過去話3 治療薬発見?
「コイツ……吐きなさい! 」
ルナはローグトードの腹部に殴りかかるが、弾力のある身体に打撃はあまり効果がない様だ。ズブズブと沈み込み、止まったと思うとすぐに弾かれてしまう。
連打で肉を押し上げようとするも結果は同じ、魔物の身体が激しく波打つだけであった。
「うぐ、予想より弾力あるわね……なら―――」
身体を捻りながら腕を引き、腰を深く落とすルナ。深く息を吐く……全てを吐き切る直前で止め、己の拳へ意識を集中させた。
彼女の周囲に紅い輝力が揺らめきだした。透き通っていた色は徐々に濃くなり、拳へと流れてゆく。濃度が濃くなるにつれて熱を持ち始め、遂には赤熱した鉄の様な光を放つ。
「コォォォ……せいやッ!! 」
赤熱した拳をローグトード目がけて突き出す、接触した瞬間にジュゥっと焼ける音がし相手も目を見開く。しかし一度の攻撃ではまだ耐えられるらしい……その様子を見たルナは更に押し込み、同時に火属性の輝力を相手の体内へと流し込む。
『?!????!!』
「やぁっと効いたみたいね、じゃあもういっちょ!! 」
ボジュゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!
拳はより深くめり込み、染み出した粘液は瞬く間に蒸発していく。
三度目の攻撃でようやく口に含んでいたクロウを吐き出した。
皮膚を焼かれただけではなく、彼女の二撃目に流し込まれた輝力によってで内臓まで焼かれたらしい。激痛のあまりローグトードはその場でのたうち回る。
飲み込まれていたクロウは意識はあったが魔物の体液まみれ……粘度の高い体液は彼女の動きを制限する。こそぎ落とそうとするが中々離れてくれない。
「ぶぇ、うく……や、厄介だなこれは」
「え~っと、この場に彼らが居なくて良かったね? 」
「なんのことだ……? 」
「いや、まぁ聞かなかったことにして。貴女はソレをなんとかしてていいから、コッチは任せて」
ローグトードは自身の粘液を利用して痛みを和らげたらしい、あおむけ状態から転がりルナ達へ敵意を向ける。腹部にはルナの攻撃による火傷痕が残ったままである……その部分だけ再生が遅れているようだ。
ルナはニカリと笑みを浮かべる。
「弱点見っけ、火属性ならアタシ得意よ」
今度はもう片方の拳も同様の輝きを放ち始める。
自身の死を悟ったローグトードはその場から姿を消す、しかし火傷の影響もあって腹部は消えていない。ゆっくりと方向転換を始めるとその痛ましい姿は彼女たちの立ち位置からは見えなくなる。
僅かな景色の歪みを見つけるとルナは距離を詰めて手を伸ばした。
ジュゥゥゥゥゥゥっ!
「捕まえた♪ 」
痛みのあまりローグトードは姿を現す、どうやら彼女は尾を掴んだらしい。
身体を揺らし逃げようとするがルナの身体はピクリとも動かない、満面の笑みを浮かべながら魔物の尾を掴んいる。
腕に力を込め、尾を引っ張ると魔物の身体は宙に浮き、そのまま岩壁目がけて投げつけられる。
弾力のある魔物の身体は岩壁に当たるとそのままバウンド……そして彼女は魔物を迎え撃つように蹴りを放ち岩壁へ当てる、再度バウンドし彼女の元へ。
『グェェェッ?! 』
「逃げようとする子にはお仕置きよ! 」
蹴り込んだと同時にルナは移動を開始する。
相手は岩壁に当たると勢いそのままに赤熱した拳を突き出した。
「連打! だりゃぁァァァァァッ!! 」
両拳による連打が始まる、ローグトードは徐々に埋め込まれていく。最後の一撃が放たれた時にはローグトードの巨体も一回り以上小さく萎んでいた。
クロウもやっと体液をぬぐう事が出来たらしく無事彼女と合流。
魔物の様子を見て冷や汗が出てくる……仮にあの時に戦闘が行われていた場合、同じ運命を辿っていたかもしれないからだ
