第11話 月の塔へ
クラウス達が正式に配属されてから早くも一月程過ぎたある日。彼はレニとの休みが重なり、記憶の手がかりがあると思われる塔へ向かう事になった。
向かうのは交易都市の北西、目の前に海が広がる小高い丘。遥か昔に四星剣の一つ、”魔を祓う星の剣”を祀る為に作られたと伝えられている……名前は月の塔。
「で、その塔へ向かうのは良いんだけど」
「だけど、何? 」
「なんで許可証なんて必要なんだ? 」
「あ~、それはね……」
レニは前に司祭から受けた事をそのまま話した。
1つ目は魔物、塔自体の老朽化もありあちこちにヒビが入っており、その隙間から虫型の魔物が侵入し巣を作ってしまったらしい。そして2つ目は―――
「怪しい教団? 」
「うん、”ハーデス教団”っていうんだってさ。年中真っ黒なローブを羽織ってて、”教会前でよく勧誘してる”って司祭様も困ってっるみたい」
「黒いローブ……そう言えば数日前に居たな、教会前で堂々と勧誘とかどんな神経してんだか」
「勧誘は自由だと思うけど、せめて場所は選ばないとね」
※※※
その後は特に大きな戦闘もなく、無事月の塔へと到着。見張りをしている星導士へ許可証を見せるとすぐに通してくれた。
しかし入る手前に出現する魔物について注意を受ける。内容を聞いたクラウスは身体が硬直してしまう。
「どしたの? 」
「い、いや……何でもない」
彼の表情には明らかに”絶対に入りたくない”と書かれていた。塔を上る事に異論はないようだが、原因は魔物にあるようだ。
出現する魔物の中には鋭い牙や一部の体毛に毒を持つ虫型の魔物が含まれており、それは図鑑にはGスパイダーと明記されている。
「蜘蛛、苦手だっけ? 」
「まぁちょっと、な」
「無理なら別にまた今度でも―――」
「大丈夫だって、いつまでも苦手とは言ってられないさ」
どうやら彼はウラサ村へ来たばかりの頃に森で小さな蜘蛛に噛まれ、高熱を出したことがトラウマとなっているらしい。本人は克服したと口で言っているが、実際はまだまだの様だ。
「分かった、できるだけササッと上っちゃお」
「……悪いな」
再度歩みを進めようとした時、見張りの星導師がある事を思い出したらしく、二人に話しかけてくる。
「あぁそうだ助士の兄ちゃんたち。先に入った団体が中々戻らねぇんだ、俺も行きたいんだが持ち場を長く離れるわけにはいかなくてな……」
突発的にだが依頼を受ける事になった、団体の特徴はローブ姿の女性と傭兵が複数人との事。
このような突発的な依頼でも報告を行えば勇士協会と十二星座教団の間で事実確認後、しっかりと報酬は出る。クラウス達は内容を手帳へとまとめ、塔の中へと進んだ。
~月の塔~
1階はホールのようになっており中央には塔を支える支柱、階段は4方向にある。それぞれ上る事は出来るが次の階へ道が続いているのは1つのみで、他はバルコニーのように行き止まりとなっていた。周囲を補強するように木製の骨組みが組まれているが、所々魔物によって巣を作られていた。
そしてこの2階はほぼ通路のような構造。身を乗り出せば下の階を覗けるが上からの奇襲に気を付けなければ下に落ちてしまう。この階で主にいたのは蛾の様な羽をもつ魔物で毒の鱗粉を撒く厄介な相手であった。彼らも無理な戦いは避け、早々に次の階へと歩みを進める。
そして3階へ到着した。周囲には白い糸がまき散らされている……色もまだ真新しく、何体か他の魔物の死骸が放置されていた。
「先に入った人たちが倒したのかな? 」
「……いる」
「へ? 」
クラウスは自身の毛が逆立っているように感じているらしい、耳をすませばカチカチカチと固い物を当てる音が聞こえてくる……そして不規則な足音、その魔物は壁を伝って不意打ちを仕掛けようとしていた
『シャァァァァッ! 』
「ウォォォォォォォォッ?! 」
