り声が聞こえてきた。
クロウには獣、ルナには人……それぞれ別の声に聞こえたらしい。2人はより一層気を引き締め、通路を進んでいく。
※※※
壁の亀裂から光が射しこんでいた。
輝力灯による人工的な光ではなく太陽光の様な温かなものであった。
その近くに何かいる……光の当たらない位置に浮いており、ルナたちの位置からでは姿をハッキリとみる事は出来ないようだ。
「他に魔物は……いないようだね」
「草木の匂いだ、あそこの亀裂から出れるけど―――」
『…………』
不気味な物体は静かに浮いている、二人の目もようやく慣れてきたらしくその正体が分ってきた。
宙に浮いているのは岩の塊の様だ。赤黒い布の上を鎖で巻かれ、そして全体は黒い靄のようなモノを纏っている……静かに二人の方向へと向きを変えると両腕、両足に枷を付けられ目を布で覆われた人が視えた。
しかしただの人ではない、他とは違って肌の色が青い……二人も地上では見かけた事のない色であった。
「岩に張り付けられた……人? 」
「待って、この感じ……さっきの―――」
『aaa……ン、ンンッ……こんな所だろう』
ソレは言葉を発した。反響して聞き取りにくいが2人の理解できる言語で語り掛けてきた。おそらくあの雄叫びは此方がどのような存在なのか知るために行ったものだったのだろう。
『さて……』
「キャッ?! 」
「クロウ! イぃっ!?」
突如クロウが短い悲鳴を上げ姿を消した、どうやら進んできた通路へ吹き飛ばされたらしい。ルナは一瞬反応が遅れたが相手の攻撃を受ける事ができ、その正体を見た。
腕に当たっていたのは相手が纏っていた黒い靄……形状は人の腕を思わせるような形をしている。防がれた事に対して相手は大きな反応は見せず、両腕を自身の両脇へ戻した。
『ん、この感じは……人間か? 』
「ちょ、待ちなさいって! アタシ達は―――」
『数百年ぶりの運動か……人間よ、がっかりさせるなよ? 』
今度は腕を伸ばさずそのまま接近し殴りつけようとしてきた。しかし勢いをつけ過ぎたらしくルナには当たらず、すぐ脇を掠めていった。
「……(み、見えなかった)」
『んん? やはり身体を封じられていると勝手が違うな』
今の一撃で天井の一部が崩れ、進んできた道を防がれてしまう。追撃を恐れたルナはその場から移動する、相手と立ち位置を交換したようになる。
『何処だ? 動いたようだが……おぉ其処か』
「見えていないのに分かるの?! 」
『なに、地下で貴様がやっていた事を真似ただけだ。中々便利な術よな』
……どうやら相手はただの魔物ではなく高度な知識を持つ存在であり、実力もはるかに上。ルナは冷や汗をかいている事に気が付く、固めている自身の拳を見ると微かに震えていた。
「……ッ」
『どうした、戦わないのか? あの蛙の時と同じように、立場が逆になっただけではないか』
「……なんで蛙と戦ったのを知ってる」
『此処で我が知らぬことなどない。出口を探している事も、地下にまだ他の人間が居る事もな』
「アタシ達は外に出たいだけなの、危害は加えないからその後ろの岩を退けてもらえないかしら? 」
『我が満足出来れば考えてやろう、構えよ。いや……まずは名乗るべきか? そうさな……”拘束された者”とでも言っておこうか』
相手は再び戦闘態勢となる、足元に紫色の円陣が出現……闇属性の輝術を使おうとしているようだ。詠唱を阻むためルナも地面を蹴り特技 俊足で距離を詰める。
「やらせない、連波! 」
拳に輝力を纏わせ頭部目がけて両拳で2連撃を放つ……相手に当たりはしたが追撃は仕掛けずに彼女は距離をとる。奇妙な当たり、柔らかい何かに阻まれ相手の芯に届いていない感覚であった。
視線を戻すと顔の部分は黒い靄で覆われていた、当たった箇所には彼女の拳の跡が浮かび上がっている。
靄が引っ込むと、拘束された者は笑みを浮かべる
『クク……勘が良いようだな』
足元の円陣から黒い刃が出現していた、後退が一瞬遅かった場合身体を貫かれていただろう。輝術の使用を中断させるとすぐさま靄による攻撃を仕掛けてきた。
「ッ?! この動きは……」
『どうだ良く真似出来ているだろう? 』
最初の2連撃はたしかに彼女の放った特技と動きがそっくりであった。初撃を防がれた動揺からかルナの動きも何処か鈍い……次第に攻撃を捌ききれなくなり、遂には直撃してしまう。
「ガハッ……?! ちょ……っとと、止まって! 」
