第12話 力の覚醒
人間が魔物に変異する……二人も目にしたことがある。
ルプス坑道にてフリードの身に起きた現象にとても酷似していた。
下半身が蜘蛛となったアラクネは、その多足での連続攻撃や腕部からの糸の射出、毒液の散布等々……多彩な攻撃を繰り出してくる。
クラウス達も特技や輝術による反撃を行うが―――
「こ、攻撃が通じないよ! このままじゃ……」
「諦めんなッ、下が駄目なら上だ! 」
クラウスはその場から駆け出す、周囲の瓦礫や柱を利用し高度を上げ、アラクネの上半身に狙いをつける。十分な高度まで上がると、俊足で空を蹴り一気に距離を詰める。
『速―――』
「ハァァァッ! 」
ザシュッ
『グゥぅ、よくも……ッ』
クラウスの狙い通り、普通の人間よりも硬いが上半身には攻撃が通じるらしい。アラクネの右腕に付けられた傷から青い血が流れている。
斬り抜けた彼はアラクネの後方へ回り、レニと挟むような位置に着地した。
「レニ! 」
「うんッ、シャインボールッ……てぇぇいッ! 」
レニは輝力で形成した光球を3つ出現させるとそれぞれを槌で打ち、アラクネに目がけて放つ。
2つは足による防御で消されてしまったが残りの1つがアラクネの頭部に直撃……光が弾けると相手は悲鳴を上げる。
『ギャァァァァッ?! な、何なのこの光は?! 熱いィィィィッ!! 』
「き、効いてるの……? 」
『この……小娘がッ! 』
「キャアっ!? 」
逆上したアラクネは片腕をレニに向けると糸を射出。
彼女も予想外の効果を目にしていたからか反応が遅れそのまま直撃し、柱へ張り付けられてしまう。アラクネは焼ける頭部を押さえながらゆっくりと近づいていく。
「糸が……動け、ないッ」
『ウグ……良いわ、貴女の血でこの傷を洗う。同じように頭を潰してあげる』
「やらせるかッ! 」
クラウスはその場から駆け出し、アラクネの後方から攻撃を仕掛ける。
武器に輝力を通し特技を放とうとした直前、相手の身体が震えると下半身の蜘蛛の部分から毒を含む毛が宙に舞った。咄嗟の判断で俊足を使用しやや後退、地面へ着地すると身体に痺れを感じた。
「うわ?! 何ッ……だ…………か、身体が」
『甘いわね坊ちゃん、何も警戒してないとでも思ったの? 』
身体に力が入らず持っていた剣は手を離れ、地面へ落としてしまう。遂にはその場に膝を着いてしまった。レニに背を向けると今度はクラウスの方向へ歩みを進める。
足元にある剣を足で弾き、言葉を掛けた。
『フフフ……傷を治すには女の血も良いんだけど、一番は若い男なのよ。さてどうやって食べてあげようかしら? 』
「く、クラウス!? 」
「……ッ(クソ、身体が動かねぇッ! )」
毒の回りは速く、すでに言葉を発する事も出来ないようだ。その様子をみたアラクネは思わず笑みをこぼしてしまう、鋭く尖った足先を器用に利用してクラウスの身体を目の前まで持ち上げ糸で縛る。
『足から少しずつ食べてあげましょうか? それとも一思いに丸のみ? 消化液を注入して内側をドロドロに溶かして吸われる? どのみち感覚は無いから安心なさい……貴方はどうされたいかしらねぇ』
「駄目ッ! クラウス! 逃げてッ!! 」
『そうね、せっかくだから彼女の目の前で食べてあげましょう。フフフ……』
レニへ振り向くと下半身の蜘蛛の部分が開き、無数の牙が生えた口が出現する。
クラウスはその真上へと宙づり状態になってしまう。
『貴女は其処でよぉく見てなさいな……じゃあ、いただ―――』
「だ……ダメェーーーーーッ! 」
『ッ! な、何なのいきなり……眩し……痛ッ?! 』
叫び声と同時にレニから眩い光が放たれる。
アラクネは腕で遮ろうとするが再び身体を焼かれるような感覚に陥り、クラウスを解放するとその場から離れてしまう。
拘束していた糸も解け、光はクラウスを包み込みレニの元へ寄せられる。
「クラウス! しっかりして! 」
「うぅ……グッ…………」
光の中でレニはクラウスを抱きかかえながら必死に声を掛ける。
どうやら彼は毒の進行によって意識を失ってしまったようだ
助けたい一心で何度も、何度も声を掛ける……すると突然、レニの頭に声が響き渡る。
『其方の思い、たしかに受け取った』
「誰?! 」