「……」
「大丈夫、人間相手にはちゃんと手加減するから」
「いや、その……ふぅ、それより此処でそんな強く叩いて大丈夫なのか? 」
「あッ……そっか、崩れるかもしれないね」
壁の窪みからドロリとした液体が滴ってくる。
攻撃によってローグトードの粘液が絞り出されたらしい。限界を迎えた身体は消滅し、粘液のみ残して消えてしまったようだ。
「この粘液は? さっきアタイに付いてた体液とは違うみたいだけど」
「ローグトードの粘液ね、薬屋だと”ガマの油”って名前で売られてたっけ。たしか治療薬の一種よ」
「! コレがあれば親分を治せるじゃないか」
「ん……まぁ相性が良ければね、特殊な個体から採れたモノだし使ってみないと分からないけど」
ルナはこの粘液の特性を教える。
ローグトードの皮膚から捻出される体液は確かに治療効果はある、瞬時に治るのではなくあくまで身体の自然治癒力を活性化させているのだ。そして活性化にはもう一つ条件がある……適正輝力の一致だ。
人の身体に流れる輝力にも主属性は存在しており、それが一致する事でローグトードの様な回復効果が発揮されるのだ。ちなみにルナの場合は火の輝力が種族性であり、粘液を使ったとしても大した効果は期待できないだろう。
「主属性……ちなみにローグトードは? 」
「たしか本来は風、でもこの環境だと……闇か地ね」
「地属性なら可能性がある! さっそく戻ろう」
回答を聞いた瞬間、クロウの目が輝きだしローグトードの粘液を手持ちの空き瓶へ入れていく。最短距離で空間の出口まで移動し急ぐようにルナを手招きする。
※※※
活動拠点へ戻ると下っ端達が迎えてくれた、一緒に落下してきた資材を使ってバリケードや罠等の防衛設備、椅子や机、簡易ベッドなどの休息スペースを作ったらしい。
親分の治療が可能かもしれないと聞いた彼らは歓喜し、クロウの腕を引っ張り奥へと連れてゆく。
子供はルナの姿を見つけると駆け寄り、勢いそのままに抱き着いてくる。
「効果があれば良いんだけどねぇ……おおっと? 」
「だいじょうぶだった? 」
「ん、大丈夫よ。良い子にしてた? 」
「うん、おじちゃん達に遊んでもらったよ」
少し離れている間下っ端達と距離を詰めていたらしい、その回答にルナも一安心し、下っ端達の後を追ってゆく。簡易ベットには親方が横たわっており、腹部に巻かれた布は血で滲んでいる……顔色もあまり良くはない。
「……試すよ」
クロウは布を解くとガマの油が入った瓶を取り出し、新しい布へ染み込ませる。
布を当てた瞬間、親方は苦悶の表情を浮かべるが徐々に表情は和らいでゆく……呼吸も徐々に落ち着き、血色も良くなった。どうやら輝力の属性が一致以外にも特異体から採れた素材と言う事もあり、想像以上の効果が発揮されたようだ。
「おぉ、ラッキーね。傷がほぼ塞がったみたい、ついでに血色も良くなって……やっぱ特異個体だからかしら? 」
「いや治ったんなら何でも良い、はやく外に続く道を探そう」
クロウは足早にその場から去っていく……ルナもその様子を見て呆気にとられたが、少し間をおいて後を追う。拠点を出てすぐの所にしゃがみ込むクロウの姿が見えた。身体は小さく揺れている、どうやら泣いているようだ。
「良かった……ホントに良かった……! 」
「……(へぇ、成程成程)」
何かを察したルナは彼女が泣き止むまで姿を現さなかった。ルナの様子を見た下っ端達は質問するが、彼女は適当にあしらう。
「よし……ルナ姐さん、早く来てくださいよ! 」
「おっと、はいは~いッ! じゃぁ行ってくるわね、出口見つけたら連絡するから二人を頼んだわよ? 」
「「ウスッ!」」」「いってらっしゃ~い」
彼女たちは再び外へ続く道を探すため坑道を進んでいく……