真横から攻撃を受け地面を2、3度跳ねるが受け身をとって体勢を持ち直す事に成功。地面を削りながら数メーター移動したところでようやく止まってくれた。
もう一度攻撃を仕掛けるが結果は同じ、まずはあの靄を何とかしなければいけないようだ。
『まさかもう終わりではないよな? 』
「冗談ッ、まだまだ! 」
立ち上がったルナは呼吸を整えると輝功を解放した。
身体に流れる輝力が活性化され、身体能力が大きく強化される……溢れる輝力は次第に収束し、彼女の身に着ける拳や脚の武器、残りは背中へ丸を描くように変化し宿り始めた。
『ほぅ……』
「全部視てたって言ってたわね? なら今までの動きは―――」
ルナの言葉が途中で途切れる、目の前に姿は残っているがどこかおかしい。拘束された者も輝力探知を行うが自身の前に居る事に変わりはない。
しかし、声の続きは彼の真横から聞こえてきた。
「忘れた方が良いわよ! 」
『ぬぅ?! 』
拳が相手の顔を捉える、今度は靄に阻まれず見事直撃。属性が付与された時と同じように焼ける音が鳴る、ルナはそのまま拳を振り抜いた。
相手は大きく揺れる様に後退……当たった場所から煙が出ていた。
『ォォォッ?! 』
「っし! 今度は当たった!! 」
『いいぞ、もっと我を楽しませろ! 』
拘束されし者は右腕による大振りの攻撃を仕掛ける。感情が高ぶっているからか肥大化し、面積を大きくしていた。
ルナにとっては黒い壁が勢いよく迫ってくるように見えているだろう……しかし彼女は笑っていた。迫りくる壁に対して背を向けず、足を地に着け拳を構える。
『ッ!? 』
掛け声と同時に拳を突き出し、接した瞬間に黒い壁が砕ける。衝撃は伝達し相手の身体を大きく揺らした、ルナはその隙を見逃さず追撃を仕掛ける。
拘束されし者はもう一方の腕で防御を行うも同様に砕かれてしまう。
「連天、破刃衝ッ!! 」
声は後ろから聞こえてくる、突き出された拳は拘束されし者を捉えた。
ルナは捻りを加えながら輝力を流し込む……よほどの威力だったからか繋がれていた岩は砕け、目を覆っていた布も千切れてしまう。光の漏れる亀裂に向けて吹き飛び、衝突する。
しかし相手は外まで飛ばず、まるで見えない壁に阻まれたかのように動きは止まりそのまま地面へと落ちる。
『ヌ……グゥゥゥッ!? 』
「外まで、飛ばなかった……? 」
『け、結界のおかげで命拾いしたようだ……グッ?! 』
亀裂は大きく崩れ、太陽の光が射しこんできた。拘束されし者に光が当たると黒い靄は霧散し、身体から煙が発生する。
身体を焼かれる痛みから逃れるためその場から離れる……すると次第に煙は収まり、再度黒い靄を纏い始めた。
『ふぅ』
「た、立った……? 」
両腕、両脚の枷は健在だが、拘束されし者はその場に器用に立ち上がる。
琥珀色の瞳でルナを見つめると、靄で形成した腕を動かす。人が肩を回すような動きを見せると数回転させた後に飛ばしてきた。
「ちょ?! 」
不意を突かれるもルナも回避を行い、狙いを付けさせないためにその場から移動を開始する。
輝功を解放している状態の為、俊足も強化されているらしく輝力による実態を持つ幻影を作り出していた。
「これなら狙いも付けられないでしょ? 」
『……小癪な』
拘束されし者は一言漏らすと視界を閉じた。輝力探知も行っている様子はなく、両腕もその場で待機している。時折ルナの動きに反応してピクリと動いている。
『そこだ』
「な―――」
突如靄の片腕が消えたかと思うとルナの目の前に出現し、その身体を捉えた。そのまま自身の目の前に持っていき勝ち誇った様な表情を見せる。
『さぁ次はどうする、その日輪も半分にかけているようだが……強化も長くはもたないのだろう? 』
「う、くぅ……! 」
相手の読みは正しい、ルナの強化状態の時間は背中の日輪で表している。普段であれば30分程続くが、戦闘中の輝力の消費によって大きく変動してしまうらしい。
ルナは拘束から逃れるために身体に力を籠める。
「ハァッ! 」
全身から輝力を放出し、靄を掻き消した。しかしその分身体に掛かる負荷も大きかったらしく、既に肩で呼吸をしていた。
距離をとるも後ろには壁があり、追い込まれた状況になってしまう。
『さて……そろそろ飽きてきたな』
相手は形状を変化させて巨大な槍を作り出した。
顎でルナの元を指すと、槍は彼女目がけて放たれる。