声に反応し、顔を上げると目の前にアラクネから砕かれたはずの宝珠が浮かんでいる事に気づく。
月のように青白く透き通った輝きを放ち、中央には剣の紋様が浮かび上がっていた。再び声が聞こえてくる。
『少女よ、汝に月の加護を授けん』
「だから誰なの? ……うッ、身体の奥が…………熱い!? 」
宝珠と同様にレニの身体から光が放たれる。
共鳴するように点滅を繰り返し、その感覚は徐々に短くなっていく。
そして再び、視界を覆うような光がすべてを飲み込んでいった。
『既に封印は―――4本の星――――――塔へ――――――』
※※※
眩い光が治まると、クラウスの前にはレニが立っていた。
アラクネのツメを光の壁で防ぎながら、小声で何かを唱えているようだ。
「……映し出すは魔を祓う星の剣 闇に飲まれし彼の者を救い給え」
詠唱を続けるレニの真上には輝力が集中している。
それは夜に大地を照らす月のようにも見える……それはクラウスの身体を蝕む毒を浄化していく。
徐々に輝きは増していき、月の中央に剣の紋様が浮かび上がる。
「光輝け 浄化の月! 虚影の煌めき! 」
輝力で形成された月からアラクネに向けて光が放たれる。
痛みに怯んでいたからか反応が遅れ、声を上げる前に光に飲まれてしまう。
毒の浄化によって意識を取り戻したクラウス……ほんの一瞬だが彼の目にはある女性が映る。
栗色の長髪は風に揺れ、白銀の鎧を身に着けている女性。やや年上のようだが、顔つきはレニとよく似ている。
「誰だ……れ、レニ…………なのか? 」
しかし瞬きをすると鎧姿の女性は消え、その場にはレニが立っていた。
クラウスはフラフラと立ち上がると身体を引きずりながら近づき、声を掛ける。
「レニ、だよな。 あの人は―――」
「クラウス……よ、よかったぁ」
彼女はその場に座り込んでしまう、緊張が解け身体の力が抜けてしまったのだろう。それを見たクラウスもすぐ隣に腰を下ろす。
「何があったんだ? 」
「えっとね、いきなり光に包まれて……こう、身体の奥から力が湧いてきてね、気付いたらアラクネを―――」
周囲を見渡すがアラクネの姿は何処にもない。
巨大な蜘蛛が居た付近には斬り裂かれた黒いローブと蜘蛛の脚の一部が糸に付着している。
「いない、よな? 」
「うん……いないね」
二人は今回の件をどのように報告するかを話し合う。
レニに秘められた力を無暗に報告するわけにもいかず、違反行為ではあるが多少偽る事にした。
大まかにまとめるとこのようになる。
・月の塔にハーデス教団が入り、魔物を解き放っていた
・暴走した巨大な魔物に護衛の傭兵6名と、”蜘蛛使い”のアラクネが殺された。
・傭兵が弱らせていた事もあり、辛くも魔物を撃破した。
そして交易都市へと戻ると……
※※※
~勇士協会 交易都市支部~
二人は床に正座させられていた。目の前には腕組みをしながら睨みつけるランテがいる。
「頂上で巨大な魔物が? ……なんですぐに連絡をいれなかったの」
「……すみません」
「ご、ごめんなさい……」
「旧式のTFでも我々への相談は出来たでしょ? ハーデス教団も絡んでいたというのに、下手すれば貴方達も死んでいたのかもしれないのよ! 」
「ま、まぁランテさん、彼らも初めての事なので今回は―――」
受付の男性がなだめようとすると、怒りの矛先は彼へと移った。
「”初めての事なので”……? 初めてだからこそ言わなければならないの! それで何人の仲間や……私達を目指していた人達が犠牲になったのか、その辛さが貴方に分かる? 」
「す、すみませんッ! 」
「受ける依頼によっては必ず”次”があるとは限らない、何度も言うように命を落とすことだってある。……貴方達に何かあってからでは、ジークにどんな顔をして会えばいいか私には分からないよ」
ランテは正座する二人を抱きかかえる。
そして二人にしか聞こえないほどの小声でささやく。
「(何か隠しているみたいだけど、レニの事? ) 」
「「え……? 」」
「(貴方達はホント素直ね、報告の時表情に出過ぎ。……見逃すけど、次はないよ)」
二人を立たせると、再び険しい表情になる。
「……気を付けなさい、前へ進むだけが全てじゃないの。せっかく今回は”次”を得たんだから、犠牲になった人たちの分もしっかり生きるのよ」
「「……はいッ」」