背後から襲い掛かって来る魔物に反応し振り向くと、目の前には足を大きく広げながら飛んでくるG・スパイダーがいた。しかし奇襲も空しくクラウスにより一閃……縦に真っ二つに切断されてしまう。
「ハァッ……! ハァッ……! 」
「よ、よく反応で来たねクラウス。でもまだいるみたい……」
「く、来るならこい! 同じように真っ二つにしてやる! 」
彼の構える剣は微かにだが震えていた、口では強気であるが恐怖を誤魔化しきれていないようだ。その声に反応したのか、前方から1匹、骨組みに作られた巣の中から2匹のG・スパイダーが出現する。
「~ッ!! 」
「ちょ、クラウス?! 」
俊足を利用して魔物の前へ次々と高速移動、そして武器で一閃……一瞬にしてG・スパイダーを殲滅してしまう。やや前方へ出現したクラウスは呼吸が荒れていた。恐怖心により、負荷が大きくなっているようだ。レニは道具袋から輝力薬を取り出し、彼へ渡す。
それに気づいたクラウスは呼吸を落ち着かせて後、薬を受け取り一気に飲み干した。
「プハッ! あ~……やっぱ駄目だ」
「引き返す? 」
「いや、進む。依頼も受けたし、頑張る」
ガサッ、ガサガサガサ……
二人の後方から何かが動く音が聞こえてきた、ゆっくりと振り向くとその先には何処からともなく湧きだして来るG・スパイダーの群れ……レニはクラウスには見せまいと背中で彼の視線を遮った。
即座に道具袋から先端にピンの付いた円筒状の物を複数個取り出す。
「は―――」
「クラウス、早く階段へ走って! 絶対に後ろを見ちゃ駄目だからね!! 」
「あ、ああッ分かった! 」
「このッ……」
それぞれのピンを引き抜くと大群の目の前へ散らすように投げつける。彼女の手を離れ丁度地面へと落ちた瞬間、円筒状の道具は爆発した。
道具の名は”フレア・グレネード”。内部に火の輝力結晶片が入っておりピンを抜くと外の輝力を吸収し、反応した結晶片が爆発を起こす。
一部の魔物へ引火し、大暴れ……そして火は連鎖していく。
塔を補強している木材の上へ落ちると周囲に張られていた糸にも引火していく。しかし木材には燃え移る気配がない、どうやら”防火の加護”がしっかりと掛けられているいるようだ。
二人は勢いそのまま4階へ……そして最上階手前の階段まで到達した。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「ふぅ……ふぅ……あ~、走ったねぇ」
「そ、そうだな……こんなに息が上がったのは久しぶりだ」
階段を上る前に深呼吸を行う。
呼吸が落ち着いてくると周囲の物音が聞こえるようになってきた、どうやら最上階で誰かが戦っているようだ。武器と固い何かがぶつかる音、人間の悲鳴、魔物らしき声が聞こえてくる。
そして階段の途中には壁にもたれ掛かるように座る兵士がいた。おそらく入り口で星導士が言っていた団体の一人だろう。腹部から出血しており、すぐに応急処置を行わないと危険な状態である
「だ、大丈夫ですか?! 」
「何があったんだ?! それに上で誰かが―――」
「い……今すぐ、逃げるんだ。ま、まさか彼女が……うぅ」
「喋らないで! 今応急処置を……」
回復薬を取り出すが、兵士は治療を拒む。どうやら自分が手遅れである事を悟ったようだ。
それでもレニは治療を行う……しかし傷は塞がらず、血が止まらない。
「そんな……! 」
「ありが、とう。嬢……ちゃん…………」
身体から力が抜け、兵士は息絶えてしまう。
彼から警告を受けたが、話し合いの結果二人は最上階へ進む事を決める。
※※※
~月の塔 最上階~
階段を上った先の景色には広大な海が広がっていた、吹く風には潮の匂いが混じっている。
階段の先にはやや高い所に剣を差しこむような台座が設置されており、道を示すように柱や色の違う石材が使用されていた。
周囲には血が飛び散っている……近くには折れた武器や倒れる傭兵たちがいた。
台座の前ではまだ戦闘が継続されている、クラウス達が戦っていたG・スパイダーよりも二回り程、いやそれ以上に巨大な蜘蛛が居た。彼らが到着すると同時に決着がつく。
「ガハッ?! グゥゥゥゥッ!! 」
『フシュルルル……』
鋭利な足が傭兵の腹部に突き刺さる。
そのまま宙に上げられ、痛みに悶えている……蜘蛛の腹部には黒いローブを羽織った女性が座っていた。
「あらあら、だから止めましたのに」
「う、うるせぇ……傭兵でもちゃんと常識位弁えてらぁッ! クソッ、教団のヤツと分かってたら護衛何て受けなかったぜ」
「ふぅん……ま、良いですわ。おかげでこの子の良い餌も手に入りましたし」
「え、餌……だと? まさか―――」
傭兵はそのまま蜘蛛の口元まで運ばれる。
蜘蛛はカチカチと牙を慣らし、自身の主の言葉を待っていた。
「待ちなさい……もうちょっと、ね? 」
「や、止め……」
『シャァッ! 』
「フフ、食べても良いですよ」
蜘蛛の牙が傭兵の身体に喰い込み、筋肉を斬り裂く……危険を感じたクラウス達は咄嗟に瓦礫や柱の陰へ隠れ息を潜めていた。
傭兵の悲鳴、肉を裂く不快な音、血の匂いが周囲に伝わっていく……二人は耳を塞ぎながら恐怖を抑え、必死に気配を消す。
「食べ終わりましたか? じゃぁ早速この台座を壊しちゃいましょう♪ 」
『ギシャァッ! 』
食事を終えた蜘蛛は女性の指示を聞くと台座へ爪を振り下ろした。
数回爪で殴り続けると台座は砕け、中から大き目の珠が出現する……透き通った青色で中央には月の紋章が浮かび上がっている。
「これが”月の宝珠”、コレを砕けばあの御方は……その前に―――」
『シュルルルルッ』
「えぇそうね、出てきなさい。いるのは分かっているのよ? 」
女性はクラウス達の隠れる方向へ声を掛ける。彼らも覚悟を決め、武器を抜いて姿を現した。
「此処でいったい、何をしてるんだ! 」
「……貴方達には理解できない事よ、見逃してあげるから大人しく帰りなさいな」
「そうはいきませんッ、勇士協会の一員として、この状況は見逃せない! 」
「あら、今食べた人を見殺しにしたのにそんな事を言うの? ご立派なお仕事なのね」
「ッ……」
女性の一言にレニは俯き、黙り込んでしまう。
「間に合わなかった事には言い訳はしない。でも俺たちが止めようと止めまいと、アンタはどのみち殺す予定だったんだろ」
「あら? 嘘を見抜けないおまぬけさんじゃなかったのね。……もちろん、目撃者は一人残らず始末するわ。フフフ」
笑みをこぼしながらこちらを見つめてくる、その視線に二人は寒気を感じた。
暗く淀んだ視線……魔物から受ける殺意の視線とはまた別格の何かを感じ取れる。
「貴方達の処分はこの宝珠を砕いてからね、マザー? 」
『シャァッ! 』
蜘蛛へ宝珠を投げるとその鋭利な爪で挟み込み、粉々に砕いてしまう。
そして女性は蜘蛛の目の前へ下り、名乗りを上げる。
「ハーデス教団の目的は果たした……後は目撃者を消すだけ、”蜘蛛使い”のアラクネ……相手になってあげるわ! 」
懐から紫色の結晶を取り出すと地面へと叩きつける。その場に黒い霧が発生し、アラクネと蜘蛛を包み込んでしまう。中からは肉の避ける音と艶やかな声が聞こえてくる……
「な……」
「きゃ、キャァァァァァァッ?! 」
霧が晴れると下半身が蜘蛛のように変化したアラクネが姿を現す。
その姿を見たクラウスは言葉を失い、レニは悲鳴を上げた。
『ハァ……ン、ハーデス様。このような力を与えてくださる事を心から感謝いたします、今供物をご用意します』
「レニッ、構えろ! コイツは……強いぞ」
「う、うん! 」
今回はジークやランテなど頼れる先輩がいない。
ましてや窮地に陥った際に助けも期待できないだろう……ハーデス教団との戦闘が始まった。